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明日は嫁入り、今日は初夜  作者: 飯島鈴
第一部 それは夏が見せた陽炎か、命が見せた灯火か
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十三話 違い

 右腰から引き抜かれた刀が、弧を描くように振るわれる。

 動乱の大赤鬼。大きい個体でも三メートルほどにしかならない大赤鬼にしては異常としか言えない六メートル級の体躯を誇った固有名持ちの鬼から作られた、血色の太刀。

 士英はそれを力任せに振り回す。

 相手は二メートル強の体躯を持つ狼。正確には、直立する狼といったところか。背は曲がっているが、それでも士英より背が高い。人間に近い手にはマチェットのような形をした剣を握っている。

「敵増援、二! 二メートル、二・五メートル!」

 藍夏が叫んだ。

 士英は動乱の刀でマチェットを叩き、大きく飛び退った。

 ここは西島の中心街に程近い地区だ。昔から亜族の縄張りになっているのだろうか。士英が抜刀した時から周辺は色褪せているが、その前から人の営みが感じられない。少し離れたところは猥雑な雰囲気だというのに。

 そして、この通りはそう広くない。車がすれ違えるかどうかだ。一体の人狼が相手なら苦はなかったが、三体となると少し厳しいかもしれない。

 士英は断じ、ニヤリと笑った。

「二・五。管理職かね」

 後ろに控えている藍夏はにわかには信じられなかった。極東列島で人狼と呼ばれる亜族は、大抵一・五から一・六メートル。飛び抜けて大きい個体が背筋を伸ばして、ようやく二メートルに届くくらいか。

 それに対し、眼前では二メートルを超える人狼が三体もいる。一体は特に大きく、目測で二・五メートルほど。

 そんな大柄の人狼を相手取っている士英の身長は一八〇センチもない。前衛呪い師の中では小柄だ。それなのに、士英は笑っている。それも藍夏には信じられない。

「藍夏、一体相手できるか? 小さいのでいい!」

 珍しく名を呼ばれ、咄嗟に「分かったっ!」と答えてしまう藍夏。手元にあるのは細いレイピアだけだ。防御に回るなら受けることはできず、避けるにはスペースが心許ない。ただ、幸い、増援として新たに現れた二メートルの人狼が手に持つのは少し大きい程度のナイフだ。

「ヴォウ、ウォウ、ウォーッ」

 頭一つ抜けた人狼が吠え、士英と戦っていた人狼の前に跳び出る。

 そこに加わろうとした残りの人狼の懐まで走り込み、藍夏がレイピアの突きを放った。それをナイフで弾き、人狼が藍夏を見下ろす。

 一対一と、二対一。

 これで押されたら笑われる、と自らを強引に奮い立たせ、藍夏は人狼を連れて後退した。


   ×××


 右前の人狼は少し離れている。

 左前に陣取った大きい方の人狼が、手に持った斧を振り回していた。右の小人狼は左の大人狼の隙を潰すようにマチェットを繰り出してくる。

「獣のくせに、なかなか」

 士英は笑い、刀を突き出す。大人狼が避けると同時に、小人狼が突っ込んできた。士英が刀を右に流すと、今度は小人狼が避け、大人狼が攻撃に回る。

 大人狼が斧を持つのは右手だ。背の高さのお陰で威力はあるが、振り始めが高いせいで避けるのは容易い。

 士英は向かって左に飛び込むような形で避け、密着した姿勢から刀を振り抜く。大人狼は遠心力を無視して強引に斧を引っ込め、柄で刀を受け流した。その感触は硬く、刀が滑る。

「使い慣れん」

 吐き捨て、大人狼の背後に回る。大人狼は左回りに身体をひねり、士英の正面から斧を振るった。

 ガンッと重い音が鳴る。どうにか刀で逸らしたが、こんな使い方をすればすぐに折れるだろう。士英は舌打ちし、大人狼から離れるように左へ跳んだ。すぐ右を風切り音とともにマチェットが通り過ぎる。

「ヲゥ」

 大人狼が短く声を漏らし、士英を追う。士英は再び相手の脇にすり抜けたが、髪の毛が持っていかれた。次は捉えられる。

 即座に後ろに跳んで、小人狼のマチェットを避けつつ再突進。

 まずは小蝿を殺す。そう決めた。

 士英の刀はマチェットの面で受けられる。強化系の中でも武器の鋭さを増すことに特化した呪い師なら鋼鉄製の壁さえ紙切れのように貫く刃を作れるというが、この刀はそんな常識外れの切れ味を持たない。頑丈さだけは相当だが。

 連携が厄介。

 士英は一度大きく距離を離し、小人狼の脇に回り込んだ。小人狼を挟んだ向こう側に大人狼がいる。一拍の猶予が生まれた。

 その隙を無駄にしないように、士英は踏み込む。迫り来るマチェットを最小限の動き、軽く身を屈めることで避け、下段から力任せに刀で薙いだ。

 小人狼の左脇腹から鳩尾まで切り裂くつもりが、獣毛と筋肉に阻まれる。十センチほどで諦め、刀を引き抜きながら後ろに逃げた。小人狼が怯んでくれたお陰で、追撃は当たらない。

 しかし、休む暇もなく大人狼の斧が迫る。

 更に後ろに跳んで避けたが、通りが狭い。これ以上下がれば壁際に追い込まれる。かといって、狭い通りを出れば目立ってしまう。見つけてくるのが呪い師だとしても、余所者を黙って見逃してくれる保証はない。

「得物が一本って、結構面倒だな」

 呟き、刀を構える。大人狼も迂闊に飛び込んできたりはしない。桁外れの生命力によって小人狼の出血が止まったところで、再び陣形を整えてくる。

 ここはいっそ――

 士英がため息をつきそうになった、その瞬間。

「お? 東方人?」

 男の声がした。日本語ではない。

「なんだなんだ、人狼相手に苦戦中か? 助太刀すっか?」

 闖入者に大人狼が横目を向ける。警戒しているようだ。士英も一瞥を向け、相手を探る。

 鉄の光沢はあるものの、軽そうな鎧。右腰には長剣、左腰には短剣が二つ。

「いいや、遊んでいるところだ。助けはいらない」

 男は西洋人だ。背は士英より高いものの、前衛としては平均程度。見たところ筋肉も士英と大差ない。腕力で押すタイプではないのだろう。

 技量までは推測できない。ただ、三体の人狼を前に警戒心の欠片も見せないなら、高等種は確実か。

「おいおい、結構苦戦してるように見えるけど? 奥の、ほら、あの子なんて特に」

 人狼たちはまだ動かない。

 士英は藍夏を見やった。防戦に回っている。ナイフの人狼は動きが素早く、使い慣れないレイピアのせいで上手く攻撃に出られないのだろう。

「構わん。どうせ死にはしない」

「そうか、薄情だねぇ」

 男は笑い声を上げたが、目までは笑っていない。その目が、一瞬だけ背後を気にした。仲間が隠れているのだろう。

「その剣、どうした?」

 男の目は刀に向いている。嫌な予感が当たったな、と士英は内心で呟く。

「地下で買った。騎士団から盗んだ死体で作ったらしいな。奪うか?」

 大人狼が小人狼に目配せした。来る。士英は刀を左手に持ち替えた。

「あぁ、そうだな。そっちがやる気なら――」

 男の声を遮るように、血飛沫と絶叫が吹き上がった。


 飽食ジギジ。

 環状列島で動乱の大赤鬼が暴れ回っていた時、旧大陸の最西部に現れた大型の亜族。蜘蛛の身体に人間の上半身がくっついたような姿の固有名持ちで天災級とも呼ばれ、その大きさは人間とは比較にならない。記録では体高、体長、どちらも八メートルから十メートル。

 夜になると身体のあちこちをヒカリゴケのように淡く光らせ、周囲の虫型亜族を呼び寄せたともいう。

 その光とよく似た色をした刀身に、赤々とした血が流れる。

「やる気なら、なんだって?」

 士英の左腰の鞘からは、刀が抜き放たれている。刀身は淡く明滅し、血と相まって不気味にさえ見えた。

 血の海でのたうち回っていた人狼の肩から先が、完全に死んだ。右肩を切られた小人狼は苦悶と憎悪の表情で士英を睨む。

「いや、見誤った。邪魔をしたな」

 男は去っていった。背後から三人の男女が続く。そのうちの一人は通りに目を向け、蔑むような表情を見せた。

「二本でも足りないが、まぁ、切れ味は十分だ」

 刀を振って、血を払う。

 自身の血と、同胞の血を見た二体の人狼がともに吠えた。

「動乱と飽食。どちらも呪い師と亜族を食った化物だ。今更狼の一匹や二匹で喜んだりはしないだろうが、食わせてやる」

 朗々とした吠え声は、無論、そう長く続かなかった。


   ×××


 避ける。避ける。避ける。

 避けて、避けて、避けて、突く。

 意識は尖り、集中していた。一歩間違えば死ぬ、ということはないだろう。しかし、いくらナイフといえど、あの大きさの刃物を亜族の腕力で振るわれれば、片腕くらい吹き飛んでもおかしくはない。

 藍夏はほとんど回避に徹していた。時折突き出すレイピアも、攻撃というよりは手慣らしに近い。せめて剣道やフェンシング、槍術でもかじっていれば少しは応用できたのだろうが、どれも経験などなかった。

 それでも、亜族と戦ってきた経験はある。たとえ初めてでも、避け続けて癖を見抜けば倒せる自信もあった。

 しかし、予想は少し外れている。人狼は元から賢いが、それは狼など獣型と比べた時の話だ。体躯でも腕力でも劣る相手を前にここまで冷静に攻撃し続けてくると、藍夏は思っていなかった。

 もっと早く片付け、すぐさま食らい、さっさと逃げる。それが獣型の思考だ。

 眼前の人狼は違う。藍夏とは違い攻勢に出続けているが、僅かなミスが命取りになることを知っていた。深追いは避け、反撃を前もって封じてくる。

 厄介だった。

 呪い師とて亜族の体力には敵わない。亜族の速攻を逆手に取って戦うのが、今までの藍夏の基本だった。

 だが、この人狼は仕掛けてこない。自身が体力で勝ることを知っている。長期戦は不利にならず、むしろ有利だと分かっているから、焦ることもないのだ。

「これが、本場……」

 呪い師が闊歩するということは、亜族が生きづらいということだ。その地で生きている亜族は、当然、辺境とは比較にならない力を持っている。持たなければ生きていけない。

 愕然としながらも、しかし絶望はしなかった。

 勝機は十分になる。それどころか、負ける可能性の方が低いだろう。

 問題は時間だ。

 人狼が焦って仕掛けてこないのはセオリー通りと言える。今回ばかりは、それが藍夏に味方した。

 レイピアの握り方は感覚で掴めてきている。力の加え方も少しずつ分かってきた。あとは斬りやすい角度と、貫きやすい角度を理解すればいい。

 避け続けながら、時折レイピアを走らせる。

 一突き、一振りごとにレイピアが馴染んでいった。

 あと二十。――いや、十五回でいい。

 それだけ試せれば、眼前の人狼には勝てる。藍夏は確信し、柄を握る手に一層力を込めた。

 避けて、避けて、避けて……突き出す。

 鋭く尖った剣先を人狼が振り払おうとナイフを向けてきた。

 だが、ナイフはレイピアを払う寸前で揺らぐ。藍夏は咄嗟にレイピアを引き、少し後ろに下がった。

 絶叫が耳に突き刺さる。深く潜り込んでいた意識を強引に引き上げてくるような叫び。

 反射的にそちらを見ると、血飛沫が上がっていた。

 血飛沫の向こうにいるのは、士英だ。右手には苔色に明滅する刀を、左手には血色の刀を持っている。

 あの重さと長さの刀を二振りも扱いきれる心得が士英にあるとは思えない。技術ではなく、力で振るっているのだろう。

 血飛沫を浴びながらも、士英は笑っている。酷薄とさえ呼べそうな笑みだ。

「あれが――」

 あれが、力だ。

 藍夏は漠然とした悔しさを振り払い、意識を眼前に引き戻す。人狼は怒りで士英の方を向いたままだ。

「行かせはしない」

 まだ使いこなせる自信はない。十秒の隙があったとして、刺し殺せるかも微妙なところだ。

 だが、やる。

 覚悟を決め、藍夏も笑った。無理をして強引に口元を歪ませた。

 レイピアの一突きで人狼の意識を自分に向けさせる。任された一体を、確実に倒す。

 その意思が、軽いとは言えないレイピアを少しだけ軽く感じさせてくれた。


「腕が重い。痛い」

 藍夏は毒づく。

 恨みの視線を投げてやるが、相手は気付きもせずに刀の血を払っていた。

 もう生きている人狼はいない。士英の前に二つ、藍夏の足元に一つ転がっている死体がそれだ。

「今、何時……?」

 家を出たのは十時過ぎだった。地下にいた時間、移動に費やした時間も短くない。まずは帰って、お風呂に入って、汚れた服から着替えて……。

 藍夏は幸せな未来を思い浮かべ、士英の答えを待った。

「一時前。昼時だな」

 士英は袖で拭うような仕草をしてから、時計を見て言う。

 防水加工は血にも強いのだろうか、とどうでもいいことを考えながら、藍夏は安堵の息を吐いた。

「お昼、何かな。海那の卵焼き食べたい……」

 変わっているとか、際立って美味しいというわけでもないのに、食べたくなる。その感情が懐かしかった。

「お前は何が食いたいんだ?」

 そんな声に「だから海那の卵焼きが」まで答えてから、思わず首を傾げてしまう。その言葉の意味など分かりきっているのに。

「臭いはどうにかなるとしても、この汚れは落ちない。行ける店は多くないが、どうせ環状列島だ。美味いもんはどこにでもある」

 つまり、そういうことだ。

「午後もやるんだ……。帰らないで、このまま…………」

 全身の力が抜け、立っているのも嫌になる。

 藍夏はどうにか踏ん張った。足元は人狼の血で汚れている。これ以上血を吸ったら、それこそ落ちるか分からない。

「まぁ、どの道、汚れるんだろうけど」

 ため息をつき、「任せる」とだけ言って、士英の元に歩み寄る。

 ここで奇襲されたら、対応できる自信がなかった。


 汗と鉄と獣の臭いを料理とアルコールの匂いで覆い隠したような、混沌とした臭気。床と天井以外の全方向からガヤガヤと大きな怒鳴り声、笑い声が響いている。

 士英が選んだのは呪い師向けの料理屋だった。大衆食堂というよりは居酒屋に近い店で、一般人があまり近付かない地区にある。街の呪い師たちには好都合というわけだ。

「まぁ、任せるとは言ったけど……」

 これはどうなのだろう、と思わない藍夏ではない。客は男ばかり、ということもなく女の呪い師もいるのだが、だからといって好き好んで来る店とも思えなかった。

「一般人と呪い師、どっちにバレるのがまずいかといえば、そりゃ一般人だからな」

 士英とて快いというわけではないらしいが、さして気にする素振りも見せず、店員に注文を告げている。英語を上手く話せない藍夏は士英に伝えてあった。

 英語だからか異様に長く感じる注文を聞き流しながら、周囲に目を配る。大半は一見して呪い師かどうか分からないものの、中には大斧を背負っている者もいる。一瞬三日月型の斧を思い出し、目を伏せてしまった。

 藍夏のレイピアは椅子に立てかけてある。傘立てに置いてくるような真似はしなかったが、食事の時くらい腰から外しておきたかった。ただ士英はそうでもないようで、両腰に刀を差したままだ。乗り物移動の時もそうだが、あの長さの刀を差したままでよく座れるものだ、と思わないでもない。

「飲み物はどうする? 酒も飲めるぞ?」

 投げかけられた声に「お茶」と即答する。

「ていうか、午後も亜族と戦うんだから酒飲むわけないでしょ」

「いや、法律を無視できるってのに、あっちじゃ買えないからな。一応聞いてみただけだ」

 そう言う士英はコーラを頼んでいた。

 そういえば、ピザも注文していた気がする。二つを並べたら環状列島ではなく新大陸になってしまいそうだ。

 それからしばらく、藍夏は周囲から目を背けるように士英に話を振った。普段はあまり喋らないが、呪いや亜族のことになれば、大抵は分かるまで説明してくれる。雑談に応じてくれることも少なくはない。

 それでも苦手意識を感じてしまうのは、やはり最初に会った時のことがあるからだろう。仕方なかったとはいえ、平然と人を殺したのだ。話を聞く限り、逃げる敵に対し積極的に追撃を仕掛けることも多いという。『亡者』とは、そういう呪い師に与えられる二つ名だ。

 未だに、心の底から信用できるとは言い難い。ただ、それは代表であるカノンやフランも同じだった。腹のうちが読めないのだ。

「……どうでもいいが」

 士英の小さな声が頭の底に沈んでいく。

「無理に信用しようとするな。理解していった結果信用できるならいいが、信用しようとした結果の信用は、意味がないどころか自分の首を絞めるだけだ」

 考えていることを読まれたか、と思ったが、藍夏もすぐに気付く。振った話と態度から推測しただけだ。

「それより、食わないと冷めるぞ」

 言われ、テーブルに目を向ける。そこには注文していたパスタが置かれていた。

「いつの間に……」

 まぁこの喧騒だ。店員に話しかけられたとしても何を言っているのかさえ分からないのだから、気付かなかったのも無理はない。

「……で、なに? それは」

 藍夏はフォークを手に取り、問う。ナイフとスプーンも置かれていたが、使い道が分からないので無視した。

「は? 見て分からないか? ピザだ」

 士英は当然のように答え、右手に持ったピザを口元に運ぶ。頬張り、笑みをこぼしながら飲み込んだ。

 そのピザは明らかに大きい。一切れだけで、極東列島のスーパーで見かける小さめのピザと同じくらいの大きさだ。それがちゃんと円形一枚分ある。

 それだけでなく、藍夏が注文したのとは違う種類のパスタやムニエル、ビーフシチューのようなものに、当然ステーキもある。どう見ても一人前ではない。

「あー、そういえば、そうだったっけ」

 藍夏は思い出した。度々食事に誘ってくれたエリスに、海那が聞いたことがある。どうして士英や伶衣と一緒じゃないのか、と。

 エリスは一瞬だけ苦笑を浮かべ、答えてくれた。

『奢ると一ヶ月分の給料が飛ぶのに、先輩だからって奢らされる』

 無名の派閥戦闘員は、二人揃って大食いなのだ。もっとも、これは戦闘型呪い師には珍しくないのだが。

「……ピザ、一切れ貰えない?」

「あぁ、いいぞ」

 どうしても目が行ってしまうせいでそんなお願いをしてしまったが、士英の食べ方は見ていて気持ちがいいものではなかった。ピザはまだしも、ムニエルやステーキなどでさえ、片手で食べているのだ。左手は何もしていない。

 そういうところも嫌で誘ってもらえないんじゃないか。

 言う時は言おうと決意し、口を開く。

「サムラァイ!」

 突然の奇声に遮られた。

 目を向けると、そこには背の高い男が立っている。環状列島というより、新大陸の出身に見える相貌。だが、そんなこともあるまい。

「なんだ? 飯の途中だ」

 士英は日本語で答える。

 せめて英語で、などと藍夏が思った直後、男は「しつれい」と笑った。外の世界を意識する呪い師なら大抵は二、三ヶ国語話せるものの、今日は日本語を話せる呪い師との遭遇率が高い気がする。

 不自然に思いつつ、偶然に感謝する藍夏だ。

「ここ、いいです? 席、空いてなくて」

 男は士英の向かいにある席を指差す。そして答えを聞く前から座り込んだ。

「サムラァイ、その刀、どした?」

「侍じゃねえぞ、冗談はやめろ。あと、ここの連中はそんなに刀が好きか? お前も騎士団員か?」

「やぱりドウランとジギジ」

 士英は大きく舌打ちをした。流石の藍夏にも分かる。この男はわざと下手な日本語で喋っているのだ。

 士英に睨まれ、男は肩をすくめた。

「見たところ、あんたは高等種だろう? その刀、どうだった?」

 一転、流暢な日本語になった。その滑らかさが、一層藍夏の腹の虫を刺激する。

「初心者に扱いやすい刀で便利だった。暇があったら知り合いの刀使いに教えを乞うてみるさ」

 男は「初心者?」と目を丸くし、それから大いに笑った。

「なるほど。下手に慣れている者より、初心者の方が使いこなせる武器だ。流石は連邦の技術の結晶」

「ほう、これは連邦の品か。……となると、動乱と飽食が同時期に現れたのもきな臭いってわけか」

「もうあらかた議論は終わったがね」

 二人の何か意気投合してしまったような会話を聞きながら、藍夏は士英のピザを一切れ頂戴する。なんとなく片手で食べてみようとしたが、思った以上に難しく断念した。大きい上に生地が柔らかくて、片手で支えるのは大変だ。

「そっちは……あんたと一緒にいるってことは、一般種か?」

 ピザを一口頬張ったところで、男が言う。藍夏は抗議の声を上げたが、ピザのせいで言葉にならなかった。

「阿呆」

 士英に呆れられる。

「お前、武器を置いた上に両手で飯を食ってるだろ。周りを見ろ。全員呪い師だ。相当な自信家か下等種くらいだよ、ここでそんな食い方する奴」

 言われ、ピザの味も意識できなくなるほどに愕然とした。

「ふぁ……?」

 変な声が出てしまう。藍夏は自分の声で我に返った。ピザをどうにか飲み込み、辺りを見回す。武器を持っている者は多くないが、その全員が腰や背にくくったままだ。

 咄嗟に手を伸ばし、レイピアを掴む。ピザを置くところから数えれば、十秒以上だ。

「……反省します」

 それから料理を食べ終わるまでの十五分ほど、士英は男と何か話していた。ほとんど日本語だったが、藍夏は半分も理解できなかった。というより、ほとんど意識してもいなかっただろう。

 恐らく、こういうことの積み重ねで、差が生まれているのだ。

 常に周りを見て、危険を意識し最善を考え、動く時は迷いなく動く。

 自分はできているだろうか、と藍夏は自問した。

「できてない、よね……」

 極東列島は平和だ。派閥同士の抗争も環状列島や旧大陸に比べれば少なく、亜族の危険度もそう高くない。

 いつからだろう、とも思う。

 両親が亜族に殺されてからは、周りの全てを疑っていたようにさえ思える。

 いつから、気を抜いていたのだろう。

 記憶を辿っていき、藍夏は、乾いたため息を漏らしてしまった。

 浮かんだのは、いつの間にか愛おしささえ抱くようになった、海那の姿だった。

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