第六話 辺境伯夫人ソフィア・サウスバーグ
今日は三話投稿予定です。二本目です
住民の歓迎を受けたりアルベルトが光ったり、といったアクシデントが有りながらも馬車は屋敷に着く。おそらく先触れが出ていたのだろう、辺境伯メネドールが馬車を下りた時には侍女や侍従が整列してお迎えをしてくれる
その先にある玄関から優雅な仕草で歩いてくる女性、傍らには侍女が付き添っている
「おお、ソフィア。寝ておらんでも大丈夫なのか?」
「お帰りなさいませ旦那様。今日は体調もいいのですよ」
どうやら彼女が奥方らしい。メネドールの言葉通り全体的に線の細さが目立ち顔色も白いのは病弱なせいなのだろう。しかしその表情は柔和で優しさに溢れた魅力的なものであった
「みんなも大儀であった。歓迎感謝するぞ、今日の夕食を楽しみにしておれ」
「旦那様。感謝いたします」
辺境伯の言葉に代表して初老の男が深々と頭を下げる。多分、執事か侍従長か?いや纏う雰囲気からおそらくは家令だろうと推測する。
彼の言葉に全員が頭を下げ、その列の真ん中を通ってメネドールは屋敷へと向かう
「それとな従者に追加人員がいる、色々と世話を焼いてやってくれ。あとは跡継ぎも拾って来たからな」
「は、承りま・・・って、跡継ぎですか?」
立場から考えれば有り得ない返事だったのだろう、メネドールは面白そうに笑ってから夫人であるソフィアに向かって言葉を続ける
「ソフィアよ。儂らの息子と専属の侍女を連れてきた、後で部屋に連れて行くからな」
「あら?楽しそうなお顔です事」
口元を隠しながらコロコロと笑う夫人。この女性も中々の人物の様だな・・・
『その内判ると思うけど、彼女こそがこの領地の要よ。少し病弱なのが玉に傷だけどね』
悪戯っぽく笑いながらウインクしてくる、メネドールの守護霊。言い方からするとそれ程深刻な病という訳ではなさそうだ。彼女が認める位なのだからやはり一廉の人物の様だな
旅装を解いて着替えると、早速ソフィアの部屋へと向かうメネドール。子に恵まれなくても第二夫人は要らないと宣言したという愛妻家ぶりを見せ、先ずは夫人との時間を取るようだ。
後ろからはアルベルトを見つけてくれた従者とその妻、その腕には娘のマリアが抱かれている。アルベルトはメネドールが直々に抱いている
「ソフィア。この子がアルベルトだ。儂らの息子にするぞ」
「あら、可愛い顔してるわね。でも息子は無理がありますよ、せめて孫という事にした方が宜しいのではなくて?」
「何を言う。儂はともかく、お前が祖母などとまだ早いわ。十分母親・・・いや、姉にすら見えるだろうから心配するな」
おふっ。早速いちゃつきおった。噂に違わぬ愛妻家ぶりを発揮したメネドールに部屋の中は砂糖を吐きそうなくらい甘いムードに満たされる
「それで後ろのお二人は?」
緊張している上に二人のラブラブっぷりに固まってしまっている二人と、すっかりその存在を忘れているメネドールにソフィアが言葉で促す
「おお、忘れておったわ。向こうの屋敷で見つけた男じゃ。中々目端が利いて使えそうだったのでスカウトしてきた」
「まぁ、それは驚かれたでしょう。メネドールの妻、ソフィアよ。これからよろしくね」
「はい。いや、いえ。驚いてなどと・・・ロステムと言います。精一杯お仕えさせていただきます」
「はぁ貴方たら・・・妻のシーリンです、そしてこの子はマリアと言います。よろしくお願いします」
緊張からアタフタとしているロステムとは反対に妻のシーリンは落ち着いたもので我が子の紹介までそつなく済ませてしまう
「それで旦那様。アルベルトちゃんとは?」
「うむ。旅の途中で野営する事になってな、その時にロステムが捨てられていたのを見つけたのじゃ。天啓に導かれたと感じたぞ。」
「まぁ野営中にですか・・・しかし野営なんて計画に有りましたか?」
「う、うむ。そのなんだ・・・そ、そう、ちょっと道が荒れておっての馬車の速度を落としたのじゃ」
苦しい言い訳だ。ロステムとその妻シーリンを一向に加えた上に娘のマリアの為に馬車まで用意したメネドール。
マリアの負担にならない様に極力速度を落としたので日程がずれ込み、そのせいでの野営だったのを守護霊から聞いている
「そうですか。でもそんな場所に赤ちゃんを・・・」
「うむ。産着に血染めで名前が書いてあった。よっぽどの事情が有ったのじゃろう・・・」
表情を曇らせてしまうソフィアに、捨て子を演出した儂は罪悪感が浮かんでくる
しかし事情が有ったのは確かだし、血染めで名前を書いたのも母親本人なので勘弁してもらおう
「判りましたわ。それでは私達の子供として育てましょう。でも跡継ぎにするかはもう少し大きくなって本人の希望も聞いてあげましょうね。」
「そうじゃな、無理に貴族なんぞになる必要も無い。他にも生きる道はあるだろう」
ほう、そんな事が言える貴族がおったか。やはりこやつは面白い男だ。アルベルトの父親に相応しいかもしれんな
「そうですね。アルベルトちゃん、ママですよ」
「だぁー」
大人しく話を聞いていたアルベルトはソフィアが顔を近づけると、それに触れようと手を伸ばすとご機嫌な様子で答えていた
「まぁ可愛い。ああ、それと野営に掛かった費用は旦那様の小遣いから引いておきますからね。ロッテ、あとでアゼルに伝えておいてね」
アルベルトの表情にソフィアと一緒に笑顔だったメネドールの表情が一変する・・・まさにガビーンって感じだ
慣れているのか呼びかけられた侍女のロッテは黙って礼を返すと部屋を後にする。たぶん先程の家令に伝えに行くのだろう・・・成程、彼女がこの領地の要というのも頷ける
「シーリン。たぶん旦那様の事だからマリアちゃんの事も話していなかったかしら?」
「は、はい奥様。アルベルト様の専属に為さると・・・」
「やっぱりね、いいわ貴女はそのまま乳母として屋敷に住んで頂戴。侍女の経験がおありなんでしょう?」
「はい。結婚前に貴族様にお仕えしてました」
「じゃあ大丈夫ね。あとで部屋を用意させるわ。旦那さんも近習として仕えなさい」
メネドールがお小遣い削減宣言に呆然としいる内に話しがドンドン決まっていく。ああこの屋敷を取り仕切っているのは彼女なんだな・・・屋敷だけだよな?領地はメネドールが取り仕切ってるよな?
柔らかな表情と病弱な印象とは別の女傑としての顔を見せるソフィアの姿にアルベルトの将来を託す
こういった事に慣れておくのも大事かと思う事にした
世の中には早々に諦めた方が良い場合も有る
亭主関白よりもカカア天下のほうが家庭は廻る物だ
自分の結婚生活を振り返りながら、そう思う賢者であった・・・
読んで頂いてありがとうございます