第九話 アルベルトの成長日記~一年
今日も三話投稿です 二話目ですので前のお話しからお願いします
辺境伯メネドール・サウスバーグが治める辺境の地サウスバーグ領。その領都であるカモーラにある屋敷はこの一年で新たなメンバーを加えた。
この時期に人員を増やすという事は勿論アルベルトの為の人員である。
まずは専属の侍女が増えた。とはいってもこれはアルベルトの為というよりアルベルトが原因でといった方が正しいかも知れない
乳母であるシーリンがアルベルトの成長と愛娘のマリアの成長の違いに悩み精神的な落ち込みが酷くなってしまった為、常識的な意見を取り入れる為に年配の相談役として子育て経験豊富な人材を雇ったのである
只でさえ初めての子供で不安な処に、首都オーセントからの引っ越しで身近に相談できる相手がいない事。更に街全体がアルベルトフィバーによって、例えその成長が異常であっても「流石」の一言で済ませてしまう流れが出来ており不安になるのも無理は無い
親バカ全開のメネドールとソフィアは手放しでその成長の速さを喜んでいるが、その異常性に気付いた家臣達の進言により常識を教える存在が必要として雇ったらしい
「むぅ!アルベルトがおかしいと言うのか!」
「いいえ、アルベルト様の才能を隠す為でございます。このままでは赤子の時点で国中の評判になってしまいます。」
「評判が高まれば不埒な輩をも呼び寄せるかも知れません。アルベルト様の健やかなる成長の為にもその才能を秘匿した方が宜しいかと」
家令であるアゼルとソフィア付きのロッテが揃って進言している以上メネドールとしても無下には出来ない。しかもメネドールの扱いを心得た二人の進言は非の打ち所が無かった
二人の重臣の進言によりサウスバーグ家に常識を教える為の存在としてアルベルト専属の侍女が増えたのである
「シーリンちゃん、気にするんでないよ。子供なんて泣いて乳吸って、眠って泣いての繰り返しさね。放っておいても勝手に大きくなるもんさ」
マーフと言うその侍女は「かかか」と軽快に笑う。八人の子供を育てる正に肝っ玉母さんだ
「そうでしょうか?マリアはやっとハイハイが出来た程度なのにアルベルト様は・・・」
「ありゃあアルベルト様の方がおかしいのさ。生まれて一年で家庭教師なんて初めて聞いたよ」
念の為の身元調査で貴族の侍女をしていたというマーフだが、恰幅の良いその姿からはそうは見えない上に平然と主家の跡継ぎをおかしいと言える気風の良さも何処か規格外であったが言っている事は概ね正しい
その言葉通り、アルベルトには現在三人の家庭教師が着いている。それぞれ魔法、武術、一般教養の三人である
しかもそれぞれの分野のトップエリート達を招聘しての事だ、サウスバーグ領以外の者からすれば親バカも過ぎるという話だ。実際その話を聞いた他領の貴族は偏屈伯がまたやらかしたと思っているらしい
魔法と武術はそれぞれA級の冒険者、一般教養は首都の国立大学から引き抜く程の力の入れ様だ。そういった評判が立つのも無理からぬ事だったし、動いている金額も相当なものだった
「では、アルベルト様。昨日の復習ですぞ」
「あい。おうこくのなりたちからでしゅ」
舌足らずな喋り方ではあるがきちんとした返事を返すのは勿論アルベルトだ。教師役のウマルは国立大学で教鞭を取っていた秀才。しかし若すぎる彼は派閥に馴染めず不遇に甘んじていたがメネドールからの誘いに半分呆れながらも現状よりはマシかと諦めつつ雇われた人物だ
しかし実際にアルベルトに会った時に丁寧な挨拶を返されたウマルは驚きと共に興味が湧いてきたのも事実だった。生後一年で貴族の流儀に乗っ取った挨拶をするなど聞いた事が無い。
キチンと受け答えが出来る時点でも異常なのだ。アルベルトに興味を持った彼は、その持てる知識を全て教え込もうと意気込むのであったが・・・
「今日は此処までかな?」
幼児用の椅子の上でうつらうつらと舟を漕ぎ出すアルベルトの様子に教科書を閉じて授業を終える。どんなに異常な才能と言っても寝るのが仕事の赤ん坊。残念ながらその集中力は限られるのでアルベルトが寝たら終了と言うのがお約束だ
「やあウマル。授業は終わりかい?」
「ええ、今日は少し長めでした。バイマト様の方は如何ですか?」
ウマルに声を掛けてきたのは武術を担当しているバイマトと言う男だった。壮年を過ぎた頃だろうか、若い時はメネドールと共に各地を旅した冒険者だと言う
メネドールが辺境伯の地位を継いだ後も冒険者を続け最高ランクであるA級まで到達した男だ。早めの引退を考えるバイマトにメネドールが声を掛けて呼び寄せたらしい
「またあの馬鹿がやらかしたと思ってたんだがな~。まさか一歳で剣を振る赤子に会うとは思ってもいなかった」
そう言って笑うバイマト。流石に雇い主を馬鹿呼ばわりする度胸の無いウマルはバイマトのセリフには返事を返さないが言いたい事は非常に判る
「カイヤ様の方も凄いらしいですね」
「おお、それだ。既に初級の魔法を使えるらしいからな」
カイヤと呼ばれたのは魔法を教えるエルフの事だ。この世界のエルフが人間に協力する等普通は無い事だ。彼等は非常に閉鎖的で自分たちの集落から出てくる事も無ければ受け入れる事も無い
必然的に他種族との交流は無い筈だが、メネドールが何処からか引っ張って来たらしい。まぁ冒険者としてのランクがA級と言う話なので変わり者のエルフなのは間違いない
「あら、私のお話しかしら?」
「いや、アルベルトが凄いって話しだ」
扉を開けて顔を出すカイヤと呼ばれた少女。少女と言っても見た目の話だけで実際はこの屋敷の中で一番の年嵩だ。しかしそれを口に出すと酷い事になるのは目に見えているので二人はその事については言及しない様にしていた
「アルはね精霊にも愛されているわ。いずれ大精霊とだって契約できるかもしれないのよ」
興奮したように話すカイヤ。初顔合わせの時は見向きもしなかった彼女が二人と話すようになったのもアルベルトの常識外れな成長ぶりのお蔭だ
なにせアルベルトの事を知らない人間に話した処で誰も信じてはくれないのだ。必然、彼の話をするのは同じ教師役の二人という事になる
三人の授業は午前中のみでアルベルトが眠ってしまうまでと決まっている。アルベルトの体力を考えての事だが、授業が多すぎると遊ぶ時間が無くなるとメネドールが駄々を捏ねたせいでもある
そのお蔭かメネドールは一日の仕事を午前中に終わらせるという特技を身に着けた。午後からの来客には非常に機嫌が悪くなる為、メネドールに用向きのある人物は前もって一泊して翌日の午前中に目通りを願うという事が常識化している
お蔭で宿が繁盛すると、領民からは有り難がられている。貴族などが泊まる宿だとその料金は当然ぼったくり価格である。それが見栄にも繋がるので貴族側も文句は言わない。
貴族の移動にはお金を落とし民を潤わせるという役目も有るのだ、当然食事や宴会も盛大に行われる。それが通常よりも一泊分多くなるのだからカモーラの民にすればアルベルトさまさまであるのだ
『アルや~今日も時間じゃぞ』
「あい、じぃじ。きょうはなにをおしえてくれりゅの?」
『うむ、まずはいつもの日課からじゃ。その後は中級の魔法にするか無詠唱の訓練にするか・・・』
『無詠唱の訓練!室内で中級の魔法なんか駄目に決まってるじゃないの!初級の練習だって隠すのに苦労してるのよ!』
鬼の形相で壁を通り抜けて現れるライラがマーリンを制止する。先日、部屋を氷漬けにしたのを根に持っているらしい
「ばぁば。こんばんわ」
『アルちゃん、こんばんわ。』
しかし、アルベルトが挨拶するとコロッと表情を一変してだらしなく目じりを下げまくる
「ばぁば。まほうのれんちゅうだめ?」
『そんな事無いわよ~。そうね、マーリン爺ちゃんに結界を張って貰おうか』
ウルウルした瞳でアルベルトがお願いするとアッサリ了承するライラ。
孫馬鹿全開の姿にチョロ過ぎるぞこいつ・・・と、マーリンは思うが折角ライラから許可が出そうなのだから表情には出さない
こうしてアルベルトの訓練は更にレベルの高い物となっていく
家庭教師たちが教える事など既にやり過ぎ賢者が教えているのだ。アルベルトにしてみれば復習のいい機会にしかなっていない
しかし、みんなの愛情に包まれて素直に育つアルベルトはそんなそぶりを見せない。生後一年で既に空気を読む能力まで身に着けているのだった
前代未聞の成長を遂げるアルベルト。しかしその成長を嬉しく思う周りの皆はそれを止めようとはしない。
賢者のやり過ぎと神に愛されたアルベルトの才能。それらが合わさって未来の英雄の基礎が出来上がっていくのであった
読んで頂いて有難うございます