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トラベラーズ・レコード  作者: くるい
一章 『始まりの世界へと』編 改稿版
8/91

八話 道連れの旅路

 満天の星空が敷かれる夜の空。静まり返った町にはぽつぽつと街灯がついているばかりで、通行人なども見当たらない。本来なら夜間に唯一活動している酒場も、隣にチャックが居る以上は臨時休業である。


「あー……ちょっと、つうか普通にマズいだろ、こりゃ」


 そのチャックは、青白い顔でそんな独り言を呟いていた。

 俺は聞いてやる。


「どうした?」

「少し静か過ぎるって話だ。これ、マジで戦ってないよな……? って」


 彼にとってこの静けさは想定外であったようだ。まるで自分達以外が存在していないような、ゴーストタウンと言って差し支えがないほど静寂を保つ町の中心。チャックの不安は的中する。


「全ての反応がない」


 そう答えるのは、今まで一言も口を開かなかったイレイスだ。きょろきょろと周囲を見渡して言い、同時にチャックが焦る。


「……戦力は相当削れてるはずだぜ? 嫌な予感がする。こっちへ――」

「チャック、しゃがめ」


 そんな時だった。一瞬、背中の方から鋭い殺気が生じたのは。俺は警告を発して即座にチャックの足を払う。

 その声を聞く時には既に後頭部から地面へ落下を始めるチャックの額すぐ上、鈍い光が空を裂いた。


「いっ!? てぇっ……」

「ご主人様! 今の」

「分かっている」


 リーゼがチャックを抱き止めて地面と直撃寸前で押さえる中、俺は閃光がやってきた方角へ反射的に右腕を引き抜いた。鈍く光る銃身の先端が火を吹き、鉛の弾を撃ち飛ばす。

 短い断末魔の悲鳴。それがあったことはつまり、脳天は貫くことはできず――殺気が、遠ざかる。逃走されたか。


「っててててて……悪い、助かったぜ」

「どうやら、既にやられていると仮定した方がいいらしい」

「……みてぇだな。どうにか隠れ家にでも避難できてりゃいいけど」


 全く期待していなさそうに言って、彼はイレイスに合図を送る。視線で何かを伝えたのだ。その何らかのメッセージを受け取ったイレイスは、先ほどの男が逃走した路地へ駆け出していく。両足から淡い魔力光が発されており――部分的な肉体強化だ――巨体には見合わない速度で姿を遠くに消していった。


「手負いならイレイスに任せておけば大丈夫だ。本部に連行して、色々吐かせるのに使う」

「一人にさせて大丈夫か?」

「奴らが狙ったのは俺の頭蓋だろ? イレイスは脳である俺のボディーガードだ、そのあいつに戦力が集中するならこっちのもんだろう」

「そ、そんなの駄目ですよ。死んじゃいます! あの人は強そうですけど、それでも囲まれたら」

「――勇者さんよ。俺らがこれから向かうのは、奴らの本拠地だ。イレイスに構ってる暇なんてねぇってことよ。見捨てられるさ」


 組織の人間だったものを何人も殺害している俺と、奥の手を使用した組織を相手に一網打尽にしてしまった勇者。

 確かにその二人が敵の本拠地――奴隷市場へ踏み込もうとしているのであれば、たかだか商工会の構成員一人へ戦力は回そうとはしないだろうな。


「――いやしかし。やっぱりお前、頭だったか」

「ありゃ、バレちったか。ってもまあ、便宜上俺が纏めてるだけなんだけど」

「隠すつもりならもう少し考えて喋るんだな……道理で情報が早いわけだ」

「あ、普段は隠してるから、そのつもりで頼むぜ?」


 俺にそんなどうでもいい情報をバラすメリットがないことは、分かっているだろうに。


 鼻で笑って、俺は誰もいない虚空へ目を向ける。

 いや、俺達――か。リーゼも俺も、そこに何かが隠れているのは察知していた。チャックですらこれだけ軽口を叩いておきながらも気は抜いていなかったのだ。

 俺は銃をその方向へ向ける。


「殺気が隠し切れていないようだ。その下らん魔法を今すぐ解いて、姿を現してみろ」


 コレが何なのかを相手は知らないだろう。けれど、しかし、コレが人を殺すモノであることは――お仲間の死体でよく学んできているはずだ


「……流石は勇者。そして邪魔者――バレていては、姿を隠す必要もありません、か」


 視線の先。住宅の白壁に寄り掛かる形で姿を出現させたのは、案の定というか何と言うか。ねちっこくて気味の悪い、聞き慣れた奴隷商の声。


「あいつは取り逃がしていたんだな」

「すみません、すぐ逃げられてしまったので……」

「いや、謝る必要はない。こういう奴は生き延びると相場が決まっている」

「おや、えらく酷いことを言われておりますねぇ……? 一体私はどういった、人間、に見られていることやら」


 彼は暗闇にうっすら光る口元を裂く。相も変わらず気色の悪いその表情だ。そんな奴が大人しく姿を現したのは、まず謝罪でも降参でもあるまい。


「お前はどう考えても生き汚いだろう。いつだってお前のような臭い奴だけが世に残る。こびりついた汚れみたいにな」

「――ふふ、ふふふ。話は、終わりですかな?」


 引き金がかちりと鳴る。銃弾が弾ける。それは奴隷商の真横を通り、右耳の一部を吹き飛ばして壁に深い亀裂を刻んだ。

 だが、奴隷商は意にも返さない。失った耳の傷口に手を当てて薄気味悪く微笑むと、ぬめる血液を鬱陶しそうに振り払う。それはおよそ人間のやる反応ではなく。


「いっそ脳天を狙えばよかったものを……と。おやおや、民家を破壊してしまうとは、これはいけませんねぇ」


 彼は赤い魔力を迸らせた。だらだらと流れ出る血液が魔力によって蓋をされ、代わりに際限の見えない悪意と殺意と害意が吹き出す。

 それは直接に目に見えるものではないが、その確かな意志は重い空気となってこちらを蝕んでいた。リーゼが苦虫を噛み潰したように顔を歪めると、どこか愉快げに彼は語り出す。


「ふ、ふふ――フフフフフフ。これより私は、市場の奴隷を皆殺しにしするつもりなのですよ、ええ、ええ。ですが、あなた一人が犠牲となって頂けるならそれは止めましょう。当然、手出しをすれば皆殺しです。どうでしょう?」

「あなたは、そこまでして私にどうして欲しいんですか」

「――どうして? 今、どうしてと仰られましたかな? あなたが商品として売られていた頃から、私共があなたを貫く視線が、感情が、どのような色だったかをご存じではない? ――あなたは自分が何者かを正しく分かっていない。ならば教えて差し上げましょうとも。あなたは、最初からずっと、殺されようとしていたのです。今まで大人しくして下さったのは感謝の極み。しかし大人しく殺されようとしなかったのは愚の骨頂、帳消しどころか大きくマイナスになりましょう」


 リーゼは奴隷商を睨み据える。

 彼は――奴隷商はたった今、奴隷を人質に勇者を追い詰めようとしていた。その提案は勇者を蝕む呪いに近く、彼女は奴隷商の言葉に従わざるを得ない。勇者は人を守る存在で、人を見捨てるわけにはいかないのだから。


「私一人の命で釣り合いが取れるなら――差し上げます。それで、いいんですね」


 彼女は答え、そしてテレパスを俺に繋げるとわざわざ補足で説明を続けてくる。


(大丈夫です。この人相手に私が犠牲になっても、意味がないことは分かっていますから)


 それを理解して頷いたのならばいいさ。

 こいつは勇者で、それに心の底まで侵されているが。同時にどこか冷えた現実にも対応が効く奴だ。ここまで見え見えな奴隷商の罠に嵌まる愚直さはこいつにない。そして奴隷商の態度に明らかな変容があることも、魔力を通して彼女も実感しているはずだ。

 可笑しい。一言でそう表現してしまうのが適切に思えるほど、今の彼は不自然だ。


(で、どうするつもりだ? 奴隷市場にはお前を殺す為の罠が大量に張られているはずだぞ。俺やチャックが同行すればやられる前に回避出来るかもしれんが、お前だけじゃ避け切れない。それに最初から向こうで暴れるつもりなら、ソイツの提案に乗る必要もない)

(私を誰だと思っているんですか? 買ったのはご主人様じゃないですか)


 リーゼは当然の如く言い返してきた。

 そのあまりにも剛胆で自信満々な台詞に、俺は思わず肩を震わせる。


(そんなの全部真正面から受けた上で倒せばいいだけですから。なんで私を殺したいのかは分かりませんけど、でも――彼らが魔物と同じ力を使う以上、それで他者を傷付けようとする以上は、私も容赦はしません)


 これが笑わずにはいられるだろうか。

 きっと奴隷商は勇者を殺すため、様々な仕掛けと準備を整えてきている。加えて苦し紛れの人質まで使って勇者を誘っているのだ。


 既に森で敗北している負け犬が取れる苦し紛れの策など、そんなところ。尻尾巻いて逃げ出さなかっただけ肝が据わっているとは思ってやるが――まあ、それはいいとして。


 彼女は。リーゼは己を殺すためだけに張り巡らせたその罠を、何ともないと断言しやがったのだ。それも分かった上で罠に嵌まり、上から叩き潰すとまで言い切った。


「おい、リーゼ」


 奴隷商、お前は相手を違えたな。そいつは絶対に敵に回してはならない――ほとんど理不尽のような化け物だよ。


(それじゃ罠に嵌まってぶち壊してこい。俺はよく知らないが、そいつは恐らくもう人間(ヒト)ではないんだろう? お前をして倒さねばならないと判断する相手なんだろう?)


 一目見ればこの奴隷商が正気じゃないと理解する。赤い魔力を纏い、明らかに理性を見失っていた彼の瞳。妄執に取り憑かれたように執拗に勇者を付け狙う行為は、あの性格からして考え難く。

 きっとそれがチャックの言う異変の一部でもあろう。


 こくりと頷くリーゼに、俺は最後のテレパスをぶん投げた。


(では一芝居打つ時間だ。お前はお前の言いたいことを言え)


 要は辻褄合わせ。それは途中経過の補完でしかなく、会話そのものに意味などない。ただ了解を――俺達ではなく、相手の辻褄合わせのためだけに、リーゼは俺の方へと振り返った。


「私が行くだけで全部終わるのなら、それが一番良い方法ですから」

「そうか。ならば勝手にしろ」


 俺はそう言って、リーゼを送り出す。

 俺達の関係は最初からこうだった。奴隷や主人など端から眼中にない、こいつは勇者で俺は旅人で、ただ知り合っただけの浅い関係。そこに下手な繋がりなどは存在しない。

 だから、奴隷商も気に止めなかった――俺がそういう軽薄な奴であることは、周知の事実だからだ。


「あ、おい、簡単に行かせちまって」

「いいんだよ」


 俺は左手のみを動かして懐の位置を指差す。チャックはそこに例の魔石が入っていたことを地下室で一度その目で見ていたため、察して口を閉ざす。今の妙な間がリーゼの葛藤や覚悟などではなく、俺とリーゼによるテレパスだと悟ったようだ。

 作戦らしい作戦を練り交わしていたわけではないがな。


「しかし、簡単な罠に嵌まりやがって」


 俺の吐き捨てた台詞をどう受け取ったか――。

 奴隷商はくつくつと嫌味な笑みを浮かべながら、リーゼを連れていく。お前、さては自分の目論見の上に連れて行けた気でいるな。

 実際、彼にとっては彼女さえ己の戦場に放ることさえ出来ればそれでよかったのだろう。今の彼にとって優先するべくは間違いなく勇者で、俺の殺害ではない。


 リーゼは何も言わず、こちらを振り返ることもなく。

 奴隷商に連れられるがままに暗闇の中へと姿を落としていった。


 全くお前……そんな芝居も打てるんじゃないか。いや実際にリーゼは本心しか口にしていなかったのだろうが、だからこそ奴隷商は騙された。奴は、お前を無事に仕留められると勘違いしているぞ。

 もうお前はヒトとして手遅れだと言うのにな。


「さて、俺達も行くとしよう」

「市場にか?」

「それ以外に何がある。まぁ、簡単に進めるわけではなさそうだがな」


 ずさり。僅かな足音に俺は目を見開き、チャックが辺りへ視線を配る。それは確かに人の足音で、こんな静けさに現れる足音と言ったら、一つしかない。


 勇者を殺す大規模作戦、とはいえ――奴らは俺にも戦力を差し向けてきたようだ。ああ、いや、その判断は別に間違っているわけではない。


 あの時突然いなくなった俺が、再び勇者を引き連れて現れた――俺だったらそんな奴は放っておかないし、普通なら危険度を数段回引き上げて対処に当たる。加えてリーゼが行動を共にしていない今しか、俺を殺すチャンスはないと判断したんだろうがな。

 だが、それでも。


「欲張りな野郎共だ。そんなんじゃ折角掬った手の平から何もかもが零れ落ちて、結局最後には何も残りゃしない」


 けれど今回に限っては、そんな場当たり的な対処が許されるはずもないだろう。こいつらは俺なんぞを相手している段階では既にない。


 姿を次々に現し、俺とチャックを囲んで赤い魔力を放出する奴隷市場の連中へ嘲りを放つ。例え俺が危険な存在であろうとも、お前らはそれに戦力を割くべきではなかったのだ。


 森の中で発揮されたリーゼの実力。数十名の兵と大樹の如き全長を誇った魔物はいとも容易く屠られてしまった。

 だというのに、俺なんかに構っている暇が何処にある? 千に一つ、万に一つ、億に一つのその可能性を少しでも引き上げるために――俺達たった二人に割いてしまったその人員を、リーゼただ一人にぶつけるべきだったのだ。


 俺は銃に弾込めを行いつつ、敵影の数を一つずつ数えていく。


「十……二十……十分だ。確かに十分な数の差だ。ここが、森と同じ空間であればの話だが」


 お前らが俺をすぐに殺して救援に向かう腹積もりだとするのならば、それは随分と浅はかでお粗末な戦術であると言いたい。

 二度目に全く同じ戦法を仕掛けようとは馬鹿げている。赤い魔力とやらの種も割れているのに――それとも俺一人なら数で攻め切れると判断したのか、ならば無策無謀も極まれりだと言っておこう。

 ここは拓けた森の、だだっ広い空間ではないのだから。


 建物がそこら中に建ち、壁があり、道は舗装され、オマケに街灯が夜道を照らして明るくしている。俺は呆れた末に笑いを堪えきれず口元を歪ませると、その銃を懐へと仕舞い込んだ。

 代わりに両手に収めた新たなる得物は、握り込めば隠せる程に小振りのナイフが二本だけ。これで十分だった、今のこいつらを始末するにはこれが最適解だろう。良くも悪くも、いい加減に(これ)は警戒されているみたいだしな。

 別に避けられるとは思わんが。


「チャック。お前は戦えるのか?」

「そりゃ戦えるけど――この人数は」

「自衛しろ。死なんようにな」


 その返答を聞いた瞬時、俺は姿を現した内の一人へ駆け出す。魔力による肉体強化など用いていない、何の予備動作なくして行われた純粋な加速行動だ――それに、奴らは必ず反応が遅れる。

 何故ならば俺が魔法を使わないからだ。魔法による行動を根幹に置いている奴らでは俺の動きを先読みすることはできないし、きっと俺が何をしているのかも分からないだろう。

 ただ生身で走っている(・・・・・)だけなのに、それを理解するのに時間が要る。魔法で肉体を強化しない理由がないのだから――ならば俺が魔法を使わないのは、と。そう疑った思考の遅れが命取りだ。

 誰も魔法が使えないなどと思うはずがない。魔弾は別にせよ、肉体強化は息をするのも同然な技能で、そこらの町娘でさえ覚えているのだから。


「――遅い」


 何らかの魔法を構えた男の懐へ潜り込む。一閃。灯りに照らされれ輝く銀に、赤い血潮が広がった。


 お前らは終わりだよ。

 敵に回す奴を間違えた。


 ――終幕だ。






 ◇






 この世界に於いて、魔法は万能であると言っていい。魔法一つで全ての技術を賄い、応用を利かせ、それ一つで全ての事象を生み出す――正に魔法と呼ぶのが正解な代物だ。

 それは勿論戦いにも応用され、彼らは戦いに於いてこそ魔法を多分に扱いこなして勝利を得る。より確実に殺すために、より多くを殺すために。


 いつだって技術が発展するのは戦争で、発達したのが戦闘用魔法だ。ただ肉体を強化し魔力を打ち出すだけだった肉体で火を生み雷を生み水を生み、大地を削り鉄を曲げ生物を殺し世界を壊す。

 別に何のことはなく、ただ機械や道具で行われているその現象を人の身一つで行っているだけなのだ。そしてこの世界で科学技術が発展していないのは、代わりに魔法が存在しているから。


 彼らは俺が銃に弾を込め、引き金を引き、撃鉄を起こして火薬を爆発させ鉛玉を撃ち出す作業を魔力と肉体を使って起こしているだけ。


 行うのが機械か人かの違いで結果に違いはない。

 ただ、確実に機械と魔法とでは違うものがある。


 それは予備動作にある。魔弾を撃ち出す際、手を前に出して魔力を込める作業には時間が必要だ。一秒か二秒か、その時間を使って魔力を形に変えて凝縮し、破壊の力を込めて相手に照準を合わせて射出する。

 対して銃は、相手に照準を合わせて引き金を引くだけだ。


 魔法のそれは絶対的な隙となる。いや、これが熟練した魔法使いならばどうなのかは知らないが――目の前の相手に関して言えば、魔法を一つにそれだけの時間は掛かっている。そしてその二秒さえあれば、魔法を行使される前に喉を掻き切ることは可能なわけだ。


 ――ずさりと、膝から崩れ落ちた死体を見やって、俺は次の標的に目を向ける。一番近くに居て、たった今俺に魔弾を打ち込んだ奴だ。優位だったはずの状況から突然に仲間が殺られて焦ったのか、精細を掻いた様子がありありと窺える。


 赤――当たれば全身が吹っ飛ばされる程の威力が込められたそれ。俺は真正面から馬鹿正直に向かってくる魔弾を身を捻ることで躱し、そいつへ接近する。


 魔法と機械とのもっとも大きな違いは一つある。

 それは、集中力が直接魔法技能に影響を及ぼすことだ。そりゃ道具だって焦っていたら使いこなせないし、銃に関しては姿勢や照準がマトモに定まらなくなる程度の影響はあるだろう。

 しかし魔法に関して言えば、魔力を練り上げる段階――即ち銃を構成する機構、弾や引き金そのものに影響が発生するのだ。焦れば魔力はマトモに練り上がらず、またそれによって生み出される魔弾は威力に欠けてしまう。

 銃にはその変化がない。撃ち出せば音速を超える速度と破壊力は必ず発揮され、着弾した部分には必ず同じだけの損害を与えることができる。


 言い換えれば、技能のレベルが固定されている機械と違って魔法は精度が高ければ高いほど破壊力が増すということにはなるが。


 既に。

 五人も首を掻き切られて絶命してしまったこいつらでは、そのパフォーマンスは発揮し得ない。いやそもそもがそんな技術など持ち合わせてはいないからこそ焦ったんだろう。

その魔力が即席にもたらされた異物であろうことは、今までのやり取りで何となく察しが付いていたのだから。


 次々に始末していく。一人。また一人。俺を止められる奴はいない。

 一人、一人、一人、血の池が夜の町に増えていく。その度に弾幕や怒声が減り、戦場が静かになっていく。穏やかで閑静な、人間界の夜は正しき姿を取り戻していく。


 異世界からの来訪者たる俺は、魔法の代替として奴らにはない技術がある。魔力を感知して対処することは出来ないが、視認できる以上はそれだけで十分――逆に相手は俺の魔力を感知できず、行動が予測できない。

 もっともこういった戦い方を知り得ている敵がいれば話は別だろうし、銃の弱点を理解する者が存在すれば俺への対処は容易になるのだが、そんな奴がこの世界に存在していないことは端から決まっていたことだしな。

 初めから魔法技能を想定していない戦い方など想定しない――つまり誰も俺の動きについていけず。


「が――ひゅっ」


 最後の一人は俺を凄絶な眼差しで睨み――その頭が首から離れて、地面を転がっていく。ぴゅうと噴水の如く首から血を吹き出し、たった今脳を失った胴体は血溜まりへと沈む。

 たかだか数十人の始末だ。戦闘というより虐殺に近い一方的な殺人劇。頑丈な獣よりよほど倒し易い――赤塗れのナイフを一度血振りし、死体の綺麗な部分の衣類で拭って懐へ仕舞い直す。


 そこで俺は、チャックが弾け飛ぶ光景を視界に捉えた。隅からまるで俺へとぶん投げられるように吹き飛んできて、俺の足元で呻きと共に静止する。びくりと痙攣する肉体は傷だらけで、息はあれども意識は絶え絶えになっている。

 相当手酷くやられたらしい、両足の骨が折れていた。


「――テメェ。よくも、やってくれやがったな」


 姿を現したのは褐色の男だ。明らかに戦闘者といった風体に赤い魔力を滾らせ、ふんと鼻息を鳴らしてずしりと一歩をこちらへ踏み出してくる。


「まだ一人残っていたとはな……そういえばチャックがいないと思えば、お前に追い回されていたわけか」

「テメェは殺す――全身の両足を踏み砕いて、つま先から少しずつ切り刻んで殺してやる」


 その男は他の連中と比べると、明らかに雰囲気が異なっている。恐らくはこの隊を纏めていたリーダー格であったのだろうか。どうでもいいな。


「俺よりこいつを優先した能無しのお陰で、全員死体になってしまったな。まだ続けるか?」

「――舐めてんじゃねぇぞ」


 そいつは魔力を全身に纏う。肉体強化だ、それを纏って男が地面を蹴った。


「がァッ!」


 足元の地面が砕けて後方へ破片が舞う。なるほど、他の奴より骨があるらしいな。脳味噌がお粗末な分肉体に性能が回ったのか。

 俺は突貫してくるこいつから大きく横へ回避し、牽制に何発か銃弾を撃ち込んでやる。


「俺を他の凡骨と……一緒にするんじゃねぇ!」


 だが、こいつは俺の銃を見てから回避した。音速の二倍はあろう銃弾を、魔力の伴わない純粋な破壊の一撃を前に、撃たれるのが分かっていたかのように上へ飛び上がったのだ。

 更には回避から転じて真上から拳を振り抜いてくる。常識外れの跳躍力に反撃に転じたその機転、銃を再び撃つ余裕はない。俺は歯噛みして拳を両腕にて受け、その威力を利用して後方へ回避する。


「っは、逃げることしかできねぇか? さっきの威勢を見せてみろよ」


 俺は先ほど受け流しに使った両腕に痺れを感じていた。ただの拳に乗せられる威力にしては、魔力があるにしても強大過ぎる。

 これ以上攻撃を受けてはいられない。


 こいつは他の奴より一段強い、それは認めよう。

 あまり近寄られるのは好きじゃないんだが……こいつは接近戦、それも肉弾戦を得意とするタイプだ。あの肉体に細身のナイフを突き刺したところで逆に隙を晒すことにもなりかねないな。

 元々正攻法で勝てる相手ではないだけに、接近戦を強いられると戦い難い。こんなことなら銀製(シルバー)の刀剣でも調達しておけば良かったと後悔するも、ないものねだりは時間の無駄だ。


 俺は戦法を新たに練り直す。

 今のでこいつが並より強者であることが分かり、銃を目で見て避けられる動体視力に、高い身体能力での接近戦型であることも判明した。他の奴にやった小手先の技術だけではまず通用はしないだろう。

 ――あのリーゼとは、比べるべくもないが。


「ほう、自信過剰なのも頷ける」

「ようやく力量差を理解したのか? だがおせぇな、テメェはミンチ肉にして店先に吊るされんだよ、大人しく死にな」

「そうか、ミンチじゃ吊るせないな」

「――あぁ?」


 だが銃弾を避けるということは、当たれば致命傷は免れないということだ。魔法には障壁(バリア)を張って盾とするものもあるそうだが、わざわざ避ける選択をしたこいつにそれは使えないと判断していいだろう。

 さて、どうする?


 ある程度の実力と戦闘経験を積んでいる相手との戦いは今回が初だ。今までは魔法なんぞ打たせる前に殺してしまえば終わりだったが、こいつはそうはいかないだろう。地の身体能力は遥かに差が付いている以上は体術もろくに通用しそうにない。ゴリラに柔道で挑むようなものだ。

 だが今回で俺がどこまで通用するのか、それを測るいい機会でもある。

 ならば一度、俺の戦いを試してみるとしよう。


「行くぞ、猪野郎」


 挑発を一つ、俺は銃を右手に構える。

 今更ながらに説明すれば俺が持ってきたのは六弾装填の回転式弾倉のリボルバーだ。古い型の代物らしいが、強力な弾を撃ち込むことが可能だ。

 残り弾数は四発、装填には多少の時間を要するため今回は考慮しない。


 やれることは一つしかない。

 一撃ぶち当てること、それだけだ。


 俺は敢えて最大の武器である銃を見せびらかしつつ、今度は自ら相手の得意とする接近戦に持ち込んだ。駆ける瞬間に一発牽制の弾を撃てば、彼は俺の銃口を確かに目で視認して右へ躱す。


「んなもん、なんべんやったって無駄なんだよ!」


 撃った直後を好機と判じたか、男は左足に力を込めて斜めから飛び込んできた。俺は自ら体勢を崩して股下へ潜り込むことで何とか攻撃を回避するが、男は怒り心頭でこちらへ振り返り、その足で俺を踏み潰そうとしてくる。

 ――切り返しが、動きが速い。何とか体勢を整えて後退した俺に男の右拳が放たれる。


 その拳を――俺は両腕を十字に受けた。めり、と腹部に生じた衝撃が全身へと伝わり、くの字にしなった身体が遥か後方へと殴り飛ばされる。鋭く重い一撃、肺から空気を吐き出して()に激突した。背中を通して痛烈な衝撃と痛みとが肉と骨とを軋ませる。


「……ぐっ」


 先程当たってよくない攻撃だと評したそれを、もろに直撃で受けたのだ。相当なダメージが入ってしまったが……いや、これでいい。

 骨さえ折れていなければ動くことに支障は出ない。


「なぁおい、今ので意気消沈だなんて止めてくれよ? つまんねぇからよ」

「何を言う。お前の負けだ、猪野郎」

「――立場分かってんのか? テメェが死ぬんだよ、ここで」


 俺は壁を背にしたまま、じりじりとこちらへ迫ってくる男を煽り立てた。喉元まで()り上がる血を吐き捨てる。

 ああ、どうやら壁際にまで追い詰められてしまったようだ。これではもう、逃げ場(・・・)がない。

 俺が再び銃を同じように構えると、男はにやりと口元をひしゃげさせた。


「何度やっても無駄なんだよ。そんなモン、当たらなけりゃ意味ねぇ」

「そうだな。()たらなければ、意味はない」


 俺は彼と同じようににやりと笑みを作る。


「だが当たればお前は死ぬ。そうだろう?」

「ッハ――当ててから言いやがれ、口だけ野郎が!」


 男の右拳に魔力が纏う。

 それは形を変え、硬質な形状へと変化していく。魔力で形成された拳を覆うそれ。その殴打が直撃すれば、強化を付与出来ない俺が喰らえば一撃で終わりだ。


 けれどこの距離でただ(・・)銃を放ったところで、コイツは発砲した弾の弾道を見てから避けてしまうだろう。恐らくは魔法の強化で認識能力が強化されているのからこその芸当だろうが、何度見ても規格外の性能で、およそ人間の所業ではなかった。

 そう、正攻法では通じないことが分かっている。ならば決定的な隙を突くまで。


「そうだな」


 俺は呟き、銃を持っていない方の左手にナイフを握り込んだ。右手の銃は男の額に照準を向け、引き金に手を掛ける。

「――だからよ」

 放った銃弾は、当たらない。

「意味ねぇっての!」

 振り翳された赤い拳が迫り来る。間一髪で下へ屈めば、すぐ上の壁に亀裂が走る――それだけの威力。けれども男は即座に拳を壁から引き抜き、男は真下の俺へ追撃を。


「意味はあるさ」


 俺は左手のナイフを乱雑に放った。普通に突き刺したところで致命傷には至らないサイズの刃がくるくると回転して男の顔面へ向かう。

 それはいとも容易く弾かれ、大きく上へと飛んでいく。


 これだけでは何の意味もない時間稼ぎだ。体勢を大きく崩しながら転がる形で男の横側から抜け、俺は背後へ銃口を突き付ける。


「避けてみろ」


 バン、と。深夜の町中に撃鉄が響いた。

 硝煙の細い白が立ち昇り、赤い鮮血の華を壁に咲かせて彩りを飾る。

 ――男は。硬直したまま、俺の方を睨んで血泡を口から零す。ごぼりと吐き出された液体は、内臓の出血から食道にまで上がったものだろう。


「――何、故」

「知る必要があるか? これから死に逝くお前に」


 言いつつ、俺は左手の腕から走る銀色(・・)の輝きを巻き取る。それは男の右足の横からするりと抜け、からんと。

 地面とナイフの擦れる音が、正解を男へ知らせていた。


「テ、メ」

「あれだけ観察していたならばこいつの残弾は計算していただろう? 止め用に一発だけ残しておいたんだ、光栄に思えよ」


 残り一発。それらは終止符の音を高らかに打ち上げ、一人の男が血溜まりにその身を落とす。夜空と街灯に照らされ、力なく腕を垂らして頭を下向きに事切れている様は、どこぞの絵画にでも描かれていそうな風情があった。


「一通り終わった、か」


 気配はこいつを最後に消え去った。

 視界一面に死体が転がる中心。立っているのは俺だけで、足下に意識を失うチャックが一人。他は皆息の根を止め、そして援軍の様子もない。

 たとえ近隣住民がこの光景を目の当たりにしたとして、誰もこの場に登場しようとはするまい。とはいえこれだけ派手にやって誰にも見られていないということもないのだろうがな。

 明日の朝には惨殺死体の山で大事件だ。俺には関係ないため、後始末は後の連中にやって貰うとするか。


 懐から一本、俺は煙草を取り出して口へとくわえる。地球製の安物――にはなる程度の嗜好品だが、こちらの世界では高級扱いされる毒物、だ。別に依存で吸っているわけではない。

 ただ、こうして一息を吐く時に最適なだけ。


 誰も居ない夜空を背景に、一服をしている時だけは安らかな安息の時間が流れている。

 大量殺人現場で言うことじゃないが。


 これでもこちらの世界で行う真面目な戦闘は初めてだったのだ、少しの疲労を取るぐらいは許されるだろう。何に許されるわけでもないが、まあ、そのようなところだ。


 俺は紫煙を吐き出して半分ほど燃えた煙草を血の池に堕として鎮火させ、懐の魔石に再接続を試みる。わざわざ俺からテレパスを切断していた理由は、途中でリーゼにこちらへ戻ってこられても困るからだった。あいつが消えてから襲われるのは予想していたからな。


 チャックの件はまあ、仕方ないとしよう。俺にちょっかいを掛けた代償がそれで済むなら儲け物だと思え、命あっての物種だ。

 何、両手が無事なら酒は淹れられるだろう?


(リーゼ。状況を教えろ)


 その後に続いた彼女の返事は半ば予想通りというか。

 ともかく俺が呆れんばかりの解答が返ってきたのは言うまでもない。


(――ご主人様、なんで切っちゃってたんで……あ、こっちは全部終わりました!)


 と。

 何はともあれ奴隷市場は壊滅。

 めでたしめでたし、それが今回の事の顛末だ。







 ◇






「ったく、一銭の金にもなりゃしないとは」


 がらんと空いた酒場のカウンター席に、一人の男が座っている。両足に当て木を噛ませ、包帯でがんじがらめにされている男――チャックだ。

 その横で俺は中身のない金貨袋を逆さにしながらぼやいていた。


「死傷者三十四名に重傷者百六十三名、施設及び住宅損壊十五件、解放奴隷の人数が合計百五十五名。この意味が分かるか?」

 チャックは苦笑しながら言う。

「加えて一組織の完全壊滅に荷担していた各組織スパイの炙り出しに赤い魔力の調査、解明――」

「言わなくていい。つまり奴らからもぎ取った金で全然足りないってことだろう」


 事件から一日が経過した。

 俺とリーゼ、それに商工会の一部組織の反乱にて奴隷市場は襲撃され、壊滅した――ということになっている。現在チャック達数名の上層部の人間が動き、主に組合と話を付けているそうだ。

 内容は知らないが、大体が今後の権限等についてだろうか。それにスパイ――組合や商工会と繋がっていた連中を炙るのにかなりの労力が掛かっているらしいしな、この一日でよくやるものだ。


「というかよ。噂には知っちゃいたが、アンタ相当強かったんだな……」

 何を今更。

「リーゼの方が化物だがな。今回はほぼあいつ一人で奴隷市場の全戦力を片付けたんだ、それも全員綺麗に気絶だけで済ませてな。馬鹿馬鹿しい」


 殺せば死体処理だけで済むが、生かした場合は余計な金が必要になってくる。その分を浮かせば俺にも回ってきたはずで、いやそもそも仮にも功労者である俺に何も報酬が入らないのは――まあいいさ。あいつは人を殺さない。俺だけでは元々無理だった案件だ、今後の懸念が一つ消し飛んだというだけで十分だろう。


「チャック、両足はどうだ?」

「……そう大したことにゃなってねぇが」


 チャックは包帯まみれの身体を眺めて、そんなことを呟いた。


「俺がカウンターに前に立ってねぇってことが今の台詞の大部分を占めてるよ」

「でも両手は無事だろ?」

「歩けなきゃ酒作りに行けねぇだろうが、治るまで俺は休暇だよ」


 現在カウンターに立っているのは、彼が何人か雇っている内の一人で女性の働き手だ。歳はリーゼと同じか少し上だろうか、昼間だから客は少なく、彼女は暇そうに突っ立っていた。

 たまに業務内容についてこちらへ聞きに来る程度の日常、なんとも平和な風景である。


「ならこんなところで酒煽ってないで裏で書類仕事に勤しんでおけ」

「っば、馬鹿野――いや、いいか。ってかよぉ休暇ってんだろ、矢面に立たされた犠牲者は安置で休みたいんだよ」


 そう言えば一応隠しているのだったか。焦りながら茶を濁すチャックの横、俺は荷物を背負って立ち上がる。


「行くのか?」


 とまあ。

 金が手に入らなかった分、この一日はチャックのコネを使って売り物を捌き、それで出立の準備は整えていた。俺がここを訪れたのは単に別れの挨拶みたいなもの。


「あいつを外で待たせているからな」


 リーゼは町の外で待機させている。彼女自身も今回の件について色々思うところがあったようだが――結局、結論は出なかったようだ。

 魔物と人間の関係について詳しくはないが、あの姿は確実に異質(イレギュラー)だ。外部からもたらされなければ絶対に起こり得ないであろう――アレは、そういった異常の類の現象だ。


「機会があったらまた来るさ。それまでにこの町、なんとかしておけよ」

「どうなるかな……これで全て終わりでもねぇって話よ。いやまぁ、気長に待ってるぜ。俺が死なない限り店は続いてる」


 昨日の大打撃と混乱で、この町も大分忙しい。死体もそうだが奴隷市場の全解体と組織の壊滅が町に及ぼす影響は相当な物だ。不安定な町の現状は、これよりしばらく続くだろう。


 しかし後は俺の出る幕ではない、役割を果たした流れ者は、次の場所へと流れて去っていく時間だ――と小綺麗に纏めたところ、その実俺がやったのは藪をつついて蛇を出したことくらいなんだがな。


「ああ」


 頷きを返し、それきり俺は背を向けて酒場を後にする。

 見上げた空は一面青で、それは旅立ちには相応しい綺麗な色をしていた。











「――あっ、やっと来ました! もしかして置いてかれちゃったんじゃないかって思ってましたよ」

「まさか」


 リーゼは町の入り口に立って健気に俺を待っていた。ぴょこぴょこと頭を上下運動させて遠くの景色を眺めていた彼女だったが、俺を視界に入れるなり走ってやってくる。


「何を見ていたんだ?」

「んーと、どこに行こうかなって思いまして」

 彼女は森の方を指差して言う。

「とりあえずあっちへ行くことにします」

「そうか……分かった」


 こいつはその先に町があるとかで決めちゃいないのだろう。本当に適当な決め方ではあったが、それを断るのは俺が手ぶらな時だけだ。数十日分を生きるだけの荷は用意しているし、これなら余裕を持って踏破することも容易なはずだ。

 一部不安な箇所もあるが、それも以前の俺の悩み。


 こいつの圧倒的な戦力を確認した以上、戦闘の方面で心配することは何もない。


「最終確認をするぞ。この町で、もうやり残したことはないな?」


 一度旅に出れば恐らく戻ることはできないだろう。俺の拠点も()から持ってきていた処理不可能な荷物も多々あったため、既に爆破して取り潰してしまった。

 金はもうほとんどないが、リーゼの希望があれば戻って最後の買い物をする程度は残している。一度出てから無かったと言われても困るからな、確認は何度もしておいて損はない。


 それを聞いて、リーゼは思い出したように「あ」と呟いてから。

「私、決めました!」

 ――と、そんなことを宣言した。


 いや、俺の質問をちゃんと聞いてたか?


「いきなりなんだ」

「私、一つだけやり残してたことがあるんですけど」

「む、そうか。なら早く言え、町へ戻るぞ」


 一応の確認だった。まさか実際に彼女が何かを欲しがるとは思っていなかったが、それもよかろう。

 紐を掴んで背中の荷を前にやり、俺は荷を開こうと手を掛ける。


「れ、レーデ、さん!」

「――――――ん?」


 俺はリーゼを見やった。彼女は妙に緊張しながら、左胸に手を当てて胸を上下させている。


「……なっ、なんで首傾げてるんですか? 私やっと決めたんですよ! ご主人様の名前です、ラーグレス・レーデというのは、どうですか?」


 ……は?

 俺が聞いたのはそういうやり残したことではないが。それはいいとして、俺は眉をしかめる。


「そのラーグレスってのはなんだ、そいつはお前の家名かなんかだろ」

「え? は、はい。でも、私……その、ずっと前から家族っていうのがいなくって。だから、どうですか?」


 俺はこいつが一瞬何を言っているのかが分からなくて、人差し指で頬を掻く。さて、どうしてくれよう。


「まだ俺とお前は会って三日の関係じゃなかったか?」

「レーデさん、家族に時間は関係ありません!」

「まだ俺はレーデさんでもねぇし、家族でもねぇよ」


 俺は盛大に溜め息を吐いて額に手を当てる。

 こいつの中ではもう決まっているようなもんらしい。


 そうだな……確かに俺は断らんだろうが、ただこれは釘を刺しておくべきだろう。


「分かった。だがラーグレスは付けるな。俺はレーデ、ただのレーデでいい」

「ええー……うーん……嫌、ですか?」

「嫌だと言ったつもりはないが」


 さらっと言っているが、こいつにも壮絶な過去があったのだろう。何故家族を新たに作ろうとしているのか、過去に何があったのかを俺は聞かない。

 けれど俺にも心情はあって、そこを譲るつもりは毛頭ない。


「じゃ、じゃあ!」

「――俺は家族など作らない。覚えておけ、お前は奴隷として買われたってことをな」

「あれだけ言っておいて今更奴隷って言うんですか!? テレパスまで繋げてくれたのに! 酷いです!」

「何が酷いものか、出会って三日の奴から『家族になりましょう』だなんて提案を呑む奴がどこにいる。考えてもみろ――テレパス?」


 俺は懐の魔石を取り出した。

 それをリーゼに問うと、彼女は大げさに硬直してみせる。


「え、えっと、レーデ……さん?」

「……なんだ」

「テレパス、魔石は一回繋げた相手とのパスは最後まで繋がったままって――知りません?」

「いや知らん」

「だから私にそれを繋げてくれたのはレーデさんなりの信頼の証で、だから私も――って即答やめてくださいよ! もう知りませんから!」


 どうやら俺の発言はリーゼの機嫌を大いに損ねてしまったらしく。ぷんすかと頬を膨らませて俺に背を向ける彼女は、森の方へ向かって大股で歩いていく。


「……突っ立ってると置いてっちゃいますからね」

「あ、おい」

「レーデさんに目的がないんだったら、できるまでは私に付いて来て貰いますから!」


 俺の言葉を遮るように叫んだと思ったら、リーゼはそのまま走って行ってしまう。それをやれやれと眺めた後、俺はようやく一歩目を踏み出した。



 ようやく始まったこの世界での旅。

 果たしてこれより先――何が、俺を待ち受けているのだろう。


「……ったく、もうあんなところまで離れてやがる」


 それは未知への探求でも未来への期待でもなく。

 ただただ嫌な予感だけが、脳裏をよぎっていた。





《一章 『始まりの世界へと』編 改稿版 了》

 そんなわけで、ようやく修正もとい改稿が終わりました。

 四ヶ月掛かってしまいました…本当は三月中にやろうやろうとは頑張っていたのですが、色々とやることが増えてしまいまして。中々更新できずに申し訳ありません。


 さて今回第一章に修正が入ったことで、今後の物語に細かい齟齬が発生してくることになります。

話の大筋は変わりませんが、台詞回しや一部登場人物の追加によって発生する「あれ? こんなシーンあったか?」みたいなものです。主に過去シーンを使った場面に発生します。


 それは主に一章とほぼワンセットになっている二章と、四章との繋ぎに存在する三章に関わってくるものになります。あまりに大きすぎる齟齬はこちらで修正していきますが、また二章を全部書き換えるということをし始めると次の更新再開がいつになるかがわからなくなってしまいそうなので、ひとまずは話を進めたいと思います。


 はい、続きを書きます。修正とは違って展開の差異に気を使いながらではないので、そこそこ早いペースで書き進められると思います……多分!

 なので、「なんだろうなこれおかしいな」って思ったら質問して下さって構いません。

 但しストーリー根幹に直接関わるような質問だったりするとネタバレの度が過ぎるので、直接メッセージで送ってくれると助かります。というかその方が詳しく説明できますのでね、でも本編でまだやっていない真相みたいなのはお伝えできませんが……。


 それではこの先も、トラベラーズ・レコードの物語をお楽しみ下さい。

 最新話、もしくはエピローグで待っています! あ、そのためには更新がんばらないと。がんばります。

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