スパイ大作戦~ミッションインポッシブル
「では各国にも神国の手の者が入っているというのか?」
「ええ、どうやら司祭たちの一向に紛れ込んでいる感じですな」
「う~ん、神国も戦争の準備を進めてるって事?」
「うむ、戦争への協力。若しくはその雰囲気を醸成するつもりかも知れんな」
ヴィクトリアとの結婚を機に始祖の一族とヴァンパイア達もセイレケの街に滞在するようになり、その諜報能力は各伝に上昇した。 今まではヴィクトリアの配下のみであった為セイレケ周辺が限度だったそれは、今や各国へも手を伸ばし十分な情報をアルベルト達の元へと届けていた
「その筈なんですが・・・」
「うん?違うの??」
「ええ、司祭たちの中に諜報を生業にしている者達がいるのは事実なんですが・・・」
「ああ、実際に動いている感じが無いんだ。権力者や有力者に会っている様子もないしな」
「こっちもですね。強いて言えば民衆への扇動を行っている様子ではありますけど、あくまでもザービス教の布教の一環、と言える範囲ですね」
ヴィクトリアの祖父である始祖ブラドに直接力を与えられた真祖であるダーレ、バイアリー、ゴドルフィンの三人は揃って首を傾げつつ配下たちの話しを報告する
神国と王国、いやもっと正確に言えばサウスバーグ領との争いは避けられない所まで来ている。 マーリンからの情報とアルベルトが受けた神託を考えればサウスバーグ領としては神国をそのままにしておけない
一方の神国もザービス教の布教を認めていない王国の事を面白くは思っていないだろう。 増してや公国での一件で彼らにとって都合の悪い事を知ったアルベルトをそのままにしておく訳が無い
お互いに潜在的な敵国でありその戦いが近い状態で各国へと諜報を生業とする者を送り込むのだから、通常は戦争への根回しか味方工作が主となる筈である
だが、三人の真祖の配下たちの報告はそれを否定していた。 彼らから齎される報告はあくまでもザービス教の布教に留まっており、諜報員たちの裏工作もその為の物が殆どだと言う
「まぁ信者が増えれば各国もその声を無視できなくなろうが・・・」
「うん、随分と回りくどいよね」
「謀略としてはあり得ない話ではありませんが・・・」
「帝国軍だった者達の再編、それに民兵達は徐々に国境沿いに移動してるからなぁ」
各国とも民衆にザービス教の信者が増えれば、その声を無視して帝国の二の舞になるのは避けるだろう。 そうなれば神国に味方する国が現れても不思議ではない。
だが、それはあくまでもザービス教の信者が無視できない数まで増えればの話で現状ではそこまでの数には至っている国は無いし神国がその手を貸して蜂起を促し現政権を打倒しようとしている様子も無かった。
しかもあからさまに王国との国境沿いに戦力を集めている神国がそこまでの余裕があるとは思えないし、戦力の移動までしている状況で巡らせるには遅すぎると言わざるを得ない
「王国との戦いの後を睨んでいるのでしょうか?」
「いや、そこまで確信できる状態ではあるまい」
「普通ならそうなんだけど・・・」
「相手が相手だからな。こちらの物差しが通じるとは限らない」
アルベルトにしてもメネドールにしても神国にやられるつもりは一切無い。 だが意気込みとは別に冷静に戦力差を考えても神国が今から王国との戦いの後を考えて行動していると言うのは聊か時期尚早で各国へ諜報員を手配して策を弄する位ならば対王国への工作を優先するのが通常だろう。
だが相手は宗教と言う毒に酔った集団だ。 聖戦という言葉で如何様にも片づける狂信者達であれば王国との戦いに絶対の自信を持っていてもおかしくはない
「あれこれ考えていても始まらんか・・・結局は為す事を万全に熟す事を考えた方が良さそうだな」
「うん、セイレケの街は任せて。父上も計画通りよろしくお願いします」
「うむ、領軍の方は任せておけ」
ヴァンパイア達の協力のお蔭で強化された情報網。 情報を制する者は戦いを制するとは言うが、だからと言って集められた情報に右往左往しているようでは話にならない
相手方の意図が読めない以上は今ある情報で此方の準備を万端にするしか対応策は無いのだ。
「まぁ、領軍よりもソフィアの機嫌を取る方が大変そうだがな」
「うん、全部終わったらまた顔を見せるからよろしく伝えてね」
「孫の顔もな?」
「う~それは気が早すぎるよ」
笑いながらカモーラへと帰っていくメネドール。 セイレケの街とカモーラへの街道は整備され例え馬車であろうとも半日で着く程の快適さになった。 とはいえ最前線にあるセイレケの領主が里帰りの為に移動する訳にもいかずスッカリと御無沙汰になってしまっているのだ
必然、ソフィアの機嫌は悪くなる一方であり下手をすればメイド部隊を率いて神国へと攻め入りそうな勢いであった
現実的な戦いよりも無理筋な作戦を義父であるメネドールに任せたつもりが、更なる無理筋を強いられるアルベルト
だが、世界の敵となりかけているアポフィスとその信者達との戦いよりはよほど建設的な作戦であろう
見送る笑顔と見送られる笑顔。 無理にでも笑い合った親子は、しかし互いに背負うのは自分達の街を守ると言う使命だ
「ん・・・お話し終わった?」
「うん、今帰った処だよ」
「お義父さまも、大変ね。」
「まぁね、でもなんか活き活きしてたよ?」
辺境伯家の跡取りでありながら冒険者をやっていたメネドールだ。 老いたりとはいえまだまだ矍鑠としている彼にとっては久しぶりの大戦となれば不謹慎ではあるが本音では心躍る部分が有るのかも知れない
「まぁね、息子と戦えるってのも嬉しいのかもよ?」
「う~ん、一応そういう作戦も有るけど出来れば城壁だけで決着付けたいな」
「ん・・・過保護?」
「過保護って・・・どんなに完璧な作戦を立てたって戦いって何があるか判らないからね」
「まぁね、お義父さまも孫の顔を見せるまでは元気でいて貰わないとね?」
「き、聞いてたの!?」
「ん・・・諜報員は何処にでもいる」
散々イチャイチャして今更ではあるが、それでも男同士の話題を、しかも子作りに関する話を嫁から指摘されるのは恥ずかしいらしく真っ赤になるアルベルトであった・・・