ヴァンパイアの里~②
「ささ、こちらですよ」
「は、はい。えっと、お邪魔します?」
「ようこそアルベルト様」
「えっと・・・」
「ん・・・お爺様」
「え?ヴィクのお爺様って事は・・・」
『ほっほっほ。アルよ、これは一本取られたな』
ナルの案内で屋敷へと誘われたアルベルト。 緊張もありはするのだが気さくに案内される事で流されたとでも言うべきか、警戒心が若干緩くなっていた様だった
その為、屋敷で迎えてくれた相手の事に頭が回らなかった。 しかしこれは何もアルベルトだけのせいでは無く、その人物が彼の想像していた姿と余りに懸け離れていた事と、もっと威圧感のある人物だと思っていたからだ
なにせ、屋敷の奥にいるであろう人物は神々の理を自力で突破して新しい種族を造りだした始祖である。 ましてや結婚の報告をしなければいけないアルベルトは、相手が屋敷の奥で待ち構えている物だとばかりと思い込んでいた
だが、屋敷の扉の所で出迎えてくれた人物はニコニコした表情を崩さない初老の男性。 しかも燕尾服に蝶ネクタイで正装しており伝説にある姿とはかけ離れていたのだ
「では、こちらへ」
「は、はい」
「そう緊張せずとも大丈夫ですよ?取って食うという事はありませんからな」
右手と右足が同時に出てもおかしく無いくらい緊張しているアルベルトを軽い冗談で和ませようとするヴィクトリアの祖父。 しかし只でさえ結婚の報告という緊張する場面の上に、不意打ちとも言える出迎えで混乱するアルベルトにはその気遣いは届かなかった
「さて、それではこちらにどうぞ」
「え!?い、いやそこに座る訳には・・・」
『いや、アルよ。お主はそこに座らねばならん。御当主の気遣いを無駄にしてはいかんぞ』
「ん・・・アルは私の主だから」
「ほっほっほ、そう言う事ですぞアルベルト様」
指し示されたのは部屋の奥にあるソファー。 上座でもあるその場所は本来ならば屋敷の主が座る場所であり、来客のしかも結婚の挨拶に来た男の座る場所では無い。 だがマーリンとヴィクトリアはアルベルトこそがそこに座らなければならないと言う。 更にはマーリンと同じ笑い方でヴィクトリアの言葉を肯定する老人に、イマイチその理由が判っていないアルベルトは、だが全員にそう言われては頑なに拒む事も難しかった
「それでは改めまして、ヴィクトリアの祖父のブラドと申します。以後よろしくお願いします」
「は、はい、アルベルト・サウスバーグです。お、お孫さんを僕に下さい!!」
「ん・・・嬉しいけど、ちょっと違う」
『そうじゃの、この場合はもっと堂々とせねばならんぞ』
「はい、アルベルト様は我々を導いて下さるお方ですからの」
どのタイミングで言えば良いのか判らず、しかし絶対に言わねばならないと思っていたアルベルトの言葉。 それは彼の想像とは違ってかなり場違いな物ではあったが、きちんと挨拶をしてくれた事はヴィクトリアには喜ばしい事であった
抑々、始祖であるブラドが示す態度は孫娘の結婚相手への態度では無かった。 屋敷に入るアルベルトを出迎え自ら応接室に案内して上座に座らせる
それは自分よりも目上の相手に対する態度であり、アルベルトを自分よりも上位に置いている事を示す物であった
マーリンが初めに言った『一本取られた』というのも、ブラドの意図に気が付いていたからに他ならない
「導くって?僕はヴィクトリアと結婚するだけですけど」
「ん・・・古の契約」
「え!?アレって僕とヴィクだけの話じゃないの?」
「ヴィクトリア?、契約の内容は説明してあるのじゃよな?」
「ん・・・以心伝心?」
「いや、流石に契約の内容までは判らないよ?」
ヴィクトリアとアルベルトは出会った時の契約により、ヴィクトリアの能力の一部がアルベルトに流れ込んでいる。 その他にも二人しか判らない絆を強く感じていた
だが、アルベルトはそれが始祖の一族に伝わる古の契約の成果とは聞いていたものの、あくまでもヴィクトリアとの間に結ばれている物であり、ブラドの言うヴァンパイアを導くと言う言葉にはまるで心当たりが無かった
「抑々、古の契約というのはですな、世界の理から外れた儂等ヴァンパイアをを再び世界の元に戻して下さる救世主との契約の事ですのじゃ」
「きゅ、救世主!?僕、いつの間にかそんな大それたものになってたの?」
「ん・・・アルは私の主」
「ヴィクトリアだけでは無くヴァンパイア全体の、という事ですな」
『まぁヴァンパイア全体の主であれば、ヴィクの主でもあるという事じゃな』
「いや、間違ってないけど・・・」
普段から言葉足らずな彼女ではある。 確かに契約の時から彼女はアルベルトを自らの主と言っていたのは間違いないが、そこからヴァンパイア全体の主でもある事を理解するのは無理という物だった
しかも、幼い頃より聞かされた自らの運命の相手を想像の中で膨らませていたヴィクトリアは永遠の愛という条件をある意味一方的に成立させており魔力の譲渡も説明もしないままに済ませてしまっていた
アルベルトにしてみれば、古の儀式とは言っても彼女の意思のみで成り立った物であり、そこまで大それた物だとは認識していなかったのだ
始めは受け身の姿勢で受け入れたヴィクトリアの愛情ではあったが、そこには絶対の絆も存在しており今ではアルベルトにとっても彼女は大切な人である
だからこそ始祖の一族という未知の力を持つ種族に殴られる覚悟で結婚の挨拶に来たのだ。 それがまさか一族を導く存在と言われるとは思ってもいなかった
「えっと、言い難いんですけど表向き第二妃って事に、い、いや勿論、愛情は平等に注ぎますけど!」
「許すも何も、我らはアルベルト様に仕える身。 それが受けいれるだけでは無くヴィクトリアを妃にして貰えるとは感謝しかありませんぞ?」
「ん・・・気にしない」
イマイチ納得できてはいないアルベルトではあったが、ここまでブラドは一方的に遜ってくれており一番言い難かった事も受け入れて貰えるのではと期待を込めて切り出す
出会った順番から言えばヴィクトリアが正妻であり、エリザベスが第二妃という事になる。 だが仮にも王国に所属する貴族の息子であるアルベルトが、王家の姫を第二妃というのはいろいろ問題が有った
ヴィクトリア自体はそんな事はまるで気にしていなかったが、とはいえ相手は伝説の種族であるヴァンパイアの始祖の一族であるのだ。 王家とは違うものの種族としての問題が絡むため実はアルベルトが一番心配していた部分でもあった
「それに我らも結婚式には呼んで貰えるのでしょう?」
「それは勿論!新婦の親族を招待しない訳にはいきませんから!!」
「ならば我らには不満はございません。 ヴィクトリアの事よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
にこやかな表情で条件とも言えない事を言って来るブラドにアルベルトはホッとしつつも、当然の話ではあるし勢いよく頷く。 彼にしてみれば理由も無く結婚式に親族が出席しないという事の方が有り得なかったのだ
「難しいお話は終わったようですね?」
「アルベルト様、この里の名産であるハーブティですじゃ。特にナルの入れた者は大変美味ですぞ」
「いただきます!」
タイミングを見計らっていたのだろう。 丁度話が纏まった処でナルがワゴンを押して部屋に入ってくる。 香しい匂いが部屋に立ち込め緊張から喉が渇いていたアルベルトには有り難い物であった
「待て!!儂は納得してふべりゃ!」
「おほほほ。どうやら悪い蟲が入ってきたようで・・・失礼します」
「あははは・・・」
再び炸裂したナルの鋭い拳が部屋に乱入してきた誰かを吹き飛ばす。 ヴィクトリアやブラドはそれが誰であったかは判っていたであろうが、敢て口に出す事は無く。 アルベルトも乾いた笑いを浮かべるしかなかった
『ふむ、なにか上手く誤魔化されておる気もするの?』
「マーリン、あんまり不吉な事言わないでよ」
マーリンの言葉に眉を顰めるアルベルト。 彼にしてみれば一世一代の難題をクリアした所なのだからもう少しその余韻に浸っていたかった
しかし、こういう時のマーリンの懸念が案外当たる事を知っているアルベルトは不吉な予感を必死に押し隠すのであった・・・