ルプス攻防戦~②
「お頭、じゃねぇ隊長。先頭のあいつ【剛腕】ですぜ」
「その後ろにいるのって【冷血の魔女】じゃね?」
「もう一人は見た事ねぇけど只者じゃありやせんぜ?」
「チッ!あいつら王国にいたんじゃ・・・そうか、サウスバーグの奴等が手ぇ貸してんだな」
城門を潜り抜けてきたバイマト達を見た山賊上がりの騎士達。 山賊上がりの彼等は騎士団に所属する前は討伐対象に指定されており、それを請け負う冒険者達とは敵対関係にあった
当然、冒険者の動向には気を配っておりトップに君臨するA級冒険者のバイマトやカイヤの情報も把握しているのは当たり前であった。
アルベルトの家庭教師になった事で目立った活躍こそ減ってはいたが、それでも二人の武勇伝が色あせる訳では無く、寧ろ少なくなった活躍の舞台が難易度の高い物ばかりになり噂が噂を呼ぶ状態で二人の名声は逆に高まった位だった
「おい、正面から戦うな。この戦いはもう負けだ、逃げる算段を頭に入れとけよ」
「へい、隊長。ですが流石に今回もってなると拙いですぜ?」
「まぁな、結構いい稼ぎになったが潮時だろうぜ。って事で隊長呼びも此処までだ」
「おい、お頭の指示をみんなに伝えとけ」
「判りやした兄貴」
山賊上がりの騎士達はレベッカ姫の奪還にも失敗しており今回の防衛戦で逃げ出したとなれば、流石に処分されるだろう。 だがお頭にしてみれば抑々公国に忠誠を誓った訳でもない。 山賊として派手にやり過ぎたほとぼりを覚ますのに丁度良い仕事であっただけで命を掛けようなんて考えは更々無いのだ
寄せ集めの騎士団の中でもお頭率いる山賊団はそれなりの勢力であった。 通常ならば兵士扱いになる程度の実力の手下たちも騎士に叙任されている為、手下たちが丸ごと騎士になったお頭は騎士団でもそれなりの地位にいる
その彼等が真面目に戦おうとせず後方でウロチョロするだけになればバイマト達の勢いを止められる物ではなく、徐々にその趨勢は王子率いる第二騎士団に傾き始める
「オラァ!邪魔だそこをどけぇ」
「バイマト、少し抑えなさい」
眼前に立ち塞がる騎士の長剣ごと叩き切ったバイマトにカイヤが声を掛けて抑える。 既に尻込みした兵士達はバイマト達を避ける様にして正面に立つ事を嫌がり、上官に背中を押された騎士達が渋々前に出て来るだけの状態になっている
そんな状態だと言うのに戦いの熱気に酔った彼は、半円に包囲した彼等に向かう足を止めようとはしない。 このままではバイマトの名前だけが戦いに刻まれてしまう。
幾ら冒険者だとはいえバイマトがサウスバーグ家に仕えているのは調べればすぐ判る事で、彼が活躍しすぎれば折角アルベルトを後方に置いている意味が無くなってしまうのだ
「チッなんだよ、折角暖まって来たってのによ」
「もう私達が頑張らなくても、既に逃げ腰状態の相手ならばセンゴク殿に任せても大丈夫ですよ」
「そう言う事よ、大人しくしてなさい」
寄せ集めだけあって忠誠心や統制とは縁遠い騎士達は上官の眼を盗む様にしてコソコソと逃げ出し始めている。 積極的に前に出なくとも逃げ出さない兵士の方がまだ真面目であった
「騎士団突撃!!」
「おおお!!」
センゴク率いる騎士団は平均年齢が高い分その連携は見事な物であった。 本来ならば騎馬での突撃で一挙に押し出す処なのだろうが、馬の数が揃わないせいで走っての突撃になっている
若干迫力に欠けるものの綺麗に並んだその突撃は既に怖気づいている兵士達には十分であった。
全身鎧に包まれた騎士達の突撃の勢いのままに崩れ去る兵士達。 体勢を崩した彼等はセンゴク達の後ろから迫る王子側の兵士達によって止めを刺されるか拘束されて身動きのできない状態で投げ出される
寄せ集め達の指揮官は必死に大声を出してセンゴク率いる騎士を止め様とするが、彼自身が背中を向けて後退しながらではその効果は殆ど無かった
「無理に追うな!街から追い出せれば十分だ!!」
「王子の指示が聞こえたか!敵を西門へと追い込め!!」
既に総崩れになっている敵の様子を窺っていた王子がユックリと城門を潜ると大声でセンゴクに支持を出す。 元々決められていた指示にセンゴクが更なる大声で指示を出して寄せ集めの第一騎士団を追い込んでいく
ルプスの街の住民に王子の正当性をアピールする名目で予め決められていた指示であったが、こうも簡単に第一騎士団が崩れるとは思っていなかった王子は肩透かしを喰らった気分であったが、表向きは厳しい表情のまま街の大通りをユックリ進む
「ヴィク、隠れている敵に注意しててね」
「ん・・・了解」
「みんな逃げっちゃったんじゃないの?」
『ほっほっほ、用心に越した事は無いからの』
名目上は王子の客分というか、レベッカ姫と行動を共にしているアルベルトだが実際の役目は王子の護衛だ。 兵数で劣る王子側の戦力を護衛に裂くよりもこの三人が側にいた方がよっぽど安全という事でアルベルト達は王子の周囲を固めていた
王子の乗る白馬よりも護衛のアルベルトが乗るラモーヌの方が立派ではあったが、この際その辺りの事は目を瞑ってもらうしかないだろう。 馬を取り換えて欲しいという話も王子側からあったのだがアルベルト以外をその背に乗せるつもりの無い彼女がそれを了承する訳が無いのだ
「ルプスの街の民たちよ、私はアレクサンドル・チュバルだ!街を騒がせて申し訳ない!!」
「おお、王子様だ。」
「レベッカ姫もいるぞ」
「王子と姫様がいけ好かないあいつ等を追っ払ってくれたぞ」
「王子!王子!王子!」
街の中心部まで進んだアレクサンドル王子が街全体に響けとばかりに大声で住民達に叫ぶ。締め切られていた窓から顔を出した住民達がそれを見て答える様にして歓声が広がっていく
余程寄せ集めの第一騎士団の素行が悪かったのか、怯えていた住民達は建物から出て王子の元へと駆け寄りながらその名を銘々に叫ぶ
「私は父である大公に廃嫡され別荘で不遇に耐えていた。 大公の命である以上はそれは仕方のない事であり私に不満があろうとも決定に背くつもりは無かった。 しかし、しかしだ!宮殿に潜む奸臣が公国の民を苦しめるに至っては私も黙っていられない」
「そうだ!王子様、儂等を、公国を救って下され!!」
「ゲンカって奴を宮殿から追い出してください!!」
「皆の言いたい事は判っている。 奴は確かに功績を上げているのだろう、だが公国にはそれ以上に大事な物が有るのだという事を教えねばならん、その為に私は首都へと向かう。どうか我らに力を貸してくれ」
「おお!!」
「みんな王子様の頼みだ、手分けして手伝うんだ!!」
「誰か街長を呼んで来い!!」
「いや、アイツは駄目だ!それよりも有志で行政府に掛け合おうじゃねぇか!!」
余程不満が溜まっていたのだろう。 ヒートアップする住民達は騎士団を受け入れていた街のトップでは無く行政府に直接掛け合う事で王子に協力させようとしていた
辺境と呼ばれるこの地方の民たちはゲンカの政策に元々不満を持っていた事に加えて、今回の第一騎士団の駐留でフラストレーションが爆発したのだろう。 そんな住民達の声に笑顔で手を挙げて応える王子に鳴り止まない歓声が続いた
『どうやら成功の様じゃの』
「うん、ゲンカの名前も出していないし反乱じゃないっていうアピールは出来たんじゃないかな」
「三文芝居ね。どうせゲンカって奴を倒すまで終わらないんだからサッサと宮殿に向かった方が早いじゃない」
『まぁの、しかしこれも政治じゃからのう』
「ん・・・後々?」
「そうだね、大公閣下をどうするかは王子次第だけどね」
ルプスという比較的大きな街で王子の主張をアピールする事でゲンカ打倒後の王子の発言力を増す為にはこういった事も必要であった。
真っ直ぐな性格の王子がそんな事を思い付く訳も無く、また傍にいるセンゴク達にも思い付かない事ではあったが政治という物はこういった積み重ねも必要になる
自身は政治に係るつもりの無いマーリンではあるが、その辺の事を理解してい無い訳ではない。 将来の公国の安泰、強いてはザービス教の排除の為には必要な事であると助言していたのだ
「後はゲンカって人がどう出るかだね」
『ふむ、この事態も読み切っている・・・と思うか?』
「うん、読み切ってるかどうかは判らないけど、可能性として手を打ってそうだね」
「ん・・・厄介」
「ヴィク、街の周囲の警戒をお願いね」
「ん・・・任せて」
「私も頑張る!」
「べ、べスは大人しくしてて欲しいな~」
「ちょっと!随分扱いが違うじゃない!!」
「い、いやほら僕たち目立つ訳にはいかないし・・・」
「なによ!私が出たら目立つって言うの?」
『ほっほっほ、此方もガス抜きが必要かの?』
住民達の歓声の中心で手を振る王子の傍らで手を焼くアルベルトであった・・・