第二話 少年との出会い
本日二話目の投稿です。前のお話しからお楽しみください
暗闇の中、赤ん坊の泣き声が響き渡る。儂の意識は暗闇から覚醒すると引き寄せられるようにその声の元へ移動していく。どうやら移動の自由は無さそうだ、彼が女神の言っていた子供か・・・守護するという事だから彼から離れる事は出来ないのだろう
「ほぎゃーほぎゃー」
「ああ、私の赤ちゃん。可愛い赤ちゃん・・・」
そう言って母親は生まれたばかりの赤ん坊を抱きしめる。赤ん坊に対する愛情、これはどの母親にも共通する物だろう、しかし彼女の場合は少しばかり普通の出産とは違うようだ・・・
「ごめんなさいね。ママを許してね・・・」
我が子を抱きしめ母乳を与えながら、母親は涙を流し我が子に謝り続ける。産婆どころか周りには人の気配すらしない。今親子がいる場所もどう見ても馬小屋か何かの建物だろう、しかも今にも崩れそうな場所で辛うじて雨風を防げる程度の建物だ
『あらあら。私の守護する子の赤ん坊は随分力のある守護霊がいるみたいね』
『あなたは?、いや失礼。私はこの子の守護を女神さまから仰せつかったマーリンと申す』
『あら、ご丁寧に。私はその子の母親の守護霊よ。名前なんて忘れちゃったわ』
突然声を掛けられて吃驚したが、自分がこの子の守護を申し付けられたのだ、他にも同じような者がいても不思議では無い。内心の動揺を隠しながら挨拶をする
『それにしても、これが普通の出産とは思えないのだが・・・』
『そりゃそうよ。この子は領主さまにお手付きにされて捨てられたのさ』
『なんと・・・』
『もう少し私に力が有ればね~。守ってやるとは言っても守護霊にも力の差があるのさ』
世界の知識を極めたと思っていたのだが、まだまだ知らない事が世界には満ち溢れていたようだ。守護霊などと言う存在がいたとは自分が生きていた時には最後まで気付かなかった。
『その様子だと、守護に着くのは初めてかい?しかも女神さまから直々にだって。これは赤ん坊の方は安泰だね~』
『お察しの通りで・・・守護、という事について教えては貰えんだろうか?』
自分の守護する娘の様子を気にする事無くケラケラ笑いながら、その女性はいろいろ教えてくれる。基本的には生前に善行を積んだ者が死後に自分の係累の子孫を守護するのだという。
しかし個々に力の強さもあり大抵は大した守護を与える事など出来ずに本人の生まれ持った運命に影響されるのが通常らしい
守護霊の強さは魂の強さに比例していて魂の強さとは強い想いや欲望などの事だそうだ。そしてそれがあれば守護する個人に与える影響も強く成るのだという。
生前に善行を積んだ魂とはいっても守護霊になっても善なる存在かと言うとそうでない場合も有るし、守護する個人の悪行を止めるだけの力が無い場合もあり守護霊と言っても万能ではないようだ。
それでも守護霊が付いていないよりはましになる事が多い。抑々守護霊に守られている状態事体が希少な事なのだが、それでもやはり不幸になる運命というのは中々回避できるものでは無いと教えてくれる
『この子の両親も酷いもんでね。領主に手籠めにされて戻ってきた娘を自分の身が可愛いもんだからってこの扱いさ。その上赤ん坊も捨てられると思うわよ』
『な!何と言う事だ。生まれたばかりではないか』
『領主の評判は悪いからね。あいつには性質の悪い奴が憑いてるのさ』
どうやら領主の守護霊は相当に性質が悪いらしく、母親の守護霊は憎々しい顔を覗かせている。話を聞く限り守護に着く場合は自分の子孫なのだ、それが酷い目に合っているのだから面白い筈がない。しかし同時に自分の力の無さもあり諦めるしか無いのが現状なのだろう・・・
『私の子孫はこんな子ばかりでね。もう何人もの子をこうして見守って来たのさ・・・あんたは力が有りそうだ。どうかその赤ん坊を幸せにしてやっておくれ』
『うむ。心配するな。儂は女神から託されておるし、この子にも神々の加護が有るという話じゃ。きっと幸せな人生を歩ませてみせようぞ』
諦観の表情で自分の守護する娘を見つめる彼女を安心させるように力強く答えを返す。目の前には泣きながら子供を抱く母親とお腹が一杯になって満足そうな寝顔を見せる赤ん坊
自分の生前とは違う様相を呈する世界に戸惑いつつもこの子を守護していくには如何したらいいのかと考えるのが精一杯だった・・・
☆△☆△
母親の守護霊は自分で言っていた様に大して力が無いのだろう。あれから姿を見せることは無かった。
そして一週間が過ぎたある日、いつも食事を持ってくる下男と一緒に下衆な顔をした男が薄ら笑いを浮かべながら、ボロボロな厩を訪れた
「おう。次の奉公先が決まったぞ。今度は上手く取り入って妾にでもして貰うんだぞ」
『この子の父親さ。下衆な男だよ本当に・・・』
『なんだと!コイツが父親だと!!』
母親の守護霊が久しぶりに顔を見せると驚くべき事実を告げる。幸いにも実の父親ではない様だが、それが現状、何かの救いになる訳では無い。そしてそのまま下男に命じて赤ん坊を取り上げるという暴挙に出る
「ま、待って下さい。奉公にはいきます、きっと貴方の望むようにしますからこの子だけは、せめてもう少し傍に・・・」
「うるせぇー!子供がいる侍女に手を出す馬鹿がいるわけねぇだろうが。心配するなきちんと里子に出してやるよ」
鬼畜な事を言うと決してそんな事をする筈が無いのに里子などとふざけた事を言い出す父親
『もう許せん!サンダーボルト!・・・ん!?ファイヤーボール!!・・・???』
生前に賢者の称号まで得た私だ、鬼畜な奴に攻撃魔法を食らわすくらいは造作も無い事・・・だった筈
『無駄だよ。私らが力を使えるのは守護する相手にだけさ、誰かを攻撃なんて出来ないんだよ』
母親の守護霊が冷たい事実を告げる。その表情は悔しさに満ちており投げ遣りな言葉とは裏腹に彼女の心情を物語っていた
彼女の守護霊とは反対に諦める事をしない母親。涙を流しつつ必死に手を伸ばすが、父親に引き摺られる様に屋敷の方へと連れて行かれる
「お前は明日から隣町の豪商の屋敷に行くんだ。もう決まってる事なんだよ、それとも赤ん坊がどうなっても良いのかい?」
抵抗する母親に足を止めた父親はそう言って母親の顔を覗き込む。その言葉に涙を浮かべながら父親をキッと睨み付ける母親。このまま豪商の元へ行ったとしても赤ん坊の未来は無いだろう。しかしだからと言ってそれを拒否すれば今すぐに赤ん坊の未来は閉ざされてしまう。
どちらにしても未来が無いのは判っている、しかし少しでも可能性の有る方へと賭けるしかない母親は抵抗をやめ引き摺られるままに屋敷へと行ってしまった
ボロボロの産着に包まれた赤ん坊を無造作に掴みあげた下男はそのまま森の奥深くへと進んで行く。この先に里親などいる筈がない。父親は初めからそんな物を探す気も無いのだ・・・沸々と湧き上がる怒り、しかし何もできない無力な自分に、ただ下男と共に赤ん坊に付いて行くしかないのであった
森の奥深くで赤ん坊を捨てる下男。大きな樹の根元に捨てたのは辛うじて残っている良心なのか・・・
せめて雨水などに晒される事が無い様にとの事であったのは間違い無い。例えその慈悲の心が、役に立たない物であってもだ
『守護する相手には力が使えると母親の守護霊が言っていたな・・・』
今の身体で魔力を使えるかは判らないが、生前の感覚を思い出しながら手に魔力を込めてみる。霊体の身体では直接触れる事は無理だと考えて、魔力でならばと思ったのだ・・・
『おお。何とかなるぞ。坊主助けてやるからな・・・」
産着に書いてある名前・・・母親が指を切って書いた血染めの文字
アルベルト。それが赤ん坊の名前、そして儂が守護する者の名前だ
抱き上げた赤ん坊を連れて森を後にする。これからどうすれば良いかは決めていないが此処にいる事だけは避けなければ・・・
確かに感じる赤ん坊の重さに霊体でも重さを感じるのかと、役にも立たない事を考えながら森を歩いて行くのであった
読んで頂いて有難う御座います