マーリンの遺産~③
「むぅ~ごめんなさいなの~」
『ほっほっほ、まさか酔っぱらうとはの』
「ですからお止めしたのです。もう少し良く考えて下さらないと・・・」
『千年経っても固い事ばかりじゃの』
「そういうマーリン様も千年経ってもお変わりない様ですが?」
一夜明けて酔いも醒めた樹妖精が申し訳なさそうにシュンとした態度で倉庫の惨状を眺める。 倉庫内はあちこちの木製部分からニョキニョキ伸びた枝が複雑に絡み合い、大型の物は動かせる状態では無かった
千年もの間に凝縮されたとはいえ【特殊天然植物活力液】はあくまでも栄養剤であり、その薬効にアルコールは入っていない。 それがまさか熟成される事で樹妖精が酔っぱらう効果があるとはマーリンにも予想できない事であった
とは言え不測の事態が起こりかねない事など予想できるだろうと言いたげなセバスチャンは不満げな表情だった。 この辺りは主人がアルベルトに変わったと言っても、かつて共に過ごした気安さであろう。
「この辺の魔道具だけでも良いんじゃない?他のはどうせ大きすぎて持って行けないし」
「でも、またここまで来るのは手間だよ樹妖精のトンネルを通っても時間は掛かるし・・・」
『ほっほっほ、そこは心配いらんぞ?チャンよアレの準備はどうじゃ?』
「はい、どうにか液状化に成功しています。しかし流石に量の方は・・・」
『ふむ、まぁ一か所分だけで当面は十分じゃろ』
マーリンの遺産の一部であるその創作物達。 小さい物や書物などは魔法の鞄に入るので持って行くのに支障は無さそうであったが、倉庫内にある大型の物はそう簡単には持って行けそうも無かった
次回以降にシッカリと準備してくるのが良さそうではあったが、此処までの距離を考えるとそう簡単にはいかないだろう。 一応は領主であるアルベルトはこれでも結構忙しい、今回も帰ったら書類が山になっているのは目に見えているのだ
しかし、マーリンとセバスチャンの様子からそれを解決するための秘策は存在しているようであった。 どうせまたトンデモナイ事をしかねない危惧はあるものの、良い方法が有るのならばそれに越したことは無い
「一応聞いておくけど・・・なにか良い方法が有るんだよね?」
『微妙に引っ掛る言い方じゃの。 チャンよ説明してやれ』
「はい、亡くなる前のマーリン様が残した研究の一つに魔方陣の解明が御座いました」
「魔方陣って言うと古代王国の遺跡に偶にあるアレね?」
「そうです。今に至るまでそれを解明した者はいないとされていますが・・・」
「まさか!?」
『それを儂は解明したのじゃよ』
「嘘!?それって大発見どころの騒ぎじゃないわよ」
「ですが問題もありまして・・・」
「問題って?マーリンが何かやらかしたの?」
『信用ないのう・・・』
「ん・・・自業自得」
魔方陣とはマーリンが生きてた頃よりももっと前、古代王国時代と言われる時代に利用されていた仕組みだ。 遺跡に残る物やそこから出土する魔道具に刻まれているそれは、現在とは違った魔法理論を用いておりその詳しい内容を解明した者はいないとされている未知の技術だ
今の詠唱型の魔法に比べて大規模な魔法を行使する事が出来ると考えられており、一部再現された物が有るものの殆どが用途すら判っていないものだった。 伝説の賢者であるマーリンであれば他の研究者よりは解明が進んでいても不思議ではないが、まさかその内容を具体的に把握しているとはアルベルト達も思わなかった
『ふむ、魔方陣の目的とは基本的には魔力の効率的な循環に過ぎんのじゃよ。後はそこで増幅された魔力を望む形に変化させるための回路だという事が判ったのでな、後は規則性を読み解けば自ずとその意味も判ろうというものじゃよ』
「そうなんだ、でもそこまで判って何が問題だったの?」
「魔方陣を描くのに必要な物が無かったのです」
「必要な物?」
「ええ、描く模様に直接魔力が流れる為、その伝導率の良い物でなければならないのですが・・・」
『うむ、最初はミスリルなどの金属を用いたのじゃがな発熱で劣化が激しくて持たないのじゃよ』
「古代に造られた物が残っている以上はもっと耐久性の高い物って事だよね」
「ああ、もう!勿体ぶってないでサッサと答えを教えなさいよ」
「ん・・・私も知りたい」
『ほっほっほ、魔石じゃよ。あれの正体を解明できた事で研究が進んだのじゃ』
マーリンが行ったのは魔方陣の研究という分野において斬新な切り口であった。 彼が行ったのは魔方陣の意味を求めるのでは無くあくまでも魔力の流れの解明であった。 そこから導き出されたのは各魔方陣に共通する部分であった
更にそこから魔力の状態を観察すると言う膨大な時間と繰り返しによって得られたデータを元にして賢者としての知識で推測、そしてまた繰り返しの観測と実験の末に編み出したものであった
だが、マーリンはそこで満足することなく魔方陣の再現に取り組んだところで問題になったのが魔方陣が何によって描かれたのかと言う事であった
そこからまたマーリンの試行錯誤が始まったのだが、最終的に彼が眼を付けたのが魔石である。 魔石は鉱山などで稀に採れるほか魔物の体内で生成される物だ。 魔力をふんだんに含んだソレは様々な用途に使われているが、その正体は様々な説がありハッキリした事は判っていない
『魔石とは魔力を含む鉱石でも無ければ、魔物が魔力を蓄える為の器官でも無いのじゃ』
「それじゃあ何だって言うのよ?」
『固体化した魔力を含む物の総称、そう考えると色々辻褄が合うのじゃ』
「固体化って・・・」
マーリンが言うには鉱山から採れる物も魔物の体内から獲れる物も、魔石と呼ばれる全ての物から不純物を取り出しを精製していくと最終的に欠片の様な物が残ると言う。
精製前の魔石の含有する魔力の総量と欠片に含まれる魔力量に違いは無く、魔石を魔石足らしめているのはその欠片に間違いないとマーリンは突き止めたと言うのだ
『空気中には魔力が満ちているのはお主たちにも判るじゃろ』
「うん、魔法を使う様になると実感するよね」
『そして固体状の魔力があるのならば・・・』
「ああ!それで魔石を液体化しようと思ったんだ!!」
『正解じゃ。初めは砕いた魔石で魔方陣を作成したのじゃがどうしても流れを阻害してしまうのでな。液体ならば陣を描くのに最適じゃと思ったのじゃよ』
水が氷や水蒸気になる様に魔力もその姿を変えるのではないかと考えてマーリン。 これは世の理を知る賢者ならではの発想であり普通はそんな事を思い付く訳が無かった。 魔力は魔力であるし魔石は魔石というのが一般的でありそれを魔力という同一の物だと考える方がおかしい
「ですが、そこからが大変でして・・・」
「そうだよね。魔力の水なんて聞いた事ないもん」
「そう言えばそうよね、良くそんな事思い付くわ。」
『いや、そうでも無い。確かに魔力の水は無いが、魔力ポーションという物はあるのじゃからな』
確かに魔力を回復するポーションは液体であり、それを飲んで魔力が回復する以上はそこに魔力が含まれていると考える事は出来る。 しかしそれもあくまでも含まれているのであって魔力そのものを取り込んでいるとは考えられてはいなかった
だが、マーリンはその独自の視点で魔力の状態を操れるのではないかと考えたのだ
『つまり、ある条件を満たせば水の三態と同じく魔力も三態になる筈じゃが・・・』
「ええ、やっと見つけたその方法では時間が掛かり過ぎたのです」
『なにせ常温で固体と気体が存在するという魔力の液体化は条件を絞る事が出来んかったのでな。魔石から取り出した欠片をユックリと融かすしか方法が無かったのじゃよ』
「その為、マーリン様の存命中には十分な量が出来ませんでしたが千年の間に魔方陣を描くのに十分な液体魔力を造りだすのに成功したのです」
水の三態の様に温度や圧力でその姿を変えるのならば判り易いのだが、同条件で固体と気体が存在する魔力の液体化の条件を探るのは困難を極めた。 その為、はっきりした条件は判らなくとも何とか精製した魔力の欠片を溶かす事には成功したマーリン。
しかし、条件がハッキリしない為手探り状態でゆっくりその量を増やす事しか出来なかった為、魔方陣を描くのに必要な量を得る事は出来なかったらしい
しかしそれを自動化した設備を稼働させておいた事で、この千年の間に必要な量を得る事が出来たと、マーリンだけでなくホムンクルスのセバスチャンまでドヤ顔で胸を反らし、その成果を誇る。
「まさか魔方陣で移動するって事!?」
『そうじゃ、かつてはそれが主流じゃった形跡も有る位じゃからの』
「実験はしてるのよね!?」
『当たり前じゃ、とはいえ再現できたのは対となる魔方陣同士を繋ぐ物だけじゃがな』
「ホントに大丈夫かなぁ~?」
「ん・・・怪しい」
この研究室に設置した魔方陣と対になる物をセイレケの街、いや直接でなくとも近くに魔方陣を設置すれば研究室との移動は一瞬で済む事になる。 そうすれば今回無理に研究室にある物を全て持って行かなくても必要がある時に来るようにすれば良い
『設備を考えてもここ以上の物は中々得難いしの』
「うん、じゃあ取敢えずは此処に魔方陣を描いて行こうか」
「はい、お任せください。不詳このセバスチャン、完璧な物を描いて御覧にいれましょう」
正直アルベルトは半信半疑ではあったが、いつまでも此処に居られる訳でもないのだ。 まだゲンカとの対決が残っている以上、ここで不必要に時間を浪費するのは得策では無い
「まぁいっか、うん後でまた考えよう」
『ほっほっほ、アルは心配性じゃの』
深く考えるのをやめたアルベルト。 どうせどう考えようともなる様にしかならないと、生まれた時からマーリンと付き合ってきた彼は問題を先送りするのであった・・・