反攻の狼煙
『ふむ、ここらで良かろう』
「はい、マーリン様」
「へ~そんな風にして魔方陣を描くんだ」
『イチイチ描くのは面倒じゃからの。こうしておけば幾らでも同じものを描く事が出来る』
マーリンの指示でセバスチャンが広げた白い生地。 当然ただの布では無く魔法によって強化された物で状態の変化や劣化の心配の要らないものだ
地面に広がったそれには描かれた魔方陣がくり抜かれており、そこに液状化した魔石を流し込む事で地面に魔方陣が描かれるという訳だ。
「なんかこうやってお手軽に描かれるとありがたみが失われるわね」
「ん・・・手抜き?」
『酷い言われ様じゃな。転移陣みたいに同じものを描かねばならん場合には重宝するやりかたじゃろ』
「まぁ判るんだけど・・・」
マーリンによると転移の魔方陣は座標指定型と対になる魔方陣の間を行ったり来たりする物に別れるらしい。 座標指定型は指定する座標の解明が進んでいないので未だ未知の部分が多いが、双方向方式の転移陣は実用可能だった。
しかしその場合は寸分違わぬ同一の魔方陣を描く必要があり描き間違いをを防ぐのにはこの方法が一番だとマーリンは胸を張る
だが、その方法はいかにも手抜き感が漂う物でアルベルト達が想像する魔方陣の描き方としてはかなり不真面目な物であったのも確かであった
『よし、固まった様じゃな。それでは此れに状態保存を掛ければ完成じゃ』
「後は~私が護っておくから心配いらないの~」
『ほっほっほ、頼んだぞ樹妖精」
「任せてなの~」
液状化した魔石で描いた魔方陣は放っておくと元の固形状に固まり、その文様は遺跡などで見かける古代王国時代の魔方陣と変わら無いものだった
そこに魔方陣周辺が変化しない様にマーリンが状態保存を掛けて転移魔法陣の完成である
研究室内部では無く、その入り口に転移陣を描いたのは万が一の誤転移の対策と単純に内部のスペースの問題であった。 なにせ内部は未だに酔っぱらった樹妖精が操った木の枝でわやくちゃになっており、そこそこ大きな転移魔法陣を描くスペースが無かった為だ
しかし、仮にも森を統べる程の力を持つ樹妖精が守護するのならば問題ないだろう。 セイレケの森にいる大精霊であるカリュアー程では無いとはいえ、凝縮された【特殊天然植物活力液】で力を付けた彼女ならば立派にこの場所を護ってくれる筈だ
「それじゃあ王子様の処へ戻ろうか」
「ん・・・急ぐ?」
「そんな事も無いんじゃない?でも、もうソロソロ集まってる頃合いかも知れないわね」
元々三日の予定で外出しているのだし、これから馬で駆ければ十分にその予定の範囲内で収まる。 元公国の騎士達や第二騎士団として辺境に飛ばされた者達が集まるには丁度良い位だろう
「それじゃあラモーヌ、またお願いね」
「ブルルルル」
アルベルトの声に気合を入れたラモーヌが先導する様に駆け出していくのであった
☆△☆△
「ふわぁ~良く集まったね?」
「ん・・・でも?」
「そうね全体的に・・・」
「随分とお年を召した方が多いようですね」
「うわっ!吃驚させないでよセバスチャン」
「これは申し訳ありませんアルベルト様。これも執事の嗜みですので」
約一日かけて戻って来たアルベルトが見たのは王子のいる別荘以外の別荘や手前の村に駐屯する騎士や兵士達であった。 それはマーリンの研究室へと向う前に聞いていたよりも随分と大所帯であったが、かなりの人数が結構な年齢であった
アルベルト達が上手に言葉を選べない状態を見かねたのか、ソッと後ろからセバスチャンが代わりに言葉を選んで発言したのだが、気配を絶って近づくのが習い性なのか吃驚したアルベルトの抗議を軽く躱す
抑々、研究室に残って引き続き管理を担当すると思っていたアルベルトに、執事が主人から離れてどうするのかと詰め寄ったあげく、結構な速度で駆けたラモーヌの横を自身で走って付いて来るという離れ業を披露したセバスチャン
ホムンクルスとして生まれた彼の能力は中々侮れ無いものが有った上に、周囲の警戒やその知識が有用で有ったためそのままにしているのだが・・・
「セバスチャンって結構悪戯好きだよね!?」
「何の事だか判りかねます」
「ん・・・抜け抜け?」
「そうね、やっぱりマーリンさんが生み出しただけあるわよね?」
『ほっほっほ、生まれた時はもう少し素直じゃったがのう』
と、各自の印象はビシッとした執事服に包まれた姿からは想像が出来ない、案外御茶目な内面であった
「お~いアル、帰っってきたならこっちに顔出してくれ」
「あ、バイマト。判ったよ」
王子のいる別荘の入口でアルベルトに気が付いたバイマトが声を掛ける。 久しぶりという程の期間でも無かったのだが、敵地という事で多少の緊張は合ったのかなんだか安心したアルベルトは笑顔で答えて足を向ける
「お帰りなさいアル。」
「うん、ただいまウマル」
『ほっほっほ、随分と集まった様じゃな?』
「ええ、王子の檄文に現役の騎士や兵士の他にも引退した者も随分と集まりました」
「ん・・・大丈夫?」
「それがな、爺さん達鍛えてたのか足腰もシッカリしてるし案外役に立ちそうだぞ?」
「魔法を使える人が結構いたのには驚いたわね。これなら良いトコ行きそうよ」
騎士や兵士を引退したとて年金や恩給で暮らせる者など一握りだ。 殆どの者は畑を耕したり村の警戒を担ったりと何だかんだで身体を動かしていたことが良かったのだろう。 流石に若い頃とは体型が変わった為、腹が出て鎧が合わないと嘆く騎士が多い事を除けば皆シッカリとした足取りの者ばかりであった
「これなら寄せ集めの騎士達とも案外やれるだろうし、若いのもチラホラ混じってるからな」
「ええ、若い騎士ほど遠くに飛ばされていますが此方に向かっている事は確認できていますから」
革製の軽鎧を身に着けた物々しい出で立ちのレベッカ王女も誇らしげに微笑む。 ゲンカという奸臣を面白く思っておらず大公家に従おうと言う者達が集まってくれた事が嬉しいのだろう
「兄上も中でお待ちになっております。どうぞアルベルト様達も御一緒に軍議に参加なさってください」
「判りました。是非御一緒させて頂きます」
今回はあくまでも公国の嫡子が奸臣を排除するために集まっただけであり、大公家に叛意が在る訳では無い。 とはいえこうして軟禁中の王子が騎士や兵士を集めて大公である父に讒言する為に首都へと向かえば立派な反逆行為となるだろう
ましてやそこに王国の者が参加しているとなれば余計に複雑な話になってしまう。 その為アルベルト達が軍議に参加するのは好ましくないのだが、帝国軍と戦い抜いたアルベルトの意見は非常に参考になるはずであった
騎士や兵士には古強者も多く実戦を経験しているとはいえ纏め役の王子にはそう言った経験は皆無だ。 その為にアルベルトの話しも聞いておきたいと言うことだろう。 しかし実際の戦闘時にはアルベルト達が王子の傍に居る訳にはいかない
その為、軍議の場でもあくまでもアドバイザー程度に留めておく必要があるだろうとアルベルトは考えていた
「ん・・・心配?」
「う~ん、兵隊さん達の顔見てると何とかなりそうな気がするかな?」
「そうねこれだけ士気が高いと寄せ集めの騎士程度ならどうにでもなりそうね」
「まぁ俺達も付いてるからな。雑魚程度なら問題ないだろうよ」
正直に言えばアルベルト達ならば寄せ集めの騎士達を一蹴するのは難しい話では無い。 しかしこれはあくまでも公国内部の問題にしなければならない為、彼等だけで話を進める訳にはいかない
王子とその元に集まった兵士達が事態を打開する事が肝要なのだ。尤も一雑兵として参加する分には問題ないだろう、要所要所を彼等が抑えれば王子達の戦力でも十分に戦えるろうとバイマトは考えていた
「やり過ぎなければいいのですが・・・」
「ん・・・無理?」
「バイマトは危ないわね」
「って、姫さん。自分の事も心配しとけよ?」
「それに・・・」
「うん、僕も気を付けるよ」
ウマルの心配は戦闘で負ける事よりも手加減が苦手な面々が多いのが悩みの種であった。 如何にもやり過ぎそうなバイマトと同じくらいやらかしそうなエリザベスの掛け合いを見ながらカイヤが視線を向けて来る前に、きちんと自覚しているアルベルトは何か言われる前に宣言をする
「マーリン様がいらっしゃる以上は無理かと存じ上げます」
『ほっほっほ、随分な言われ様じゃな。今回は儂が出るほどの事でもあるまいて』
「そうだと宜しいのですが・・・」
かつての主人を良く知る執事の言葉に危うい物を感じるアルベルト達であった・・・