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明日は嫁入り、今日は初夜  作者: 飯島鈴
第一部 それは夏が見せた陽炎か、命が見せた灯火か
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十四話 答え

 とても暖かく、柔らかい。

 でも、それは感情的なものだ。藍夏がそう思いたがっているからかもしれない。

 実際には、暖かいもののどこか冷えていて、柔らかさはあれど硬さもある。

 もっと太ってもいいんじゃないか、と藍夏は思う。

 海那は痩せていた。痩せすぎということはないが、もう少し太っていてもおかしくはないし、可愛らしさも増すと思う。

 勿論、そんなことは口に出せないが。

「藍夏は、頑張ったんだからいいんだよ」

 抱き締めているのか、抱き締められているのか。

 藍夏は自分の腕の中で慰めてくれる海那に感謝し、少しだけ後悔した。


   ×××


 環状列島に来て五日目の今日、藍夏は昨日一日かけてどうにか慣れたレイピアを腰に下げ、再び街に繰り出した。昨日と同じく、士英も一緒だ。

 昨日は昼食の後も有害指定の亜族と戦った。どれも人狼と同程度の相手。

 藍夏には気が抜けない相手だったが、士英はそうでもなかったらしく、朝食時に会うと、問うてきた。

「今日も行けるか? 無理にとは言わん」

 行く、と答えると、士英は笑った。

「なら、もう一つ。昨日と同じくらいにするか? それとも、もう少し上を狙うか?」

 例えば、と士英は有害指定のリストを見せてきた。指が差しているのは大赤鬼の欄。動乱の、と固有名まで付けられた個体とは違い、二・五から三メートルほど。その群れが確認されているらしい。群れとはいっても、大赤鬼はそもそも単独か(つが)いで生きる種だ。十も集まれば相当に多い方だろう。

「勿論」

 藍夏は、そう答えてしまった。

 強くなるには、弱い相手とばかり戦っていても意味がない。

 人狼は弱いとは言えないが、より強い敵がいるなら、そっちの方が。

 焦りは自覚していた。それでも、やれることはやりたいと思っていたから、頷いた。


 そして、大赤鬼相手に敗走した。

 正確には、負けていない。だが藍夏個人からすれば同じことだ。

 藍夏が任せられたのは一体だった。四体の群れに士英が突っ込んだ後、そのうちの一体だけを引っ張ったのだ。

 早く加勢しなければいけない、と思っていた。

 呪いが使えれば別だが、士英とて使い慣れない刀では手に余るだろう。三分の一しか引き受けていないのだから、手早く片付け、加勢する。

 そう意気込んだ結果、藍夏は鬼の棍棒の一撃を受けてしまった。直撃ではない。まともに当たれば骨が砕け散る。

 それでも気付いた時には遅く、避けきれずに右肩を棍棒がかすった。かすっただけで、レイピアを落としてしまうほどの激痛を生んだ。

 痛みに呻く藍夏に対する赤鬼からの追撃を防いだのは士英だった。三体の相手をしていたはずの士英が藍夏と赤鬼の間に割り込んで、どうにか棍棒を逸らしていたのだ。

 それから士英が四体を引きつけている間に、藍夏は逃げた。そこに残っていても、レイピアを持てなければ何もできない。足手まといだった。

 一時間も経って藍夏の元に現れた士英は傷だらけなのに、なおも笑っていた。

「何をしようとしたのかは分かる。自分を過大評価して、俺を過小評価していたわけだが、それはいい。気概は認めよう。倍はなくとも、一・五倍はある相手だ。そのやる気は認める。だが、観察眼はお粗末だったな」

 士英の性格を、藍夏は知っている。怒ることはしないだろうと、分かってもいた。

 予想を裏切らない態度に、藍夏の心は重く沈んだ。


 それから、昼食も取らずに家に戻った。

 色褪せた世界から色鮮やかな世界に戻る時、世界は『復元』される。例えば色褪せた世界の中で割れた窓も、色鮮やかな世界に戻れば元通りになる。勿論大きすぎる『変化』はある程度までしか復元されないものの、それは呪い師の傷も同じだ。

 藍夏の肩の傷は、それほど残らなかった。レイピアも自分で拾えたし、歩く時に腕を振っても痛くはない。

 士英の傷はもう少しひどかったが、戦うのに支障はないと言い切っていた。

 だが、二人は家に帰った。士英がそう判断したのだ。

 帰ってすぐ、海那に気付かれた。服の傷みはない。予定より早く帰ってきたこともあるのだろうが、顔色や態度から察したのだろう。

「午後、予定ある?」

 それから昼食の最中、海那に聞かれ、藍夏は首を横に振った。

 極東列島に帰るのは明日だ。再挑戦はできない。明日家を出るまで、藍夏はベッドに突っ伏すつもりでいた。

「なら、決まりだね。私の部屋に来るようにっ!」

 そう言って、海那は昼食のグラタンを掻き込んだ。そして悶えながら冷えた水を飲む。

 それを見ていたら、藍夏も少し笑えた。

 昨日の夕食のシチューとよく似た味のグラタンを食べ終えたら、その足で海那と一緒に部屋へ行く。

 そうして、抱き締められた。

 抱き返し、何かよく分からない話をした。

 海那の方が背が低い。最初はどうにか肩から上に出していた顔も、気付けば胸の辺りまで落ちてきて、本当に何を言っているのか分からないところも多かった。

「藍夏は、頑張ったんだからいいんだよ」

 海那のその言葉は、この変な状況になってからどれだけが過ぎた頃だろうか。外はまだ明るい。

「戦いのことも、呪いのこともよく分からないけど、頑張ればそれでいいんだよ。本気で頑張ったら、後はどうでも……」

 最後の方はもごもごと言っているだけで、言葉になっていなかった。

「ありがと」

 言うと、海那は「うん」と頷いてみせた。

 くすぐったい、と藍夏は笑う。海那はもう一度頷いた。

「……でも、私は強くなりたいよ。頑張っても、強くなれないんじゃ、満足も納得もできない」

 言うべきか、少し迷った。

 藍夏の父、夏は武の派閥でも上位一握りの力を持っていた。力だけでなく、人望も実績もある。それなのに幹部になれなかったのは、ならなかったからだと言われていた。

 まだ幼い娘がいて、家庭を優先したからだ、と。

 もし海那が良い子なら、自分と同じように負い目を感じてしまうかもしれない。藍夏はそれが怖くて、申し訳なかった。

「私はね、海那を守りたいんだよ。私は父さんにも母さんにも理解されてたけど、海那は違う。だからって、それだけじゃないんだけど、私は海那を守りたい」

 海那はもぞもぞと動く。答えず、代わりに背中に回した腕に一層力が込められた。

「……守るならね」

 しばらくの沈黙があって、海那が口を開く。

「守るなら、一緒にいなくちゃいけないと思うんだ」

「うん。……ん?」

「強くなるのはいいけど、もっともっと一緒にいなくちゃいけないと思うんだよ、私は」

「……」

「……分からない? 分かるよね?」

 海那にしては珍しく有無を言わせない調子だったからか、「うん」と頷いてしまう。

 頷いてしまってから、ようやく理解した。

「じゃあ帰ったら、まずは引っ越しからだね」

 呆れて、言う。

 海那は満足げに、何度も何度も頷いた。

「だからくすぐったいって!」


 朝だ。

 藍夏は肩を回し、首を曲げ、背を反る。全身が痛かった。

 対する海那はとても元気そうである。寝ている間に元気を全て吸い取られたかのような錯覚を抱くほどだが、藍夏はむしろ元気を貰ったような気がしていた。

「気がした、じゃないんだろうけど」

 小さく笑い、さっさと着替える。気付けば海那の前で着替えるのも日常の光景だ。風呂でも海那の頭を洗わないと何か物足りない感じすらする。これはもう手遅れだ。

「忘れ物がないか、ちゃんと確認するように」

 元気なのに寝惚けている海那に厳しく言って、部屋を出る。今日は極東列島に帰る日だ。時間はまだ決まっていない。フランの都合次第と言われていた。

「遅いな」

 不意に士英の声が飛んできた。待ち伏せされたか、と藍夏は一瞬焦ったが、今回ばかりは流石に偶然だろう。

「どうする? 今日も行くか?」

 問われ、少し驚いた。同時に、ほんのわずかだけ迷う。

「いや、遠慮しとく。海那に一緒にいろって言われたから」

「それならあいつも連れていけば……と言いたいが、あいつらは見つかるとまずいからな。仕方ない」

 士英は笑い、藍夏の方に歩いてくる。玄関はこの廊下を通って先だ。

「そっちは、今日も行くんだ」

「向こうにはいない連中がいるからな。前に来た時は今よりも弱くて、伶衣と二人でどうにかってレベルだった。まぁ、そういうことだ」

 そういうこと、と言われて理解できてしまう自分が、藍夏は少し恥ずかしかった。成長が実感できるから嬉しくて、楽しい。以前は倒せなかった亜族を倒せて、更に上を目指せる。

 それは藍夏にも経験がある話だ。

「士英は、もう十分強いと思うけどね」

 我知らず笑っていた。

「この一ヶ月の後でそれを言われても、嫌味としか思えん。せめてワンさんか、リンデさんには勝てるようにならなくちゃいけない」

 リンデ。初日以来見かけていない影の王だ。四腕鬼のワンのように戦っているところを見てはいないが、藍夏にも分かる。あれは手練だ。

「亜族と張り合ってどうするんだか」

「亜族にも並べない呪い師は、ただ人間同士で奪い合う無法者に過ぎない」

 自嘲するように言い、士英は藍夏の前を通り過ぎる。藍夏にも、ただの頭がおかしい戦闘マニア、とは呼べなくなっていた。士英には士英なりの軸があるのだろう。

「あぁ、暇だったらシェレとも遊んでやってくれ。あいつも暇してるんでな」

 手だけ後ろに振って、士英は行ってしまった。

 藍夏はその後ろ姿を見送ってから、士英が歩いてきた方に向かう。頼まれるまでもなく、シェレも誘うつもりだ。


 もう昼を過ぎてしばらく経った頃、フランは藍夏たちを呼んだ。

 午前中やっていたことといえば、藍夏自身が思い返してみても何をやっていたのか呆れてしまうようなことだった。他愛のないことを言い合って――主に士英への愚痴や亜島、環状列島の料理のこと――、その度に笑いながら話が逸れて。

 最後にはシェレの「どんな人と付き合いたいの?」という爆弾によって混乱することになった。誰もまともな人付き合いなどしていないのだ。異性など論外である。

 その爆弾に「シェレちゃんはやっぱり士英? なんか好きそうだもんね」と海那が燃料を投入した辺りから藍夏の記憶も曖昧で、フランに呼ばれてようやく我に返ったような気がしている。

 ちなみに、シェレは士英のことを異性としては見ていないということが分かった。曰く『大人ぶってるけど我が儘で子供だから弟』。藍夏は海那と一緒に大笑いしたことを覚えている。

「これから行くのは」

 フランの声で、藍夏は意識を前に戻す。

「亜族の世界の一種だ。といっても、そう怖いところではない。元は生まれたばかりの亜族を向こうの世界に慣らすための区画で、空間や時間の歪みもない」

 帰りも亜族の世界を通るということだが、今回は前回とは少し違うのだという。

 まず、亜族の世界の中でも安全地帯とされる、通称『巣』に入る。そこは亜族の世界の中継点のような役割も担っており、その分だけ複雑な構造であるものの、上手く扱えば移動時間を大きく短縮できるのだ。

 その巣では協力者が待っている。フランの言っていた都合とはこの協力者のことらしい。

「大体は分かりました」

 あらかたの説明を終えたフランに、藍夏が頷く。海那も問題はないようだ。

「ならば、すぐに準備するよう。荷物はまとめてあるな?」

 はいっ、と元気に返事をした海那が、ややあって「ん?」と首を傾げる。

「士英はどうしたんですか?」

 それは藍夏も思っていたことだ。てっきりもっと早く帰ってくるものと思っていたが、昼を過ぎても帰ってこない。

 ただ、この場に呼ばれていないようだから、また裏で何かあるのだろうと納得していた。環状列島に来る時も突然いなくなったかと思えば先回りしていて、その上海那のことで隠し事をしていたのだ。

「あやつはまだ帰ってこられる状況ではないらしい。夕方には、と言ってはいたがな」

 フランは笑い、それから思い出したように藍夏に言った。

「おぬしには一つ届け物を頼みたい。荷物に余裕はあるか?」

 持ってきた荷物と、買ったお土産。余裕があるとは言い難い。

 しかし、当然のように首を横に振ることはできなかった。


   ×××


「お帰り。遅かったね」

 傷だらけの男を少女が迎える。

 シェレは心配をおくびにも出さず、士英に手を差し出した。士英は拭いきれていなかった血をもう一度拭って、手を伸ばす。シェレの頭を撫でた。

「すまんな」

「だからシェレを連れていけばよかったんだよ、まったく」

 そして、シェレが「藍夏たちは先に帰ったからね?」と笑う。それで話は終わった。

 差し出されたままの手に、士英は二振りの刀を渡す。シェレはそれを抱え、玄関口から一歩下がった。士英が靴を脱ごうとして、小さく笑う。

「ここは極東じゃない。忘れていた」

 自嘲するように、声を漏らした。


「目立つことはしてほしくなかったがな」

「すみません。油断しました」

 フランの冷たい声に、頭を下げる士英。

「その刀はどうだ? 些細だが、既に噂も聞こえている」

「良い刃ですね。繊細さとは無縁で、剛力そのもの。性に合ってます」

「だろうな。元の亜族を考えればその通りだ」

 言い捨て、「持っていけ」と言い添える。

「どの道、渡されても困る品だ。呪いだけでは、足りんだろう」

 士英は再び頭を下げた。あの地下で使った額を考えると、士英とて少しは冷や汗をかく。

「だが、都合が良かった。初日の件もあって、下手に動けば見破られそうでな」

 フランにしては珍しく、よく響く笑い声だった。

「海那。あれはやっぱり、特異個体ですか」

 士英が言うと、シェレは焦ったように振り向く。フランは「流石に予想はしていたようだな」と頷いた。

「話を聞こう。それによっては、少し教えてやらんでもない」

 これもまた、珍しい。毒々しく、それでいて楽しげな、カノンにも似た笑みだ。


「今回の件、中心にいるのは海那です」

 ややあって、士英が話を始める。シェレは士英の右斜め後ろに回って微動だにせず。フランは士英の言葉に眉を動かした。

「ですが、海那だけではないんですよね? 今ある全ての呪いを知っているわけではないですけど、例えば中世の頃に金生成の呪い師が生まれた時のような騒動は、今後起きないでしょう。勿論、俺の想像を大きく超えるような変化がなければ」

 呪いとは、見つかったその時から異常の業だ。それでいてなお、金を生成する呪い師に一種の畏敬さえ抱かれた時代がある。

 ただ、それは昔のことだ。今では金生成など鉄生成に劣る。

「呪い師は特に合理的な変化をしています。感情論を掲げて声高に叫んでも、守ってくれる法律がないんですから。呪いでは力こそが全て。その力で最上級に君臨する両人すら、呪いのみで覇権を握ることはできません」

 現在確認されている呪いには、無条件に大規模破壊を引き起こせるようなものはなかった。生成系には爆発に長けた呪いもあるが、それすら色褪せた世界では限定的な破壊に過ぎない。核爆発や細菌など論外だ。

 ゆえに世間では、呪いそのものの強さというのは頭打ちになったと言われている。

「そんな現状で、今の今までまともに発動もできていない呪いに大きな価値はありません。海那の呪いがなんなのか俺には分かりませんけど、あくまで既存のものだと過程するなら、『単独では大きな価値を持たない』ということですね?」

 士英の言葉は婉曲だ。フランも小さく首を振る。仕方ないのだ。ほとんど記憶を持たずに極東列島まで逃げた少年期の士英にあれやこれやと教えたのが、カノンとフランなのだから。特にカノンの影響が大きいものの、フランも責任転嫁はすまい。

「カノンさんの伝言によると、他に二人いるそうですね。海那の呪いと合わせることで、大きな価値を生む二人」

 士英はチラリとシェレの方を見た。

「フルートは呪い師として産まれるはずだったのに、亜族の手によって亜族の世界に連れていかれた。今では亜族側にいるということですが、そうなる前、まだ亜族の道すら歩けない頃に、シェレと出会った。シェレに導かれて、フルートは歩いていたそうで」

 シェレは一度だけ、深く頷く。

 シェレはフルートとともに歩き、偶然遭遇した呪い師の手によって奴隷商に売られ、カノンに買われた。士英に会うまでは一切口を閉ざしていたという。本人もその頃の記憶は曖昧だと言っている。

「では、シェレは何者ですかね?」

 あっさりと、言い捨てられる。

「この人型亜族は、何者です? 炎を操る人型亜族は、現在確認されていません。新大陸辺りにはいるのかもしれませんが、あんな魔境にわざわざ足を運ぶ者は少なく、帰ってきた者はいない。……ただ、お二人は見当が付いているようですね」

 カノンがシノに伝えるという名目で士英に教えた言葉によれば、海那の他にいる対象は二人。

 藍夏と士英ではない。二人の呪いは炎生成と刃生成。他の呪いと合わせて規格外の力を得ることはないだろう。

 では、誰か。

「シェレはとても似ています。あの女に。名前も覚えてないですけど、色褪せることなく覚えていたあの姿に、とても似ています」

 シェレによく似ている人物。士英が夢にも見た少女。

「ドッペルゲンガーってのも考えたんですよ。フルートの力がポルターガイストなら、ドッペルゲンガーも十分有り得るでしょう?」

 でも、違う。

 士英は笑った。楽しそうに、とても歪んだ笑みを浮かべる。

「ただの勘に近いです。言ってしまえば、こじつけでしょう」

 前置きし、そして言う。

「フルートが元人間なら、シェレはなんです? 今亜族なら、元はなんだったんでしょうか」

 フランが無言で笑う。

「士英?」

 シェレが不安げに声を上げ、色鮮やかな世界に戻ってもなお直らないほど傷付いた袖を引っ張る。

 掴まれている袖とは反対の手で、士英はシェレの頭を撫でた。シェレの表情から不安が消えることはなかったが、少しの安堵は浮かぶ。

「人工亜族を作りたいんですね? あなた方は。フランさんとカノンさんと連邦が組んで、人工の亜族を作る。その初歩に、海那の呪いが関わっていると。そして、元人間のフルートと、元は……」

 士英は、そこで言葉を切った。

「話が飛躍しすぎだな」

 フランが鼻で笑う。

「そろそろ時間だ。夫もこれ以上待たせるわけにはいかない。忘れ物はないか?」

 そして、言う。

「その答え、カノンに伝えておこう」

 正解だったのだろうか。それとも、及第点なのだろうか。ともかく、士英は安堵した。

「それから、刀の代金は働きで返せ。先日、支部が襲われた。敵は武の派閥と鉄の派閥」

 士英も背筋を伸ばす。ようやく解放された右腕でシェレを引き寄せ、横に立たせる。

「我ら亜の派閥は、極東列島四大派閥の席を望む。武か鉄、どちらか蹴落とせ。でなければ、全てを圧倒し五つ目の席を作れ」

 それは言うまでもなく命令である。同時に、試練でもある。

 本部からの援護はそう望めまい。ほとんど支部の戦力のみで、大陸級派閥との全面戦争に乗り出す。

 馬鹿げているだろうか、と士英は自問した。

 無論、すぐに首を振る。

「シェレ、やれるな?」

「士英がやるなら、勿論」

 宣戦布告し、正々堂々と戦う必要などない。

 色褪せた世界、無法の世界での戦いをすればいいのだ。そして、それなら勝てる。

 そう判断したからこそ、士英が代表を仰ぐ女は命令を下した。

 この決定に、もう一人の代表が口出しすることはないだろう。士英が期待に応えることを待って、笑っているはずだ。

「帰ったら、早速だ」

 胸が高鳴った。

 とても原始的で、無意味。

 そんな闘争に、士英の胸は躍った。

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