閲兵式
アルベルトが楽しみにしていた総合演習は予定通り開催され、好天のお蔭もあって民衆の見学者も沢山訪れた
所謂閲兵式に近いもので会場はセイレケの街の西側に広がっていた森を切り拓いた兵舎に併設された練兵場で行われる。 今回は一般の領兵の他にアルベルトの私兵隊も初披露されることになっており、噂のエリート部隊の登場に人々の興味を一層駆り立てていたのだった
セイレケの街の守護を担う一般兵は治安維持の役目も兼ねるので市民たちの目に触れる機会も多い。 しかしアルベルトの私兵隊は対帝国戦の時の様な防衛戦であったり、魔物の討伐など常に危険の伴う前線で活躍していた為、一般の市民にはその存在と実力は聞いていても実際に見る機会は無かったのだ
「では、殿下行ってまいります」
「うん、頑張ってね。」
「最初なんだからトチるなよ!」
私兵隊の中核をなす弓兵を指揮するサームがアルベルトに挨拶をしてから部隊の指揮に戻っていく。サームは私兵隊の全部隊を指揮する総隊長も兼ねているのだが普段は弓隊を指揮している。 これは私兵隊の目的が防衛という事もあり、その中核を成す弓隊の重要度を示すものであった
「皆さま、お待たせしました。それでは此れよりアルベルト様の私兵隊・・・通称アルガード達の実力の一端をおみせしたいと思います。どうか盛大な拍手でお迎えください」
「って、アルガードって何!?そんな名前、初めて聞いたんだけど???」
「ほら、アルも笑顔で敬礼しなきゃ!」
司会進行役のお姉さんが拡声の魔道具で私兵隊の入場を知らせるが、その恥ずかしすぎる通称にアルベルトが驚いて突っ込む。 しかしどこの国の閲兵式も一応はその主に見て貰うと言う名目になっており、当然アルベルトの私兵隊が向かう先はアルベルトの前であり敬礼で迎えるのが通例なので突っ込みを入れてる暇は無いのだ
「アルベルトのガードって事だから判り易くて良いんじゃない?」
『ふむ・・・花粉症にでも効きそうな名前じゃの?』
アルベルトの後方で同じく私兵隊に敬礼を返しているエリザベスが名前の由来を説明してくれる。 別段、私兵隊を自分の守備隊として考えている訳でも無いアルベルトであったが、国の精鋭たちが近衛や親衛隊を名乗り後続を守護しているので彼の私兵隊も同じような認識を受けての事らしい
因みにマーリンの言葉は彼の知識にある古の薬の名前に似ている事からであったが、残念ながら現存していないので一般的な知識では無い
「では、準備が整ったので実戦形式で彼等の実力をご覧ください」
「弓隊!前へ!!」
会場の先には白いロープで囲われた四角形が目標として作られており、藁で出来た案山子がその中に立てられている。 その他にも各所に案山子が立っている処を見ると各部隊が攻撃する目標となっているようだった。 勿論普段はこんな訓練を行っている訳では無いが見学に来た民衆達に判り易く伝える為の工夫だろう
「目標補足!、弓隊構え!!」
「弓隊準備ヨシ!」
「放て!!」
ヒュゴッ!っという空気を斬り裂く重苦しい音と共に放たれたのは帝国戦でも活躍した大型の複合合成弓から放たれた鉄製の矢だった。 その矢はドワーフ達がセイレケの街に住む様になってから更に改良され大型かつ正確な作りによって破壊力と直進性を増した物であった
四角い枠で囲われたロープ内は弓隊の配置と同じ状態に矢が突き刺さっており案山子たちを地面に縫い付けていた。通常弓矢は風の影響を強く受けるのでこのように正確に飛んでいくことは無い。空中で他の矢に干渉して威力を無くすものも存在する
しかし、一メートル間隔に並んだ横五名、縦五名の二十五名の弓隊の布陣のままに地面の突き刺さった矢は同じく一メートル間隔になっており、狙いの正確さだけでは無く散布界での干渉すら無かった事を示していた
「おおー!これまた見事な腕前だ」
「流石は領主様の私兵隊だ!」
などと観客席からは驚きと称賛の声が聞こえてきたが、周りで規則正しく並んでいる領兵達は違う感想に身震いしていた
「お、おい・・・あんなもの盾で防ぎようも無いぞ」
「しかもあんな重い矢をあそこまで飛ばせる物なのか?」
「あの四角い枠の中にいたら間違いなく・・・」
今回は演習という事もあり平地から矢を放っているが、本来は城壁上から放つのが弓隊たちの役割だ。 つまり城壁に向かう行軍中に頭上から鉄の矢が降ってくるのだ。 五メートル四方の死の空間が城壁前に出来るという事はとてつもない恐怖であった
しかもアルベルトの私兵隊は当初よりも数を増やした七百名になっている。その半数を超える四百名が弓隊に属しており、補給係を抜いた三百五十名がこの死の空間を造り出すのだ
一般兵達はこの弓隊が味方である事に心底安心し、逆にこの街を責める敵兵に同情するのだった
そこへ地響きを上げながら突入してくるのは重装を纏った騎兵隊。 ハサン率いる重装騎兵二百名による突撃が案山子たちの群れに突き刺さる。
当初、騎兵達は通常の騎馬で構成されていたのだが、帝国産の重装にも耐える大型の馬達を揃えた事で重装騎兵として生まれ変わっていた。 実は神国によって帝国が打倒された時にハサンが真っ先に動いたのは帝国産の騎馬を産出していた牧場の保護だった。
デストリア種と呼ばれるこの馬達は帝国で養われている他には存在せず、帝国軍の強さを陰で支える重要な馬達であった。 当然、その牧場は秘匿されていたのだが帝国軍にいる時に重装騎兵隊にも配属された経験を持つハサンが真っ先にアルベルトに申し入れ、顔見知りであった牧場主達ごとセイレケの街に連れてきたのだった
幸い、セイレケの街の北東には豊かな平原が広がっており馬達の育成には十分な環境であった。アルベルトが牧場主たちを厚遇した事もあって今もデストリア種たちは場所を変えてセイレケの街で増え続けており、ハサン率いる重装騎兵達の数も徐々に増えているのだった
「お、おい!あの装備って・・・」
「そうだよな。俺も思ったんだけど・・・」
会場の一角を占めていたドワーフ達から驚きの声が広がり始める。 私兵達の装備は蒸留酒と引き換えに彼等ドワーフが提供した物であり、当然それを造った者達は自分の作品を見誤る事など有る筈が無かった
「ハッハッハ!儂が直々に施したエンチャットであの装備には風属性を付けてある。どうだ見違えただろう!!」
「な!エンチャットだと?ま、まさかテンゲン殿・・・」
「うむ。遂に儂の悲願は達成されたのだ!」
流石に騎兵隊の全員の装備品に風属性の付加を付けた物にする事は出来なかったが、隊列の先頭を走る騎兵達の装備には間違いなく風の加護が着けられていた。
平野に置いて騎兵隊の突撃というのは歩兵にとっては死を覚悟するに十分な脅威だった。 長柄の槍などで幾らかは勢いを減らす事が出来ても軍用馬の突撃というのはそんな物で防げるものでは無い
その為、近寄らせない様に弓で牽制するのが定石なのだが、風の加護を持つハサン率いる重装騎兵達にはそれが通用しない事になる。 まだ付加に必要なスロット付きの装備が少ないがこれを機会にスロット付きの装備を増やせば無敵の騎兵隊も夢では無かった
「こりゃあ俺達も負けてられんぞ!テンゲン殿、詳しい話を聞かせて貰えるんだろうな!!!」
「勿論だ!ドワーフ製の装備の名を高めるチャンスだ。みんな気合入れるぞ!!」
「「「「おお!!!」」」」
見学者達が騎兵の迫力に盛り上がる中、ドワーフ達が占める一角は別の盛り上がりを見せる。非常に漢臭いその迫力は隣接する見学者達を引かせるのに十分なほどだった
「突撃!」
「おお!!」
最後に突撃したのは赤揃えの鎧を付けたサニラ率いる歩兵部隊だった。私兵隊の中でも選りすぐりの技量で構成された五十名の歩兵達は全身鎧に盾と長剣を装備しておりその出で立ちは騎士といって良かった。
戦場に於いてアルベルトを直接守護する近衛兵の役割を担う者達。 名称に近衛を名乗らせると皇族や貴族から抗議が入りそうなので正式には守護部隊という事になっているが、バイマトが直接鍛え上げた彼等は王家の近衛部隊を超える実力者達で構成されていた
「・・・なんで赤?」
「いや、マーリンの旦那が譲らなくて・・・」
『ほっほっほ。此処はやはり赤じゃろうて。三倍速く動けるかもしれんぞ』
「またその迷信?ホント好きだよね・・・」
アルベルトの産着に始まり、何かにつけて赤く染めたがるマーリン。 しかしドワーフ製の装備は通常の装備品よりも軽く、しかもアルベルトの守護を担うとあってドワーフ達も気合を入れており破格の性能を誇る物だった
『儂が直接テンゲンに教えた付与も付けてあるからの』
「三倍は兎も角、普段よりも動きが良いんじゃねぇか?」
「そうだね。重さを感じてないみたいだ」
「ねぇアル、早く私の魔法師団用の装備も考えてよ」
「わ、判ってるから!イタッ!判ってるから魔力を押えて!!」
藁で出来た案山子とはいえ、サニラ率いる歩兵達は軽々とそれを斬り裂き次の獲物へと素早く移動していく。ドワーフ達の技術とアルベルトの発想、テンゲンやマーリンの力もあって私兵隊の実力は他国の正規軍を軽く凌駕出来るものであった
魔法という装備よりも才能と本人の努力が物を言う部隊を率いるエリザベスも目の前の現実にアルベルトに装備品の充実を強請ってしまう
当然、見学に来ていた民衆達も大満足と共に自分たちの街を護る戦力に安心をしていた。
逆に紛れ込んでいた間者たちは、その武威に驚くと共に祖国に緊急に報告をする為に早速動き出す。 しかしヴィクトリア率いる諜報部がそれを見逃す訳が無く、多くの間者や密偵が捕えられることになった
「って、なんで味方の密偵がこんなにいるの!」
「ん・・・親バカ」
捕えた密偵の大半がメネドールとソフィアの密偵達と国王の放った密偵達であった事に驚くアルベルト・・・
閲兵式の裏の目的であった神国の密偵を炙り出す作戦があまり成果を出す事が出来ず、捕まえたのは味方の密偵ばかりという事態に呆れる様な情けないないような複雑な表情のアルベルトであった
読んで頂いて有難う御座います