パラレルワールド 紺色の混血者(クレオールドワーフ)
不可思議だとは思いませんか。自分の住まう世界がパラレルだったら。
まぁ、人それぞれかも知れませんが。
そうですね。数あるパラレルワールドの中でも……。
秒針の留まったそんな部屋に案内しましょう。
朽ちることのない悠久のセカイですから、気に入ると思うのですが。
わたくしの目に狂いなどないのです。
さぁさぁ、今宵導かれし者はたった独りの人の子とほんの少しの悪戯好き。
わたくし支配人めが確かと御案内いたしましょう。
何やらの夢を観た……気がする。長いようで短いそんな夢を。印象に残ってるのは、大きなセピア色の時計。それから、その場にいたもう一人のニンマリとした口。
夢を観た気がするだけだ、きっと。だから、こんなにも朧気な記憶しか残らないのは、当たり前。寝ている間も、脳は働いていて情報処理に追われているのだと、昔聞いた気がする。
全てにおいて気がするだけだ、と言い聞かせている自分が居る。信じたくないのか、はたまた別の理由かは知らないけれど。
今日も、一日が普通に始まる。当たり前なんだけど。ベッドから這い出て、顔を洗い歯を磨き、朝ご飯を用意して食べて、着替えて髪を結って、一日は普通に始まる。
いつもの動作の中に違和感はあった。先ず、私の家は二階建てなので階段を降りるという動作があるはずなのに無かったこと。次に、朝ご飯は基本的和食でありパン類は食べないのだけど、パン食だったこと。
当たり前で、普段遣っているからこそ違和感が浮く。
何よりの違和感は、妹の姿が見えなかったこと。私の双子の妹、依穏。
その姿が、この家の何処にも見当たらない。
それが、物凄く不安になり、私は探した。最愛の半身を、最愛の肉親を探した。けれど、何処にも見つからなかった。
何処からか薄気味悪い笑い声が響いて聞こえる。
愚かしいですねぇ、探しても探しても、見つかることなど有りませんよ?
そんな声が聞こえた気がした。総てを気がしたで済ませれるセカイ。それは、私が生きていて得た知識だった。
だけど、このセカイでは其れは無意味に無に散り行くらしい。無意味なコトをしても自分が苦しみ消耗するのみ。
ふと、窓の外を見た。最大の違和感に気付いた。"目が覚めたから" 朝だと勘違いをしていたのか判らないけど。外は真っ暗闇で明かりなど無い。正しく夜の時間だったのだ。
時計を見た。指し示す時刻は、午後23時過ぎ。もう直ぐ、午前0時の鐘が鳴ろうかと言うところだった。
私は首を傾げた。現実の世界で、こんな馬鹿げたことが有るはずがないのだ。私は幻想郷の人物では無い一般人なのだから。
不可思議。不思議。摩訶不思議。私は、どうやら夢から醒めきっていないようだ。とびきりの悪夢を、カミサマは私にプレゼントしてくれたらしい。
ユメなら醒めて。なんて、効かなそうだ。もしかしたら、此処は深層心理世界の普遍的事象かも知れない。
でも、本当のコトなんて解りたくないだけなのだ。其れがエゴの世界の私たちの考えに変わりはない。
だって『オニィチャン』が教えてくれたことだもの。間違いの筈がない……。筈が無い……。
ふと、思う。私の呼ぶ『オニィチャン』とは、一体誰だかを、全く思い出せないのだ。
どんな関係なのかも、どんな姿形なのかも、頓と見当が付かないのだ。
記憶違いなのか、はたまた気のせいか。私には判らなかった。
依穏。いのん、何処にいるのだろう。此処は一体何処なのだろうか。
また、何処から知れず笑い声がする。
愚かしい。実に愚かしく御座います。まだ、御自分の立場がお分かりになってないのですねぇ。
さっきから、この声。人を小馬鹿にして見下した言い方。声音からして男か。
自分の立場? よくわからない。こんなオトギバナシチックなの以外は。
此処は異世界でも或るまいに。
次第に嗤い声は不気味に心なしか大きくなってきているみたいだった。
なんか、むかっ腹が立ってきて、私は声を荒げてしまった。
先程から私を嘲笑う此奴が、元凶だと思ったから。
「アンタさっきから何なのよ。依穏は何処なの? 依穏を返しなさいよ」
返ってきたのは予想通りか……否か。取り敢えず、声は返ってきたのは確かな筈だ。
はいぃ? よもや此処まで頭の弱いとは。呆れるに尽きませんよ。わたくしに文句し、尚且つ噛みつく物言いをするとは…。
なんだ此奴は名も名乗らずに、呆れたこのおバカさんはと言わんばかりの態度口調は。
ゾクリ、冷や汗が背を流れる。分かっている、多分この声の主には適わないって事位、分かっているんだよ。
けど、何かを話して繋ぎ留めないとふわふわと核心がどこぞに行きそうで…。
気がするだけじゃ済まない。
何よりも此奴が、姿を見せずに。嘲笑うこいつは、愉快犯のようで。
おやおや、まだ悩んでいるのですか? 叶穏殿。考えるだけ無駄ですよ?
ご安心なさってください。わたくしには直ぐに会えますよ。
おまえと会えても嬉しくない。会いたいのは、会いたいのは、依穏。妹なのだ。
ん……?
違和感が無さ過ぎて気づくのに遅れたが此奴は今、私を名前で呼んだ?
何で、なんて愚問なのだろうな。きっと。なんせ、私を閉じ込めるくらいだから。
さて、私はどうしようか。依穏を捜すには此処で止まっていたんじゃ、どうしようもない。
時計をみると時刻は23時59分。後一分じゃないか、日を跨ぐまで(鐘が世の終わりを示すまで)。
一度覚醒してしまったからか眠たくない。取り敢えず、部屋を改めて探索してみようか。
まず、つい先程まで私が寝ていたであろう、未だ微かな温もりの残る寝台のある部屋。此処は寝室か。小さなチェストが寝台の横に置いてある。
次に、リビングと予想する部屋。ダイニングテーブルとチェアが置いてあり、更にはテレビやソファー等があり一番生活感がある。
そして、浴室か。顔を洗い歯を磨いた所である。鏡もよく磨かれているのか、水垢一つなく手入れが行き届いているのは言わずもがなである。
可笑しな所は何一つ無い。平々凡々とした家である。
然しだ、私は一つだけ違和感を見つけていた。それは寝室。寝台の横の小さなチェストを動かすと、地下へ行く階段が見えた。
依穏を捜す為。躊躇いなど不要である事は一目瞭然。地下へ行く階段に足を踏み入れる。暫く降りていくと、何故だかチェストが勝手に元の場所に戻り出入り口は閉まってしまった。
不思議と暗くはないのだけど、出入り口が閉まってしまうと些か心細い。
また此処で嗤い声が響く。暫く静かだったのに、またあの気味悪い嘲笑うかのような声が地下へ行く階段の空間に木霊する。
もう見つかってしまいましたか。然し、順番を間違えてしまったようですよ。もう、後戻りは出来ないのですから。進むほかありませんねぇ。
え……。私が間違えた? 他に何もなかった。でも仕方ないか、後戻りは出来ないのなら進むだけ。気がするだけじゃ、進めないのがこの空間なら従うしかないなら遵おう。
時間も分からないまま、私は暗い地下への通路を下っていく。暫し下って若干の疲れを身体が訴え始めた頃に、光は見えてきた。
そして聞こえるのは、矢っ張りあの声で。
只今到着いたしましたは、招かれざる……否私がお招きました、今ゲームの参加者で御座いましょう。
皆様、お揃いになられましたか? エントリーは此方で勝手に済ませてありますので、ゲームをお楽しみください。
光の中に足を踏み入れると僅か16畳ほどの部屋に出れた。そんなに人が居るのかと思って周りを見渡しても誰も居ない。依穏は、どこ。
依穏とは似て非なるものを。
面影は確かに、私の知る“依穏”だったけど、姿形が明らかに違った。耳は尖り、体は幾分小さく、小学生の低学年程度の身長で、それはまるで本に出てくるドワーフとエルフの融合体みたいだった。
『ぃ……いの……ん?』
依穏によく似たソレは答えた小首を傾げて。
「ほぇ? お姉さん誰? 俺の弟の名前知ってるんだね~。流石、フィーリアン家。有名なのかも」
笑顔で、笑いながらソレは答えた。その答えからこの小さな子供の弟(?)もイノンが名前なのかも知れない。
私は声に話し掛けた。答えてくれるかは謎だけど。
『アンタ、私の依穏は何処よ、此奴じゃないわ』
――ザザッ トントン
マイクのスイッチを入れたような音がした。
えー。それではですね。人数も揃いましたことですので、只今よりちょっとしたゲームを開催したいと思います。
皆様、各々指定されていたモノはお持ちしましたか?
万が一、持っていなかった場合、丸腰での参加になりますので御了承ください。
質問に対する答えではなかったが、その件については、これまででよぉく解っているから、さして気にしてはいないけど気分は良くない。
そんな中、明るい声が響く。それも数人分。私は首を傾げる、なにせ私に見えているのは私と同じイノンという名前の兄弟が居るらしき小さな子供の陰と私。声だけの存在。
「はいはーい、俺関係ないよ~」
「あぁ、持ってきたさ」
「あのぉ、一人ぃ手ぶらなんですけどぉ」
お静かに。
此度迷い込まれたアノン=フィーリアン殿は、今お持ちになられています、弓で以てご参加ください。
「え? やっぱりフィーリアン家、有名なんだ~。で、なんで弓? 狩りでもやる気?」
また、私一人だけ会話に置いて行かれてる。
ええ、アノン=フィーリアン殿。これから行いますは、狩りに御座います。八月一日 叶穏殿は……致し方ありません故、丸腰で御参加ください。
世は貴女のような方を、自業自得と呼びますが。
それはさっき聞いた。けど、なにを遣るって言った? 狩りを遣るの? この空間で?
そして、私が考え答えを絞るまでもなく、chess clockは始まりを告げた。