第五話 賢者式幼児教育法
今日は三話投稿予定です。まず一本目
無事カモーラの街に着いた辺境伯であるメネドール・サウスバーグ一行は領主館である屋敷へと馬車を進めて行く。街中という事で速度を落としているのは勿論だが帰って来た領主を出迎える領民たちの歓迎ぶりも有ってかなりゆっくりとしたペースで進んで行く
『ほう。領民からの人気は高いのだな。』
その光景に思わず感想を述べてしまう。偏屈伯などと呼ばれるくらいならば領民もビクビクしてそうだがそんなことは無い様だ
『当たり前じゃない、満点の領主だからこそ偏屈でも許されているのよ。』
ドヤ顔の守護霊さん。偏屈な時点で満点ではないだろうに・・・子離れの出来ていない母親の様だと思ってしまったのは内緒だ
メネドールの守護霊、ライラは聊か子孫自慢が過ぎるのが玉に傷だが、アルベルトの母親の守護霊の様に弱々しさは無く、自分の名前も憶えておりシッカリとした自我を持っている様だった
『それにね、この子は偏屈と理不尽の違い位は弁えてるのよ。弱い立場の者を守るためには力を惜しまないのよ』
彼女の言葉と辺境伯の言動から数少ないまともな貴族なのだろうと考えを改める事にした。少なくとも貴賤で物事を判断するような曲った教育はしないだろう。貴族だから従う訳では無い、責任を取る人間の言葉だから従うのだ
それを勘違いして出自で人を判断する馬鹿が貴族には多い。確かに過去に何かしらの功績の結果として叙爵されたのは事実だろう。しかしそれは過去の話でその後に続く子孫はそれなりの責任を果たさねば人は付いてこない
それを判っていない父親が勘違いするとそのまま子供も勘違いを受け継いでしまう。その結果として碌でも無い貴族が量産されてしまうのだ。アルベルトがそうなってしまうのが心配だったがおそらく彼ならば大丈夫だろう・・・偏屈になる可能性は残っているが・・・
儂がそんな考えに耽っているとぺチぺチと叩かれる
「だぁー」
アルベルトが催促するように此方を見ているので恒例となっているアレをしてやる
此処で言うアレとは、魔力を流した状態で抱っこをしてやる事だ。元々は勘違いで魔力を流した腕で抱っこをしていたのが発端なのだが、それが大そう気持ち良かったらしく今では催促してくるようになっていた。
どうやらアルベルトは儂の魔力に触れるのが大好きなようで、何故だか彼にはそれが心地いい物として認識されているらしい
狼に襲われる前に大泣きしていたのも儂が腕に魔力を流すのを辞めたせいらしく、それに気が付いて以来、ちょくちょくアルベルトのおねだりに応えている訳だ。
しかし馬車の中では人目が有るので抱く訳にはいかない。なので魔力を流した腕でそっと頭に触れてやる
その状態でも心地よさは変わらないのかきゃっきゃとご機嫌に笑っているアルベルト
『ふむ。物は試しじゃ直接流してみるか』
森で狼たちに襲われた時に咄嗟の出来事だったが、アルベルトを通してなら魔法を放つことが出来るのが判っている。今回は魔法という訳では無いが魔力が身体の中を循環するように流してやる
すると始めは吃驚した表情を浮かべたアルベルトだったが、此方の方がお気に召した様で両手両足をバタバタとさせて全身で喜びを表現する
「あら、アルベルトちゃんご機嫌ね」
従者の妻がその様子を見て相好を崩す。当然メネドールもメロメロの表情になっている
『変わった事をするのね』
『どうもアルベルトは儂の魔力が好きなようなのだ。それならば直接流した方が良いかと思ってな』
将来、魔法の才能に目覚めた時には全身を巡る魔力の流れを感じなければならない。赤ん坊の時から訓練する奴はいないだろうが、やっておいて損は無いだろう。・・・これも幼児教育という奴じゃな
そう自嘲していると突然閃いた。そうじゃ!ただ見守るだけでは無いのだ。アルベルトは儂を認識しているのは間違いないし、儂もアルベルトに触れる事が出来るのだ。それならばかつて大陸一と言われた儂の知識を総動員して赤ん坊の時から教育してみてはどうだろう!?
う~む儂の言葉は理解できるのか?・・・いや理解していなくても聞こえてはいる、森を歩いている時にも呼び掛けに反応していた。まだ言葉は無理でも将来的には理解できるはずだし、話しかける事で知育にも成る筈
そうなれば・・・
『むふふふ。ただの守護霊ではつまらん。ここは幼児教育として鍛えまくってやろう』
『ふふふ、ふはは、ははははは!』
『ちょっと。如何したのよ?怪しすぎるわよ!?」
おっと、いかんいかん。昔から思い付くと止まらなくなる悪い癖が出た様だ。神々の加護すら与えられているアルベルトじゃ。放っておいても一廉の人物になるじゃろう、しかし儂が鍛えれば英雄、いや大陸を統一するくらいの事はやってのける筈じゃ!
完璧な教育方法を策定しなければならぬ。漲って来たぞ!久しく忘れていた研究心がムクムクと湧き上がってくるわい
『ちょっと!やり過ぎ!!アルベルトちゃん光ってるわよ!!!』
『おっとやり過ぎた。すまんすまん』
『すまんじゃないわよ。全く二人が驚いてるじゃない』
「辺境伯さま・・・いま光りましたよね?」
「う、うむ。光ったな・・・」
馬車の中に広がる困惑を余所に、教育方法の策定に思いを馳せる。まずは魔力じゃな、それから筋力を鍛える為には適切な負荷を・・・
『だから流し過ぎだっって!』
赤ん坊が光るという怪奇現象を再び起こしそうになるのをメネドールの守護霊に止められながら何とか屋敷までたどり着く。彼女の活躍で怪奇現象再び、といった事に成らなくて済んだのは僥倖だっただろう。メネドールと従者の妻もどうにか勘違いという事で納得したようだ
しかし後に歴史に名を残すアルベルトの英雄譚にはしっかりと記載されているのだ。曰く始まりの街に辿り着いた英雄は民衆の歓迎と神の祝福を受け光り輝いたと・・・それが神の御業では無く守護霊である賢者のやり過ぎだとは知られることは無かった
まぁ英雄譚などはそんな物である。事実に脚色された物語であって本質までは伝えられないのだから
後にそんな事になるなど露知らず、マーク・マーリンはアルベルトをどうやって育てるかで頭が一杯であった。そんな彼を同じ守護霊である女性はため息交じりに眺めていた
『はぁ、もうどうなっちゃうのかしら?少しは自重して貰わないと大変な事になりそうね』
とはいえ、メネドールには殆ど力を貸すことは無い。残った守護霊としての時間をこの初心者の守護霊と共に過ごすのも悪くは無いのかもしれない。つい口を出た言葉とは裏腹に表情には楽しみが浮かんでいる
「だぁー!」
アルベルトの嬉しそうな声が馬車の中に響くのだった
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