序章 最後の希望
「君達には私が開発した転移装置で異世界に行ってもらう。」
今いる地下数百メートルに位置する極秘シェルターに突然移送され、そこの責任者である博士らしい、頭の天辺が薄く、口周りは白いもじゃもじゃひげの胡散臭そうな男からの第1声だった。
「ふざけんな!」
俺は文句を言わずにはいられなかった。周りからも非難の文句が次々と上がる。人種や性別はバラバラ。俺の身長よりある銃器、超電磁ブレード、超能力補助装置等々と装備も世界の兵器展覧会でも開けるくらいバリエーションに富んでいた。おそらく自分と同じでいきなり連れて来られたのだろう。30人以上はいる。
「君達が言いたいことは分かる。鉄の悪魔共との決戦が始まっているのに参加できずにこんな穴倉につれてこられたのだから。」
引きこもりの博士でも現状は知っていたらしい。現在人類軍は全戦力を投入しウォーカーを自称する機械の軍団に戦いを挑んでいる。……勝敗は明確だけど。
ウォーカー 主に機械で構成されたあれらはそう名乗り人類に宣戦布告した。その理由も、出自も全く不明。何十年に渡り人間に攻撃を続けていた。最初のうちは一大国以下の兵力しかなく何度も撃退されていたらしい。しかし破壊される度に技術力を向上していき、その上際限なく戦力を投入してきたため徐々に人間が押され現在に至る。
「人類史のピリオドを飾る聖戦に参加できないのを残念に思うのは分かる。しかあし!君達の命の捨て所はそこではない!ウォーカー達を止められる最後の希望なのだ 君達は!」
博士が大振りに体を仰け反って叫ぶ。正直な話、ここにいる皆が戦闘に参加しても結果は変わらないだろう。せいぜい全滅が数分遅れるくらいだ。それに、もうウォーカー達には遭遇したくない。思い出しただけで今も足が震えている。隣にばれてないかと眼をちらりとやると、ああ、あれはおそらく武者震いじゃないだろうな。膝を折って蹲っているものもいるし、怖いのは自分だけじゃなく少し安心したかもしれない。しかし、あいつらを止められるとはいったい……?
「私は生涯を掛けてウォーカーを研究してきた。そしてついに!ついに出所を掴んだんだ!!」
博士がブリッジしそうな勢いで仰け反っていく。
「やっぱりどこかの自律兵器が暴走したのか?」
誰かが口を挟む。有力で真っ当とされる説だが、結局は証明されなかったものだ。
「ちがう!奴らは、奴らはどうやら他の異世界からこの地球に来た!色んな異世界を渡り歩き、そして何故かは分からないが地球に来て人間を攻撃し始めた!それからの動向は誰もが知っている。
とにかく、今地球にいるウォーカーに勝てないことはここにいる全員、特に兵士諸君は良くしっているはずだ。……ああ、すまん。侮辱しているわけではない 許してくれ。」
少なくとも俺は怒れなかった。それが事実だからだ。俺はまだ18歳で、戦闘にも2,3回しか参加してないが、どれも散々だった。戦いにすらなってなかったと思う。
「私が開発したこの転移装置を使って異世界に皆を転移させる。ウォーカーが異世界から地球に飛ぶ瞬間よりも数百年も前の異世界にな。そこで連中の指揮官クラス『アルカナシリーズ』に接触して、無力化してもらいたい。」
アルカナシリーズ ウォーカーの中でも上位にあたる存在で、20体が確認されている。
人間のような姿をしたものもいれば、虫型にバイク、はたまた半径20キロの浮かぶ要塞など様々な様相を呈している。高い知性と異質な能力を持ち、人間に多大な被害をもたらしてきた。
俺自身は一回だけしか遭遇してないが、今ここに立っているのが奇跡だと思う。
「無力化するってたってどうやって?あいつら粉々になっても3日もすればしれっと何事もなかったように戦線に戻ってるぞ。」
俺を含めた数人が同じような質問をした。比喩でもなんでもなく3日あればあいつらは復帰している。
「それは私にも分からん。だがチャンスはそこしかない!やつらは地球に来たときは今の100分の1程しか戦力が無かった。なら過去の異世界ならもっと与しやすい可能性がある。連中が転移に気づくのを遅らせる為に今全戦力が囮になっている!頼む!なんとしてでもやつらをなんとかしてくれ!」
博士は地面に白いひげをこすりつけるように頭を下げて土下座しながら懇願する。
周りからは分かった博士、やってやろうぜ等賛同の声が上がる。俺も賛成だ。この悪夢を変えられるかもしれないなら、命を賭けてもおしくはないと感じていた。
博士は準備を開始し始めた。俺達は例えるなら鳥居のような大型の銀色の装置の前に立たされていた。
「この装置で一時的に異世界に繋がるゲートが作られる。私の合図でゲートに飛び込んでくれ。」
博士は隣のオペレーションルームからアナウンスで説明を流していた。
「博士やスタッフの皆は後から転移するのか?」
俺は壁のスピーカーに向かって話しかけた。自動操作なんかもこういう装置ならあるはずだろう。
「いや、転移できる人数は限りがある。一度に多くの質量を送ろうとすると不安定になってしまう。だから30人が限界なんだ。それに、このシェルターの電力では転移装置を使えるのは一度きりだ。」
「なら博士達は……」
聞きたくは無いけれど、聞かずにはいられなかった。
「万が一ウォーカーたちに感づかれて追跡されるわけにもいかん。君達を見送ったらここは跡形も無く吹き飛ばす。私達ごとな。」
博士の声は震えていない。俺たちができると信じているからだ。
「ありがとう、博士」
俺だけでなく、全員が博士に感謝の意を述べていた。
「ありがとうはこちらの台詞だ。君達が未来を変えてくれるんだからな。」
「ゲート開放1分前!」
スタッフのカウントダウンが響き渡る。いよいよだ。
「一つ補足しておく。この転移は不安定なものだ。皆が同じ場所、同じ時間に飛ぶ保障は無い。
最悪肉体が消滅して現地の生物に意識が混入する可能性がある。」
博士もさらっととんでもないことを言うな。
「なら俺はプリプリのねーちゃんになってみてえな。」
背丈も肩幅も周りから逸脱した大男が冗談を飛ばす。周りから苦笑が漏れる。
楽観的なジョークにトカゲや蜘蛛に生まれ変わるかもという不安が少し和らいだ。ありがとう。
「10秒前!……9、8、7……」
鳥居の内枠が青白く光り始める。いよいよだ。
「3、2、1、0!ゲート開放!!」
「今だ、行け!」
博士の合図とともに俺たちは目の前のゲートに振り返らずに飛び込んだ。