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トラベラーズ・レコード  作者: くるい
誤りの北大陸
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三十九話 殺し合い(前)

 予定外、六日目の朝。

 無事に雨が止み、交代で休憩を挟んでいた俺達はほっと一息を吐く。


 昨日の嵐が嘘のように、空は青く澄み渡っている。

 かなり足下はぬかるんでしまっていたが、馬車が通れないこともないだろう。


 どのみち、俺とリーゼとヲレスは馬車には乗らず、馬車を護衛する形で歩くことになる。

 これから先の道のりで出合うとされる蛮族を退けるためだ。昨夜の時間に御者や各々とも話し合った結果、馬車の両隣に俺とリーゼとヲレスを配置し常に警戒をしながら進むことになった。


 ルルは馬車の客席に入って貰っている。

 一人で乗り合い馬車なんぞに乗る以上戦う力がないとは思っていないが、あったとしても精々御者クラスだ。

 そんな中途半端な人物を前に出す必要はない。


「リーゼ。相手は人間だ、纏虹神剣てんこうじんけんは使わないんだろう?」

「はい。そのつもりです」

「殺さないつもりか?」

「はい。気絶させるだけで済むのなら、それが一番いいですから」

「分かった。だが油断はするなよ、常に気を付けておけ」


 ショートソードを構えたリーゼは、緊張した面貌で前方に注意を割きつつそう言った。


 リーゼが本来の意味で本気を出すには、必ず条件がある。

 それは魔物に対する時と、一線を越えしまった人間に対する時のみ。


 そうするのは勇者としてやってはならないラインを越えるからなのか、それともリーゼの敷いた自分のルールなのかは分からないが、リーゼが纏虹神剣てんこうじんけんを抜くような状況になったとすれば俺達の誰かが相応な危険に晒されていることになる。

 そうなる前に決着を付けたい。


「まだ奴らの生息するエリアには侵入していないが、この嵐の影響でどこかに移動している可能性がないとは言えないからな」

「向こうがこっちに来てるかもしれないってことですね」

「そうだ。奴らからすれば俺達のような者などその目に捉えた時点で餌だ。嵐を理由に、寧ろ狩りに出ているかもしれん」


 足下はぬかるみ、倒れた木々で相当足場も悪い。空は晴れていて視界は取れているが、生憎とここは大自然だ。先に進めば進むほど木々が高くなり、その内山賊の住む森林地帯へと足を踏み込むことになる。


 原住民であるところの彼らは嵐など何度も経験して慣れているが、俺達はそうではない。

 地の利を完全に取られているというのは御者の言う通りかなり不利な状況に陥ることになる。普通そのような場所に自ら入り込む馬鹿はいないが、先に進む為にこのルートを選んだのは俺達だ。


 御者もこちらの戦力を見て判断してくれたのだろうが、万が一ということもある。


 戦わずに抜けられればいいが、楽観視したところでいいことなどは一つもないのだからな。


 俺も気を付けよう。





「ここからです」


 地図上のバツ印の地点に足を踏み込み、御者が合図をした。彼は馬を制御する以上御者台に座っていることになるので、一番狙われやすい彼のことは常に誰かが守っていなければならない。

 そのため、守りの役割にはヲレスに付いて貰っている。敵が投石や弓矢、または遠距離魔法などを使ってこないとも限らないからな。自由に結界を張れる彼にやらせておくのが安心度が高かった。


 主にリーゼには前で暴れ、相手の連携を乱して貰いたいとうのもあるが。


 俺もナイフを二本抜いておき、戦闘準備に備える。

 前で暴れるリーゼと違って、俺は確実に一人ずつ始末していく役だ。リーゼが居る手前なるべく殺しはしないが、それが駄目なら躊躇なく殺す。そのことはリーゼにも伝えており、了承は得ている。

 俺はリーゼのように一撃で確実に意識を身体から剥離させてしまうような、そんな強引な手段を持っていないからな。


 相手を殺さなければならない時は、そうしなければ俺が死ぬ時だと。そう言って、リーゼには頷かせた。


「皆さん、少し止まって下さい。車輪がぬかるみにはまってしまいました」


 進んでいる内、馬車の車輪ががたがたと不穏な動作をして動かなくなってしまった。御者は馬を止め、身を乗り出して車輪部を確認する。


「雨の影響か。俺達が乗ってない分多少は軽くなったろうが、こればかりは仕方ないな」

「ん、僕が動かすとしよう。泥を退けてなだらかな傾斜を作り、固定化させた所を馬に走らせて欲しい」


 馬車の左側を担当していたヲレスは前方に回って正面に立ち、片手を翳して魔法を行使した。

 すると深く嵌まってしまった車輪部の泥が掻き出され、一時的に泥が車輪周りから消え失せる。


「そう言えば、お前は魔法を使用する時に詠唱などはしないのか?」

「必要あるかい? 僕はそのようなことはしない。何より詠唱が一番大事なのは言葉に出すことで仲間と密な連携を取るためだからね。成功率や精度の面でも言葉に出した方が使いやすいけれど、僕は敢えてそれをしない」

「相手にも攻撃を悟られるからか?」

「それもある。けれど、それだけではないね。そもそも僕は連携を取る気などないからだよ。それに僕の扱う魔法は既存の枠組みからは外れているからね……ん?」


 途中で台詞が止まる。

 ヲレスはいきなり、翳していた手を御者の方へと向けた。


「馬を動かすのは中止だ」

「――え?」


 しかし、御者の行動を止めるには遅かった。

 馬は既に走り出してしまい、ぬかるみを抜けようと車輪が動く。


 ――ばき、と木材の軋む音が鳴り響いた。

 そこで馬は止まったがもう遅く、縦に真っ二つに弾けた車輪が客席の籠から外れて横に倒れた。籠がバランスを崩し、斜めに傾いて地面へ激突する。


「ああ、ごめんよ。少し言うのが遅かったかもしれない」

「な、一体何が……っ!?」


 慌てて馬から飛び降りた御者の眼前に、矢が――突き刺さる寸前、半透明の壁によって防がれた。

 半ばで折れた矢が真下へ落ち、誰も彼もが状況を理解する。


 割れた車輪の部分からは、尖った槍が突き出ていた。

 つまるところ、罠に引っ掛かって奇襲されたというわけだ。


「――リーゼ!」

「はい!」


 奇襲に放たれた矢はヲレスの結界が防いだ。俺はそれが飛んで来た方を睨み、リーゼに指示を飛ばす。

 俺の合図に合わせ、リーゼが何の迷いもなく突貫した。ショートソードを構えたリーゼが柔い大地を物ともせずに駆け、草木へ隠れて姿を消した陰を追尾する。


「何があったんですか……?」

「中へ入っていろ、危険だぞ」


 かなりの揺れと衝撃が今ので馬車を襲っていたのだろう。客席から出ようとしたルルが無事なのを確認がてら、俺は彼女が外へ出ようとするのを止める。

 ――しかし、車輪を壊されたか。右側が完全に壊されてしまった以上、動けもしない。


 一矢が飛んで来たのを皮切りに、リーゼに雨のような矢が降り注いだ。それらすべてを身のこなしとショートソードで叩き落としながら突き進み、リーゼの猛攻が始まる。

 一人、男の断末魔がこちらに聞こえてきた。


「まるであの娘の方が蛮族みたいだね」


 ヲレスは余裕そうに結界を維持しながらそう言った。既に御者を退避させ、馬車全体に半透明の結界が張られている。


「言ってやるな、俺が突っ込ませたんだからな」


 俺はナイフを後ろ手に飛んできた矢を弾いて防ぎ、そう返す。

 どうやら馬車の方にも狙いが来たらしいな。


「敵が何人居るか分かるか?」

「探知は出来ないから何とも。まぁ、先ほどの弓矢の数を見て察して欲しいな」

「……そうだな」


 ――つまり、大量だ。


 木々や草木がざわめく。

 一斉に、ソイツらはあらゆる場所から姿を現した。









 リーゼは弓矢を射った最初の男に肘打ちを当て、よろめいた背中にショートソードで追撃を加えた。

 上から振り降ろされた衝撃に、弓を構えたまま男は崩れ落ちる。


 肌が黒く、布や皮やぼろぼろの衣類を適当に着た姿だ。

 通行する人を襲って獲得した服もあるのだろう。

 これが山賊――。


 リーゼに、前包囲から放たれた矢が降り注ぐ。

 尖った石が先端に付いている。極めて殺傷能力の高い石矢。


「――っ!」


 最初から狙われていたのだろう。

 飛び出して孤立した人間など、山賊からしてみれば格好の餌食だ。


 しかしリーゼは、普通の人間などではない。


 人知を越える反応速度で次の弓矢を叩き伏せ、身体を回転させて次々と殺しに来る矢を叩き落としていく。鎧に触れる部分は身を反らすことで威力を殺ぎ、急所を狙う矢だけを確実に叩き落とす。手足を擦る矢によって生傷が徐々に増えるが、リーゼはお構い無しだった。


 矢が射られるということは、その方向には人が居るということ。自分で自分の場所を教えているようなものだ――。


 驚異的な身体能力で全ての矢を捌き切り、第二射が放たれる前に動き出す。だが相手も出方を変え、リーゼの真上に黒い影が蠢いた。


 ――人?

 思考も束の間、それはリーゼに向かって落ちてくる。それは剣を構え、リーゼを真っ二つにしようと飛び込んできた。

 咄嗟に後方へ足を踏み込んで避ければ、大きな槍や剣などを構えた敵が三人が左右背後から同時に現れ、リーゼに攻撃を仕掛けてくる。


 リーゼはまず最初に背後から突き出された槍を避け、柄の部分を蹴り飛ばす。それで得物が手を離れるはずだったが――敵は蹴られた方向に合わせて身体を捻り、一回転した槍が反対方向から横薙ぎ一閃、振り抜かれる。


 屈んで避けた先、間髪入れずに石剣が上から振り降ろされる。それを下から斬り上げて防いだ。重い衝撃が上からのし掛かるが、リーゼ持ち前の馬鹿力で押し返す。

 だが剣を押し返したところで射られた弓矢が二つ、リーゼに襲い掛かった。間一髪その一本を片手で掴み、もう片方を鎧の部分で防いだが――その隙に敵は全員散開し、木々などに隠れて見えなくなってしまう。


 思うように戦えない。

 これが、地の利。


 リーゼは歯を食い縛り、周囲に警戒を張る。

 ――今度は上から、投石の嵐がやってきた。木々の上に登っていた一部の敵の仕業だ。


「……ふっ!」


 退避のために後ろへ飛ぶ。しかしこちらの方向はレーデ達の居る方とは反対方向だ。

 自分が徐々にレーデ達と引き剥がされているとに気付いたリーゼは、馬車の方へ戻ろうと身を翻す。

 そこに現れる敵影が四つ。四方から現れ奇襲してくるこの陣系――先ほどと同じに見えて、だが手に持つ武器が違った。


 斧。それに爪。双剣、四人目は先ほどの槍使い。

 奇襲続きで意識を乱されていたリーゼは守りに全力を投じ、敵の攻撃を防ぐ。防ぎ切ったが、敵は全員また木々の後ろや草むらへと姿を隠して見えなくなってしまった。


 武器がてんでバラバラなのは、それらが強奪した品だからだろうか。

 けれども敵の連携は一級品であった。それぞれの武器の特徴を生かした攻撃が流れるように叩き込まれ、こちらが攻勢に転じようとする前に離脱を繰り返される。


 そうしてこちらが弱るのを、待っている。


 これが圧倒的な身体能力の差を埋める為に蛮族が取った連携――リーゼはショートソードを右手だけに持たせ、左手で赤い刀身を引き抜いた。


 こちらも手数を増やすのだ。片手では両手の時よりも必要とされる技量、また武器の形が違うために動きそのものも大分変わってくるが、相手の攻撃に合わせて攻防を揃えるには、これしかない。


「敵は、強い……」


 自分が本領を発揮できないことに歯噛みする。

 ――本来の勇者の力など、人間相手に振り翳していい力ではないから。


 リーゼは遠くで戦っているであろうレーデ達の方を見、少しだけ不安に駆られていた。

 敵は確実にリーゼに引きつけられている。それはレーデの思惑通りなはず。けれど、敵が全てリーゼに向いているとは限らない。


 気合いを入れ、気を尖らせ、次の攻撃に備えて精神力を集中させる。


 あちらは大丈夫なのだろうか、と。

 突き進んできた弓矢の嵐を両手の剣で叩き伏せ、不安げに意識を切り替えた。








「防御は僕の役割だ。君は自由にやるといい」

「頼んだ。お前が居れば馬車で余計な死人を生むことはないからな」

「頼ってくれるね」


 俺は袖の内側に小型の爆弾を仕込んでいた。

 前の世界から持ち込んでいた物で、此処では初めて使うことになる。今まで使わなかったのは、個数に限界があるのと――使う相手がいなかったからだろうか。

 今回使用する爆弾は二つ。強い衝撃を与えることで爆発するため、投擲で起爆させる。しかしこれは直接的な殺傷に使うつもりはない。


 相手は数も知れない大軍勢で、対してこちらはヲレスと俺の二人。そして敵陣を砕く役目は俺にある。

 爆弾二個でどうこうなる相手ではない。


 よって、俺はその一つを天高く放り投げた。俺の動きに気付いたか、遠距離からの攻撃が一瞬止み――空中で、起爆した。

 誰かが俺の投げた爆弾を狙い撃ったか。まあいい。


 火薬が破裂し、強烈な衝撃を伴って周囲へ広がる。

 赤い爆発。紅煙が一瞬にして辺りを巻き込み、直接爆発に巻き込まれた木々が吹き飛び、土煙をばら撒いた。空気の振動が俺にまで伝わってくる。


「なんだい今のは?」

「一度しか使えない古代の道具だよ」


 適当に返してから、俺は敵が恐らく人生で初めて見るであろう爆発の隙に木々へと身を眩ました。

 更にもう一つ、残り一個しかない爆弾を直線上にぶん投げる。今度は途中で落とされることはなく、俺の狙った場所で起爆した。

 そこは、確かに弓矢を射っていた敵影の一部が居た場所だ。そこに二度目の強烈な爆発が発生し、今度は直接大地を破壊したことで強烈な土煙が周囲を覆う。


 俺の目的は最初からこれだった。

 敵を混乱させ、俺の居場所を隠すこと。


 ゲリラ戦は得意な方だ。

 己の肉体で再現可能であれば、ほとんど何だってやる。

 ――俺がどれだけの時間を生きていると思っている。


 今度こそ目眩しに成功したと踏んだ俺は、森の中に姿を消す。

 しばらく潜んで俺に攻撃などの反応がないことを確認し、俺はナイフを両手に構える。


 一方ヲレスの方には攻撃が再開されていたが、彼は欠伸を掻きながら結界にてその攻撃全てを防いでいた。やがてそれだけでは無駄だと悟ったか、蛮族の連中が直接姿を現し始める。


 様々な武器を持った狩猟の民族。

 それらが馬車へ突っ込んでいき、ヲレスが魔法と常時張っている結界で対処する。今度は直接戦闘に加えて後方支援の矢が降り注ぐ――前衛と後衛の波状攻撃だ。


 ヲレスは欠伸こそ止めたが、まだ余裕のありそうな顔で魔法を行使し連中の攻撃を捌き続けている。時折彼から放たれる氷弾などが、敵の位置へと的確に狙いを定めて放たれていた。


 俺はそこまで確認してから、気配を極力断ったまま移動を開始する。

 狙うは弓矢を射る後方部隊。


「――いつまでも好き勝手が出来ると思うなよ」


 なるべく殺さないとリーゼに宣言したのは、いつもと同じ方便だ。殺さなければ殺される状況で、敵を殺さない選択肢など存在するものか。


 確実に一撃で、仕留める。

 相手が人間ならそれができるのだから。


 相手は消えた俺についても間違いなく警戒を張っているのだろうが、見つかるか見つからないかは俺の技量次第。

 そこは上手くやるしかない。


 さて、敵の死角に這入はいろうか。

 反撃開始だ。

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