閑話 とある少女の独り言~②
「アルベルト様、お久しぶりでございます」
「ロッテさん!お久しぶりです。でも珍しいですね」
「ふふふ、今日はこちらに用事が御座いまして。ほら、御挨拶しなさい」
「はい、お久しぶりでございます。アルベルト様」
「マリ姉!!って、その恰好!?」
「はい、本日よりこちらで働かせて頂きますのでよろしくお願いします」
久しぶりに会ったアルは少し背が伸びた様で、いつの間にか追い越された身長の差がまた広がった様に見える。
久しく顔も見ていなかったが相変わらず姉と呼んでくれる事に表情が緩みそうになるが、横に立つロッテ様から漏れ出す雰囲気に自然と身が引き締まりメイドとしての完璧な笑顔であいさつする
「マリ姉、その話し方どうにかならない?少しくすぐったいよ?」
「いえ、私はアルベルト様にお仕えするメイドですので・・・」
「ふふふ、アルベルト様も私に対してもっと砕けた話し方で構わないんですよ?」
「えっ!?い、いや、その・・・うん、マリアさんよろしくお願いします」
出た!ロッテ様の無茶振りと言う名の指導!! 抑々、彼女に気安く話せるのはソフィア様だけでメネドール様ですら気を使っているのだからまだアルにそんな事が出来る筈がない。
それを敢て口にする事でメイドと主人の関係を教え込んだのだ。 流石はサウスバーグ家を取り仕切るメイド長だ
五年の指導で免許皆伝を貰えたが、それでも遥か高みにいる彼女に追い付く日が・・・いや、もっと自分を信じよう。
「はい、アルベルト様専属として精一杯ご奉仕させて頂きます」
「その話ってまだ生きてたの!?気にする事ないのに・・・って、はい、ごめんなさい。よろしくお願いします」
ふざけた事をいうアルにはロッテ様直伝の【笑顔の威圧】をお見舞いしてやろう。 メネドール様や国王であるジオブリント陛下ですら恐れるこの技にアルが敵う訳が無い
確かに専属メイドの話しはメネドール様の戯れの言葉だったかもしれない。 まだ赤ん坊の頃の話だし成長と共にメネドール様自ら幾つかの進路を提示して下さったのだから
だが、私自身がこの道を進む事を望んだのだ。 大体、此処でアルに否定されてしまったら五年の地獄の指導は何だったのか?と言う話になってしまう
【笑顔の威圧】を受けて慌てて頭を下げるアルの様子に横でロッテ様もウンウンと頷いているし、上々の専属メイドデビューだろう
「う~ん、専属メイドになるんなら紹介しとかないと駄目かな?」
「お呼びでしょうか?アルベルト様」
「うん、僕の乳母姉弟で専属メイドのマリ姉さんだよ」
「おお、これはこれは。私アルベルト様の専属執事のセバスチャンと申します。気軽にセバスとお呼び下され」
ま、まさかアレは話に聞いた【執事の嗜み】!? 主人に呼ばれる気配を感知しその存在すらも気が付かせずに現れると言う、もう既にその技術を継承する者が絶えて久しいと言われる技を披露する者がいるとは・・・
「これはご丁寧に。 私、サウスバーグ家でメイドをしておりますロッテ、と申します。不詳の弟子でございますがよろしくお願いしますね」
「おお、これは噂に名高いサウスバーグ家のメイド長様ですな。その御弟子様となれば・・・いやいやこちらこそよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします。失われた秘伝に言葉を失ってしまい失礼を致しました」
クッ!一瞬で私の実力を見抜かれた!? 本来ならば新参者の私の方が先に挨拶を口にしなければならないと言うのに失われた筈の【執事の嗜み】に驚いてしまい取り乱してしまった
ロッテ様が咄嗟にフォローして下さったがメイド派としては手痛い失点だ。 だが、私の年齢ならばまだ取り返しの付く範囲だ。
素直に謝罪し頭を下げる私にセバスチャン様の瞳がキラリと光る。 間違いを素直に認め謝罪すると言うのは若者に許された技でもある。
まさか、既にセイレケの街に執事派がいようとは思わなかったが、サウスバーグ家はロッテ様の活躍もあってメイド派が主流だ。 ここで私が執事派を勢い付かせる訳にはいかないのだ
「ほほう、その素直な性根はきっとアルベルト様のお役にたつでしょう。共に切磋琢磨してサウスバーグ家を盛り立てましょうぞ」
「そうですわね。領都カモーラを取り仕切るメイドとしてお仲間が増えるのは大変喜ばしい事ですわ」
「な、なんかピリピリしてない?」
「そんな事は無いですよ?アルベルト様お茶をどうぞ」
貴族家のサポートをするメイドと執事。 その家々によってどちらが主導権を握るか裏ではメイド派と執事派の密かな戦いが繰り広げられている
見習い時代の私には知る由もない話であったが、サウスバーグ領はロッテ様とソフィア様の活躍によってメイド派がその実権を握っていた
私もロッテ様の直弟子として特訓を受けるに当たってその辺りの知識を徹底的に叩き込まれたが、こんな事を主人に気取られる訳にはいかない
主人であるアルの気分を落ち着かせるべくサウスバーグ家標準エプロンドレスのポケットから取り出した茶器でアルの好みに合わせた紅茶をそっと差し出す。 これぞメイド派の奥義【究極の持て成し】に含まれる【メイドのポッケは魔法のポッケ♡】だ
「おお、私としたことが失礼しました。 それではお茶菓子をどうぞ?」
「!?」
だが、こちらの奥義に驚きもせずに挑発的な瞳を向けたセバスチャンさんは【執事の嗜み】の【紳士の内ポケット】から取り出したお茶菓子をアルの前に並べる。 何気に私の淹れた紅茶の味わいを高める究極の組み合わせになっている処がこの男の執事力を示していた
「あらあら、お二人ともアルベルト様が困っておいでですよ?」
「「!?」」
「いや、ロッテさんそれは幾らなんでも・・・」
だが、それを上回るロッテ様のメイド派究極奥義【魅惑のスカート】が炸裂する。 メイド派の初代はその拡張空間にて主人を匿い敵からの攻撃を凌ぎ切ったと言う
その時助け出された主人の顔はだらしなく歪み切っていたと言うが、ロッテ様のガーターベルトならばそれ以上の魅力があるに違いないでしょう
「ま、まさかこれほど完璧な技を披露されるとは・・・このセバスチャン、思い上がっておったようですな」
「ふふふ、セイレケの街とアルベルト様の事をよろしくお願いしますね」
「はい、マリア殿と共にアルベルト様に存分にお仕え致しましょう」
「え~と、なんかよく判らないけど皆も一緒に楽しもうよ?」
敬服したように頭を下げるセバスチャンさんの様子に満足そうに微笑むロッテ様であったが、この部屋の主人であるアルにはいまいちよく判っていない様子だ
メイド派と執事派の争いを圧倒的な技でマウンティングを示したロッテ様の貫録勝ち。 長年続くその争いの謂わば代表戦が繰り広げられた部屋の空気は未だ緊張感を漂わせていた
だが、それでもロッテ様が出された完璧なアフタヌーンティー一式を皆に勧めるアルの変わらないその優しさに部屋の空気が和らぐ
「ふふふ、アルベルト様には敵いませんわね」
「はい、私どもには勿体無いご主人様ですな」
「うん?なんかよく判んないけどこれからもよろしくね」
大好きなスコーンを頬張りながら微笑む弟に心の中で「お姉ちゃんに任せなさい」と呟いてみるのだった・・・
これまで隔日での投稿でしたが来月中程まで投稿が不定期になるかも知れません
仕事が多忙な処に加えて人手不足で今迄の様にはいかなくなってきて・・・
出来るだけ時間を見つけて執筆するつもりですのでよろしくお願いします