特訓~⑦
「ちょっと、アル。魔闘剣じゃなくて魔法剣で斬り付けてみてよ」
「え!?それだと僕、火傷するんだけど?」
「いいから!後で直してあげるから!!」
「いや、熱い事自体が嫌だよ」
「ア・ル・ベ・ル・ト・さん?」
「わ、判ったよ。もう、強引なんだから」
ニッコリ微笑んでいるが目が笑っていないエリザベスの迫力に負けるアルベルト。 多少の火傷位なら回復魔法で治るとはいえ熱い物は熱いと言えばいいのに何とも意気地の無い様子であった
「ていっ!」
「うん、やっぱり!!」
もう一度とか言われない様に気合を込めたアルベルトの一撃は、しかし今度は鱗に傷すら入らなかった。 だが、その事自体は予想済みだったのかエリザベスは落胆する事も無く、寧ろ何かを掴んだ様に嬉々としていた
「熱ッ!、べスもう一度とか言わないよね」
「大丈夫よ、絡繰りは読めたわ」
「そうなの?あれだけで判っちゃうなんてべス今日は冴えてる」
「今日はって何よ、今日はって!」
普段はポンコツ姫であるエリザベスがワンアクションだけでマーリンが仕掛けた謎を解くのはかなり珍しいだろう。 アルベルトにしてみれば最悪もう一度火傷する羽目になるかも?と身構えていたのだが、自信あり気にドヤ顔の様子を見れば期待できそうであった
「魔力よ。鱗の下、レッサードラゴンの体自体に魔力を弾き返すように障壁を張っているんだわ」
「って事は、やっぱり・・・」
「ん・・・マーリンの仕業?」
「まぁそうでしょうね。 こんなスキルを持ったレッサードラゴンなんて聞いた事ないもの」
『ほっほっほ、正解じゃ。一匹目は一瞬で倒されて障壁が間に合わなんだが、二匹目は準備できてたのでな』
三人のジト目に睨まれても笑顔を崩す事無くアッサリと白状するマーリン。 当然、彼にしてみれば修行の一環であり悪びれる様子は無い
彼がレッサードラゴンに掛けた魔法は、かつてアルベルトに教えた魔法障壁の発展版とも言える物で、受けた魔力にのみ反応して発動する。
此処で需要なのは反射魔法の様に魔法を反射するのではなく、魔力を帯びた物であれば即座に反応する事だ
つまり、アルベルトの攻撃が鱗に罅を入れる程度になってしまったのも、魔闘剣に込められた魔力に反応した障壁がそれを弾き返す事で、アルベルトの攻撃を軽減させていたのだ
如何にアルベルトの攻撃が鋭くても、込めた魔力分が弾き返されて相殺されてしまえば頑丈な鱗を砕き、その肉体まで斬り裂く事は出来なかった
『ほれほれ、よそ見をしておると危険じゃぞ?相手は待ってくれんからの』
「クッ!べス、どうすれば良いの?」
「どうすればって、そんなこと私にわかる訳ないじゃない。私はマーリンさんの魔法を見破っただけよ!!」
「いや、さっきまでドヤ顔だったじゃないか・・・」
「ん・・・所詮はエリザベス」
マリーンの魔法を見破ったエリザベスであったが、冴えているとは言ってもそこが限度であり、魔法の構成を見破った訳でも無く、解呪出来る訳では無い
だが、彼女の名誉のために言えばマーリンの魔法をたったワンアクションで見抜いた事は並大抵の魔法使いに出来る事では無い。
ただ、火傷したアルベルトや期待したヴィクトリアにはやはり落胆も激しかったようで、先程までマーリンに向けられていたジト目は彼女に向かうのだった
『ほっほっほ、この魔法は魔力を一切受け付けなくなるからの、回復魔法すら効かなくなる欠陥品じゃ。 そのかわり解呪も効果は無いぞ?』
「ほら!やっぱり私は悪くないじゃない」
ジト目を向けられたエリザベスは勝ち誇ったように二人に抗議する・・・が、二人の非難はマーリンの魔法が解除不能だという事では無く、抑々それを見破れなかったにも拘らずドヤ顔で自慢していた事なので、彼女の抗議は受け入れられなかった
『まぁこのままでは埒があかんからの。 さっきも言うたがこの魔法は欠陥品での、物理攻撃には意味を為さん。』
「って事は魔力さえ使わなければ問題ないって事?」
『ほっほっほ、そう言う事じゃな』
早く倒そうとするが為に大技に頼りがちなアルベルトに戦い方の基礎を学ばせる為に、あえて試練となる様に態々欠陥品の魔法を掛けたマーリン。 セイレケの街への不安も判るがレッサードラゴンごときは通常の剣技で倒すべし、と言いたいらしい
大体、ドラゴンとの戦い自体は幼少の頃に既に経験しているアルベルトなのだ。 バイマト達の協力が有ったとはいえセイレケの街への被害を押えるという足かせが有ったとしても成長した今ならばなんとか出来て当然と言いたいらしい
「ん・・・私役立たず?」
『ふむ、どうにもまだブラド殿の教えが身についておらんようじゃの。抑々、ヴァンパイアとしての身体の動かし方を知る前はどうしておったのじゃ?』
一方でヴァンパイアとしての身体の動かし方を学んだヴィクトリアには魔力を含まない攻撃自体が不可能と考えていた。 だが、抑々祖父であるブラドからその事を学んでいなかった彼女の攻撃は純粋な物理攻撃であった
ヴァンパイアの身体能力をフルに生かす為にその事を学んだ彼女ではあったが、要は未だそれを会得しきってはいないという事だ。 自身の身体を完璧に制御が出来れば攻撃に魔力が含まれる事は無い筈だ
「じゃあ私は・・・」
『儂の魔法をお主の盾に活かせたら面白いと思わんか?』
「私の盾に?・・・ふふふ、良いわね。どんな攻撃も弾き返す魔法の盾ってのも良いかもしれないわ」
『まぁどんな攻撃も、というのが実現可能かは判らんがの』
マーリンの様な賢者ならばともかく魔法使いにしては術式を、というよりも複雑な事を考えるのが苦手なエリザベスにそれが可能か?という事は置いておいたとしても究極の盾を作り出すのは中々難しい
だが、彼女はその才能よりも魔法神の加護という最強の武器がある。 彼女が望むのならばあの甘々な魔法神ならばなんとかするだろう、といった目論見があった
『ほっほっほ、さあ判ったらサッサとやっておしまい』
「「あらほらさっさ!」」
どこぞの悪役の様な言葉を交わしたヴィクトリアとアルベルトは「グルル」と喉を鳴らすレッサードラゴンに向かって走り出す
アルベルトは黒帝を両手に持ちその一撃の威力を高め、先行するヴィクトリアはアルベルトの攻撃を成功させるべく相手の注意を引くつもりの様だ
だが、牽制とはいえヴァンパイアの身体能力を用いての格闘戦は信じられない程の衝撃を対象に与える事が出来る。 ヴィクトリアが自身の身体操作を完璧に行う事が出来ればそれだけで致命の一撃を与える事も可能だろう
「ん・・・闘気拳」
エリザベスが最も多用する攻撃手段である闘気拳。 全身に巡る闘気をインパクトの瞬間に拳に集中する技だ。 当然そこには魔力は介在しない。 後は自身の身体を流れる魔力を完璧に抑え込めば問題は無い
「おおおお!」
「キシャアアアアア!」
闘気に幾何かの魔力が混ざり込んだのか、それとも相手が最下級とはいえドラゴンであったからなのか。 おそらくは前者であろう理由でヴィクトリアの攻撃は普段よりも聊か精彩を欠いた
だが、上段から振り下ろすアルベルトの一撃は己が力とテンゲンが自身の技術を全て盛り込んだ黒帝の鋭さによって、レッサードラゴンの鱗を突き破りその身に深い傷を走らせる
返す剣で更に追撃を狙うアルベルトの攻撃は、しかし怒りと共に振るわれる尻尾の攻撃を躱す為に不発に終わる。 だが、その怒りの一撃は低い姿勢から伸び上がるように放たれたビクトリアの拳に高々と舞い上げられ不安定に身を捩ってそれを繰り出していたレッサードラゴンの体勢を前のめりに崩す
「ん・・・アル!」
「判った、ヴィクお願い」
両手を組んでアルベルトを迎えたヴィクトリアの力も相まって高々と飛び上がるアルベルト。
「べス!!」
「まっかせなさい。 エアブロック!」
そのまま空中でクルリと体勢を変えたアルベルトの足元にはエリザベスが創り出した空気の塊。 物理的な強さを持つそれは攻撃には使えないが足場としてアルベルトの力を受け止めるには十分な強度を持っていた
逆さまを向いた状態で空気の塊を支えに下方に弾け飛んだアルベルトは黒帝を真っ直ぐに構え急所である後頭部へと真っ直ぐに落下していく
「ズダンッ!」
という鈍い音と共に着地したアルベルト。 その手には黒帝は無い。 自身が最も信頼する愛用の剣はその手では無くレッサードラゴンの後頭部から喉元にまで真っ直ぐに突き刺さっていた
グラリと傾くレッサーデーモンが大地にひれ伏す前に身軽にその身体に飛び付き剣を回収する。 如何にもう一振り白帝が有るとはいえ戦いの場に於いて武器を手放すのは余り褒められた事では無いだろう
だが魔力の使わない自身の攻撃力を試すと言う意味では落下エネルギーも加えた今の攻撃は悪くは無い。
『ふ~む。余り大技ばかりじゃと色々心配なのじゃが・・・』
「う~ん・・・でも男の子だししょうがないんじゃない?」
『フム・・・大技の使えん様な敵を用意するべきかの~』
「・・・一応参考に聞いとくけどどんなのを考えてるの?」
『うむ、ロックタートルをアダマンタイトで・・・』
「いや、それこそ必殺技が必要よね!?」
マーリンが具体的な事を言い出す前に突っ込みを入れるカリュアー。 只でさえ硬いと言われるロックタートルと最高硬度と言われるアダマンタイトの組み合わせの時点でどうなるのか判ってしまったのだろう
基本的な剣技や武技で戦わせたいのであればもっとやり様が有るだろうに、と考えているようであった。
だが、常人の斜め上の発想をするからこそマーリンは伝説の賢者にまで登り詰めたのであって、常人と同じ発想ではあれだけの偉業を残せはしなかったであろう
ただ、彼の場合それが斜め上過ぎという事では有るのだが、伝説の賢者と書いてやり過ぎ賢者と読まれた位なので仕方ないと諦めるべきだろう
問題はそれに付きあわされているアルベルトの方であるが、彼もまた常識の斜め上の英雄になるのならばそれも良いかもしれないと、自身の愛し子を眺めながらつらつらと考えるカリュアーであった・・・