王子様~②
「おお、レベッカ!久しぶりだな」
「もう兄上!どうしてそう頑固なんですか!!」
翌朝、アルベルトが迎えに行ったレベッカ王女と再会したアレクサンドロ王子。 その対面はしかし嬉しそうな王子の表情とは裏腹に開口一番に憤慨したレベッカ王女の言葉で久しぶりの暖かい邂逅という訳にはいかなかった
「ふむ、しかし国民の血税で購入した物を蔑には出来んだろ?」
「限度という物が有るでしょう!」
「良かった・・・そう言う趣味の人じゃなかったのね」
「ああ、あれは流石にどうかと思ったぜ」
兄妹ゲンカの影でカイヤとバイマトがホッとしたのは理由がある。 それは触れてはいけないと遠慮していた王子の姿に理由があると判ったからだ。
尊い血筋を表すかの様な透き通った細い金髪を後ろに流した王子の姿は、その整った顔立ちもあって女性が憧れるいかにもな王子様であった。 碧い瞳は吸い込まれそうな程深い色合いで、スラッとした立ち姿も相まって思慮深さを思わせ非常に理知的だ。
だが、高貴な人物の方が危ない趣味に走る事もある。 人とは違う趣味を持つ事は非難される謂れの無い話だが、ひょっとしたら廃嫡されたのもそれにも原因があるのではないかと思える程王子の姿は異常であった
「そう言う趣味って・・・どういう趣味なの?」
「わ、私に聞かないでよ!で、でもなんかこう、拘束されてるとか縛られてるとかで喜ぶ人が・・・」
『ほっほっほ、べスは随分詳しいようじゃな』
「く、詳しくなんかないわよ!!じ、侍女がそう言う本を持ってて、それを読んで・・・」
「ピチピチの服が良いの?」
「ん・・・プレイ?」
「そ、そりゃアルが着れって言うなら・・・って、何言わせるのよ!!」
耳年増なエリザベスが思わず想像してしまいそうなくらい王子の着ている服装はピッチピチであった。 寝間着なら・・・いや寝間着でも普通は好んで着る人はいないが、それでもプライベートな空間であるわけだしそれは嗜好で済む話だが、流石に人前でまでピッチピチの服装となると別の性癖を連想してしまう
だが、王子の言葉からは単に物を大事にしているという理由が伝わってくる。 レベッカ王女が言う様に限度という物が有るだろうと言う話ではあったが、服を買うにもその元は国民の血税なのだからという姿勢は好感が持てる話だ。 限度は別にしてではあるが・・・
「着れなくなったのならともかくだ、まだ着れる以上は何とかするべきだろう。それにこの服装で公務はやってないぞ?」
「当たり前よ!そんなの着て人前に出たら大公家の名誉に係るわ!」
「まぁ、僕たちの前には着てきてるんだけどね」
『いや、これは私的な歓待を演出してるのかも知れんぞ?』
「ん・・・考えすぎ」
兄妹ゲンカがヒートアップして置き去りにされたアルベルト達はそれ幸いと好き勝手な事を言い合っているのだが、二人はそれに気が付く様子も無かった
「アレクサンドロ様。お客様の前ですので・・・」
「おお、そうだったな。 久しぶりの妹との会話に夢中になってしまっていた」
「いえ、お気に為さらず」
「折角レベッカを連れてきて貰ったのだが、昨日も言った通り私は此処から動くつもりは無い。父である大公の命令には従わなくてはならん」
「そんな兄上!」
「だがな、レベッカは父から何も命じられてはおらんからな王国で保護してやってくれ。長い大公家の歴史の中で長女が家を継いだ事も有るだろう、まぁ正史には載っておらんだろうがな」
「アレクサンドロ王子・・・貴方はゲンカの正体を見抜いておられるのでは?」
「彼奴が何を考えているかまでは判らんし大公家に忠誠を誓うタイプでは無い事は私にもわかる。しかしだ、宰相に任命したのは大公である。 そしてその命に大公が承認を与えている以上は責任もまた大公家が取らねばなるまい?」
メイドのミリアの取り成しで言い合いをやめた王子。 彼が言う様にレベッカ王女との会話を心底楽しんでいたのだろうし彼女の望みも判っているのだろう、しかしその答えは昨晩と同じ頑なな物であった。
だが、その後に続く言葉が彼の本心を表している。 彼とてこのままの状態であれば大公家の存続すら怪しくなる事は判っているのだろう。 それでもなお長子として大公家と共にあろうとしているのだった
「失礼ながらアレクサンドル様は大公閣下がゲンカを宰相に認めたのだから、と仰いますが貴方が此処に軟禁されたのはゲンカが密かに出兵した事を糾弾した為と聞いておりますが?」
「そうだな、本来出兵は国家の大事だ。よってそれは御前会議に掛けねばならんのに奴はそれを怠った故に出兵の正当性を問うたのだ」
ウマルが静かに王子に問い掛ける。 彼がこの場にいるのは本来は騒動を収めた後の色々を処理する為ではあったが、それ以外であっても彼の優秀さが変わる訳では無い。 アルベルト達もそれが判っているから説得役の交代に否はなかった
「では、何故出兵が国家の大事なのでしょう?」
「それは大公家の成り立ちから関わって来るが、民の犠牲を強いる戦闘行為に枷を掛ける為だ。大公や家臣の独断で行って良いものではないからな」
「そうでしょう。しかしゲンカは公国の民すらも道具にしか見ていないのでは?彼の目的は判りません、しかしそれだけはハッキリしているでしょう」
「それは憶測だろう。確かに奴は大公家を蔑にしている面もあるが奴のお蔭で民の生活が豊かになった面もある」
「いいえ、それは単に成り上がる為の手段でしょう。実際に奴は村に被害を与えましたよ」
公国の成り立ちは古代王国時代の大国家にまで遡る。 覇道を歩む国王に従うのを善しとしなかった彼の弟が辺境に在って民たちを護った事が始まりだ。 彼の人柄もあり徹底的に不戦を貫いたからこそ古代王国が滅ぼされても大公家だけは残った
それこそがチュバル公国の誇りであり、それを頑なに守っているからこそ公国に置いて大公家は尊敬されているのだ
だが、少なくとも別荘地の村はゲンカが放ったミンツァーの徒によって被害を被ったのは間違いない。 どれ程の住民が犠牲になったのかは判らないが、ウマルが倒したミンツァーの徒の中には普通の村人の格好をしたものが幾人も居たのだ
「それがゲンカの指示だった証拠は無い。証拠も無く大公に逆らう事はできん」
「だまらっしゃい!!あなたは自身の言う矛盾に気が付いている筈です。 だからこそレベッカ王女を逃してその血筋を護ろうとしている!」
「・・・」
アレクサンドロ王子の主張は血統だけを重視した公国の政治システムを護る為だ。 血統を重視する公国では暗愚な者が大公に成ろうともそれが民に被害を齎さない様に臣下がそれを押える事が出来る様になっている
話しだけを聞けば優秀なシステムだろう。 国のトップの独断を許さない臣下達、しかしその人事権は大公が握っているのだ。 強引に罷免は出来ずとも影響力の行使は可能だろうし、逆に臣下の独断を止める為のシステムも有る筈だ
つまり公国の政治システムは大公と臣下の微妙な力関係の上に成り立っているのだ。 その状態で大公の長子が父である大公を糾弾する事態になればその微妙な力関係を壊す事になるし、逆に臣下側であるゲンカを糾弾する事も政治システムの破綻を招きかねないのだ
「貴方は公国という枠組みを護る為に、民を護ると言う意識が抜けている。例え少数の民であっても保護してきた初代大公の意思を継ぐ者とは思えない」
「ではどうすれば良いのだ!奴等は、神国は宗教を持って我らを侵食しているのだぞ!公国という枠組みがなければどうやってそれに対抗しろというのだ」
「兄上はその為に民を犠牲にすると言うのですか!公国が無くとも神国とは戦えます、しかし護るべき民を無くしては抑々戦う理由が無くなるのですよ!」
「違う!改宗を迫られようとも民は死ぬ訳では無い。ならば今は雌伏しようとも公国を守り抜けばやがてその時は来る」
「いつ来ると言うのですか!その間に少数とはいえ犠牲になる者はいるのですよ!」
ウマルの厳しい言葉が王子の本音を引き出す。 王子とて公国の先行き、いや民の先行きに不安を感じているのは間違いが無いのだ
ザービス教によって被る民の被害と、それを打破する為の戦いで失う民を天秤にかけより被害の少ない方法を探しているのだ
「私もかつて悩んだ事があります。 自身の民を護る為に他国の、しかし上から命令されているだけの民を傷つける事が正義なのか。そしてその戦いにおいて傷付く兵士達をどうすれば護れるのかと」
感情の波に揺れる王子と王女を鎮める様に静かに語るアルベルト。 彼もセイレケの街を護る為に苦悩したのだ。 そして今はそれを乗り越え為政者として地に足をつけて立っている
「どう選んでも結局は為政者の自己満足かもしれません。しかし私の仲間は、そして兵達は自らの後ろにいる民を護る為にその身を犠牲にする事を厭いませんでした。護るべきは何なのか、例えその命を散らしても護りたい物とはなんなのか考えさせられました」
正確な年齢は判らないが成人を迎えたばかりのアルベルトよりもアレクサンドル王子は大分年上だろう。 しかし滔々と語るアルベルトには街を護る領主としての心根に一本の芯があった
「全ての人が強い訳ではありません。戦いという暴力が迫った時に起ち上がれる人は限られているでしょう。でも、それでもそれに立ち向かう事が出来る者もいるのです」
「だが、生きてさえいれば・・・」
「そうです。結局はそこに辿り着きます。 生きてさえいれば・・・ですが支配されて自由を、尊厳を失った人々は生きていると言えるのでしょうか?」
「そ、それは・・・」
「だからこそ為政者は先頭に立つのです。 犠牲を少なくする為に、その為にそれを望む者が効率よく犠牲になるように・・・」
全体の犠牲を少なくする為に自らが犠牲になる事を厭わない人間を犠牲にする。 そう、犠牲にしているのは自分自身だとアルベルトは敢て自悪的な言い方をした。
戦闘で味方の損害を全て防ぐことは出来ない、であるならばその犠牲を少なくなるようにするのは指揮官として当たり前だが、それは即ち効率的に犠牲を出す事と同義であるのだ
兵の損耗の少なさを誇る指揮官は多いだろう、戦いで圧勝すればそれだけで指揮官は褒められるのだ、称えられるのだ
しかしアルベルトはそれを誇らない。 それは犠牲を厭わず自らの命を散らした者達の物であると考えているから
「少なくとも私はその責任から逃げる事をしない。 公国の民がセイレケの街を攻撃するのならば全て焼き尽くし灰燼と化すまで戦い続けます」
「・・・神国、ザービス教がそれを命じると言うのか」
「少なくともザービス教は信者を利用して帝国を滅ぼしました。次が無いと何故言えるのですか?」
「私は・・・私の考えは甘いのだろうか?」
「それは私には判りません。自分が正しいのかも判ってませんから・・・でもそこを悩まない為政者よりは好感を持てますけどね」
「・・・少し考えさせてくれ」
ニッコリと、年相応の笑顔を見せるアルベルトに何かを感じたのだろうアレクサンドル王子は席を立ち自室に戻ろうとするが、その足取りは何処か覚束ない。 自身の立ち位置に迷いが出ているのだろう
だが、それを甲斐甲斐しく支えるメイドのミリアの表情はどこか嬉しそうでも有った。 慈しむ様なその瞳には何処までも支えようとする強い意思も感じ取れる
「ねぇ・・・」
「なに、べス?」
「王子様のお尻、・・・破けてる」
「そこは黙ってようよ!気が付いてもスルーしておこうよ!!」
「ん・・・締まらない」
「締まらないんじゃなくて破けてんだろ?」
「バイマトまで!もう折角の雰囲気が全部台無しだよ!!」
『ほっほっほ、まぁそう言う運命なのじゃろうな』
アルベルトの絶叫とマーリンの笑い声が部屋に響くのであった・・・
今週の投稿は問題ないのですが、来週に長期の出張が有るので投稿ペースが落ちると思います
いま書き溜めを造っているのですが、仕事が忙しく思う様にいかないのが現状です
次の投稿の時にハッキリした事を伝えられると思いますのでご了承ください