閑話 騎士団長センゴク~若き日の物語~③
「どうした酔い覚ましか?」
「ああ、ちょっとな」
店の奥にある小さな庭で外の風に当たってた俺にソフィアを自宅まで送ってきたメネドールが声を掛けてくる。 結婚の約束をしたとは言え夜も更けて遅い時間になってしまえば、冒険者の泊まる様な宿で同衾する訳にはいかず紳士的な対応を取ったのだろう
その間にスッカリ出来上がったレイナとアルゴを残してもう一杯といった感じで差し出されるグラスには少し強い酒が入っていた
「どうだ、良かったら俺の処に来てくれないだろうか?」
「冒険者上りだぞ?エライお貴族様の処になんぞ・・・」
「まぁ詮索するつもりは無いが・・・その剣、見るものが見れば判る物だと思うがな」
メネドールの言葉の意味が判らない訳ではない、貴族として家を継いだ後も一緒にという事だろう。 流石に主従になれば今の様な関係のままという訳では無いだろう。 それでもこの男ならば、と思わせるだけの魅力は合った
しかし、それでも・・・
否定のニュアンスを乗せた言葉を返せば、こちらの内へと斬り込む彼の瞳には真剣な色合いが浮かび俺の言い訳を予想していたのか背中のツヴァイハンダーを指さされる
広い刃幅に肉厚の大剣と違い、薄い刀身は敵を斬り裂く為の物だ。 主に馬上で使われる事の多いそれを得物にしている俺の出自など少し考えれば判るものだ。
それが判るのは同じ身分に身を置いた者だけ。 同じ冒険者であれば、自身を詮索される事を嫌がって触れられる事の無いものであったが、自身の身分を明かしたメネドールならばそこは気にしないのだろう
「・・・バイマトと言ったか、彼奴じゃ駄目なのか?」
「良い腕だがな、彼奴こそ縛られるのを嫌うだろう。もう少し歳を取ってからだな」
最近良く絡んでくる若者の名前を挙げて誤魔化してみる。 まだ若いが身の丈よりも大きな正に大剣を振るう彼ならば成長すれば、それこそ良い騎士になるだろう
「俺の家は辺境に在って国の防衛を一手に任されている。 信用が置けて腕の立つ奴は貴重なんだよ」
「・・・」
「詮索はしない・・・考えておいてくれ」
ハッキリとは言わずとも、この辺りで国の防衛を一手に任せられるだけの貴族となればどの家かというのは想像が付く。 それを敢て口にするのがメネドールなりの誠意なのだろう。 しかも俺の事情を聞きもせずに勧誘すると言うのだから思い切った物だ
「捨てる神あれば拾う神も在りか・・・」
去っていく彼の後姿を眺めながらポツリと漏らす独り言。 それをグラスの酒と一緒に飲み干せば喉を焼く痛みが落ちていく。 届いた手紙、そこに在った想い、それは酒では流せないもので・・・胸の痛みは治まらなかった
「センゴク!」
「任せとけ!アルゴはメネドールの援護を!!」
古城の内部はそれこそ、魔物達の楽園であった。 角を曲がれば待ち構えていた様に俺達に襲い掛かり、小部屋の中では息を潜めて隠れていた
いつもの連携だけでは到底対応しきれない数、それでも五年の歳月は臨機応変な対応を取れる位には円熟している。
「十で神童、十五で天才、二十歳過ぎれば只の人・・・か」
「なんか言った?」
「何でも無い」
未だしこりの様に残っているのだろうか、それともメネドールの言葉で思い出したのか・・・
口を突いて出たのは父であった男の評判であった。 若くしてその才能を轟かせた父。 軍功を挙げて鳴り物入りで出世街道に入った男は、しかしそれだけの男であった。
幼少に置いて指南役すら倒した自身の武、そして隊を率いての戦闘ならば正しく無敵であった父。
だが、ここぞの戦でその弱点が露見する。 驕った態度に尊大な物言い、そして先達のいう事を聞かない父に付いて行く者は少なく軍を率いての戦いで負けた父は、そして全てを失った
もう少し早く、その欠点が判っていれば父も素直になれたのかも知れない。 今ならばそう庇ってやれる事も出来るが、当時の俺には・・・
「フン!こっちは片付いたぞ!!」
「判った、センゴク少し休め」
愛用のツヴァイハンダーを納めながら振り返ればメネドール達も魔物を斃しきった処であった。 警戒は続けながらも一休みとばかりにドカリと腰を下ろす。
どうにも雑念が頭を過るが、それでもこの程度の魔物達ならば遅れは取らない。 数の脅威だけに気を付けていれば大丈夫であろう
「迷宮って訳じゃなさそうだね?」
「ああ、罠も無ければ宝箱一つ出てこない」
「これはちょっと残念なパターンですかね?」
「まぁそれでも騎士達には丁度良いだろうよ」
お目当ての一つであるお宝は期待できそうも無かったが、それでも逆に考えれば迷宮よりは危険が少ない訳で、最低限の目的である露払いは問題無さそうであった
「迷宮でも無くこれだけの魔物が集まっているならば・・・」
「うん、ゴッツイのが居そうだね」
「最悪は騎士団にお任せしましょうね」
魔物達が集まっている理由を考えれば、きっとそれを率いる魔物がいるのだろう。 ならばそれを倒すのみ。 今後の方針を決めた俺達は腰を上げて再び進みだす。
目の前に現れる魔物を倒す為に剣を振るえば、頭に浮かぶのはやはり昔の事で・・・
「悪いのは儂では無い!あいつが!!そうだ、指示に従わないアイツらが悪いんだ!!」
「見苦しい!!せめて引き際を心得よ!!」
或いはその戦いで命を落としていたならば、また違う展開になっていたのかも知れない。 だが父は醜くも自身の過ちを認めれる状態では無かった。 膨れ上がった自尊心が己の出した結果を認められず高まるのは悪評ばかり
最後は・・・
まぁ父の事は良いだろう、彼なりに責任は取ったとも言える。 後を追った母も或いは幸せだったのだろう。 だが、結局は俺達の家は国から捨てられたのだった
残された俺は・・・そう思えばあの時も手を差し伸べてくれる人もいた。
父とは幼馴染だと言う婚約者の父親はそれでも婿にと望んでくれた
だが、当時の俺にはそれが憐みにしか感じられず、その手を振りほどき国を逃げ出した。 国が父を捨てた様に俺も国も捨てたのだった
父とは違うと叫びつつも、父と同じように武によって身を立てようと志した冒険者の道。 だが、やはり父と同じように仲間を信じれなかった俺は大成する事は無かった
メネドール達との出会いが無ければ、きっとどこかで無茶をしてのたれ死ぬだけであっただろう
ひょっとしたら父にも同じような出会いがあれば違ったのかも知れない。 最近ではそう思い始めるくらいには俺自身も変わったと思えた
過去に縛られるのではなく自身の道を進む時なのだろうと思い始めた時、過去から届いた手紙は俺の心を大きく揺さぶった
「この奥みたいだね?」
「ああ、アルゴ、センゴク準備は良いか?」
「お任せください。ああ、レイナは後ろで休んでてくださいね?」
「なんでだよ!?僕だって役に立つよ!!」
こんな時でも冗談を言える仲間たち。 それに笑顔を向けながら頭のどこかには手紙の送り主がチラつく
「いいか、無理はだけはするなよ」
扉に手を掛けながら真剣な表情のメネドールに頷きながら扉の奥へと突っ込む。 中央に座すそれが雄叫びを上げながら振り上げるメイスをメネドールの大盾が受け止める。 弾き返す事の出来かったそれに身体が後ずさるメネドールを受け止めると、ツヴァイハンダーを掲げて走り出す
「お帰りをお待ちしております」
手紙の最後に記されたその一文。 それを書いたであろう彼女は俺が国を出た時のままの可憐な姿で語り掛ける。 だが、そんな筈は無いのだ。 単純な時間の流れだけの話では無い、手紙の内容を読めば追い詰められた彼女があの時と同じ姿の筈は無いのだから・・・
もう既に捨てた国、捨てた過去の筈だ。 今の新しい冒険者としての暮らしを営む俺には関係の無い話だと斬って捨てても良かった
だが捨てた過去と言いつつだ、手紙を出すには宛先がいる。 そして差出人が宛先を知っていなければ手紙を出す事は出来ない。
国を捨て過去を捨てたと言いつつも、彼女に告げた宛先が未だに俺に繋がっている以上は何処かに捨てられない物が残っていたからだ。 届く事は無い、そう思いながら届く事を期待していた俺の心が揺れる
「センゴク!突っ込み過ぎだ!!」
「クッ!すまないメネドール」
「落ち着け、倒せない相手では無いぞ」
揺れる心では戦いに集中する事など許してはくれなかった。 しかし幼少より父に叩き込まれた武はそれでも戦いを続ける事を許してくれる。 或いはだからこそ無心で剣を振るう事が出来たのかも知れない
そう、これも捨てた筈の過去だった・・・
「良かったら俺の処に来てくれないだろうか?」
過去を捨てて築いた仲間が掛けてくれた声・・・
「お帰りをお待ちしております」
捨てた筈の、しかし今の俺を築いたであろう過去からの声・・・
「ハァハァ・・・」
「センゴク、やったな」
「良いカッコしすぎだよ?」
「そうですね。もう少し頼ってくれても良かったんですよ」
気が付けば魔物は既に地に臥しており、自分の呼吸音が耳に戻ってくる。 後ろから駆け寄ってくる仲間たち
「すまん。ここでお別れだ」
それだけを言ってそのまま走り出したのだった・・・
遅くなって申し訳ありません
しかも終わらなかったと言う・・・
次でラストです!!