二話 出会い、そして動き出す
「おはようございます」
「あぁ、おはよう。早かったじゃないか」
落ち着いた一室の中、二人の男が挨拶を交わす。
一人は誇らしげな目に若さが宿る男。ただ、今は少し疲れているようだった。
もう一人は部屋によく似合う落ち着いた男。ただ、その目には隠しきれない無邪気さが浮かんでいる。
二人とも二十代に見えるが、彼らにとって肉体の年齢にはさしたる意味もない。
「昨日はよく眠れたかい?」
落ち着いた男が微笑とともに問う。
「寝られませんでした。日が昇る寸前になってようやく終わったところです」
そろそろ朝の六時を過ぎる頃合いだ。夜明け前に終わったにしては報告が遅いが、挨拶を二の次にしたか、それとも終わってから一悶着あったか。十中八九後者だろう。
「どうだった、契約は」
「あんなに大変だとは思いませんでしたよ。あなたが、……カノンさんが目を付けるだけのことはあります」
カノンと呼ばれた男は、「目を付けたのは僕じゃなくあの子だよ」と小さく笑う。
「どちらにせよ、同じことです」
敬語の男は一笑もせずに言い捨てた。
「あいつの呪力は尋常じゃないですよ。人間の姿をしていることが信じられないほどです」
続けて、呆れるような声音で告げる。
「人間のなり損ないか、はたまた道を踏み外した人間か、それは僕にも分からないがね。……ともかく、気に入ったなら良かった。彼女も僕には振り向かなかったからねぇ」
カノンはニヤニヤと笑って手を叩いた。相手が相手なら嘲笑とさえ取れそうだが、そこに欠片も悪意がないことは敬語の男も知っている。
「……言いたくはないですが、あいつなら力がなくても歓迎しましたよ」
それから「ただの執着だというのは分かっています」と言い訳するように添えた。
「別にいいんじゃないかね? 彼女も拒絶はしていないんだろう?」
「俺の問題ですよ、これは。あいつがなんと言おうが、関係のないことです」
きっぱりと言い捨てた男は、目に浮かんでいた疲れと自己嫌悪の色を奥に追いやった。
「あちらはどうです?」
「動き始めたところだ。それも予想外の方向へ」
カノンの言葉に、男は驚きの声を上げる。
「まだ各派閥は動き出していないが、連邦は相変わらず監視体制だろうね。彼らもよくやる」
こちらでいうところの『連邦』は、大抵旧大陸にある派閥を指す。規模は大陸級。過去には歴史上唯一の支配級に君臨していたが、今では相次ぐ離反と戦争で大陸級にまで落ち込んでいる。それでも世界で見ても上位の派閥であることに変わりはないが。
「俺はまだこちらにいても大丈夫ですか?」
男は自信家だ。過大評価することなく実力を把握した上で、自信を持っている。同時に、彼我の力量差を生真面目なほどに理解することにも努めていた。
そんな彼からすると、眼前にいるカノンと名乗る男は遠すぎる。カノンが虎なら、男の方は狐どころか蟻だ。
「君は彼女と馴染んでおいた方がいい。いきなり実戦では、流石の君でも事故が怖いからね」
「馴染む、ですか。契約後に注意することはありますかね?」
男は素直に問うた。意地も見栄も人一倍あるが、カノンの前では無意味だと知っている。
「愛情だよ、愛情。従者を愛すること、従者に愛してもらうこと。あとは世界が教えてくれる」
それは才能と言うのもおこがましいほどの力を持って生まれてきた者に限った話だろう、とは、男も言わない。彼に才能がないとは、まだ誰にも断言できないのだ。
「あいつ、街は分かりますか? 俺も西側はまだ把握できてないですから、案内が欲しいです」
話が飛躍したようにも思えたが、二人の間では問題ない。つまり、カノンの言葉に従ってデートをしようというのだ。
「あぁ、彼女なら大丈夫だ。街のことでうちの子と仲良く話していたところを見たことがある。といっても、言葉は発しなかったがね」
「他人同士のアイコンタクトを読みますか」
男は冗談めかして笑い「では、何かあれば呼んでください」と一礼し、その部屋を後にした。
彼の名は枝園士英。実名ではないが、その名で通っていた。
そんな彼が、彼女、緋田藍夏と出会うのはもう少し先のことである。
×××
「だからね、藍夏があんまり友達作りたくないっていうなら、私が助けてあげるっていうんだよ」
「そういうのいいから」
「でもほら、一人だと何かと不便だよ? 体育とか英語とか、誰と組んでるの? 毎回最後まで残るの?」
「地味に痛いところ突かないでくれる?」
余っていた一室を割り振ったはずが、結局その部屋を抜け出した海那と同じ部屋で寝た夜。……ではなく、寝ずに話し続けた夜から半日ほど過ぎた昼休み。
二人がいるのは高校の教室、窓際の一番前だ。藍夏が朝早くにアパートまで送ったはずなのに、その帰り道も一緒にクリーニング屋に寄った海那は、学校に来てからも後をついて回っている。
そんなわけで、昨日の今日で何があったのかも分からず、むしろ積極的に話しかけて一緒に昼休みを過ごそうとしていた他の生徒たちは、藍夏の普段の言動とも相まって好奇の目を向けてきていた。
「あ、このハンバーグ美味しいよ!」
「それ冷凍」
そして弁当の中身が同じということも、既に物好き女子から放たれた偵察隊の働きによって教室中に知れ渡っている。興味など持っていないように見える生徒も半数ほどいるものの、やはり藍夏と海那は今日一番の注目の的であった。
「なら卵焼き!」
「自画自賛ありがとう」
二人の会話はずっとこの調子だった。藍夏は他の生徒に向けるものよりずっと素っ気なく、いっそ悪意さえ含んだような言葉で返すのだが、海那はめげずに頑張っている。……というより、それを楽しんでいるようだった。
「藍夏は恥ずかしがり屋さん?」
「面倒臭がり屋さん」
良くも悪くも幼い海那と、悪い意味で大人びている藍夏。周囲もその関係を少しは理解したらしく、不信感にも似た視線は薄れてきた。
「今日はどこ寄って帰るの?」
「昨日どこか寄ったみたいな言い方だね」
「藍夏の家に寄ったよ?」
「私はただ帰っただけなんだけど……」
藍夏にも諦めというものはある。周りが呆れるほどの執着を見せることもあるが、その他の大半では早々に諦められる人間だった。
だから、今のこの状況も諦めている。身から出た錆とも言えるが、嫌というわけでもなかった。
「じゃあ、仕方ない」
弁当の具の中でも海那が担当していた卵焼きを口に突っ込み、藍夏は諦めの言葉を吐いた。
「帰りに少し案内するよ」
代わりに今は少し黙って、と言外に伝えたはずだったが、海那は昼休みが終わるまで延々と話し続けた。
そして、放課後。
学校から電車と歩きで一時間弱もかけたところに、二人は来ていた。
そこは良く言えば静かで、悪く言えば閑散としている。建ち並んだ家々があることから人も住んでいるようだが、あまり営みの臭いは感じられなかった。
「ここが、亜族の住処だよ」
一通り見終えたあたりで、藍夏が口を開いた。
「亜族は人を避ける。人も亜族を避ける。何かがあって二つのバランスが崩れれば、簡単に生きたまま死んだ街が生まれる」
亜族は普通の人には見えない。しかし、見えないなりに彼らも避けるのだ。色褪せた世界に隔離された呪い師を避けるように。
同時に、亜族も人を避ける。こちらは見えているはずだが、やはり全く別種の存在に関わるのは好きではないのだろう。一部の好戦的、あるいは悪戯好きの個体や種を除き、あまり一般人に関わろうとはしない。
「今は私がいるからいいけど、一人で来ちゃダメだよ? 特に夜に来たら、そのまま帰れなくなるかもしれない」
藍夏が脅かすように笑う。
「随分な自信ですね、藍夏さん」
海那も冗談めかして返し、もう一度周りに目を向けた。
世界に色はある。それが最大の違和感であるかのように、海那はまじまじと見つめていた。
「まぁ、よく来てるからね」
自嘲するような声だった。
「亜族には、有害指定っていうのがあるんだよ。呪い師はあまり亜族を殺さない。殺す理由もないし、報復も怖い。でも、そんなこと言ってたら被害が出ちゃって困る亜族を有害だと指定して、暇な人に始末してもらう。私はそれを殺しに、ここまでよく来る」
他の似たところにも行くよ、と藍夏は躊躇いながら言う。
「亜族、嫌いなの?」
海那も何か察したようで、おずおずと問うた。
「中学に入る前の冬に、私の親が入ってた派閥が亜族と戦争してね。それで二人とも死んだ。……まぁ、その時の敵は父さんが相討ちまで持ち込んだらしいから、仇を取ってるってわけでもないんだけど。八つ当たりかな」
隠れてはいるが、藍夏は有害指定されていない亜族も殺している。派閥に属せばそんなことは許されないし、無所属であっても見つかれば咎められかねない。
「私に言うことと自分がやってることが違うよね、藍夏は」
海那は呆れているようだった。
「そりゃ、ほら、経験が違うから」
そう冗談で誤魔化したが、藍夏にも分かってはいる。自分の常識、こうすべきという考えと、やりたいことや、その結果の行動が噛み合っていないのだ。
「亜族って、そんなに怖いの?」
「うん、勿論」
当たり前のようでいて、当たり前ではないのかもしれない。
「戦争とかも、するんだ」
「法律もないしね」
今もどこかで殺し合っているのだろう。それも、世界のどこか、なんていう曖昧な話ではなく、この街の中でさえも。
そんな世界に生まれてきたことを嫌だとは思わないが、海那まで引き込みたくはない、と藍夏は思う。しかし、人々の感情なんて関係なしに、この色褪せた世界は引きずり込んでくる。
「藍夏がどこにも入らないのは、その八つ当たりのため? 私には入れっていうのは、私のため?」
藍夏は繰り返すように言っていた。
派閥には入ること、と。
当の藍夏がどこにも属していないのだから説得力など欠片もないが、海那は真剣に聞いていた。
「まだ何も分からないなら、分かるまででいいよ。どこかに入って、守ってもらっている間に勉強すればいい」
エゴだろう、と内心で自嘲する藍夏。
海那はそれを見透かすように、柔和な笑みを浮かべた。
「なら、藍夏から教わる。藍夏に守ってもらう。それじゃ、ダメ?」
どう、名案でしょう?
そんなことを言いたげな視線に、藍夏がため息を返す。
「私、そんなに強くないよ?」
「それなら私が守ろうか?」
「……はぁ」
ペースは完全に握られている。
断るのは容易い。撥ね退けるのと、切り捨てるはもっと簡単だ。
しかし、それができないから、藍夏は強くないのだろう。
×××
闇だった。
闇の真っ只中、真っ暗な世界。
「お前はさ」
闇なのに何故か道は見え、歩くことのできる空間に男の声が流れた。壁がどこにあるのか、そもそも存在するのか分からないが、響くことはない。
「どこまで記憶があるんだ?」
いや、亜族のことは分からないんだが。
男は煮え切れない声で言う。その男の手は、自身のものより小さな手を握っていた。
「『お前』っていうのは、誰のこと? ここにはシェレ以外誰もいないけど、シェレのこと?」
小さな手の主である若い、というより幼い女が投げ返す。
「……あぁそうだ、お前のこと、シェレのことだ」
男は苛立ちながら言い捨てたが、どちらかといえば諦めや呆れの方が大きかった。
「そんなところも似てるんだな」
「前のシェレに?」
「前のシェレは俺だ。俺のことを変な名前で呼んでた馬鹿に似てるっていうんだよ」
「変な名前って『シェレ』のこと? 自分が呼ばれて嫌な名前で人のこと呼んでるの?」
二人以外の誰もいない道を、そんな賑やかな会話とともに歩く。
「でも、言ったでしょ? シェレの最初の記憶は、すごく熱いところで生まれた記憶。真っ暗な中で、シェレだけが光を持ってた。燃えていた」
真っ暗な中とは、今のこの世界のことだ。
ここは人間の住む世界ではない。人間が踏み込むべき世界ではない。
亜族の世界。人間が踏み込めば一歩で道を見失い、十歩も歩く前に精神が狂うと言われている。数十年に一度か二度程度の頻度で見つかる『生存者』は、まともな精神も持たぬまま、はるか昔の時代の出身だと言うらしい。
時の流れ、空間の繋がりが破綻した世界なのだ。
「ねぇ、士英?」
シェレは男の名を呼ぶ。
「あなたの一番古い記憶は、なに? やっぱり生まれた時?」
その言葉に、士英は「人間は産まれた瞬間なんて記憶していない」と言い捨ててから、それを言う。
「あの馬鹿と一緒にいた記憶が最初だ。あいつが変な名前で呼んでくる記憶がずっと続いて、あとは逃げ出した日まで飛ぶ」
「だから変な名前って言わないでよ。シェレは気に入ってるんだから」
「そんなところが似てる」
「なに? 惚れた? 昔の恋人に似てるから惚れた?」
士英は反論するのも面倒臭くなって黙った。いっそ手を振りほどいて半殺しにしてから立場を弁えさせようかと思ったが、手を振りほどいた瞬間に道を見失い、半殺しにしたら帰れなくなるので断念する。
もっとも、彼も本気で嫌がっているわけではないのだが。
「まぁ、なんとも思ってないわけじゃないのは確かだ。でなけりゃ、そんな名前は付けない。それと、あいつは恋人じゃない」
「じゃあ何さ」
「妹か、そうでなきゃ下僕だ」
「話を聞く限り、士英が弟か下僕に思えるけど?」
二人の出会いは数日前に遡る。
遠くの地にいたカノンに呼び出された士英は、遣いに連れられるがまま彼のもとを訪れた。用事は別にあったが、二日目には士英とシェレの出会いがある。シェレが士英を気に入ったらしく、カノンを通じて紹介されたのだ。
「お前、自分が従者だってこと忘れてないよな?」
「亜族が唯一許した契約は対等の契約。従者なんてのは呪い師が勝手に付けた名前だよ」
って、カノンが言ってた。
シェレはそう笑い、それから「今ここでシェレが逃げたらどうなるか忘れてないよね?」と握っていた手を開いてみせる。勿論、士英の方から握られているので離れはしない。
「この臆病者」
「無謀になるよりは良い」
「カノンの話だと、士英は相当無謀らしいじゃん。大陸級に喧嘩売ったんでしょ?」
「あんな奴らに遅れは取らん。所長と先輩と伶衣がいて、お前も来た。裏にはカノンさんとフランさんもいる。どこに負ける理由があるか」
「うわぁ、堂々たる他力本願。それと虎の威を借る狐」
「とても日本語がお上手で」
売り言葉に買い言葉、なのだろうか。二人が机を挟んで討論したら椅子はいらないのだろう。どちらも身を乗り出して噛み付かんばかりの罵倒合戦を繰り広げてくれるはずだ。
「それで、無名の派閥の構成員さんは何がお望み?」
シェレはニヤリと笑って問う。
「それ、カノンさんの前で言ったら、流石のあの人でも怒るぞ」
「ねぇ、何がしたいのか聞いてるんだけど?」
その声は静かに笑っていたが、少し有無を言わさぬ色があった。
「……さてな」
士英はため息で返す。
「前は逃げたかった。その後は強くなりたかった。今もまだ強くなりたいとは思っているが、その上で何がしたいのか、俺にはまだ分からん」
その答えで満足したというわけではないだろうが、シェレは小さく頷いた。
「なら、目的が見つかったら言ってよ。シェレが手伝ってあげる」
そうかよ、と士英は言い捨てる。
「そうそ。で、まずは何やるの?」
「仕事だ、仕事。二人の代表が珍しく声を揃えた仕事だからな、失敗はできん」
「あぁ、女の子だっけ? 確か名前は……」
「水面海那。……そんなことより、お前は本当に何者だ?」
「シェレ? シェレはシェレだよ? 士英の昔の恋人に似てる、亜族の一員」
士英のため息と、シェレの笑い声。
二人は亜族の世界、その最表層である『道』を通って極東列島に向かっていた。
上手く最短距離を通れば、一時間もかからないはずだ。
×××
外が騒がしい、と思うのは、自分の心情の変化だろうか。
藍夏は何気なく考え、すぐに首を振った。
「どうかしたの?」
そう声をかけてきたのは、言うまでもなく海那だ。
「ちょっと、気になることがあってね」
ここは藍夏の家だ。海那と出会って一週間も経っていないのだと思うと少し不思議な気がしてくる藍夏だったが、それもなんだか納得できた。
「悩みなら聞くよ? どの子と友達になりたいの?」
「喧嘩売ってる?」
藍夏がじろりと目を向けると、海那はにへらと笑った。
「それで、何かあった?」
そんな真摯な声に、藍夏は「まぁ」とだけ答え、しばし沈黙する。
「まずは、これ、渡しとくよ」
と、脇に置いておいた鞄から携帯電話のような端末を取り出す藍夏。
「携帯?」
「違うよ。これは、まぁなんていうか、検索機、かな?」
そう言って、自分のポケットからよく似た端末を出す。それから画面を指で操作して、海那に見せた。
「緋田藍夏。高等種。生成系炎。……なに? これ」
画面に表示された文章を読んだのだろう、海那が疑問の声を上げる。
「これは管理局と中立域が公表してる呪い師のデータ。今のは私のページね? 表立って行動してる呪い師は大抵ここに載ってて、調べようと思えば調べられる」
まぁ海那はまだ登録されてないけど、と藍夏が笑い、言葉を続けた。
「他にも亜族の情報とか、色々載ってる。この端末はその検索機みたいなもので、携帯には似てるけど電話もメールもできない。利用料みたいのもないから、とりあえず持っておいて」
そして、それを海那に差し出す。
「呪い師なら全員持ってるってわけじゃないけど、ほとんどの人は持ってるよ。時々こうやって緊急の情報が流れてくることもある」
藍夏は再び画面を操作し、また海那に見せた。
「今朝、武の派閥が戦争状態に入ったって宣言した。相手は『無名の派閥』。まだ名前は分かってないけど、構成員の情報は少し出てきてる」
そう言われ、海那は渡されたばかりの端末の電源を入れる。
それから苦戦しつつ調べること数分。おずおずと口を開いた。
「この『高等種』っていうのは、なに? 他にも『一般種』とか、『下等種』とかあるみたいだけど」
「それは力の目安。下等種が下で、一般種が真ん中、高等種が上。呪いの相性もあるから一概には言えないけど、高等種とはあまりやりたくない」
「でも、藍夏も高等種じゃなかった?」
「私はなりたてだからね。上には上がいるんだよ」
ため息をつく藍夏に、海那は不安げな視線を投げた。
「心配しなくてもいいよ。別に気にしてはないし」
正直強くはなりたいけど、と内心で笑う。
「そんなわけで、分からないことがあったら調べてみること。……それと、武の派閥っていうのは極東列島――これはこっちで言う日本のことね――で一、二を争う大派閥で、性質は血気盛ん。そこが戦争状態に入ったって宣言したからには、私たちも安心してられないから」
海那は「へぇ……」と間の抜けた返事をしたが、すぐに我に返ったように端末に指を走らせた。早速分からないことを調べてみるらしい。
「……武の派閥って、大きいんだよね?」
「まぁ、列島では管理局に次いで二位の規模だったはずだけど、どうして?」
極東列島の四大派閥と呼ばれる大陸級派閥の中で、武の派閥は最も好戦的な派閥として知られている。力量では鉄の派閥と競り合い、規模では管理局と競り合うため、両面から見て列島最大だと言われることも少なくない。
「戦争っていうことは、その、一方的な戦いじゃないんだよね? ある程度やり合うっていうか、なんていうか……」
どこか違和感を覚え、藍夏も今朝設けられたばかりのページを開いた。連鎖的に無名の派閥と一時的に呼ばれている、まだ名前も判明していない派閥のページに辿り着く。
そして、絶句した。藍夏もそこまでは調べていなかったのだ。
「あのさ、武の派閥って何千人もいるんだよね? 全員が全員じゃないにしても、戦える人も多いんだよね?」
海那は恐る恐る、むしろ自分の目が信じられないかのように、それを口にする。
「なんでこの人たち、たった四人なの?」
無名の派閥。
そこに記された構成員は、確認されているだけで四人だった。
そのうち、戦闘参加者は二人のみ。たった二人相手に、武の派閥は翻弄されたことになる。その上、戦争状態に入ったとの宣言さえ行った。
「何か起きてるのは、間違いないよね……」
冗談だろう。勘違いだろう。
そう思わないこともなかったが、これを楽観視できるほど、藍夏は生温くない。
事実、警戒は的外れではなかった。
しかし、その渦中に自らがいることなど、知るよしもなかったことだろう。