王子様~③
「ん・・・何か来る」
「取り返しに来たのかしら?」
「う~ん、そんな根性ある様には見えなかったんだけどな」
別荘の寝室で朝の微睡を破る知らせにアルベルトとエリザベスも目をこすりながら身を起こす。 警戒中の闇人からの知らせでは複数の騎士達が別荘を目指しているとの事であった
しかし、王子を救出した時に戦った第一騎士団の寄せ集め達は、アルベルト達の強さを知ると這う這うの体で逃げ出した連中ばかりで再び此処を襲うとは考えにくい。
余程の大軍でも率いるのなら連中も気が大きくなって襲い掛かってくる可能性もあるが、此処に向かっている騎士達はそこまでの数では無いようであった
「取敢えずバイマト達にも知らせないと」
「ん・・・もう知ってる」
「アル、入るぞ~」
「ちょっと、ノック位しなさいよ!」
「なんだよ、ちゃんと断ったろ」
「あれは断ったとは言わないわよ!まったくレディの部屋に入るマナーも知らないのかしら」
「・・・ここってアルの部屋だよな」
迫る騎士達の気配を読んだのか装備を身に着けたバイマトが部屋に入ってくる。 声を掛けるのと扉を開けるのが同時だった為エリザベスが抗議の声を上げるがバイマトはこれって俺が悪いのか?といった表情だった
抑々、バイマトにしてみれば此処はアルベルトに用意された部屋であって男同士なのだから気兼ねをする必要を感じていなかったのだろう。 それが扉を開けてみればヴィクトリアとエリザベスがベットの上にいるのだから俺に文句を言うなと言いたいに違いない
「アル、他人様の家なんだからちょっとは自重しろよ?」
「あははは・・・」
だが、バイマトの口から出たのは仕方が無いといった感じの大人が子供を諌める様な言葉だった。 一応は部屋に押しかけてきたのは二人であって自身が招いた訳では無いのだが、押し切られる様にやる事をやってしまったアルベルトには乾いた笑いしか出なかった
「おはようございます。昨日はお楽しみだったようで」
「えっ!?いや、その・・・」
「ミリアその辺にしといてやれ」
「・・・すいません」
「まぁ若いんだからしょうがないな。しかしアルベルト殿も敵地で剛毅よな」
一階のロビーに下りてきたアルベルト達を迎えたのはメイドのミリアの冷たい歓迎であった。 バイマトにも指摘されて拙かったと思っていたアルベルトもまさかメイドに此処まで直球で責められるとは思っておらず狼狽えてしまう
一応センゴクが取り成してくれたお蔭でそれ以上は言わずに下がってくれたミリアであったが、去り際に「まったく誰が洗濯すると思ってるんだか」とブツブツ言っていたのが聞こえてしまい只々恐縮するしかなかった
しかも、取り成したセンゴクの様子から考えれば他のメンバーもアルベルトが昨晩何をしたのか気付いている様で、その原因であろうエリザベスも顔を真っ赤にして俯いていた処に止めの言葉を頂いて冷や汗が流れるのを止める事が出来なかった
「まぁアルの事は置いといて、アレをどうするかだな」
「相手の出方を見ない事にはなんとも言えませんが、積極的に攻撃はしてこないような気がしますね」
「当たり前だ!あれは儂の部下達・・・いや、部下だった者達だ。王子が中にいるのに攻撃などする筈が無い」
バイマトの言うアレとは、別荘の門前に規則正しく並んだ騎士達の事だ。 だが騎士達はそこに並びはするものの秩序を保って整列しておりいきなり攻撃してくる様子は無かったし、寧ろウマルの言う通り積極的な攻撃を控えるといった感じであった
それもその筈で、彼等がきている騎士鎧はセンゴクやジェニーと同じ物で、それは即ち第二騎士団の物であるのと同時に元のチュバル公国騎士団である事を示していた。
「それじゃあおっさん、こっちから呼びかけてみたらどうだい?」
「うむ・・・そうしたいのは山々だが本来は王子が前に出るべきではないか」
「でも王子様、まだ悩んでるみたいだし・・・」
「レベッカ王女の名代としてでも良いいじゃない。このままじゃ話進まないでしょ」
元々、チュバル公国の騎士団長だったセンゴクは、騎士団が第一騎士団と第二騎士団に分けられた時に第二騎士団の団長になっており、目の前に並ぶのは彼の部下達で間違いない。
しかし、王女を護る為とはいえ共に亡命したと言う負い目が彼に変な遠慮をさせているのだ。 部下達の事を過去形で言ったり王子を前面に出そうとするのはその為だろう
だが、この場にはレベッカ王女もいる訳だし、彼女も公国を憂いて再び公国の地に戻ってきているのだ。 センゴクが変な感傷を持つ必要は無いだろう
「我らはチュバル公国騎士団の者だ。 大公閣下の命によって参上したが誰か居られぬだろうか?」
「ほら、向こうから言って来たんだから丁度良いじゃない」
「・・・判った話すだけ話してみよう」
騎士団の口上は事情を知る者ならば、そこに失っていないプライドと縋り付く様などうにかしてほしいと言う感情を感じ取っただろう
彼等は自身を第二騎士団では無くチュバル公国騎士団と名乗り、あくまでも大公の命令で動いている事を主張している。 だがおそらく彼等をこの地に派遣したのはゲンカであり、その指令には王子の身の安全を脅かす物が含まれている可能性もある
上からの命令があった以上は彼等はその指示に従う必要があり、誰がそれを出したか判っていても大公の名で出された以上は騎士としてそこを曲げる訳にはいかないだろう。 アルベルト達が王子の救出に動き王子がそれを受け入れている以上は強引であっても叛意ありと言われれば彼等にはそれを誅しなければならないのだ
「みな、久しいな」
「おお、センゴク様、良くぞご無事で。しかしあなたが此処にいるという事は・・・」
「いや、無事に王国に窮状を訴える事は出来た。今はレベッカ王女と共に再びこの地に来ているのだ」
「では別荘を襲ったのは・・・」
「儂等だ。レベッカ王女の亡命が成功した以上はアレクサンドル王子を救出してゲンカに対抗せねばならん」
「団長・・・」
「情けない声を出すな!お主らとて主命で此処に来たのだろう。ならばやらねばならぬ事が有る筈だ」
「・・・私達が承った命令は別荘地の偵察と王子の無事の確認、そして賊の排除です。賊の特徴は聞いておりませんが屋敷の落ち着き様から既に賊は去ったものと考えております」
おそらくはセンゴクの副官だった男なのだろう。 馬から降りる事まではしないものの、その言葉には敬意が含まれていた。 そしておそらく彼が受け取った命令のニュアンスはもっと違う物だった筈だ
「お前たち・・・」
「センゴク殿。王子の無事を確認させて頂けますでしょうか?」
「・・・判った、伝えて来よう」
長い事、任務を共にし同じ釜の飯を食った間柄だ。 センゴクには副団長だった男の言葉の裏にある感情を正確に把握できていた。 であるならば王子にその事を伝えるのは自分の役目だと再び別荘に戻ろうとした処で扉の前に立つ人物に気が付く
「皆さま、アレクサンドル様がお会いになるそうです」
「おお、ミリア殿。」
「センゴク様、既に準備は出来ておりますので応接室の方へ」
昨日の様子では王子はアルベルトの言葉に突き揺らされているとセンゴクは感じていた。 王子よりも年若い彼の言葉は、為政者としての迫力を以って王子の価値観に罅を入れていたのは間違いない。 だが王子の価値観はそれでも容易く翻される物では無く悩む王子がこうも早く自身で動いた事には驚きも有った
「良く参った。センゴクも案内御苦労」
「ライム、久しぶりね」
「アレクサンドル様、レベッカ様、お久しぶりでございます。我らの力不足故にお二人には・・・」
「気にするな。 私が此処にいるのは大公の命だ。そちらに責任は無い」
「そうよ、私も自分の考えで行動しただけ。貴方達のせいでは無いわ、寧ろ私の方が迷惑を掛けたでしょう。肩身の狭い思いをさせてしまったわね」
「そんな・・・勿体無いお言葉です」
ジェニーもセンゴクも第二騎士団の所属だ。 元々王女付きの護衛騎士であったジェニーはともかく団長だったセンゴクまでもが王女の亡命に力を貸したとあっては第二騎士団への風当たりは強く、センゴクの後に騎士団を率いていた副団長のライムは肩身が狭かっただろう
しかし公国唯一の騎士団だった彼等だ。 主君筋である王女の身を案じる事はあっても恨みに思う事など決して無かった。 だが、それでもこうして言葉にされれば目に熱い物が溜まってくるのは仕方が無い事だろう
「王子!我らは・・・」
「みなまで言うな。ライム、お前たちの言いたい事は判る。判るがお前たちも私が護るべき民でもあるのだ」
「失礼ながら王子は勘違いをなさってます。我らは公国の盾であり矛です、あくまでも道具です、それをどうお使いになるかは大公家の皆様次第です」
「しかし・・・」
「我らが護るのは大公家ではありません。あくまでも公国の民です、しかし道具である我らは誰かがお使いにならねばただそこに在るだけ・・・寧ろ悪臣に使われてしまうでしょう」
眼に溜まる熱をそのまま情熱に変えたライムは思いの丈をぶつけようとする。 しかしそれを予想していたのだろう王子の言葉に遮られ、みなまで言う事を許されなかった
だが、彼の情熱はそんな事では止まらなかった。 寧ろプライドを刺激されたかのように自身の矜持を語り始める
自らを道具と言い切った彼にも王子の優しさは身に染みるものだった。 仕えるべき相手だと誇らしく思えるものであったが、だが自分達が苦しい訓練に耐え身を苛めて身に着けた武力を否定する言葉を受け入れる訳にはいかなかったのだ
「王子、我らの身を案じて下さるのは有り難い話です。しかし我らの使い方を間違われてはいけません」
「儂からもお願いいたします。どうかあの小さくとも平穏な公国を取り戻してくだされ」
「お前たち・・・」
鍛え上げられた大きな身体を二つに折る様に頭を下げる二人の姿に王子も感じる事が在ったのだろう。 しかしそれを言葉にするには、まだ決心が着かないのか二の句を継ぐ事が出来ない
「兄上!これでもまだ迷われるのですか!!二人には、いいえ騎士団の者達の無念が伝わらないのですか!!」
「・・・動ける者は何人だ」
「お、王子!」
「勘違いするな!まだ決めた訳では無い。決めた訳では無いが、これで動かなければ男が廃るであろう」
アルベルトもかつてエリザベスや私兵隊達の言葉に突き動かされ為政者として成長する事が出来た。 それは自身の想いと部下達の想いが重なった結果であったと彼は思っている
アレクサンドロ王子もこの暑苦しい二人にそれを気付かされたのか、アルベルトが刻んだ罅にそれが沁み渡るのを感じていた
「先ずは戦力の分析だ。 むざむざ道具を壊すつもりは無いからな!」
「第二騎士団となった時に部隊はバラバラにされ各地に飛ばされましたが大部分は辺境側です。呼び掛けに応えてくれる筈です」
「引退した者達も共に起ってくれるでしょうぞ」
「では早速動け!」
「「ハッ!主命承りました!!」」
立ち上がり檄を飛ばすような王子の言葉に部屋を飛び出して行く二人。 残されたレベッカ王女もその姿を満足そうに見ていた
「随分暑苦しいやり取りだったわね」
「いや、その言い方は・・・」
「まぁ騎士なんてあんなもんだろ?うちはアルが優しいからああはならねぇけどな」
「そう?ハサンとかサーム辺りは案外あのタイプよ」
隣の部屋で様子を窺っていたアルベルト達。 セイレケの街とのノリの違いを感じつつも王子の決断に安堵する。 ここで彼が動かない様であったら最悪アルベルト達だけで動くつもりであった
しかし、それこそ内政干渉どころの話で無くなってしまう為、ここで王子が決断してくれたのは有り難い話の流れであった
『ふむ、戦力が集まるのに時間が掛かりそうじゃな・・・アル三日ほど時間を貰って来れるかの』
「うん!?大丈夫だと思うけど・・・どうかしたの?」
『ほっほっほ。ちょっと思いついた事があっての』
「程々にしてよ?」
マーリンのちょっとがどれほど信用できない話しかを知っているアルベルトは無駄だと思いつつ釘を刺すのであった・・・
書き溜めも順調に進んでどうにか来週も通常通りの投稿が出来そうです
もう、いっその事、出張用にノートPC買おうか迷ってたのですがどうにかなりそうでホッとしてます
フリック入力なんて出来ない世代の自分としてはスマホから投稿できる若い世代が羨ましいです・・・