探し物はなんですか?
『この辺の筈なんじゃがのう?』
「何か目印とか無いの、マーリン?」
『そうは言っても大昔の話じゃからな、目印が残っておるかどうか』
「って言うか、一体何を探しに来たのよ!」
アレクサンドロ王子の元に戦力が揃う時間を利用して別荘地から更に北上したアルベルト一行。 マーリンの勘が頼りの状態なのだが、彼はその目的地を一向に明かそうとはしなかった
「ん・・・第一村人発見」
『丁度良い、アルこの辺に大樹、しかも一本だけ生えてる様な奴が無いか聞いてみてくれんか?』
「すいませ~ん」
「あんれま、立派な馬だこと。こったら田舎に珍しい事もあるもんだ」
「え~と、この辺に凄く立派な樹ってあります?」
「立派な樹?」
「ええ、それも周りに何もない所にポツンって生えてるような」
「いや~聞いた事ないねぇ。もうちょっと山寄りに立派な森なら有るけんど・・・」
「そうですか、ありがとうございます」
畑仕事に勤しむ老婆はラモーヌとエリザベスの乗るデストリア種の馬に驚きながらもにこやかに答えてくれる。 公国、というか小国群全体でもこの辺りはかなりの田舎で非常に長閑な風景が広がっておりそこに住む人々もノンビリとした雰囲気であまり警戒心という物を持っている様子は無かった
その為、突然のアルベルトの質問にも気軽に答えてくれるのだが、残念ながら探していた大樹には心当たりが無い様だった
『ふむ、山寄りの森か・・・よしアルそこに向かってくれ』
「判ったよ」
マーリンの記憶にある大樹は平原に一本だけ生えている物だったが、そこが今も平原とは限らない。 寧ろ林や森になっていても不思議は無い。 当然、何らかの理由で枯れていたりしている可能性もあるのだが、不思議とマーリンの言葉にはその可能性を考えてい無い様な感じが有った
「ん・・・見えた」
「立派な森だね~」
「これじゃあ、お目当ての樹を探すのも一苦労よ。あんまり喜べないわね」
『いやいや、そうでも無いぞ?』
「キャァアアー」
小一時間ほど馬を走らせると見えてきた森はアルベルトの想像よりも濃い立派な森であった。 しかも余り人が入った様子も無く濃い緑を湛えるそれは獣道すらなく中に入って探索するとなればかなりの時間を必要とするだろう
エリザベスの言う様にあまり歓迎できる状態では無いのは一目瞭然であったが、マーリンは大した事でもない様に軽く言うと一瞬で魔力を練り上げ魔法を発動する
すると突然エリザベスの身体が宙に浮き上がりそのまま高度を上げていく。 乗っていた馬も驚いた様に暴れるが地に足が付いている訳では無いのでバタバタ足を動かしているだけにしか見えない
「ちょ!ちょっと!いきなり何するのよ!!」
『ほっほっほ。森の様子を確認できたじゃろ?』
「そんな余裕ある訳ないじゃない!!」
「ん・・・意気地なし」
「そう言う問題じゃないわよ!」
マーリンがやった事は単純に風の魔法を操って上昇気流でエリザベスを上空高くまで吹上げただけだ。 人馬諸共となれば、かなりの魔力が必要になる事とはいえ必要な風力を得る事が出来る者はマーリン以外にもいるだろう。
しかし、馬に乗った状態の彼女をそのままの姿勢で単純に真上に上げて、そのまま安全に元の位置に戻すとなれば精密な魔力の操作が必要になりただ吹き飛ばすのとは訳が違う難易度になる。
しかも魔法神の加護を持つエリザベスにそれを悟らせないでいきなりとなれば最早マーリン以外に出来る者はいないだろう
『ふむ、仕方が無いの。アル行くぞ』
「うん、準備オッケー」
慣れているのか楽しげな口調でアルベルトはラモーヌの上から飛びあげる。 そのまま両手を広げて滑空するかのように大空を舞うアルベルトが視線の先に一本の大樹を発見する
「マーリン、アレがそうじゃないの?」
『ほっほっほ。儂の知っているより成長しておるが間違いなさそうじゃの』
「このまま行っちゃう?」
『いや、今回はあくまでも目印を見つける為じゃからの。あそこに行く必要は無い』
目的の大樹の場所を確認したアルベルトとマーリンが再びラモーヌの背に降り立つと、主人の到着に安心したかのようにラモーヌが「ブルル」と首を振りながら嘶く
「ごめんねラモーヌ。心配させちゃったかな?」
「ホントよ、魔法で空を飛べるなんて聞いてないわよ」
「僕が小さい頃に何回か飛んだんだけど、危ないからって怒られちゃって・・・」
「ん・・・当たり前」
まだアルベルトが小さい時、マーリンの存在を皆が知らなかった頃の話で賢者式幼児教育の一環としてマーリンが色々試行錯誤していた時の話だ。 因みにそれを見咎めたのは最初からマーリンの存在を知っていた同じ守護霊のライラである
「マーリンちゃん!?この魔力はマーリンちゃんよね~!」
『おお、お主、生きておったか!!』
「当たり前じゃない、精霊なんだから寿命なんて関係無いもの。しかもマーリンちゃんから最後に貰ったアレのお蔭で仲間も増やせたから楽しくやってたわよ~」
「精霊!?」
アルベルトとマーリンが昔を懐かしむ様に思い出していると、突然森から声を掛けられる。 現れたのはカリュアーよりは存在感が薄く見た目も幼い姿をしていたがそれは確かに精霊であった
カリュアーよりは存在感は無いものの、こうやって森の外に顕現できるという事はそれなりに力のある精霊なのは間違いない。 しかも口振りからすると生前のマーリンと親交があった様であった
「ん・・・誰?」
『ふむ、前に話した儂が契約しておった樹妖精じゃよ』
「あれ?でもマーリンちゃん・・・なんか透けてる~?」
『ほっほっほ、今は守護霊とやらをやっておるのじゃよ』
「そうなんだ~・・・って、ねぇねぇ、それよりも~!」
『久々の再会かと思えば早速それか?・・・まったくそうがっつくでない。アル、カリュアーに渡したアレの残りがあったじゃろう?』
「え!?アレって【特殊天然植物活力液】の事?・・・荷物と一緒に置いてきちゃったよ?」
「そ、そんなぁ~・・・何百年、いや千年ぶりにアレを飲めると思ったのに~」
『ほう、そんなに経っておったか』
久々の再会が余程嬉しかったのだろうう、フヨフヨとマーリンの周りを飛び回る樹妖精。 マーリンが樹妖精と契約を結んでいたのはカリュアーと出会った時に聞いていたが既に長い年月が経っており既に契約は切れているとマーリンは語っていた
しかし、樹妖精の方はマーリンの魔力をシッカリと覚えていた様でマーリンが使った風の魔法で森から飛び出してきたという事らしい。
だが、彼女にしてみればかつての契約相手との再会を喜ぶというよりは、久々の【特殊天然植物活力液】の方に興味が有ったらしくマーリンが守護霊になったと聞いても然程驚いた様子は無かった
尤も、半ば精神生命体である彼女たちにしてみれば、守護霊の方が余程近しい存在な訳で当たり前といえば当たり前であったのでマーリンの存在自体を蔑にしている訳では無く、再会自体は喜んでいるようであった
しかしだからと言って期待していた【特殊天然植物活力液】が飲めないという事もやはりショックだったようで、ガックリと肩を落とす姿はどこかコミカルでアルベルト達も苦笑いをするしか無かった
『じゃが、あそこに行けばまだ在った筈じゃぞ?』
「あそこって・・・マーリンちゃんのお家~?」
『そうじゃ。お主の本体が此処にあるという事は儂の研究室の場所も直ぐ近くの筈じゃろ?』
「うん、今は私の森の中になってるけどね~」
『ほう、それは好都合じゃ。案内してくれるかの?』
「マーリンちゃんのお家に行けばアレが有るんでしょ~。それなら喜んで~」
「って、ちょっと待って!マーリンの研究室って!!」
『おや、言った筈じゃがの?』
「い、いや言ってたけど!言ってたけどアレって公国に来る口実じゃなかったの?」
マーリンの言葉にパァっと表情の明るくなる樹妖精。 諦めかけた【特殊天然植物活力液】が飲めるとキラキラした光を舞わせながらマーリンの周りを再び飛び回る
しかし、その後に続くマーリンの言葉にアルベルトが驚愕の声を上げる。 確かに公国への出発前にメネドールと話した時にそういった事を話はした。 しかし紅の宮殿への観光も含めてそれは公国へと行く口実であり実際にマーリンの研究室が残っているとは思っていなかったのだ
『シッカリ封印しておいたと言ったじゃろ?』
「だって、マーリンの研究室って千年以上前の話でしょ!?」
『たぶん大丈夫じゃと思うぞ?』
「良いから早く行きましょうよ~!千年物の【特殊天然植物活力液】なんて楽しみ過ぎるわ~」
「腐ってないのかしら?」
「ん・・・私達は飲まない」
「そう言えばそうね。・・・って、精霊もお腹壊すのかしら?」
「なんで二人はそう落ち着いてるの!?」
「まぁマーリンさんだし?」
「ん・・・通常運転」
「僕だけが変なの!?」
アルベルトの叫びにニッコリと微笑む二人の婚約者達。 生まれた時から一緒にいる彼よりも余程伝説の賢者の事を理解しているのであった・・・