アルベルトの日常
バーンたち神国の使者が王国を訪れてから一ヶ月。 なんだかんだと色々と騒動を巻き起こした彼等だったが結局の処は表面上は特にコレといった事も無く、変わった事といえばセイレケの街に優秀な文官が増えた事ぐらいだった
「アルベルト様、こちらの書類に決裁をお願いします。」
「うん、そこに置いといて貰えるかな。」
「はい。残りは私とウマル殿で処理しておきますから今日の仕事はこれで終わりですので頑張ってくださいね」
以前はウマル一人で処理していたので彼自身にも余裕が無かった。 その為決済の最終確認は全てアルベルトが行っていたが、今はアリーという優秀な相棒のお蔭でウマルにも余裕ができたので、重要度の低い物に関してはアルベルトに廻ってくる事は無くなっていた。
「いや~やっぱりこのハンコって便利だよね~」
『フッフッフそうじゃろう。こういう物を生み出すのも賢者の知恵という物じゃよ』
ペッタンペッタンとハンコにインクを付けて書類に押し付けるだけでアルベルトのサインが記されていく。 木や金属を削り出した印章は古くから存在していたが、サインの様な繰り返しで使い、しかもハッキリした物を記すには消耗が激しい上に、力加減によっては掠れてしまう為あまり使われていなかった
「でもこんな柔らかい物に複雑なサインを掘りこむのって大変じゃないの?」
『そこは逆転の発想じゃよ。固い物に反転して掘り込んだ物にこの素材を流し込むのじゃ。初めは造るのに不慣れでも慣れれば鏡文字の要領で簡単に作れるようになる』
樹から取れる樹液に特殊な薬品を混ぜ込んで作った素材は熱すると柔らかくなるので型に流し込むには最適であった。 尤もこれもセイレケの街にドワーフ達が住み着いたから出来た事であり、彼等の精密な技術があってこその事であった
「テンゲン達にはなるべく美味しいお酒を造ってあげなきゃね~」
「今年は無理ですが来年は大麦の作付も増やしますし、山間部には果樹園も増設する予定ですよ」
「あっウマル!丁度良い所に来てくれた」
アルベルトが決済済みの書類を量産しながらハンコの便利さをマーリンと話している処に、ウマルが書類を持って執務室に入ってくる。 ドワーフ達が増えた事で来年の作付に関してはお酒造りに必要な穀物や果樹を増やす事は決定事項であり、その為の畑の開墾を進めていたのであった
「明日の演習の事なら準備は整っていますよ。アルベルト様も予定通り参加できます」
「ありがとう、実は楽しみだったんだよね。試してみたい事が沢山あるんだ~」
当初は神国の持ち込みそうな厄介事を懸念していたアルベルトであったが、アリーの加入のお蔭でセイレケの街の事務処理能力は大幅に上がっており、月一回の実家への顔出しを実現してもアルベルトには余裕が有った
最初は久しぶりという事でカモーラの街に二週間も滞在したが、月一で帰ると約束する代わりに三日ほどの滞在で済むようになったので移動時間を含めても五日で済む。 以前はそこまで街を開けると書類が膨大に溜まっていたが、今ではそこまでの事は無いどころか自由時間が増えた位だった
「へへへ、今回は私兵隊も参加するからね。みんなの驚く顔が楽しめそうだよ。
「ん・・・楽しみ」
アルベルトは空いた時間でマーリンと何やら作成に勤しんでおり、試作品を作ってはテンゲンの工房に持ち込むという事を繰り返していた。 領主館に新たに作った鍛治工房に一度籠ると中々出てこない彼に、ヴィクトリアやエリザベスはかなり不満に思っていたのだが、いざその品々がお目見えされるとなればそれはそれでやはり興味が尽きないようだった
『アルの発想は面白いのじゃが失敗作も多くての・・・あの振動剣とやらにはまいったぞ?』
「うん・・・あれは流石に反省した」
アルベルトが考え出した失敗作である振動剣。 剣の刃の部分を高速振動させることで剣の切れを増そうと考えたそれは発想は良かったのだが幾つもの欠点を抱えていた
振動する刃で対象の物体の分子構造に干渉する事を目的にしたそれは確かに切れ味の向上という意味では今迄に無い考え方であった。 その切れ味は今迄の剣では実現できない物であり金属鎧すらも片手で簡単に斬り裂く事が出来る画期的な剣だった。 しかし・・・
「まず魔力の消費がね~・・・それに凄く高くなっちゃったし」
『あれ程魔力を消費するなら魔法剣の方が良いだろうな。しかも効果はあまり変わらんし・・・』
確かに振動剣で簡単に鎧を斬り裂く事は出来る。しかしそれは魔法剣でも実現出来る事であり、精々簡単にできるか、ちょっと力が必要かの違いに過ぎない。 もし訓練もしていない新兵でも実現できるなら画期的であったが、消費魔力の大きさ故に新兵の実力では魔力が保たない。
魔石を嵌め込むと言う代替え案もあったのだが今度はコストが問題になってしまう。 しかもどれほど切れ味が良くとも所詮は武器である為、使う本人の技量が無ければあまり意味が無かった
「でも、ドラゴンとかゴーレムとかアダマンタートルとかには良いんじゃないの?」
「ん~それだと刀身が短すぎるから結局は魔力が必要になるんだよね」
エリザベスが防御力が高く堅い事で有名な魔物達の名前を挙げて再考を促すが、今度は剣という刀身の長さ故の欠点が出てきてしまう。 エリザベスが挙げた魔物達は身体が大きく、通常の刀身の長さではどれほど切れ味が良くとも与える事の出来るダメージはたかが知れている
ジョゼルのダンジョンで邪竜の首を落としたアルベルトもテンゲンが造った剣に魔力と闘気を流して刀身を伸ばしているからこそ出来た事であり、振動剣の様に刀身だけにしか効果が無い剣では不可能な事だった。 大体エリザベスが言った魔物達がそうそう現れる訳でも無いのだからやはり意味が無い物だった
「ふ~ん結局は必要以上に威力はあるけど肝心なトコでは役に立たない、しかも燃費が悪くて馬鹿みたいに高い剣だった訳ね」
「ううぅ、べスもう少し言葉を選んでよ・・・」
『まぁ失敗は成功の母とも言うしの、丸っきり意味の無い事とは言えん・・・かも知れん』
「って、マーリン!そこは言い切ってよ!!」
アルベルトも振動剣に関してはノリと勢いで作ってしまった自覚も有り反省している処にエリザベスの容赦ない評価を受けて落ち込んでしまう
しかも、マーリンがフォローしてくれたと思えば最後の最後に頼りない言葉をくっ付けるものだからアルベルトも、つい突っ込みを入れてしまった
「まぁ失敗作もあれば成功したのもあるんでしょ?」
「まぁね。べスの魔法師団の分はまだ出来てないけど構想は出来てるから楽しみにしててよ」
今回は私兵隊の装備品が主であり、一般兵の分や魔法師団の分に関してはまだ実用化出来ていない。 明るく茶化してはいるがザービス教が終末教の系譜なのだとしたら早急な装備の更新が必要であり、こんな風にお茶らけている場合では無いのだ
『アル本人の修行も大事じゃしな。少し時間を作って本格的に魔法を覚えるのも良いかもしれんの』
「って、ちょっと!私も参加させなさいよ!!」
「う~んべスは、ほら魔法神様がいるからさ、そっちに頼んだ方が・・・」
「なんでよ!私も偶には一緒が良い!!」
「ん・・・私は別行動」
とはいえ、差し迫った危機が目の前にある訳でも無くアルベルト達は日常はそう変わる物でも無かった
しかし、ザービス教は彼等の見えない所で確実にその勢力を広げているのだった・・・
ほのぼのタイム・・・