第十三話 アルベルトの初陣~②
辺境伯メネドール・サウスバーグが治める辺境の地サウスバーグ領は昨日までとは違う盛り上がりを見せていた
明朝の軍議の後に大々的に発表されたアルベルトの出陣。それはサウスバーグ領に戦火が迫っている事を知らせる発表の筈だったが、民衆の関心はアルベルトの初陣にのみ向けられていた
バルコニーから見える賑わう街。アルベルト生誕祭の垂れ幕がアルベルト殿下御出馬に変わり、生誕祭に合わせた出店の準備は初陣を祝うお祭りの物として変わらずに進められている
「ふぉふぉふぉ。我が領民たちは強いのぉ~」
「これもアルのお蔭ですわね」
一度方針を決めてしまえばトップが焦ってもしょうがない。準備を部下に任せたメネドールはバルコニーから街並みを眺めているが、その顔には掌の痕が赤々と残っていた
横に並ぶ、その痕をメネドールに残した張本人はスッキリした顔で安定した親バカっぷりを発揮しており二人の様子だけ見れば戦火が迫っているとは到底思えない変わらぬ風景だった
「何で僕が総大将なのさ!」
一方、いつもとはまるで違う様子のアルベルトは珍しく全身で憤慨している
「そりゃあ、それだけの事をしてきたからだろ?」
「そうね。オークの集落や盗賊の討伐。散々やらかしたものね~」
「でも、あれは二人が凄いって事で誤魔化したじゃないか!」
A級冒険者の二人の功績にする事で自分自身は目立たない様にしてきた。詳しい話を知らない民衆や領軍の上層部を誤魔化す事に成功した筈だとアルベルトは思っていた
『いや、調査部の人間がずっと張り付いておったからそれは無理じゃろ』
「護衛も兼ねてって事だろうけど周りに沢山張り付いていたわよ。当然上に報告もしてるでしょうね」
「なんだアル。気付いてなかったのか?」
討伐に同行していた三人は気付いていたのに自分だけ知らなかったという事に驚くアルベルト・・・
『それに隣国の間者がチョロチョロしておったからの。戦争が近いのは予想できたじゃろ?』
「先に言ってよ!!」
しかも、戦火を予想していたマーリンに抗議の声を上げるアルベルト。つまり彼は生誕祭が延期される可能性に気付いていたのだ。まぁ結果的に攻めてきたのが生誕祭間近になったのは予想外だった様だが・・・
しかし、考えようによってはこの時期で助かったともいえる。なにせ生誕祭に参加する為に近隣の民衆の殆どがカモーラの街に集まっていたのだ
本来ならば避難をする民衆の護衛に領軍が動く必要が有ったのに既に民衆が集まっている
その上、生誕祭用に準備された食材や酒などが豊富にあるという好条件が揃っているのだ
お蔭で領軍は迅速な行動ができ、後は出兵の時間を待つだけだ。
「さぁさぁ。文句を言っても決まっちまった以上は諦めろ。さっさと準備をしてきなよ総大将さま」
「ムゥ!後で覚えておいてよ!」
膨れ顔で文句を言うアルベルトだが、捨て台詞でも汚い言葉を使わないのでイマイチ迫力が無い。というか寧ろ可愛いという事に気付いていない
肩を竦めるバイマトと目尻が下がりっ放しのカイヤに見送られながら準備の為に自室に向かうアルベルト。当然マーリンはその頭上をフヨフヨと浮かびながら付いて行く
『アルはそんなに不安か?』
「そんな事は無いよ。ただ僕の知らない所で物事が進むのが嫌なだけだよ」
その答えに安心するマーリン。自分とあの二人が付いている以上はアルベルトの身に何か起きる心配は無いと考えている。
寧ろ心配なのはメネドールの方だ。戦場というのは万全を敷いたつもりでも何が有るか判らないのだ・・・
『ア~ン。アルと離れ離れになるなんて~』
アルベルトが自室に入るなり飛び込んでくるライラ。涙目で大げさにアルベルトに抱きついてくる
『こら!お主にはやる事が有るじゃろ!』
『嫌よ!アルもいないのにむさ苦しい軍隊に付いて行かないと駄目なんて我慢できない!』
「いやいや、父上をちゃんと守ってよ!?」
だからこそ守護霊の力の見せ所だと言うのに肝心の彼女がこの有様なので余計に心配になる二人だった・・・
☆△☆△
いつもの装備を身に着けたアルベルト。とは言っても五歳児用の鎧や剣などある訳が無く特注品のそれに、総大将の証である豪華なマントを身に纏い馬上のアルベルトが兵の前に現れる
「全軍出陣!」
「「「「「おおおお!」」」」」
その言葉に士気の上がった兵たちは鬨の声を上げると決められた順に進んで行く
因みに雄々しく叫んだアルベルトであったが、実際にはカルルク将軍の乗る軍馬の前にチョコンと同乗させて貰っている。
身長120cmと五歳児にしては大きいが、軍馬を乗りこなすには手足が短すぎる。こればかりはどうしようもないのだ
何とも情けない姿なのだが、持ち前のCAMを発揮して士気を上げることに成功した
・・・と本人は思っているが、実は兵士の殆どがアルベルトに勇壮さでは無く可愛いさと庇護欲を感じた結果だという事には気付いていないアルベルトであった
冒険者や傭兵で構成されるアルベルト隊は順調に進み、次の日の夕方には砦へと辿り着く。通常の行軍ならばもっと時間が掛かるが旅慣れた者達が多い事と、少数の派兵なので輜重隊がいないという事で半分程度の時間での到着となった
『折角、早く着いたのじゃ。周りの地形の調査をしたいのう』
「うん。そうだね。バイマトとカイヤに頼んでみるよ」
アルベルト用の部屋に通された二人は旅装を解くと早速行動を起こす
「なりません。総大将が軽々しく動くのは感心しませんし、地図ならば正確な物が此方に在ります」
しかし砦に駐留していた隊長に反対されてしまう。彼にしてみれば期待していた援軍は少数の上、お荷物としか思えないお飾りの五歳児が総大将とあってアルベルトに良い印象を持っていない。
長年この砦に詰めている彼は聞こえてくるアルベルトの話を噂話と一蹴して信じてはいなかったので少数での付近の調査など認められる物では無かった
「大丈夫だ。殿下の事は儂が保証する。この二人の実力もな」
副将として参陣したカルルク将軍がそう言った事で渋々了承した隊長を砦に残し、四人で砦を出て付近の調査をするアルベルト達
「ハッハッハ。やはり少数での探索は心躍りますな!」
そう言いながら先頭を歩くカルルク将軍。見た目の年齢に反してそのバイタリティは衰えているどころか、ともすればバイマトとカイヤを置いて行ってしまう程であった
「将軍、もう少し声を押えて下さい。敵の斥候がいないとは限りませんぞ」
「なんじゃバイマト、お主らしくも無い。それに今の儂は将軍では無く冒険者だ。久しく忘れておったがこれでも若い頃は冒険者として彼方此方旅したのだ心配はいらんぞ」
興奮するカルルク。しかし若い頃とか言い出す事自体が若い者に心配されているとは気付いていない
『ふむふむ、思っていた以上に濃い森じゃな。これならば大軍が迂回する事はあるまい』
マーリンが独り周りの様子を確認して呟く。本来ならばアルベルトが返事をする場面だがカルルクがいる以上は返事をする訳にはいかない
「だいぶ濃い森だね。これなら敵が迂回してくる事も無いと思う」
主にバイマトとカイヤにマーリンの言った事を知らせる為に同じ事を呟くアルベルト
「ほほう、殿下はそこまで考えておられるか。いやはや末恐ろしいですな」
二人はその辺りの事を承知しているのだが、マーリンの存在を知らないカルルクは感心しつつも驚いた様に言葉を返す
自分のやった事では無いのに自分が褒められるのが居心地が悪いアルベルトは拗ねたように視線を逸らす
それを不思議な顔で見つめるカルルクと、苦笑いの色々知ってる二人だった・・・
『アル、向こうに強い反応じゃ。これは・・・強いが、弱っている!?』
良く判らない言い方をするマーリン。しかし強い個体の反応が有ると言うなら調べ無い訳にはいかないだろう・・・
「向こうに何かいる!」
取敢えず簡潔に説明して走り出すアルベルト。
慌てて三人が追いかけるがアルベルトの小さな身体がヒョイヒョイと通れた場所も大人では切り分けながら進まなくてはならずドンドン差が開いて行く
三人が付いて来ていない事を知らないアルベルトが藪を掻き分け飛び出した先は一本の大樹が作る空間。
濃い森の中で縄張りを主張するかの様に他の木々を圧倒し木漏れ日が傍らにある小さな泉に反射して幻想的な雰囲気を作り出している
その樹の根元に襤褸を纏った小さな子供が樹に背中を預ける様にして座っていた・・・
「女の子?何でこんな所に・・・」
透き通る様に白い身体に銀髪。瞳を閉じていても判る長い睫は木漏れ日を反射してキラキラ光る髪と同じ銀色。唇だけが主張するかのように紅い色をしている
「大丈夫かい?しっかりして!」
反応の無い女の子に、アルベルトは確認するようにその顔に触れる
「ん・・・主様?」
そう言って薄っすら目を開けた女の子は、そのままアルベルトの手に触れ呟く。誰かと勘違いしているのだろうか?取敢えずそのままされるに任せるアルベルト
その体温を確認すると安心したように触れた手に力を込める女の子が頬擦りするように顔を近付け・・・
「カプッ・・・・チュゥゥゥゥ」
「ええ!ちょ、ちょっと待ってよ!」
追い付いた三人はその光景に呆然としていた
幻想的な雰囲気の中、弱っている女の子を介抱するアルベルトと何故か彼の腕に噛み付いている女の子。
これがアルベルトの運命の出会い・・・
終生を共にする事になる伴侶との出会いであった
ヒロイン登場!
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