特訓~④
「なかなかやるじゃないの」
「ん・・・特訓の成果」
「でも、負けないわよ!!」
「ん・・・絶対勝つ!!」
エリザベスの操る魔法の剣を巧みに躱したヴィクトリアはそのまま動きを止める事無く間合いを詰めて、大きく振りかぶった拳を魔法の盾に叩きつける
振り下ろした勢いで反発する力を活かして前転する様に宙を舞うと体全体を使って踵からエリザベスの頭を狙う。 だが、エリザベス自身にその動きが追えなくとも自動迎撃の魔法の盾はその攻撃を防ぐべく間に入る
刹那、砕け散った盾の破片がキラキラ舞う様に見惚れる事無くエリザベスは手に持った両手持ちのバトルアックスをがら空きになったヴィクトリアの胴に向かって振りだす。 が、それが命中するかと思った時にはヴィクトリアの身体はスゥッと霞を残す様にその存在を消してしまう
「え~と、色々突っ込み処が満載なんだけど・・・」
『ほっほっほ、べスも色々努力したからの』
「うんうん、ヴィクトリアちゃんもヴァンパイアの戦い方をしっかり学んだみたいだね」
自分の妻である二人の戦いに目を瞠るアルベルト。 一人取り残された状態で基礎訓練に没頭していた彼にとって二人の進歩は思っていたよりも遥かに先に進んでいた
「べスの反応が異常に良いのは・・・?」
『フム、常に自身の魔力を微量に放出する事で攻撃を察知しておるのじゃ』
「いやまーりん、攻撃を察知って簡単に言うけど、ヴィクの動きだっておかしいよね?」
「いやいや、ヴァンパイアなんだから当たり前だよ?」
『今のエリザベスならばあれくらいは可能じゃの』
そう、アルベルトから見てヴィクトリアの動きは特訓の前と比べて格段に良くなっている。 だが、その動きにエリザベスが付いて行っている事も驚きであった
エリザベスの戦い方は魔法の盾に防御を任せてメイスを振り回すだけの、ある意味狂戦士状態と言える物だった。 だが、魔法の盾の自動防御は中々優れておりアルベルトでもその防御を抜くのは困難であったのだが、今のヴィクトリアの攻撃力は盾を粉砕するほどの物だった
それだけでは無い、抑々間合いを詰める際の動きやバトルアックスの攻撃を躱した際の動きはアルベルトの眼を以ってしても掴み処のない物だったのだ
「僕達の身体は魔素で出来ている。それこそがヴァンパイアの利点なんだけどヴィクトリアちゃんはイマイチ理解できていなかったからね」
「理解するだけで此処まで変わりますか」
「まぁ、当然扱い方も覚えなくちゃいけないけど、そこは彼女も始祖の一族だし」
抑々、ヴァンパイア達は空気中に舞う魔力を吸収してそのエネルギーに変えている。 ブラドが言うには魔力を魔素に変換しているらしいがその辺りの事は説明されても人の身であるアルベルトには理解し辛い
ただ、ブラドの説明ではアルベルトが食物から栄養を摂取してその身体を形造っている様にヴァンパイア達は魔素によって身体を形造っているという事だった
「魔素はイメージでその形を自在に変える事が出来るからね。 その本質を理解すれば自身の身体の動かし方も自ずと判るんだよ」
『ほう、興味深い話じゃな。 ひょっとするとチャンの奴もそれを応用しておるのかも知れんな』
ゴドリフィンが身体を霧に変えたのもその理屈を理解しているからだと言う。 今迄のヴィクトリアはその事が理解、というか教わっていなかった為その動きはあくまでも人に準じた者だった。 実際ヴァンパイアの里に生きる者達もその事を知らない者の方が多いと言う
だが、脳が指令を出してから身体が動き出すまでのタイムラグ。 それ自体がヴァンパイアには存在しないのだ。 魔素で出来た身体はイメージ次第でどのようにでも姿を変えるのだ
脳からの指示で筋肉を動かすのと、イメージで身体ごと作り替えるのでは反応速度に格段の差が出来る。 その事がヴィクトリアの動きを抜群に良くしていた
「じゃあ、エリザベスはどうなの?彼女は普通に人間だよ?」
『普通・・・と言って良いのか判らんが、エリザベスも魔力を利用しておるの』
一方のエリザベスは魔力を微量に放出する事でそれが満たされた空間内の動きを感知する事に成功している。 それを新たに生み出した魔法の剣に直結させる事で相手の動く先に攻撃を繰り出す事に成功したのだ
魔法の剣で相手の軌道を限定すれば当然魔法の盾の負担は減る。 剣を避けて間合いに入ろうとすれば当然、その軌道は限られる訳で自動防御に任せておいても十分に攻撃を防げるという事であった
『まあの、実際儂もあの様な手を生み出すとは思わんかった』
「うん、そうだよね。 守りに入るんじゃなく攻めに行くのがべスらしいと言うか・・・」
「でも、うちのヴィクトリアちゃんも負けてないよ?」
マーリンとアルベルトがエリザベスを褒める?というか呆れると言うか、ともかく一方的に話題に上がるのが面白くなかったのか、ブラドは自身の孫にまだ秘策がある事を匂わせる
「ん・・・朧」
「って、なによそれ!!」
「ヴィクが何人もいる!?」
『ふむ、分身かの?歩法に強弱を着ける事で残像を生み出したのじゃな』
「残念。あれ全部実体だよ?」
「えっ!?どうやって?」
元々ヴィクトリアの朧は闇魔法を併用する事で限りなく気配を薄くする技だ。 その上で素早い動きで敵の眼を欺き死角からの攻撃を可能とする技であったが、目の前のヴィクトリアが発動したのはまるで違う物であった
エリザベスの目の前で現れた四体のヴィクトリアは、そのまま中央、及び左右に別れてエリザベスへと間合いを詰める。 中央から間合いを詰めるヴィクトリアの背後に潜む様にもう一体が隠れているがエリザベスの視界には入っていないだろう
少し離れた位置にいるアルベルト達には判っても、同時に左右からもヴィクトリアが間合いを詰めるのだから余程注意深く見なければ気が付かないだろう
正面からヴィクトリアAが間合いを詰め、やや先んじて牽制する様に左のヴィクトリアBが低い蹴りを放つ。 空中に浮かぶ魔法の盾では捌きにくい攻撃だ。 同時に右から迫るヴィクトリアCは、先程の様に魔法の盾を粉砕するべく身体を宙で一回転させて踵落しを繰り出す
「でもね、私の勢力内で隠れられると思ったら大間違いよ!」
だが、エリザベスは自身の魔力を広げた範囲に入った者を見逃す事は無い。 ヴィクトリアBに対しては地に差した剣の横腹で蹴りを受け止め、ヴィクトリアCには魔法の盾を二枚重ねる事でその威力を受け止める。 その上正面からのヴィクトリアAに対しては手に持つバトルアックスを下から切り上げる様にして振るう
「ん・・・無駄!」
だが、ヴィクトリアAは敢てバトルアックスの攻撃を受け止め、そのまま両刃の斧を両手で挟み込む様にして固定すると、陰から飛び出したヴィクトリアDはヴィクトリアAを踏み台にして宙高く舞い上がる
「巨岩落撃蹴!」
「だから見逃してないっての!!行け!千剣の舞」
蹴り足が灼熱の赤に包まれたヴィクトリアDを迎え撃つのは残りの魔法の剣にエリザベス自身の魔法を重ねた剣の舞。
次々と自身に襲い掛かる剣を粉砕するヴィクトリア。 だが剣を粉砕する毎にその赤い奔流は輝きを失い、その威力が眼に見えて落ちていく。 方やエリザベスの生み出した剣は尽きる事を知らないかのように砕かれても愚直に自らの主の敵に向かって行く
「貰った!これで今日のイチャイチャは私の物よ!!」
「って、何賭けてるの!?だから妙に二人とも真剣だったの!?」
ヴィクトリアDは舞い踊る剣にその勢いを殺され、やがてその身体は霞を残して消え去る。 Aは未だ力比べの最中であり、牽制に回ったBとCは魔法の盾を打ち破る事が出来ていない
「これが本当のメテオよ!灼岩召喚!!」
「ちょっ!アレってテンゲンの作ったメイスじゃないの!?マーリン大丈夫なの!?」
『ほっほっほ。流石にヤバいかも知れんの。アルよ障壁の準備じゃ』
召喚魔法の奥義の一つである灼岩召喚。 だが奥義と言っても初歩の奥義であり案外扱える者も多いのが現実で見た目の割には威力は無かったりする。 とはいえ、攻城戦でも使われる位なので通常ならばこんな場所で使って良い魔法では無い
当然、マーリンも扱える魔法であり彼がその程度の被害を想定していない訳も無く、通常の灼岩召喚であれば問題は無かった
だが、エリザベスはその灼岩をテンゲン作で自身が今迄使っていたメイスを召喚する事で代用していた。 灼岩といえども所詮は岩であり、その質量はともかく頑丈さではどちらが上か言わずとも判る話だ
しかもエリザベスは質量の代わりにメイスが赤熱するほどの速度を付与する事で魔法の威力を上げていた。 こうなってはマーリンご自慢の訓練場も流石に被害を免れない
「うん、大丈夫だと思うけどね」
「ん・・・隙あり?」
「って、あんた何処から!?」
「ん・・・一本」
アルベルトとマーリンも障壁を張るのに必死になっている最中、現れたの新たなヴィクトリアが勝ち誇るエリザベスの首筋を手刀で軽く打ちすえる
抑々が魔法使いでしかないエリザベスはその一撃で簡単に意識を失い、発動していた魔法もその効力を失い、単に上空からメイスが自由落下してくるだけに留まる
「って、五体目!?」
「ん・・・私が本体」
『ほっほっほ、そう言う事か。あれらは全て複製であったか』
「うん、上手に気配も消してあったし合格だね」
「ん・・・イチャイチャは私の物」
「いや、流石に反則じゃあ・・・」
「ん・・・実力!」
フンスと胸を張るヴィクトリアであったが、模擬戦というにはやや反則チックな勝ち方であるのは否めなかった
実戦であればそんな文句も言えないだろうが、ヴァンパイアの自身の身体の特性を上手に使ったとはいえ実際ヴィクトリアの技は初見殺しであり、知っていればエリザベスも違った戦い方を選択していただろう
『ふむ、気配を読める事が慢心に繋がった様じゃの』
「それで納得してくれるといいんだけど・・・」
「ん・・・問題ない。次もイチャイチャを賭ける」
「まぁそう言う事なら・・・」
『ほっほっほ。それよりもアル自身もウカウカしておれんのではないのかな?』
「うっ!それを言われると・・・」
「ま゛!!」
「・・・黄マッデイ君、本当にお願いね」
自身が賭け事の商品になっていた事に若干不満はあるものの、アルベルトも二人の争いに口を出している場合で無いのだ
今の二人の実力が自身を上回っている事はヒシヒシと感じられていた。 その上アルベルトが行っているのは基礎訓練でありそれだけで彼女たちを上回れるか不安でもあるのだ
だが、今となっては信じられるのは黄マッディ君だけであり今更他の修行をする訳にもいかない
「はぁ~、新婚の筈なんだけどな・・・」
『ほっほっほ。後で蜂蜜酒を差し入れてやるわい』
そう言う意味では無いのだが、取敢えずこの後のイチャイチャの為にもそれを了承するアルベルトであった・・・
無事退院してきました
結果は活動報告にて