アルベルトの結婚・・・その前に
「はぁ!?結婚?」
「ハァ♡結婚・・・」
カモーラの街へと移動したアルベルトの話を聞いたメネドールとエリザベスは奇しくも同じ言葉を発する。 ただ語尾のニュアンスはかなり違っており、蟀谷に青筋を浮かべてピクピクさせているメネドールと頬を赤く染めて蕩ける様なエリザベスはその表情が如実に感情を表していた
「う、うん。陛下が婚前旅行の責任を取れって・・・」
「チッ!あのボンクラめ。たかが婚前旅行程度で騒ぎおって」
「ぐふふふ・・・これで、これで晴れてアルベルト様の妻になれるわ」
婚前旅行が《たかが》で済む問題なのかどうかはアルベルトにはイマイチ判らないが、取敢えずはエリザベスが喜んでいるようだったのでその点はホッとしていた
「しかも持参金をケチるとは・・・あ奴、持参金の意味を判ってるのか?」
「あらあら、陛下ったら・・・うふふ」
持参金と結納金、どちらも結婚時に渡されるお金だが基本的には結納金が男性側から、持参金は女性側から相手の家に渡される物だ
王国の場合は家の格が高い方が払う事になっており、意味合いとしては嫁入りに若しくは婿入りに際して準備に使ってください、という物だ
平民の場合はそれほど重視されている物ではないが貴族間ではそのプライド故にケチる事はまずない。 大体これをケチるという事は「お前の家などどうでも良い」と馬鹿にしている様なものであって、そうなれば当然家同士の関係強化には繋がらない
つまり、王家が持参金を大幅に減らすという事は、国境を護るサウスバーグ家を蔑にした上にエリザベスが嫁に入った後に必要な物の準備を適当にして良いと言う意味になってしまう
娘可愛さからくる怒りに我を忘れているジオブリントと未だ独身のアクセルでは気が付いていないのだろうが、実はかなり問題のある行動であり柔らかな表情のままのソフィアも実は目が笑っていなかった
「ち、父上も母上も落ち着いて」
「うふふ、アルちゃん?やってはいけない事も世の中には有るんですよ?」
「大体だな、最初に第三王女を押し付けてきたのは向こうじゃぞ?それを今更になって・・・」
「い、いや、でも・・・」
「でも、じゃありません。 エリザベスちゃんの事を考えてます?」
必死に宥め様とするアルベルトだがメネドールとソフィアから溢れる気配は危うい物だった。 勿論二人ともエリザベスの事を可愛がっており結婚自体に反対な訳では無い。 メネドールが敢て第三王女という言い方をしたのもその辺りの事があるからだろう
しかし、メネドールのいう事も尤もであり、アルベルトのステータスを見て関係の強化を望んだのは抑々が王家の方だ。 それなのに些細な事で持参金を減らすとなれば、サウスバーグ家としては容認できない
一方のソフィアは単純に娘の持参金を減らしたという事にお冠の様だった。 まぁ、通常であれば持参金の額が減るという事は嫁としての今後にも影響する話なのだからソフィアの怒りはエリザベスが可愛いからこそという事だろう
アルベルト自身、持参金の話で此処まで二人が怒るとは思っていなかった。 ジオブリントから言われた時もそこまで考えておらず、ましてや家同士の問題にまで発展するとは思っていなかった
抑々、あまりお金の事を気にしないと言う性格でもあるアルベルトにしてみれば持参金など対して気にしておらず、そんな物が無くてもエリザベスとの結婚は時期を見てする事は決定事項だった
そう思っていた所に出た話であり、エリザベスへのプロポーズだけが気になっていたのであって此処まで大問題になるとは思ってもいなかった
「持参金なんて無くてもセイレケの街にはお金も十分あるし、何だったらお祭りにしちゃえば人も集まるから大丈夫なんじゃ・・・」
「フム、そう言えば盛大にと言われたのだったな」
『これはまた悪い顔じゃのう』
『あら、でもこういう顔の時のメネドールって痛快な事してくれるわよ?』
「うふふ、そういえばセイレケの街にはまだ教会が無かった筈よね?」
「ええ、一応神さまを祀ってある祈祷所の様な処はありますけど本格的な教会はまだ出来ていません」
ザービス教の様なカルトな宗教ならばともかく、通常の教会はあくまでも神さまを祀ってあるだけの施設で布教の為といった意味合いは非常に薄い。 その為あくまでも市民たちの憩いの場としての役割が強かった
その為、未だに拡張を続けるセイレケの街では本格的な教会を建設する場所を決めかねていた。 作ったはいいが市民が通うには場所が遠すぎるという事になってしまっては利用者に不便が生じてしまうからだ
「よし、いい機会だから王都の大聖堂にも負けない教会を建設するぞ」
「ち、父上!?流石にそれは・・・」
「なに、予算は気にするな。 アゼル!前年の余剰金と税収の予測を出せ!!」
「はい、旦那様。 余剰金並びに税収の方は問題ありません。更にセイレケの拡張速度を考えれば十分賄えるかと」
「ええ、旦那様の小遣いも合わせれば完璧です」
「ロッテ・・・儂の小遣いは関係ないだろう?」
「チッ・・・」
「舌打ち!?」
メネドールの指示に家令のアゼルが何処から出したのか書類を手に即答する。 普段から倹約しつつもサウスバーグ領全体に適切な投資をしている彼にしてみれば教会は公共事業の意味合いもあるので特段の問題が有る話では無かった様であった・・・が微妙な駆け引きは存在するようであった
「大聖堂より立派というのは問題が有ると思うんですけど・・・」
「なに、盛大にというのだから仕方あるまい?それともアルは二人との結婚式を祈祷所で上げるつもりか?」
「いや、流石にそれは・・・で、でも大聖堂より立派にする必要は無いと思うんだけど」
「アルちゃん。女の子にとって結婚式は一生の思い出なのよ?立派なお式にするのは当たり前の事なのよ」
必死に抵抗しようとするアルベルトだが、メネドールとソフィアに掛かってはその抵抗も無駄にしかならない。 とはいえ、大聖堂とは国家に一つの物であり象徴でもある為、その国が威信にかけて造るもので通常は首都に有る物だ
それよりも立派な物をサウスバーグ領で造るとなれば色々と邪推されても仕方が無い。 だが、メネドールにしてみれば盛大な式をと言われて必要に駈られて仕方無くと言った理由付けが有るのだから堂々とした物であった
「はぁ~なんでこんな大事に・・・ごめんねべス」
「駄目よアル・・・ウエディングドレスでそんな・・・汚したらどうするの?」
「べス!?妄想が漏れ出してるよ!!」
「はっ!?わ、私ったら・・・ぐふふ」
『どうやら余程嬉しいようじゃの』
「・・・まぁ、それなら良いんだけど」
頬に手を当てクネクネしているエリザベスは結婚式が政治的に生臭くなっている事よりも結婚できるという喜びの方が勝っている様で、聊か危ない方に妄想が傾いているようではあったが自分との結婚をそこまで喜んでくれるのならアルベルトも悪い気がしなかった
「ん・・・ちょっといい?」
「ヴィク?勿論ヴィクも一緒に式を挙げるよ?」
「ん・・・それよりも」
「それよりも?」
「ん・・・父さまに挨拶」
「あちゃ~、それが有ったか・・・」
『ほっほっほ。これは血を見るかも知れんの』
エリザベスの父親であるジオブリントに関しては面識も在り婚約の発表も彼自身がしているので改めての挨拶は不要であった。 しかしヴィクトリアに関しては古の伝説に沿ってアルベルトの元へやって来ており彼女の父親とは面識がない
彼女の話ではヴァンパイアの里全体で送り出しており特に問題は無いのかも知れないが、自身の娘が結婚する相手が一度も顔を出していないと言うのは男親にしてみれば面白くないだろう。
仮に一発殴らせろと言われても義理を欠いたアルベルトに拒否は出来ない、ジオブリントの状態を考えればそう言われても不思議では無い
アルベルトが幾ら高いステータスを誇っていると言っても、相手も伝説の始祖の一族。 マーリンの言う通り血を見る可能性が無いとは言えないのだ
「マーリン、他人事だと思って・・・」
『ほっほっほ、経験者として言わせて貰えば只々誠実にしとるしかあるまいよ』
マーリンとて生前は結婚していた訳で当然相手方の父親には挨拶もしている。 若くして頭角を露わしていたとはいえ、まだ賢者の称号を得る前の話であり緊張も有っただろう
思い出すように遠い目をしながら語るマーリンの助言は、多くの若者がそうであったようにアルベルトにとっても気休めにすらならないのであった・・・
活動報告にも書いてありますが、今日、明日は投稿しますが、月曜から水曜までお休みさせて頂きます