第一話 ~古遊び編~ 白戸郷
■六月十五日
この時期ともなると過ごしやすい気候になるが、白戸郷の朝は肌寒い。
空気に汚れを感じない。澄んでいる。
起きてすぐにカーテンと窓を開ける。
スゥーっと外の空気が入ってくる中、深呼吸をする。
窓からは見渡す限り緑の絨毯だ。周りには誰もいないしこの朝の楽しみは俺だけのもの。
朝がこんなに気持ちいものだなんて思ったことがなかった。
都会では絶対に味わえない時間だった。
引っ越す前は、勿論ギリギリまで起きなかったし、お袋と喧嘩する朝もそう珍しいことではなかった。
喧嘩しても毎日毎日家事をしてくれるお袋には今ではとても感謝している・・・つもりだが・・・年頃の男子が「ありがとう」なんて面と向かって言えるわけがない。
さっさと学校の準備をして階下に降りる。
親父の姿がない、ということはもう仕事か。
ちなみに親父は無名ながらも俳優をやっている。
決まり文句は「絶対主演をしてやる」だが・・・。いつまで言い続けるのやら。
朝飯を食べていると前方から視線を感じる・・・。
お袋がニコニコしながらこちらを見ていた。
「な、なんだよ。気持ち悪い。」
「こっちに来てから京輔が生き生きしてるから嬉しくって。こんなことならもっと早く引っ越せばよかったわね。」
「と、とにかく、見られてると食いづらいからあっち行ってくれ。」
突然そんなこと言われても返事に困るし、そんなことで嬉しがられたらなんだかこそばゆい。
確かに、都会に住んでいた頃は毎日がつまらなかったし、周囲に無関心だった。
無言でお袋が俺と時計を交互に見だす。
「そろそろ時間じゃない?女の子を待たせちゃダメよ。」
「へいへい。」
どうやら息子が女の子と登校しているシチュエーションを楽しんでいる様子。
恋愛小説の読みすぎだあんた。
ちなみにお袋は愛読家でいろんな本を読んでいる。推理モノから恋愛モノまで。特に恋愛小説が好きなんだとか。
「女心は永遠に二十歳なの。」なんて言うが、冗談は顔だけにしてくれ・・・。
「・・っしょっと!」
「ちゃんとお土産渡すのよ~。ユウちゃんとお揃いの。」
「ほかにも渡すヤツいるっての!」
「はいはい。ほら早く。」
「なんだよそれ・・・。っしょっと、んじゃ行ってくる。」
「いってらしゃ~い!」
「今日は灯道町まで行こうかしら。あら?京輔ったらお弁当忘れてるじゃないの。」