第十九話 アルベルトの初陣~⑧
辺境伯メネドール・サウスバーグが治める辺境の地サウスバーグ領の要衝セイレケ砦。見事に帝国軍を撃退して勝利に湧いた翌日、歓喜の余韻に浸る一般兵達と違いアルベルトには膨大な仕事が残されていた
領都カモーラ、首都オーセント。それから未だ軍中にいるであろうメネドールに帝国軍の撃退を知らせる手紙に始まり、戦功を立てた兵士達への報償、戦死した兵士達の家族への補償等を記した報告書の作成。
鹵獲した武器や防具、それに物資などの一覧の作成。捕虜の身元の調査。全て書類書類のオンパレードだ
「うみゅ~!ウマルを呼んでよ!」
砦の執務室、その机に座ったアルベルトの魂の叫びが響き渡る。大人用の執務机では大きすぎる為、椅子に座ったアルベルトは正面から見ると肩から上しか出ていない。
豪華な椅子も背凭れなど意味を為さず足はプラプラと宙に浮いている。肩凝りとは縁の無い年齢であってもサイズの合わない机で延々とサインするだけの仕事は拷問に近いものが有った
「ウマルが来てもアルの仕事は減らないわよ?」
「判ってるよぉ。でも僕ばっかり・・・みんな狡いじゃないか!」
この場からサッサと居なくなったバイマトとカルルク将軍を思い浮かべながらカイヤも苦笑いを浮かべる。書類の作成は砦に駐留していた文官達と守備隊長のサニラが完璧な仕事をしてくれた。目の前のカイヤも書類の内容の確認を手伝ってくれている
アルベルトの負担を少なくしようと皆が頑張ってくれているのは判っているのだが延々とサインし続けるだけの仕事は五歳児には荷が重すぎる。印章を持っていればまた違うのだが、アルベルトの年齢で持っている者はいる筈も無く結局は手書きのサインをするしか無いのだ
『ほっほっほ。これもまた修行じゃよ』
「ん・・・ご主人様ガンバレ」
流石に書類仕事中という事でくっ付くのを辞めたヴィクトリアと朗らかに笑っているマーリンがアルベルトを応援してくれる。
「コンコンコンコン」
「どうぞ~」
目の前の書類の山が半分ほどになった頃に、執務室にノックの音が響く。サインの手を止めずにアルベルトが入室の許可を出すと見知って顔が入室してきた
「アルベルト様。尋問の用意が整いましたがどうしましょう?」
「行く!直ぐ行く!!」
守備隊長のサニラの報告に、終わらないサインに飽き飽きしていたアルベルトはその報告に迷いなく飛び付く。結局は後からやらねばならないのに、と苦笑いのカイヤだが五歳児の集中力を考えれば頑張った方だと黙って見送るのであった
☆△☆△
固定された椅子と机が在るだけの質素な部屋。扉の前には武装した兵士が立ち、記入係の書記が別の机で会話を拾う為に座っている
両手を身体の前で拘束された状態のサームは尋問室の質素な椅子に座りながらこの後の展開を考えていた。敗戦の将、というか上司がいなくなっただけの話なのだが捕虜達の中では一番役職が高い自分の状態を考えれば、これから予想される尋問の内容が嬉しくない結果になる事は覚悟していた
しかし、その予想にそぐわない目の前の五歳児。サイズの合っていない机と椅子の為、自然と見下ろす格好になってしまうのは仕方がないだろう・・・
「ねえねえ、最後の突入の作戦はサームさんが決めたの?」
「・・・そうだ」
「貴様!言葉使いの気を付けろ!」
扉の前に立った兵士から叱責されるが、どの道捕虜の処遇など知れているのだ。今更取り繕う気にもならないサーム。
「そうなんだ。でも帝国の人達は騎兵で戦うのが大事なんでしょう?」
「・・・そうだな」
「ならなんで歩兵で攻めてきたの?」
「貴族連中みたいに誇りだなの矜持だのってのは俺達下級兵には関係ないのさ。勝利の為、且つ被害を少なくする為にはあれしか無かっただけの話だ。正直、緒戦で撤退できてれば良かったんだがな」
サームの様子など気にもしないで疑問をぶつけるアルベルトに対して自嘲気味に笑うサーム。両手が自由ならば肩を竦めていたに違いないだろう
「ふ~んそうなんだ。ところでサームさんは独身?」
「は!?いやまぁ独身ではあるが・・・関係あるのか?」
「うん。もし良かったら僕の家に仕えてくれないかなと思ってさ」
突然、話題が変わった事にも驚いたがその後の提案に更に驚くサーム。普通捕虜の尋問なんかは戦後処理を有利に導く為の情報収集や証言を得る為の場だ。拷問や魔法での精神支配なんかは当たり前で自国に有利な話を作り出す為には綺麗事だけで済まない世界の筈だ
「それは雇ってやるから情報を吐けって事か?」
「純粋にサームさんに興味があるだけだよ。それに帝国との交渉とかは僕には関係ないもん」
拗ねた様子のアルベルト。その瞳の奥に嘘が無いか確かめるようにサームはアルベルトを見つめる
「まだ時間は有るから考えてみてよ。他にも何人か声を掛ける予定だから相談しても良いよ」
サームが答えを出す前にアルベルトは席を立ってしまう。実際に剣を交えたのだから見かけ通りの子供では無いのは判る。しかしその瞳の奥に怪しい光が無かったのも事実であった。
「お前も声を掛けられたのか?」
「ああ、随分と高待遇だったぜ。裏があるかどうかまでは判らんがな」
サームが尋問室から連れられてきた部屋は独房では無く広めの部屋であった。扉の前に兵士はいるし窓も嵌め殺しで逃げられる状態ではないが、地下牢と比べれば天国の様な扱いだ
見知った顔の兵士と話してみれば部屋の中にいる20名程が全員アルベルトに声を掛けられていた。サームと同じように部隊長の者もいれば一般の兵士もいる。しかし部屋にいる全員が何かの技能を誇っていた人員だと気付くのに時間は掛からなかった
正直に言えば情報を取りたいだけならば此処にいる人間は相応しくないだろう。サームも含めての話だが、全員階級的に高くない者達ばかりだ。この程度の証言をもって帝国と交渉というのは無理があると思える
「なあサーム。俺は話に乗っても良いと思っている。どうせ帰ったって碌な未来は待ってないからな」
「それはそうなんだが・・・」
捕虜返還の話は当然出るだろうし見栄を大事にする帝国が金を払わないという事は無いだろう。しかしその代金は必ず請求される事になる。貴族ならば家が支払ってくれるだろうし借金という形で猶予もしてくれるだろう
だが此処にいる様な下級兵達では奴隷に落とされるのが関の山であろう。サームは一応は部隊長なので奴隷落ちの可能性は低いが総大将の侯爵が責任を押し付けるのが判っているので奴隷落ちよりも酷い扱いになるのは目に見えている
顎に手を当てながら思案するサーム。気が付くと部屋の全員から見つめられている状態に苦笑いが浮かんでくる
偶々上司が戦死した為にお鉢が回ってきた指揮官としての役目が戦いに負けた後も続くのかと思うと泣きたくなるが、此処にいるのは昔からの顔馴染みばかりだ。
部下や同僚達と嫌な上司がいない状態で自分たちの行く末を考えられるのならば悪くは無いのかもしれない
「お前たち・・・国には帰れなくなるぞ?」
「まぁしょうがねぇな。家に残してきた高い酒が勿体無いがな」
そう言って昔なじみの同僚は笑う。他の連中も覚悟を決めているのか不満を漏らす者はいない
「出来るだけ吹っ掛けてくれや隊長さん」
「判った。条件面は話してみよう、だが期待するなよ?」
サームの返事に黙って頷く帝国兵達。尋問室で見たアルベルトの瞳を頭に浮かべながらサームはそれでも然程酷い扱いにはならないのではないかと淡い期待を寄せるのであった
☆△☆△
その頃、執務室ではアルベルト達が今後の話を進めていた。バイマトやカルルク将軍にカイヤも同席しており、当然マーリンとヴィクトリアも参加している
「殿下。奴らを生け捕りにしたのは判るが、造反するように依頼したのは?」
「うん、僕の親衛隊を作るんだってマーリンが選んだ人達だよ」
「ハッ!敵の兵隊を使って親衛隊なんてぶっ飛んでるな」
そう、戦場でマーリンがアルベルトに指示して捕えた兵達は何かしらのスキルを持った者達。押し寄せる敵兵の中からマーリンが【鑑定】で選りすぐった者達だ
『帝国兵は先陣を切るのは優秀な者から、という考えじゃったから楽なもんじゃ』
マーリンは然も何でも無い事の様に簡単に笑っているが実際戦闘の最中に【鑑定】をして優秀な者達だけをピックアップするのはそう簡単な事ではない
まぁそれを言い出すとマーリンが見抜いた優秀な者達を無傷で捕えた自分の規格外に突っ込まれるだけなので通訳しないアルベルト
「でも裏切ったりしないかしら?」
「ん・・・その時は私が眷属にする」
吸血鬼の能力で眷属化してしまえばいいと言う物騒な事を言い出すヴィクトリア。
「そんな事しなくても大丈夫!みんないい人達ばっかりだよ。それより残された家族たちの方は大丈夫?」
「それはもう手配しましたぞ。今頃は影達が帝国に侵入しておるはずです」
カルルクが手勢の隠密部隊を動かしたようだ。サームの様に独身の者達ばかりでは無いのだ。帝国に残した家族を脱出させれば後顧の憂いなくアルベルトの元へ来てくれるだろう
「まぁ家族も連れてきてくれたんなら大丈夫だろ。下級兵達が帝国に忠誠を誓ってるなんて事はそうないだろうぜ」
「それは何処の国でもそうじゃろうな。後は殿下の器量ですじゃ」
貴族や騎士ならばともかく下級兵達はあくまでも職業として仕えているものが多いのは王国も一緒だ。特にガチガチの階級制度を引いている帝国軍ならば余計に兵達の忠誠度は低い
しかし私兵として雇われる場合は若干事情が変わる。彼等は報酬と危険度を天秤には掛けているがそこに主君への忠誠という物が入る場合が多い
軍隊の様に雇用主が見えない状態と違って主人がすぐ傍にいるのだ。賞罰が判り易いと言うだけでは無く、その人柄や自分達への扱いによっては主人に対する忠誠などが芽生えやすい環境になるのだ
「う~ん頑張ってみるよ」
親衛隊と言われてもイマイチ判ってい無い様なアルベルトだが、やがて国で一番有名な部隊にまで成長するのを知るのはもう少し後のお話し・・・
アルベルトの英雄譚を彩る部下たちがその歴史に登場した瞬間だった・・・
首都の名前が被っていたので変更しました
バイマト→オーセントに変更
本当は二〇話までで第一章とするつもりだったのですが後、二話程かかりそうです。
第一章はほぼ説明回となってますがその後からは話が進みます
ほのぼの要素やネタをブッ込んで行けたらいいなと思っています
もうしばらく我慢して御付き合い願えればと思っております
読んで頂いて有難う御座いました