エリザベスの細腕奮闘記
「お~い、姫さん。これは何処に置いとけばいい?」
「それは天窓に使うからそっちに、ああ優しく扱ってね?」
「判ってるよ。 なにせ自分達で作ったんだからな」
図面と睨みっこしながら作業に没頭していたエリザベスにドワーフの職人たちが声を掛ける。 背の低い彼等が短い手を一杯に伸ばしながら複数で運んできたソレを指示された場所にゆっくりと積み上げていく
「まさかこの歳でこんなモンを作るとは思っておらんかったぞ?」
「まぁそこは悪かったと思ってるわ」
「気にするな、偶には良いもんだ」
マーリンの知識で作った蒸留酒が豊富にあるセイレケの街には数多くのドワーフ達が住んでいる。 元々鍛治に関しては高い技術を持つ彼等だが、セイレケの街に住むドワーフ達の技術は彼等の集落に比べても非常に高かった
彼等の好物である蒸留酒も今では量も確保できるようになり不自由なく飲めるようになったが、貴重な物は作品発表会の上位に入らなければ手に入らない事もあってその向上心は非常に高く発展著しいセイレケの街の代表的な産業の一つにもなっている
今回、アルベルトの結婚式を開く教会の新設に必要なステンドガラスを作るのに彼等の持つ炉を使わせて貰ったのだ
鍛治に使う炉とガラスを作成する炉は若干違うのだが、突貫工事で進む教会の建設に一から炉を作っていたのでは間に合わず、さりとて割れやすいガラスを遠く王都から運んでくるのも困難な為、緊急避難的にドワーフ達の炉を借り受けたのだ
ドワーフ達にとって自分の炉というのはある意味神聖な不可侵の物であり、初めは難色を示した彼等であったが、そこはドワーフの性なのか一度手を掛け始めれば、結局新しい物作りにハマってしまいその品質は非常に高かった
「ガラスに鉱石の粉末を混ぜるとこんなにも綺麗な発色をする物なのじゃな」
「ええ、面白いわよね。王都から取り寄せた資料を見た時は半信半疑だったけどね」
「儂らも勉強になった。 特に装飾や冶金を得意とする者達は興味津々じゃった」
ドワーフ達にも得意分野があり、今回の作業は装飾を担当する者や新しい金属を開発する者には特に人気であった様だ。
「それにこの細い棒、初めは馬鹿にされてるのかと思ったぞ?」
「私もこんな使い方が在るなんて思わなかったけど、実際かなり丈夫になってるわよ」
「アルベルト殿は本当に物事を良く知っておるの」
「へへ~、自慢の旦那様よ」
「おうおう、お熱いこって。式には祝いの品も届けるから楽しみにしておいてくれよ」
ステンドガラスの横に積まれた同じ太さの金属の棒、それを見ながら笑うドワーフ達。 ステンドガラスの作成よりも反対が多かったソレは、実際に使い方を見せるまでに費やされた蒸留酒の量を考えればどれだけ彼等のプライドを傷つけたか判る
今回、アルベルトと二人の婚約者との結婚式に使われる教会だが、そう言った慶事に使われるだけでは無く非常時には民衆の避難場所といった意味合いもある
その為強固な作りになるのは当然の話で石材を切りだして積み上げるのが一般的な方法だ。 とはいえ、石材を積み上げただけではその強度はたかが知れており組み合わせによる重さの分散で強度をを出さなければならない
その為、非常に分厚い壁を作らなければならないのだが、それを解決したのがアルベルト考案、というかマーリンの知識に有った鉄筋を埋め込む方法であった
セイレケの城壁すらも造り出したエリザベスにとって教会の壁程度を造りだすのは問題にすらならない。 そこにドワーフ達の作り出した鉄筋を指定通り埋め込む事など造作も無く、今迄に無い建築速度と強度を実現していた
抑々、ヴィクトリアの実家に挨拶に行くアルベルトに付いて行かずにセイレケの街にエリザベスが残ったのは、少しでも早く結婚したいという乙女心が勝ったからだ
愛しのアルベルトとの行動を諦めてまで式次第の作成やドレスのデザイン、更には教会の設計にまで手を広げた彼女は余程結婚式に憧れが有ったのだろう。 予算無制限の了解をメネドールから勝ち取った彼女は、自身の魔法をも駆使して準備を進めるだけでは無く現場監督までも兼任していた
「エリザベス様、教会奥に設置する神像をお持ちしましたが何処に置きましょう?」
「待ってたわ。うん、素晴らしい出来ね。そのまま奥に運んで頂戴」
ドワーフ達がにこやかに去った後に運び込まれたのは今日の作業のメインでもある神像達だ。 当初の予定よりも遅れてしまったがその出来栄えは彼女にも満足できるものであった
「いや~儂らもデッサンを頂いた時は驚きましたが、完成して見るとまるでこれが正解の様な気がしてくるから不思議ですな」
「ふふ~ん。うちの旦那様のデザインだから当然よ」
「しかも妙に作業が進みましてな。こう言っては何ですが、初めて作るのにデッサン通り出来あがって手直しの必要も無かったんですよ?」
「そうそう、なんか体調までよくなっちまって徹夜作業も苦にならなかった位です」
「今後はこのデザインで作ると御利益有るかもよ?」
「もう既に依頼も入ってるくらいですから、是非そうさせて貰います」
今迄の神像は伝説にある姿を元に造りだされており、時代と共にその姿を変えて来たものだった。 だが、神々に出会った事のあるアルベルトとマーリンが描いたデッサンはその姿そのものであり、おそらくそれが嬉しかった神々の加護を受けて職人たちに良い影響が有った様であった
実際、その姿は今迄の神像とは異なり男性神は非常に威厳のある物であり、女性神は非常に美しい物であった。 後にその姿を見たアルベルトには自身のデッサンよりも美化されたそれに首を傾げていたが、それでもその出来栄えの素晴らしさに納得はしていた
「姫様、お屋敷の方に仕立て屋がいらしゃっています」
「あら、もうそんな時間?判ったわ設置は任せていいかしら?」
「へい、お任せください」
神像の出来栄えを確認したエリザベスは彼女の侍女も兼ねる魔法兵の呼び出しに、作業を職人たちに任せて屋敷へと戻る。 何度か打ち合わせて来たドレスの試作が出来あがったのだ。
「姫様を更に美しく見せるデザインの物を数点お持ちしました」
「う~ん・・・イマイチね」
結婚式を迎える乙女の一番の関心事であるウエディングドレス。 式次第から教会の建設まで行うエリザベスだ、此処にその関心が向かない訳が無かったのだが試作品を見た彼女の表情は暗い
並べられたドレスはハイネック、若しくはボートネックの所謂クラシカルなデザインで、スカートもウエストの絞られたAラインの物かフワッと広がったプリンセスラインの物ばかりだった
偶に目先の変わった物と言えば胸元に大きなコサージュの付いた物やヒラヒラとギャザーの入った物しかないが、その理由は仕立て屋からは間違っても口に出せなかった
「ヴィクトリアのドレスはどうなっているの?」
「い、いや、その・・・ヴィクトリア様の方はお任せでいいと言う話でしたので・・・」
「いいから見せなさいよ!」
既に色々察しているエリザベスの剣幕に負けた仕立て屋が取り出したヴィクトリア用のドレスは、どれも胸元の大きく開いたドレスやビスチェタイプの物で、身体の線が出やすいマーメードラインが綺麗なカーブを描いていた
「この差は何でかしら?」
「い、いや、そ、そのですね、ヴィクトリア様は非常に小柄ですのでカーブの位置を高めに折り返しますとスッキリ見えまして・・・」
「そこじゃないって判ってますよね?」
ニッコリと微笑むエリザベスの眼は笑っていなかった。 それが判っている仕立て屋は無難な説明で乗り越えようと試みるが彼女の追及は止まらなかった
方やデコルテを強調して身体のラインを強調するドレス。 一方はその部分を隠すようにしてウエストを絞る事で何かを誤魔化すラインのドレス。 どちらのデザインも非常に優れた物で花嫁を彩るのに不足は無いものだ
だが、問題は新郎のアルベルトに対して両脇に二人の花嫁が並ぶ事だ。 方や強調、方や誤魔化し・・・それが並んでしまえば来賓の方々からどう見られるかは考えなくても判るだろう
「じ、実は、その、方法が無くも無いのですが・・・」
「・・・言って御覧なさい」
「はい、公国のレベッカ様から公国式のドレスのデザインの使用を認めるとのお手紙を頂いてまして」
「公国式?初めて聞いたわ」
「は、はい。私も知らなかったのですが、この度親友へのはなむけという事で門外不出のデザインを頂いてまして。その試作が此方になります」
肩を出したビスチェタイプで、美しいAラインのそれは身体の細い、所謂スレンダーなタイプのエリザベスの身体を非常に美しく魅せる物だった
だが、仕立て屋も一度は悩んだそのデザインでは胸元がどうしても浮いてしまうという、ちっぱい花嫁には決して用いてはならない物であった
「どうやら公国の姫様達は遺伝的に皆さま慎ましいお胸を・・・」
「慎ましい言うな!!」
「えっと・・・ともかく、これをご覧ください!!」
どう言葉を繕っても無駄と悟った仕立て屋は公国秘伝のデザインの要訣を晒す。 ドレスを背中側から大きく開いてビスチェタイプの胸元の裏地を広げればそこに在ったのは・・・
「これで下から、その、姫様のお胸を盛・・・いえ失礼、支えるデザインになっております」
「・・・」
盛ると言い掛けた仕立て屋をエリザベスの無言の圧力が言い直させる。 一瞬言葉に詰まったものの、そこは仕立て屋も海千山千の強者、直ぐに適切な言葉で誤魔化す
「それと、後日になりますが職人を手配するとの事ですのでそれを見越したドレスのサイズが指示されております」
「職人?サイズ?どういう事!?」
「公国の侍女の特殊技術らしいのですが、結婚式前にサイズアップが可能だと・・・」
「サ、サイズアップ・・・」
「ええ、個人差はあるようですが二カップ程・・・」
「二カップも!!ああ、レベッカ・・・心の友よ」
天を仰ぎ涙を堪えるエリザベスの脳裏にはきっと旅支度の最中に共に悩んだあの光景が広がっているのだろう
「ただ、職人の手配には流石に費用が・・・」
「問題ないわ!直ぐに手配して頂戴!!」
「承りました、早速ドレスのデザインと合わせて手配させて頂きます」
メネドールからは予算無制限の言質を取っているエリザベスにとって費用は問題の無い事であった。 ましてや教会建設の時間短縮の為に自らの魔法を使っているのだから全体的な予算は当初よりもかなり浮いている
しかし、側に控える魔法兵は予算の報告にはどう記すつもりだろうかと、さらしで潰した自身の豊かな胸に手を当て主人の悩む姿を想像していたのであった・・・
うん、エリザベスの話になると筆が進む・・・
ポンコツ王女様に幸あれ