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トラベラーズ・レコード  作者: くるい
停泊の海賊船
31/91

三十話 次なる場所へ

 討伐から、今日で既に十日目の月日が流れていた。

 その間に俺とリーゼは鍛冶屋に赴き直して貰ったショートソードを受け取るなどして、その後は俺の傷がある程度癒えるまで町へと滞在することとしていた。


 それまでの生活費は、ガイラーから前金として積まれた金貨十枚の全てを生活費として割り振り、そこから少しずつ切り崩して消費している。といっても宿はフィオーナの格安宿に泊まり、食事も極力値の張らないものを優先的に購入していたので消費も大したことはないが、いざという時も金による心配は当面なくなったわけだ。

 ガレアの時のように盗まれるなどという落ち度がなければ、だが。


 さて。何故俺が受け取った前金の全てを生活費にしてしまっているのか、といえば――。





「いくら欲しい? とりあえず言ってみな」


 海賊船、名をそのままレッドシックル号。討伐の際に俺が乗った船であり、一番巨大で頑丈な、顔とも言える船の中。樽やら財宝やらが無造作に転がる最下層の部屋にて俺とギレントルは対面していた。

 討伐帰還から、翌日の日中に行われた会話である。


「俺が額を指定するのか?」

「ああそうともよ。ま。とりあえず欲しい額言ってご覧」


 ギレントルは横倒しになった樽の上にどかり座っており、俺を真っ直ぐに見つめていた。

 そこに一体どんな意図があったのかは分からなかったが、ならばと俺は言う。


「そうだな。金貨五十ってのは……どうだ?」


 金だけで言えばリーゼを買ったほどの値段である。

 ほとんど冗談みたいな値段を告げると、ギレントルは「なるほどねぇ」と呟く。


「随分と小さく出たねぇ、なんで五十枚だけなんだい?」

「……うん? いいや、特に意味はないが……そうだな、その程度あれば十分だと思っただけなんだが」


 その値段の一体何が少額なのかは全く分からなかったが、まるで最初から用意していたかのような手際のよさで金貨の入った袋を持ち上げると、それを俺に突き出してきた。


「あっはっはっはっは! ったく聞いたしたアタシが馬鹿みたいじゃねぇの、ほれ持ってきな」


 受け取ると、ずしりと異様な重量がのしかかった。外から袋を見ただけで分かるが、開けて中身を覗くと金貨が一杯になるまで溢れている。

 数えるまでもなく、俺の言い値より多かった。


「ある程度は譲歩で決めようと思ったんだけどねぇ、あまりにも少ないもんだから笑っちまったよ」

「金貨、だぞ?」


 一生遊んで暮らせるとは言わないが、しばらく適当に過ごしていても問題はない額だ。一回の仕事でこれだけの金額が発生するだけで相当なはずだが。


「いやいやいや、海賊を何だと思ってんだい? そこら辺彷徨いてる商船襲うだけでもっと入んだよ。まぁいいや。一応中身確認しな、偽物かどうかのね」

「……本物だな」


 本物の金を加工して作られたものが金貨だ。本物かそうでない物の区別は見れば分かる。

 部屋の端の台を使わせて貰って一枚一枚数えたが、中身は百枚と俺の指定した金額の倍の量が入っていた。前金と合わせると今回の仕事で得た額は何と11000である。とてもじゃないが旅するのに持ち運ぶような量ではない。

 所帯どろこか住居すらないので、必然的に持ち運ぶことになるのだが。袋を数個に分けておくか?


「いいのか?」

「こっちは結果的に命救われるほどの恩があるんでね、そんくらいは端金なのさ。アンタが金貨五百枚寄越せってんなら、そうしていたよ」

「……そこまで要求しないさ、これでも道中が危ぶまれる量だろう。俺は起業するつもりもなければ組織を作ってデカいことやらかしたいわけでもなく、道すがら苦労しないだけの金を持っていればそれでいいんだ」


 大金をはたいて買う物と言ったら、家か特殊な武具かそれこそ奴隷でも買うかでもしなければ必要とはしない。普通に生活をしていく分であれば、十分過ぎる額だ。

 まぁ、貰っておいて損はない。五百枚も要らないが、残りは学費や魔石などの物品に使わせて頂こう。


「へぇ、この額ちらつかせて何も思わないってか、アンタやっぱ不思議だねぇ」

「そうかもしれんな」


 俺はこの世界で骨を埋める気もないからな。そんな大金、持て余すに決まっている。


「ま、そんじゃあ今後とも宜しく頼むよ。なぁっ?」

「……ああ」


 どこの世界にも握手といった挨拶はあるらしい。

 わざとらしいほどの満面の笑みで右手を差し出してきたギレントルに、俺も応えて右手を差し出す。


 つまり、ギレントルは金貨を五百枚を差し出しても、俺やリーゼの信用が欲しかったということだ。


 数秒間しっかりと握手を交わすと、女性ながらに俺よりも逞しい手の平と指の感触を覚える。


「どこかで機会があれば手を貸すこともあるだろうさ。それでは俺は宿に戻るとしよう」


 ――と、そんなわけで。

 一気に大量の金銭を懐に収めた俺は、その一割ほどを生活費に割いているのである。といっても豪華な食事を摂るつもりもないので、リーゼが菓子に目を眩ませなければ出費はそう変わらない。

 それに今回稼ぎの大半はリーゼなのだから、望むなら大抵の物は与えてやろうじゃないか。


 さてその金貨は今、五つの袋に二十枚ずつ割り振りられて鞄の奥へと入れてある。

 当面使う分の十枚は袋ごと紐でくくって腰に提げてあるのだが、今度こそ盗まれないように気を付けておかねばな。


「……ん。そういや、もうそろそろだったか」


 部屋で荷物の整理をしていた俺は、窓から外を眺めてそう呟く。


 レッドシックル管轄で動いている客船が稼働するのは、明日からだったはずだ。報酬を貰った後日、宿でフィオーナと話をしていたガイラーから聞かされたが、一日一回しか船が出ないため乗るなら逃すなよとも言っていたな。

 やはりというか渡航費は無料になっているらしい。既に俺やリーゼの功績は広まっているそうで。

 つまり、いつでも船に乗って大陸を渡ることができるわけだ。


 ふむ。俺の脇腹の骨折は完治こそしていないが、痛みも当初よりは引いており日常生活に於いての支障はない。別に急ぎではないが、丁度いい頃合いでもある。

 明日にでも出るか。


 リーゼは町の子供達と遊んでいるらしく現在は宿にいないが、帰ったら報告でもするとしよう。いきなりの出立だと名残惜しくもなるだろうが、俺はいつでも町を出る準備はしておけとだけはリーゼに伝えている。


「おーい、いんのかー?」


 と、そこで部屋の扉が何度かノックされた。

 ガイラーか。何の用だ?


 扉を開けてやると、ガイラーはそこが自分の部屋であるかのように平然と部屋に入ってくる。それについては彼の性格上(ここ数日で二回あったため)諦めているが、今回は少し込み入った話らしい。あまりいい予感はしないが。


 まるで自分の部屋であるかのように鍵を閉め、ガイラーは困り顔で人差し指を鼻先に当てた。


「なんだか最近よぉ……フィオーナの奴素っ気ないんだが、どうすりゃいい?」

「俺が知るわけないだろう」


 小声でそう発したガイラーを辛辣に切り捨て、俺は溜め息を吐く。

 昨日も俺の外出中に部屋に入って来たところを偶然着替え中のリーゼと遭遇してしまい叩き出されたらしいが、まさかその相談をしたいから昨日も来たのだろうか。


 リーゼから俺に注意して欲しいなどと言葉が飛ぶ辺り、お前には根本的なデリカシーや配慮が足りないだけだと思うんだがな。ギレントルのような女とばかり過ごしていたせいで、普通の女性の扱い方とやらを知らないのかもしれない。

 いや……俺はあの船長の海賊以外での面を見たことはないのだが、少なくともリーゼやフィオーナとは比べるべくもないのは確かだ。


「そう言わずによぉ、なんとか頼むって」

「俺はあの娘と事務会話以上の話をしちゃいない。頼むならリーゼに頼むんだな」

「うっ……そ、それはだな」


 ああ知っているさ。

 リーゼから直接言われているんだからな。さぞかし会話もし辛いだろう。


「そうだガイラー、俺達は明日北へ向かうことになった」


 言葉に詰まったガイラーの話を俺は強制的に切り上げる。


「え……オオイ、冗談だろう? 俺このまんまじゃお先真っ暗だぜ、リーゼちゃんもあれから口聞いてくれてねぇしよ」

「他人の部屋に勝手に入ったりするからだ」

「……ぐ、何も言えねぇ……いやでも俺はあの事件以降入る前にノックするってことを学習した、したんだよ!」

「当たり前だ」


 もっと言えば許可があって初めて入室するということを学習して欲しい。

 ここは海賊船の中ではないぞ。


 銀色のコートではなく古ぼけたベストを着用するガイラーは、威厳もクソもなくみすぼらしかった。

 腰に差している立派な剣だけが異彩を発している。


「ガイラー。話は変わるが、喋る魔物についてどう思う? 今なら時間もある、俺も彼らについての知識など少ししか持ち合わせていないが、少しは答えてやれるぞ」

「露骨に話変えてくれるじゃねぇか……喋る魔物、ねぇ。俺から言わせりゃ、あんなモノは今でも化け物だ。はっきり言って、俺達とは根本的な質が違うって思い知らされた。二度と刃も交えたくねぇ」


 ガイラーは一度外された肩をぐるりと一度回し、そう言った。

 直接戦った身なら誰でもそう感じるだろう。現時点で正面切って戦って勝利できる奴など、俺はリーゼ以外に知らないのだから。


「レーデよ、確かに気になっちゃいたが……結局お前どこまで知ってたんだ?」

「俺はあの魔物を知っているわけじゃあないが、別の奴を知ってる。そいつとは二度対面し、二度逃げられた」

「……まさか、あん時襲来した魔物ってぇのは」

「そのまさかだよ」


 勘が鋭くて助かる。現場の怪我人や状況などを考えれば考えられない話でも全くないが、ガイラーは顔を歪めた。


「その魔物には人間と同じような名前があって、強力な力と何より高度な知能を持っている」


 両方共がやっている通り、高度な魔物は卵か何かを設置して大量の魔物を生み出すことは確認済みだ。本人達はそれぞれが強力な力を持ち、人間と同じように確かな連携を取ることもある。


「俺に言えるのはその程度だが、これだけでも分かるだろう。魔物が言語を、それも人間の言葉を喋るその意味が」

「……ああ。そいつは、よろしくねぇな。背筋がぞっとしやがる。名前まであるってんのは実に笑えねぇ冗談だ」


 これまで人間世界を脅かし続けてきていた魔物。そいつらが、高度な知能を持って再び世界を襲う。

 今度こそ、これまでとは比較にならないほどの混乱が世界を覆うだろう。それだけは確実に言えることだ。


「しかし残念ながら、俺はあの魔物単体についての情報は持ち合わせちゃいない。海賊のとっておきである“魔導球”のエネルギーを奴が吸収しようとした、というのも最後まで分からず仕舞だな」

「俺も分かんねぇ。あの野郎の言動がやたら気に掛かりはしたんだが、俺が海賊になった時から既に身近にあったもんだ。あの赤い力が“元々魔物のモノ”だったなんてのは、今でも理解してねぇし認めもしねぇ」


 ギレントルやガイラーも独力で操る、赤き魔力。それらを増幅、大幅な強化をもたらす魔導球はあの日――魔物は特定条件下を無視して身体に取り込もうとしていた。赤く、黒く、禍々しく変色していったその肉体。

 リーゼが神触結界しんしょくけっかいで四方を取り囲みそれを中断させたからいいものの、仮に対策が打てなかったとしたらどうなっていたのだろうか。


「勿論それについちゃこっちでも話したが、やっぱ俺もウチの船長も詳細までは知らねぇってのが実情よ。ただ、昔のレッドシックルなら魔物の持ちうる力を強奪するぐらい訳ねぇってのはある」

「それが赤き海の大征伐の本当の部分なのかもしれんな」

「そうかもな。勿論、元が魔物だろうが何だろうが一度奪って手にした力は俺達海賊のもんだ。だが、それをあの魔物は強引な手段で自分も力の恩恵に預かろうとしやがった。相手にもしあの野郎みてぇな奴が現れたら、使いどころは考えなくちゃならないな」

「俺もリーゼも居なくなった後、今後報復しに来ないとも限らない。十分気をつけておいてくれ」


 気を付けたところでどうにかなる相手とも思えないが、そこは大規模な人員を持つ海賊だ。人間らしく、数で対抗するしか道はない。

 ガイラーもそれには深く頷き、俺はそのまま部屋を出ていこうとする。


「……ちょっと待てぇい! さりげなく無視すんの止めてくれよ頼むから」


 肩をがしりと掴まれた。

 どうやら俺にとっての本題は終了しても、彼にとっての本題は始まったばかりらしい。

 俺はわざとらしく肩を竦め、ガイラーに向き直る。


「お前は普段フィオーナにだらしない姿しか見せていないだろう。少しは格好いいところを見せてやったらどうなんだ? そうすれば少しは見直してくれるかもしれんぞ」

「なんだそりゃ……」

「例えば、海でのお前はもう少し立派な海賊としての面なら格好も付けられるんじゃないのか」

「ハッ――な、なるほど」


 ガイラーは神妙な顔で何度も頷く。

 何がなるほどなのかは知らないが、俺のその説明で納得してくれたらしい。


「ありがとな……ありがとな……! やっと活路を見出せた気がするぜ。ありがとう人生の大先輩!」

「その呼び方を今すぐ撤回しろ」

「そんじゃ、明日出るんだな! 客船前でまた会おうや、ちょっと渡したいもんもあるから外で待っててくれよ!」


 俺の言葉を聞いていなかったのか、ガイラーは言いたいことだけを言って勝手に部屋から出ていく。

 奴がフィオーナに相手して貰えないのは、そういう部分だと俺は切に思うのだが。それはまあ、いいか。


 擦れ違うように勢いよくリーゼが入ってきて、恐らくフィオーナの居る場所へと向かったガイラーに対しての第一声を放ってきた。


「レーデさん……たった今ガイラーさんが凄いるんるんな笑顔をしたまま謝って来たんですけど、一体何が起きたんですか?」

「いや、俺は知らないぞ」

「あ、そうなんですか。なんだか少し怖かったです」


 俺が奴に助言をしたのと、奴が笑顔なのは何も関係がない。

 俺はリーゼに明日出立することを伝え、それからこう告げる。リーゼが部屋に帰ってきたということは、まあ大体腹でも空いたのだろう。


「夕飯でも食べに行くか? 今日がこの町で食う最後の飯だぞ」

「……はい!」










 翌日。チェックアウトを済ませてフィオーナと一通りの別れを済ませ、恐らくガイラーからされたであろう余計な言動については先に謝っておいた後。


 港で鞄を肩に担いで海でも眺めていると、海賊の格好をする威風だけはそれらしいガイラーと、ギレントルが海賊船の方から降りてきた。


「よぉ、待たせたな」

「去り際に何か言っていたな。渡したい物ってのは?」

「そいつはアタシから渡そう――こいつさ」


 ギレントルが一歩前に出て、俺とリーゼに一つずつ投げて寄越してきた。この距離なら投げるのではなく手渡してもいいんじゃないかと思いながらも受け取ると、それは武器であった。


 鞘に入った剣。

 引き抜くと、中から赤色の刀身が露わになる。

 ……ほう。


「何故、これを」

「親愛の証みてぇなもんだよ。その赤い刀身を見せりゃ、レッドシックルの威厳を借りられる。当たり前だけど、使う場所は考えないと逆効果だよ」

「……いいのか?」

「北の方にはちっとばかし面倒な連中も居るんでねぇ、そいつを持っときゃ役立つこともあるかもしれないよ。それにアンタだって中々いい筋してるじゃあねぇか、その腕使わないのは勿体ないんじゃないかい?」


 俺の腕が、か。


「そうか。なら、有り難く受け取ろう」

「私も、ですか?」

「一振りだけってのも寂しいだろう? リーゼ、あんたには必要ないかもしれないけどね」

「ありがとうございます! 私、大切にしますね!」

「おお、そうしてくれるとあたしも嬉しいねぇ」


 もう一つの剣を受け取ったリーゼは大事そうにその剣を胸に抱えている。本当に嬉しそうだな。


「ってやべぇやべぇ船そろそろ出す頃合だな。行きな」


 ガイラーはそう言って俺の肩を組んでくる。


「……フィオーナとの一件上手く行きそうだぜ」

「本当かよ。冗談にしか聞こえん」


 小声で耳打ちしてきたガイラーにそう返し、胸を押し出して突き放す。

 別れ際、リーゼが二人に向けて手を大きく振るので俺も軽くそうしてやり、赤き剣を懐へと納めた。


「また会いましょう、ギレントルさん! ガイラーさんはフィオーナさんに変なことしないで下さいね!」

「なっ!?」

「リーゼ、行くぞ」


 俺はいつまでも手を振っているリーゼの頭に手を置き、ガイラーに何かを言わせる前に振り向かせ、客船の方へと歩を進める。


 さて、北大陸だ。

 だがその前に、無事に向こうへ着けることを祈らないとな。


 俺はまだ若干痛む脇腹を少しだけ擦り、いつまでも後ろを見て手を振りながら歩くリーゼに苦笑する。


 それからとある紹介状を取り出し、一人静かに呟いた。


「アリュミエール魔法学校、ねぇ」

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