反攻の狼煙~②
「爺さん達疲れてねぇか?」
「はっはっはバイマト殿、心配無用」
「そうそう、久しぶりの行軍とは言え手ぶらで歩けるとなれば楽な物じゃ」
兵士達の先頭を騎乗で進むバイマトの声に元気に答える老人たち。 みな矍鑠としておりその足取りも軽く一般の行軍速度と変わりは無かった
だが農作業などで鍛えているとはいえ、それなりの年齢の彼等がこうも元気に歩けるのはマーリンの研究室で得た魔法の鞄にその武装を預けているからだ。
馬車移動など一部の裕福な者や商人、騎乗ともなれば軍関係者以外は利用しない。 その為徒歩での移動が基本の彼等ではあったが、手で持てる物ならば幾らでも入るこの鞄に兵士の武装を入れる事で彼等の負担を減らそうとしたアルベルトの好意であった
だが、流石に騎士達はその姿を見せる事自体に意味がある以上は鎧を脱ぐ訳にもいかず、王子の周囲にいる彼等は恨めしそうな眼をして兵士達を眺めていた
「アルベルト殿、その鞄・・・」
「あげませんよ?僕もこれしか持っていませんから」
「いや、そう言うつもりでは・・・しかし古代文明遺物、凄まじいな」
「そ、そうですね」
まさか自身の守護霊が創ったものですとは言う訳にはいかず、この鞄を使用するに当たってアルベルトは古代文明遺物である、と説明した
遺跡などで極々稀に発見されるそれらはその仕組みも用途も判らない物が殆どであるが、その中には偶然使い方が判ったものもあり言い訳には丁度良かった。
「ん・・・詐欺?」
「詐欺は言い過ぎじゃない?一応は千年前の物なんだし」
「一万年前も千年前も遥か昔という意味ならば誤差の範囲ですからそれでよろしいかと」
自身の婚約者と執事が身も蓋もない事を言っているが王子には聞こえていない様でアルベルトも華麗にスルーを決めておく。 こんな物の創り方を知っているというだけで、それこそ戦争になりかねないのだから秘匿しておくに限るのだ
「おお!アレクサンドろ様だ、みんな王子様がいらっしゃったぞ!!」
「ふむ、苦しゅうない。みな歓迎感謝する」
「勿体無いお言葉です。 何もない所ですがせめて御ゆるりとなさってください」
予定していた村へ到着した王子一行を迎えた村長が頭を下げるのを威厳を保ったまま慇懃に受けるアレクサンドル王子。 村長も含めて村の住民は王子の目的も既に知っている。 それでもこうして歓迎の意向を示すのはやはり大公家に対する人気の表れであった
ゲンカは革新的な改革などで人気をはくし出世していった男だ。 しかしそれは首都を挟んで小国群や帝国と接した側、どちらかというと華やかで人の移動の多い都会側であったからだ
この村の様にべレス山脈側は良く言えば長閑な、悪く言えば保守的な変化を嫌う田舎だ。 そこに効率的なと言えば聞こえがいいが、ある意味古くからのやり方を捨てさせる行為は馴染まなかった
その為、ゲンカの排除を標榜する王子は古き良き大公家を取り戻す象徴であり、別荘地から此処までの村や町で歓迎を受けていたのだ。
王子自身はそこまで古き良き大公家という物を意識している訳では無くゲンカの内政に対する手腕自体は評価しているものの、このままでは公国自体が変わってしまうと言う危惧で行動を起こしただけだ
だが、此処でそれを言っても始まらない事を理解できない彼では無く、こうやって歓迎を受ける事で民衆の気持ちを理解しているというアピールをしている訳だ
ある意味反乱軍でもある彼等には糧食や装備といった不足もあり、村や町から供出される物資は馬鹿に出来ないのだから仕方ない。 別荘地の入口の村に残された物資が有るとはいえ聊か心許無いその量を考えればこういった政治的なアピールも必要だったのだ
「奴等の動きは掴めているのか?」
「はい、ルプスの街に駐屯しているのは間違いないかと」
「ルプスか・・・確か城壁も在った筈だな」
「はい、べレス山地側の避難先にも指定されておりますので」
村長に案内された部屋で旅装を解いたアレクサンドル王子。 先程までの造った表情ではなくどこか固い表情で問い質す。 王太子でもあったのだから簡単な地理や都市の知識は有るのは当然で確認の意味を込めてセンゴクに問い質す
三つの衛星都市を持つ公国。 ルプスの街はその一つで所謂辺境側を纏める都市でもあり非常時には周囲の村や町の住民の避難先に指定されており、その周囲をぐるりと囲む壁に覆われた城塞都市であった
別荘地に詰めていた第一騎士団の面々がルプスの街に逃げ込んだのは調べがついており、増援部隊が街に入ったのも確認できている
勿論これらを調べ王子に報告しているセンゴクの情報源はアルベルト達であり、ヴィクトリアの眷属である闇人達だ
だが、そんな事はおくびにも出さず答えるセンゴクには王子の言いたい事は判るが聞かれていない余計な事は話さない。 今更そこを言っても意味が無いしここで彼が口を出すのは憚られる。 あくまでも王子の意思で踏み込まなければならないからだ
「この兵力でルプスを落とせるのか?」
「王子が命令して下さればいか様にも」
「・・・随分意地悪を言ってくれるな。ここは軍議では無いぞ?」
「では、正直にいって五分五分でしょう。しかし我らにはアルベルト殿たちが手を貸してくださいますので」
「そこまでか?確かにバイマト殿やカイヤ殿は世に聞こえた冒険者だし、アルベルト殿は帝国軍を撃ち払った実績もあろう。しかしそれだけで城壁に囲まれたルプスを落とせるとは思えないのだが・・・」
野戦で飛び抜けた実力を持つ兵士や将が兵数を覆す事は歴史を紐解けば珍しい話では無い。 しかし城攻めとなればそうもいかない。 壁を頼りに防御に徹する拠点を落とすには適切な兵力が必要になってしまう
「いえ、私達の予想以上の実力でしょう。おそらく我らの力すら必要ないかと」
「そこまでか!?それはそれで拙くは無いか?」
「そこは弁えて下さるでしょう、あくまでもルプス攻略は我らの手で。しかし糸口は作って下さると思います」
王子にしてみれば父である大公に反旗を翻したつもりは無い。 だが、ゲンカの排除を謳う以上は反乱軍と呼ばれる事は仕方が無いし、ある程度の実力を示さなければその目的が達せられないのも間違いないだろう
「だがそうなると彼等の目的は何だ?まさかレベッカに同情しただけではあるまい」
「一つは神国の存在でしょう。 公国がザービス教に染まり神国と呼応すれば王国にとって面白くは無いでしょう」
「面白くない、だけではあるまいて」
「おそらくは自分達の実力を示す意図もあるかと」
「こっちにちょっかいを掛けるなという事か?」
「はい、騒動が収まった後の事を考えているのではないでしょうか」
「ふむ、そう考えれば辻褄が合うか・・・末恐ろしい子供だな」
「・・・」
「そんな顔をするな。私も負けるつもりは無いぞ?」
アルベルトが二人の会話を聞いていたら在りもしない話を心配する二人はさぞ滑稽に映ったかもしれない。 サービス教と終末教の繋がりを知っているアルベルトにしてみれば本心から神国の影響力の増大を警戒しているに過ぎない
強いてもう一つの理由を上げるのならば王子が否定したレベッカ姫への同情なのだが、為政者としての常識で考えれば真っ先に排除されて当たり前なのでそこを見抜けなかったとしても仕方が無いだろう
寧ろいらぬ敵愾心を向けるのではなく、それを発奮の材料にできるアレクサンドロ王子の正しさに感心したかもしれない
「ちょ、ちょっと!だから他人様の家では駄目だって!!」
「ん・・・静かに?」
「そうよ、コッソリすれば判らないわよ」
「そういってこの前もバレたじゃない」
「ん・・・べスの声が大きい」
「そ、そんな事ないわよ!!そこは駄目って言ってるのにアルが・・」
「僕のせいなの!?」
尤も、スッカリお預け状態の婚約者達に迫られているアルベルトは王子とセンゴクがそんな話をしていたとは思ってもいなかったのだった・・・