隣国の姫
南北に長い広さを持つサウスバーグ領は、その中心よりやや北側にメネドールが治めるカモーラの街が在る。 そこから街道を馬車で二日程北上すればセイレケの街に着のだが、これは余裕を見た行程の話で騎馬で急げば一日で辿り着く事が出来る
そのまま街道に沿って行けば国境の関所を抜けて旧帝国領、現在はザービス神国へと辿り着く事が出来る。 国境の関所といっても兵士が数名常駐するだけの場所で入国審査等はセイレケの街で行われており、簡易的な施設が在るだけであった
とはいえ施設が簡易的な代わりに敷地を一般に開放しているので旅人達の重要な休息地になっており、王国に訪れる人々は必ずこの場所を通ってセイレケの街に向かうのが普通だ。 一見、密入国者や他国の間者が入り易ように思えるのだが、街道の北側は険しいべレス山脈のすそ野に広がる切り立った崖であり、南側は深い森に覆われているという地理的な事もあって関所自体は簡易的な物で問題なかった
では、王国に入る為のルートがこの街道以外にないのか?と、いうと実はそんな事は無く、セイレケの街の北東に広がる平原の先、べレス山脈にある細い道を抜けるルートが存在しておりそこから王国に侵入する事は不可能では無かった
過去にも帝国と連動したチュバル公国が侵攻してきた事もあり、割合広くその存在自体は知られているのだが険しい山道の上に魔物達が跋扈するその道を態々通る者少ない。 確かに小国群に向かうには距離的にも近くなるのだが整備されていない道幅は狭く、小型の馬車がやっと通れる程で、しかも木の根が伸びていたり灌木も転がっており交易に使うにはまるで向かないのだった
「姫様、もう少しの辛抱です。此処を抜ければ王国へ入る事が出来ます」
「は、はい・・・ウプッ。んな、何とか耐えてみせます」
狭い参道を疾駆する小型の馬車の中で老人の問い掛けに青い顔で吐き気を堪えながら答える少女は如何にも貴族風の服装であったが、馬車の状態を見る限り貴族が乗っているようには思えない状態であった
護衛の騎士と思われる者は馬車の後方を騎乗で付いてくる二名のみ。両名とも傷だらけの鎧を身に纏い背中に背負った盾には折れた矢が刺さったままの状態だった
「もう少し先に行けば、開けた場所が有る筈です。そこで少し休憩にしましょう」
「む・・・だが、先を急がねば」
「此処で馬を潰す訳にはいきません。それに我らは良くとも姫様が・・・」
護衛の二人はそう話しながら馬車を追い掛ける。細身の騎士は此処を通った事が有るのか地理的に詳しい様でもう一人の護衛に提案する。 口調からもう片方の騎士の方が上官なのだろう、その提案に一度は難色を示すものの細身の騎士の提案が尤もだった為、御者に向かって大声で休憩を挟む事を指示する
「さぁ姫様、水と携帯食料です」
「ウップ・・・いえ、食欲が湧きません」
「それでもです、無理にでも食べて頂かないと・・・一口だけでも良いので食べて下さいね」
兜を脱いだ細身の騎士は、その煌びやかな金髪を手で後ろに流しながら携帯食料を差し出す。鎧の胸元は僅かに膨らんでおり女性という事が判る
「申し訳ございません。爺が不甲斐無いばかりに・・・」
「いいえ、爺のせいではありません。あの男が、彼奴が来てから全ておかしくなったのです」
「姫様、もう少し行けば王国の領地。あの偏屈伯の事ですから領地に入った我らの事に直ぐに気が付くはずです。それまでの辛抱ですぞ」
同じく兜を外したもう一人の騎士は立派な髭を揺らしながら勤めて明るく伝える。その言葉からメネドールの事を知っている・・・しかも偏屈伯と呼んだ事からもかなり詳しく知っている事が覗えた
一行は明らかに事情を抱えた逃亡者だろう。おそらくチュバル公国の関係者だろう四人は休憩もソコソコに再び王国に向かって走り出すのであった
☆△☆△
一方、その頃、セイレケの街ではアルベルト達がテラスでのんびり午後の紅茶を飲んでいた。閲兵式も無事終わり束の間の平和を婚約者たちとの時間で楽しむ事にしたのだ
「ん・・・判った」
「ヴィクどうかした?」
「ん・・・北側の山道から侵入者」
「あら?珍しいわね。態々あんな所通るなんて・・・新しい密偵?」
「ん・・・違うみたい。男二名、女二名。一人は貴族の娘風、後は御者?」
ヴィクトリアがいち早く山道の侵入者に気が付いたのは彼女の眷属である闇人からの報告であった。 アルベルトが私兵隊を、エリザベスが魔法師団を率いるようにヴィクトリアも眷属を使った諜報部隊を率いていた。 当然、諜報部には人族も所属しているがべレス山脈の様な人には常駐が難しい場所には眷属の闇人や配下のヴァンパイアを配しており人族の伝令では不可能な早さで報告がなされたのだ
「ふ~んなんか事情ありそうね」
「うん。確かハサンの部下が牧場にいた筈だから迎えに行かそう」
「ん・・・伝える」
「・・・アルも行くんでしょう?」
「えっ?いや、その・・・」
「行くんでしょ!」
「・・・ハイ、イキマス」
ハサンの部下に任せる気満々だったアルベルトは何故か妙にやる気を出しているエリザベスに押し切られる格好で迎えに行く事を了承する。 正直アルベルトには仕事もあるし闇人という便利な存在がいるのだから、自分が動く必要性を感じていなかった
「ん・・・最近太った」
「なっ!ち、違うわよ!!!・・・だって最近一緒にお出掛けしてないし、偶にはピクニックも良いじゃない」
「そう言えばそうだね・・・って、遊び半分は流石に拙いよ?」
ダイエットにしろピクニックにしろ何やら事情を抱えているらしい一行を迎えに行く理由としては間違いなく不適格であった。 そう思ったアルベルトも一応はツッコミを入れてみるが閲兵式に備えて装備の研究などで婚約者たちを放っておいた自覚が在るだけにその言葉は弱い
「ん・・・でも太った」
「うっさいわね!確かに太ったけど・・・で、でも少し位ポッチャリの方が男は嬉しいって聞いたもん」
「ん・・・それは胸の話、腹がポッチャリは嫌われる」
「えっと・・・アリーさん準備の方をお願いしても良いかな?」
敢て流そうとしていた言葉を繰り返すヴィクトリアに苦しい言い訳で対抗するエリザベス。 そんな二人の婚約者に挟まれたアルベルトはこのままだと確実に向かって来るだろう火の粉を躱すようにアリーに助けを求める
「はい、承りました。馬車にしますか?」
「いや騎馬にしておくよ」
「フフフ。乗馬は全身運動ですからね」
「ちょ!アリーさん!!」
「ウワ~ン!やっぱりアルも太ったって思ってたんだ!!!」
「い、いや、さっき自分で・・・じゃない。ほら、少し太った方がお胸も大きくなるかも・・・」
『いや、だからアルよ。毎回の事じゃがまるでフォローになっておらんぞ』
「フフフ。ご主人様は大そう愛されているのですね」
「「ご主人様!?」」
アルベルトが絶対にやめてと頼んだご主人様呼びで心底楽しそうに笑うアリー。しかもエリザベスを挑発すように腕を組む様にして豊かな胸を強調するおまけ付きだ
「ちょおっ!アリーさん!!!」
『コヤツ・・・見かけによらずドSじゃったか』
「アル・・・お話しがあるんだけど!」
「ん・・・正座!」
結局、お説教のせいで出発が一日伸びたアルベルト達だった・・・
ノンビリはここまで。この話から一挙にお話が進んでいく・・・はず
読んで頂いて有難う御座います