七十三話 そして全ては遅く、散華は儚げに
次第に、町中の混乱が収まってきていた。それは始まる戦乱よりかなりの時間が経過したためで、軒並みの住民が退避を済ませたためである。
非常用に造られた地下シェルターや幾つか設置されている指定避難区画は避難する者達で溢れ返り、あぶれた者はとにかく戦乱から遠ざかろうと逃げ去っていく。
――学校の付近には既に、一般人の姿はどこにもなかった。そこにあるのは死体の山だ。首が転がり、腕が転がり、焼死体がそこかしこに放り出されている。
建物は炎上を繰り返して大地はひび割れ、瓦礫がどこまでも覆っている。
そして、魔法使いの見習い達にも戦いの余波は容赦なく襲い掛かり、何も知らない彼ら彼女らは皆戦に巻き込まれて死んでいった。
とある者は侵入者に首や手足をもぎ取られて絶命し、真正面から対峙して顔面を潰され、またある者は混乱による味方の攻撃に地へ堕ちる。尚も拡大する被害と目の前で起こり続けるその死に、未成熟な彼らは対応ができない。誰か一人が混乱して魔法を放ち、誰かに当たろうものなら一気に拡散する阿鼻叫喚。
そこまで来てしまえば、後は彼ら彼女らは自らの魔法で自滅するだけだ。最早本当の相手が誰かも分からぬまま、ただ『上位の魔法使いもやられた』事実に正常な思考と判断を手放し、悲鳴と混乱と争いは鳴り止まない。
そうして、いとも容易く魔法学校は陥落した。元より戦争の為の学舎ではなかったが――それでも戦える魔法を十二分に習っていた彼らの半数以上は物言わぬ骸と化して、三割は重傷と気絶でその場に倒れて、残りの二割は脱走する始末。
「いやぁ、使えねぇんだなこいつら。マジでよ」
――錬金の魔法使い、ギリアム・クロムウェルはその有様に心底深い溜め息を吐いていた。仮にも、未熟とはいえ魔法という奇跡を会得している魔法使いが、だ。
たかだか、たった十人の侵入者にやられてしまうとは。それも一方的な殺戮を受け、果てには自らの魔法でお仲間を殺してしまうと来れば笑いものにもなりはしない。
「これだからろくでもねぇ。頑張って周りを指揮しようとした奴はいの一番に首を取られて? 派手な魔法なんてものを覚えたがった奴はソイツで仲間を大量に巻き込んで? 臆病な奴は逃走しやがり、混乱をダシに魔道具盗もうとした奴は建物ごとぺしゃんこで、さっきトイレで同じ学生の女レイプしてた奴は俺がぶっ殺して――レイプされてたクソに関しちゃ既に首から先が存在しやがらなかった。てめぇら戦時に何やってんだよ胸クソ悪ぃな」
唾を吐き捨て、ギリアムは歯軋りを立てて一人悪態を並べていく。
「……こりゃクロードの言う通りだ。クソはクソのまま、成長も向上心も知らねぇなんちゃって連中の吹き溜まりじゃ話にもならないってな。元より雑魚に興味なんざなかったが……こんな連中と同じ場所でクソして寝てたって思うと最高に最低な気分だ」
確かに侵入者はどいつもこいつも異常な程に強い連中であった。魔法も使えない癖して全力の十二人と渡り合おうという真性の化物共であったのは、ギリアムが直接対峙した上での正当な評価だ。
だが攻略法がないわけでもなし。観察を怠らなければ簡単に対処が可能で、あんなものは魔法使いの相手ではない。
「――てめぇもだよ、何寝てんだ起きろ。おい起きろクソボケ野郎いつまでも寝てるとインク顔面にぶちまけるぞ」
「……んー……ほっといてよ……うるさいなぁ……」
「誰に向かって口聞いてんだこいつ、よしぶちまけてやる」
ギリアムが右手のインク瓶を逆さにすると、炭と魔力とを混ぜた合成塗料がぐうすかと寝息を立てている仰向けの顔に上から降り注いだ。それらは大きく間抜けに開いた口から容赦なく喉奥へと侵入し、鼻の穴をも蹂躙しつつ顔全体を真っ黒に染め上げ――。
「――っがあっは! げはぁっ! はぁ……!? 何、何してくれて、はぁ!?」
「お目覚めかこの野郎いいから早く起きろ」
「ぶっっっっっ殺されたいのかコラァア!」
顔中インクで黒一色になった魔法使い――ラッテ・グレインが怒声と共に跳ね上がった。そしてギリアムを見つけた瞬間、眉間に深い皺を刻んで胸ぐらを締め上げてくる。
熟睡していた矢先、微睡みに身を委ねていた無防備な顔に突然インクなどをぶっ掛けられて怒らない者がどこにいようか。インクを被った頭は勿論、自慢の淡い緑髪や黄白色の外套は台無しだ。
ラッテ・グレインはこめかみに青筋を浮かべ、右の拳を強く握り込む。
「むかつく百倍返し、殴らせろ」
「殴りてぇのはこっちだクソ女、こんだけの騒音で眠り続けるお前が十割悪い」
「だからって何でインク! せめて水に、水っていうか普通に起こせばいいじゃんか!」
「普通に起こして起きないからインクぶちまけたんだよクソ女。早く目覚めろ」
「目覚めてる!」
「早く周囲の状況を確認しろクソ女」
「さっきからクソ女クソ女って……え、あれ? ……なにこれ、なんだよこれ」
そこで彼女はようやく周囲の状況に意識を傾ける。それは寝起きの脳には刺激が強すぎて、インクまみれの顔は無を形作った。数秒間の静寂が空間を流れた後、そこに初めて表情が現れる。
それは未だ理解しきっていないという顔と、ジョッキー・フリートのテレパスを無視してしまった自分に向けられる苦い顔であった。
「……あー……あ、はいはい……そゆこと、ね。えぇ?」
「事の重大さで言えば俺はスペアを二つ失ったよ」
「え、」
「ジョッキーは生死不明、クロードはどっか行った。ディッドグリースは知らん」
「……マジ? 結構大変なんだね」
「他人事かよこのクソ女」
まぁ他人事なのは否定しないが、と言ってギリアムは鼻白んだ。どうせ死ぬのはただの魔法使いだけ。死ぬのはソイツ自身の責任で、わざわざ自分が助けてやる義理などはない。
「他人事だよ、眠いもん」
「俺が起こした上で寝るという選択をするならそうすればいい。死ぬのはお前なんだ」
「うーん。分かったよ、動くよ、寝ないよ。それでいいんでしょ」
ラッテは欠伸を噛み殺しながら、嫌々とベッド(にしている本の山)から抜け出る。既に乾き始めていたインクは肌と髪の毛に張り付き、零れた分が本を真っ黒に染め上げてしまっていた。
色々と台無しだ。読んでもいない本の山へ悲嘆の目を送ると、ラッテはギリアムへ避難の目を浴びせる。
「綺麗にしてよね。そこ私の寝床だから」
「蔵書を寝床にするなよクソ女」
「実は寝起きは機嫌悪いって、知ってた?」
「全部本棚に収納しといてやる。早くお前はお前の責務を果たせ」
「――あのさ、私がお前をいつでも殺せるってこと、忘れていないよね。殺しちゃうよ。謝って」
「……ッチ、早く行けよ」
「あっそう。別にいいけどね」
ラッテは通り過ぎ様、鼻で笑って扉を出て行く。あの方向は手洗いか、まず顔の汚れを拭き取りに行くのだろう。あの余裕たっぷりな態度にギリアムは舌打ち一つ、自身の肉体が溶け出していることに辟易した。
「少し口論しただけでこれだ……クソ、まぁいい。これで、時間は稼げるか」
ラッテ・グレインという人物は非常に扱い難い魔法使いだ。
一人きままに放浪し、学校に滞在している時は大抵どこかで睡眠を取っている。研究室、図書室、倉庫もお構いなしだ。学校を寝床か何かと勘違いしているような態度だが、あれで十二人に数えられる成績と実力を保持している。
基本的には話せば分かる人間ではあるものの、決して自らの行動を揺るがすことはない。つまりは他人の命令に従わなかったり、勝手な行動を平気で起こし、時には仲間の邪魔となることも率先してやるような女である。
そして先ほどのやり取りで分かる通り、ギリアム・クロムウェルとの相性は非常に悪かった。彼女が持つ特有の魔法はほとんどギリアムの天敵とも言っていいほどに、最悪だ。直接対決するわけではないため、さして問題にするべきことではないのだが。
「……やられた。この身体はもう修復“不可能”か……スペアが減ったって話を聞いて、あの野郎さっそくやりやがったな――まぁいいさ」
ギリアムは通路を塞ぐように積み上げられていた本を飛び越え、その先へと歩を進める。この先、ギリアムは奥にある蔵書に用があってここまで足を運んでいたのだ。禁忌に指定され、最上位の魔法使い以外には解放されていない禁書庫の、その入り口に仕掛けられた大量の障壁を一時解除して中へと入る。
ラッテを起こしたのはそのついでみたいなものだ。
元々乱暴な起こし方をしなければ起きないような奴であったし、それに彼女が戦場へと赴くのであれば、禁術書を読み耽る時間も取れることだろう。
彼女は、戦闘力だけで言えば十二人トップに君臨することも可能な魔法使いなのだ。悔しいがギリアムでは直接対決による勝利は奪えない。
そんなラッテが、あの実験体に興味を持てば――いや。ギリアムにはその確信があった。
ラッテの代名詞とも言える魔毒。彼女と同じく毒を扱う戦法を取り、なおかつ実験によって莫大な魔力を手に入れたアレに興味が湧かないはずがない。何せラッテは享楽的で短絡で感情的な奴で――ただ強いというだけで、殺しに出向くような狂人なのだから。
せめてスペア一つ分の働きはやって貰わねばなるまいと、ギリアムは毒に侵されて溶け出した肉体の一部を削ぎ落とす。
戦闘行動は不可能にされたが、ただ本を読む程度の動作ならば問題はなかった。適当に使った後、肉体を入れ替えて身体は捨ててしまえばいい。
「しかしクロードの奴め。俺に色々やらせていた癖にまだ何か隠していると来たか。確か、面白い文献が禁書庫に幾つか眠っていたハズ……こっちだったか?」
ギリアムが頼まれてやっていたのは一部魔物が保有している特殊な魔力とその掌握、調整だ。
ギリアムはクロードが持ち込んだ魔晶を完成させるために調整と実験を繰り返し、そして特殊強化結晶は生み出された。更に今回、ギリアムはその完成実験体を一人生み出すことに成功した。
それは半ば偶発的に生み出された成功体ではあったのだが、成功体のデータを戦闘で存分に採取出来たことが今回一番の成果とも言えよう。それを行った段階で、とうに少女から興味は失せていた。
錬金とは物質の合成を指す。
だがギリアムのそれは適当ではない。過程を捻じ曲げて結果を現実に引き起こすことがギリアムの魔法の集大成で、今までそれが成し得なかったのは、クロードが提唱した机上の空論を元に構築してきた試作を調整し続けていたからだ。いざ本物を目にしたギリアムにはもう、なんてことはない錬成の結果でしかない。
そこに至るまでの過程などどうでもいい。錬金の魔法使いは、ギリアム・クロムウェルという魔法使いはその極致へと至っている。
「お、あったあった。そうだこいつだ、間違いない」
一冊の本に手を伸ばす。
書かれていた表題は『変異魔力について』。
かつて学者の一人が発表した論文にそのようなものがあり、しかし歴史の闇へと棄却された代物だ。内容が、公表するにはあまりにも過激で人の世を狂わせかねない物だったからだ――と、ギリアムは学長から聞き及んでいる。
内容は当然ながら魔物についての記述であり、ギリアムも一度は目にしているものだ。当時はそこだけに着眼点を置いていたものの、これから読もうとしている箇所はその先に存在している。恐らくはこれこそが、世間へ公表されずに闇へと葬られた一因であるのだろう。
そして、クロードはコレと直接関係している可能性が高い。
――『魔物の意志介在における変異魔力の関係性』――。
そして、ページの最後に綴られた一文を確かめ、ギリアムはほくそ笑む。
「――人間と魔物は、本質的には同じ生物である。ね」
これだ、と。
ギリアムは、静かにページを捲り始めるのだった。
◇
がらがらと走り続ける馬車を止めたのは、他でもないサーリャであった。
「止めて。この先は危険――いえ。ごめんなさい、こんなことに巻き込んでしまって。港に引き返していいわ。代金は倍額払うから」
「は、はい……?」
怪訝な表情を浮かべながらも、馬を止めた御者。彼の背中に声を掛けたサーリャは客席から身を乗り出すと、御者の手に金貨を数枚握らせる。
「こっ、これは、倍額どころじゃ」
「いいのよ。でも、その代わりに約束して欲しいことがあるの。難しいことじゃないわ」
サーリャはわざと御者に詰め寄ると、耳元に唇を近付ける。一瞬、その行動に訳が分からず――しかしサーリャのその表情にドキリと硬直した御者に、彼女は淡泊に言った。
「私達を運んだことは内緒にすること。後、この先で起こってる出来事について。知らないだろうけど、例えこの先知ったとしても無知を貫き通して、じゃないと」
あなたは死ぬ。
最後に耳元で告げられた台詞に、御者は別の意味で硬直することになる。サーリャが放ったその言葉の真意を知ることはできないが――今、自分が片足を突っ込んでいる場所が何かとてつもない状態になっている、それだけは理解したようで。
「リーゼ、起きて」
「……ん、んん……あれ…………サー、リャ?」
「ん、おはよう。よく眠れたわね。目元の隈、すっかり取れてる」
「――わ、私、眠って」
「いいのよ。リーゼは休むべき時に休んだだけ。でもここから先は眠りたくても眠れないわよ、何せ歩いていくんだから」
寝惚け眼のリーゼが伸ばしてきた手を握り返し、優しく馬車から降ろしてあげる。大荷物は既にサーリャの背中にあるため、これで馬車は空になったわけだ。
合図を送ると、御者はこちらに深々と礼を送って元来た道を通って視界から遠ざかっていく。物分かりのいい人間で助かった――元々、サーリャが魔法使いであることは教えていたのだけれど。でなければこの状況下で馬車の手配などに応じてくれるはずもなかったのだが。
あの馬車は大丈夫なはずだ。障壁や防御魔法に加えて幾つかの加護まで仕込んでおいたので、途中で何かに襲われても問題はない。というか魔物が近寄りたいとすら思わないであろう。
「……あ、ごめんねサーリャ! 荷物は私が」
「いいわよ、リーゼはもうちょっとだけ背中の荷を降ろしなさい。大丈夫、中身なんて見たりしないから」
物理的な意味ではなく。彼女はその小さな背が潰れかねないほどに背負った重荷を軽くするべきだ、とサーリャは心の底から思っている。背負う理由もない荷物まで積んでしまう必要など、どこにあるものか。
「……ありがと。サーリャ」
それはさておくとして、あのレーデが隠す荷物に興味がないわけではない。けれどサーリャにとってそれはリーゼの信用を失ってまで得たいものではなかった。そんなことよりも、これだけ重たい荷物をいつまでもリーゼ一人に持たせているわけにはいかないのだ。今のリーゼは勇者でも何でもない、ただの少女。
体力には明確な限界があって、それがサーリャよりも少ないことだけは確かなことである。
「……ううん、今まで気持ちよく眠ってたところにごめんね。説明するわ――大丈夫?」
「うん、もう寝惚けてないよ」
「……そ。まだ遠くの方だけど、怪しげな生体反応を大量に確認したの。人間だけど、ここに生息する部族とかじゃない。私の感覚が狂ってなければ……西の人間よ」
リーゼとサーリャは元々魔物を狩るために長い旅を続けていた二人だ。
連携に関してはレーデよりも遙かに取れていて、また状況把握や認識も円滑に行うことが出来る。
「狙いが私達でないことは分かってるけど、でも見つかれば十中八九狙われると思っていいわ」
「もう、そんなところまで……」
「いえ」
そう断じてサーリャは顎に手をやる。どうにかして魔法都市まで到達したいが、彼らに先を越されていてはどうしても遅れての到着になってしまうだろう。移動だけならば無茶は行えるが、それは止めた方がいい。
「どちらかと言えば幸運よ。てっきりもう始まっているのかと思ってたから」
この異質な感覚。レーデとはまた違った空気――微細な魔力は感じるが、魔法のそれではない。だが、何か、嫌な空気が流れていた。
魔物でもない、魔法使いでもない、ギルディアのような異質さでもない――もっと、根元的な、何かの違いが。
その違いはサーリャには判別が付かなかったが、まずこの先に待ち受ける出来事が良いものであるはずがないだろう。
拳を握り締める。
どうにかして止めなければ。まだ、間に合うはずだ。サーリャ自身小国の情報など欠片程度しか持ち合わせていないが、戦争を始める理由なんてどこにもないはずなのだ。
だって、既に――あの場所は。
「……サーリャ、胸が――胸が、いた、い」
「え――?」
唐突に、リーゼが胸を押さえて苦しみ出した。首元に油汗をかき、青い唇で辛うじて紡がれた言葉はまるで死に掛けのようにか弱くて。
「ど、どうしたの!?」
「わがん、ない――うっあ、あああ、ああ、あああああああぁ!」
かと思えば、その場にうずくまってリーゼは叫び出す。
すぐに駆け寄ろうとして、しかしサーリャは差し伸べようとした手を途中で止めてしまった。
「リーゼ……?」
代わりに発したのは、誰にも向けられていないその不可解な疑問だった。
黒い、煤。灰色とも黒色とも付かない、色素の狂った魔力の塊が、弾けてリーゼの身体から放出されていく。それらはまるで空気中に溶け出すようにして浸透していき、魔力の残滓すら残さずに消失してゆく。
これまで一度だってそんな現象が起きたことはない。このような魔力などサーリャは知らないし、何より。
「リーゼ! しっかりして!」
狂ったように魔力が抜け落ちる中心、リーゼは苦しげな顔で嗚咽する。一度は止めてしまった手を背中に回して、サーリャはその背を優しく撫でることしかできない。
一体、リーゼに何が起こっているのか、それはサーリャには知る由もなく。
禍々しい漆黒を外に放出し続けたリーゼは、ある時ふっと力を失って地面へ倒れてしまう。固い土と激突する前になんとか支えるサーリャだったが、原因不明の魔力にはやはり心当たりはなかった。
汗と涙と嗚咽の涎とでぐしゃぐしゃになっているリーゼを抱えて、胸の内に溜まり続ける不安と後悔とを必死に振り払う。
「ねぇ……何が起きてるの――ねぇ。知ってるんでしょ、アンタなら。教えなさいよ……!」
一体、何の為にここまで力を付けてきたというのか。最上位の魔法使いにまで上り詰めて、炎の魔法を極めて――魔物を徹底的に調べて、それでも。
それでもまだ、分からないことだらけだ。
世界を守るどころか、人々を守るどころか、隣で一緒に戦ってくれる一人の女の子すら守れない。ただ隣で身を案じることだけしか出来ない。こんなにも傍にいるというのに、直接彼女の身体の異常を癒してあげることができないでいる。
サーリャは。
ただ無力な自分を呪って、理不尽な不可解な叫びを上げることしかできなかった。




