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トラベラーズ・レコード  作者: くるい
勇者を売った女
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閑話 雨宿りで甘味処へ

 魔法使いのサーリャは過去の仲間である。


 彼女は教会にて加護を受けた勇者ラーグレス・リーゼと数年間の旅を共にした火魔法の使い手であり、同時に生活全般の担当をしていた。金銭感覚に疎いリーゼの代わりに金を管理したり、飢え死にしないよう日々の料理をしたり、魔物の発生報告書を纏めたりとほとんど火魔法の腕が関係のないところで役立っていたそうだ。


 しかし、二ヶ月と少し前のこと。とある手紙がサーリャに届いてからというもの、彼女の精神状態が不安定になっていく。

 聞けば故郷の村に住んでいる両親が伝染病に掛かって危篤状態に陥っているというのだ。

 他にも伝染病にやられた村人が何人もいるらしく村だけではどうにもできなくなった頃、そうなって初めて村長が手紙を書き、サーリャに届けたらしい。


 村が頼れる最後の希望が勇者と旅を続けるサーリャしかいなかったのだと。だがサーリャも高位の治療魔法が使えるわけではく、伝染病の治療には特効薬が必要で。

 それも村人全員分を調達しなければ意味がなく――圧倒的に金が足りないことをサーリャが打ち明け、リーゼが考えた解決法が自分を売る(丶丶丶丶丶)ということだった。


 かくしてリーゼはサーリャによって奴隷商に売り飛ばされることになったのである。


「お前は馬鹿か」

「あっ、二回も言いましたね!?」

「お前は馬鹿だな」

「言いたいだけですよねそれ!」


 俺は話の途中で既にオチが見えていたのだが、一応最後までリーゼから事情を聞くとやはり予想通りだったので嘆息した。


 サーリャに売られたというよりは自らサーリャに売らせたという感じだったが、色々と破綻しているものがある。


「つまりお前が奴隷として売られた後も抵抗しなかったのは、取引を無かったことにさせられるのを防ぐためだったってことだな」

「はい。もしも私が買われる前に脱走したなんてことになれば、真っ先に狙われるのはサーリャですからね……」


 真剣な表情で話すリーゼを見下ろしつつ、俺はリーゼがお人好しとか以前に根本的に頭が足りないことを悟った。


「大体お前、サーリャの話が本当だって証拠はあるのか? 話を聞く限りじゃ手紙でのやり取りでしか伝染病の話が出ていないが、お前のことが鬱陶しくなったサーリャが嘘を吐いたかもしれないだろう」

「サーリャは嘘なんて吐きませんよ! そんな最低な人じゃないです」

「そうか。まぁそれでいいとしてな。その話が例え本当だったとして、お前が奴隷になると言って承諾するのは人間としてどうかと思う」

「それは私が言い出したことで……」


 俺はリーゼの両こめかみを拳で押さえつけた。


「お前奴隷ってのが何だか理解しているのか? 自分が売られた後のことは考えて行動していたか? 分かってないだろ?」

「……いたっいたいです、ちゃんと分かってますよ、買って下さった人の物になるんですよね?」

「ああ、お前の歳なら間違いなく性奴隷だろうな。奴隷として絶対服従ができないのが致命的な欠陥だが、奴隷ってのはそんなもんだ。男は肉体労働に扱き使われるのが大体だろうが、女はそうじゃない。そこまで知っていて言ったのか?」

「え、いや……でも、皆が皆そういう人じゃないですよね?」

「わざわざ女の奴隷を求めて訪ねるような人間に何を求めている。というかそんなことはどうでもいい。馬鹿なお前とは違ってサーリャは奴隷のことくらいは十分に理解していただろう。例え伝染病の話が本当だったとして、リーゼを奴隷として売り飛ばすことを了承するような奴に信用はないな」


 きっぱりと伝え、俺はこめかみを押さえつけていた拳を離した。


 この世界だからこそ、尚更に他人のことは信用がならない。リーゼが天性の間抜けでお人好しなことは数日付き合っただけでも分かったが、その連れも頭がお花畑である可能性は微塵もないのだ。


「だがまぁ、過ぎたことをとやかく言っても仕方ないな。今後旅の仲間が増えるか断罪して金をもぎ取ることになるかは分からないが、会って真相を確かめるのもいいだろう。そいつはどこの村にいるんだ」

「断罪しませんから! えーと……」


 顎に手を当てて考えていたリーゼだったが、しばらく考える姿勢のまま固まり最終的に首を傾げて「あ」と呆けた声を上げた。


「村の名前、聞いてないです……」

「……」


 呆れて物も言う気も失せた俺は、後頭部をがしがしと掻いてリーゼから目を離した。

 リーゼがどうかは知らんが俺は土地勘など持っていないのだ。村の名前すら分からないのであれば、サーリャの住む村を絞ることなど出来やしない。


 伝染病が発症した村を調べれば一応は絞れるか……? どのみちどこか情報の集まりそうなそれなりに大きな町に出向く必要がある。

 聞いてないと言った後も何とかして新しい情報を思い出そうとしているリーゼ。その額に手刀をかまし、現実に引き戻す。


「とりあえず進め、こんな何もないところで立ち止まっても一生先に進まん」

「はい……」


 そんなリーゼの心情でも表すかのように、大地を照らす太陽に雲がかかった。


 灰色の雲が多くなってきた。

 急に雨でも降りそうだな、どこかで雨宿りができる場所でも探さないとな。





 予想通りに雨は降ってきた。


 最初の内は小雨とも本降りとも言えぬ微妙な量だったからこそ我慢して歩いていたが、時間が経つにつれて雨の量も増したので、小走りで雨宿りができそうなところを探していた俺たちは小高い丘の上にぽつりと建っている木造の建物を見つけて駆け込んだ。


 誰かが住んでいたりするのであれば屋根の下を貸して貰うつもりであったが、どうやら店のようで、甘い物をメインで売っているようだ。スイーツ店、と言えば聞こえはいいが、質はこちらの世界準拠なので美味しいとは言い難い。


 折角なので雨宿りさせて頂いている間、ここで時間を潰すことに。

 奥から出てきた中年の女性に案内され、二人席に腰を落ち着けた俺は定番とされるクッキーと飲み物を二人分頼んでおいた。


「雨、止みそうにないですね……」


 リーゼは俺の渡したタオルで濡れた髪の毛を拭いつつ、外の有様を見てそんなことを言った。


「にわか雨だろ。今日一日ずっと降ってるってんじゃなければ別にいいが」


 生憎とこのタオル一つしか持っていなかったため、リーゼが使った後にそのタオルで自分も拭う。乾かす場所も洗う場所もないので、適当に畳んで鞄の上に置くだけにした。


 丁度その頃に、注文を取った中年の女性はクッキーの載った皿と飲み物を持ってきた。

 作り置きがあったのか、結構早いな。


「この雨の中ご苦労様だよ。どこから来たんだい?」


 ことり、と皿と飲み物を置いて女性が言う。俺はカップを取って湯気の立つ赤茶色の飲み物を一口啜り、それから向こうだと来た道の方面を指し示した。すると大げさに頷いた後、女性は言葉を続ける。


「あれかい、ここら一帯でもやたら治安の悪いところだけれど。実際に行ったことないから分からんけどね。ま、雨止むまで適当にくつろいでいきな」

「ありがとう。ところで一つ聞きたいことがあるんだが、こっから先の道に町とかないか?」

「それならこの先二股に分かれた道があるから、右の道を通るとガレアに着く。左は湿地帯に出るから、王都に抜けたい場合でなけりゃ使わないよ」


 お礼を言って銀貨を渡すと、女性はお釣りを返して店内の奥へと消えてしまった。まぁ、この雨だ。普通に考えて客が来るはずもなし、ずっとカウンターに居る必要もないか。


 この先に町があることが分かっただけいいだろう。こんな場所に店を建てるってことは、町もそう遠くはない。

 俺はクッキーを一枚取って一口に放り、目を輝かせているリーゼを見た。


「何喜んでるんだ」

「クッキーですよクッキー! 私甘い物好きなんですけど、サーリャと居る時はこんな贅沢なの食べられなくて……いいですか? 食べても!」

「……そりゃ金もないのに菓子食う余裕があるわけないか。ああ食え、俺はそんなに要らんから好きなだけ食っていいぞ」


 店に入るから最低限の注文をしただけだ。クッキーもこの紅茶らしき飲み物も不味くはないが、そもそも甘い物は時々しか口にしないからな。

 リーゼが好きだというのなら、食わせてやるのがいい。今後も贅沢する予算もなければするつもりもないのだし。


 店の人が見ていたら喜びそうなほど旨そうにクッキーを頬張っているリーゼから目を離し、俺は未だ止む気配の見えない外を眺めた。


「……ったく、傘があれば楽なんだがなぁ」

「はむっ、んん……何か言いました?」

「いいや」


 さて、この先を右に出てすぐに町に着くようなら、とりあえずはそこに向かおうか。無駄な食事を挟んだお陰で早急に金も稼がねばならない。そろそろ金も尽きてしまう。

 王都にも後々寄ることになるだろうが、今すぐに向かわなければならない理由もないだろう。


 そのガレアって町で一通り情報収集でもして金も稼ぎ、それから行動範囲を広げていくか。リーゼの目的をサポートするのであれば、出現する魔物を適宜倒していかねばならないからな。

 さっきの女性から言わせると次の町は前回より治安は良さそうでもある。まぁ奴隷商の時のような面倒なのは勘弁願いたいが、小悪党程度は居てくれると助かるな。

 できればそいつが俺の目の前で悪事を働いてくれりゃ、リーゼから非難されることもなく堂々と潰しに掛かれる。

 簡単に金が稼げるってわけだ。


 などと考えつつ、手だけを動かして――。

 違和感を覚えてふとクッキーの皿に目をやれば、もう何も入ってはいなかった。少し視線を上にやれば、ほくほく顔のリーゼがだらしない表情をして余韻に浸っている。


 そうか、そんなに旨かったか。俺はまだ一枚しか食ってないんだが、まあよかろう。

 好きなだけ食えと言ったのは俺だしな。


 俺は静かに手を引っ込め、温かい内にと飲み物をもう一口啜る。しばらくそうした時間を過ごし、リーゼと適当な会話を繋げて雨上がりまで暇を潰したのであった。

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