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トラベラーズ・レコード  作者: くるい
停泊の海賊船
24/91

二十三話 洗礼儀式

「先に俺から言っておくが」

「いやこっちにも聞こえてんだ、説明する必要はないさ。暗殺者なんだろう? あんた」


 どこまで地獄耳であれば俺とガイラーの会話が聞こえるのか。

 ギレントルは犬歯を見せ、獣のように笑う。


「不意打ちならアタシを殺せるぞってのが気に食わねぇが、本領を出せないってのは確かだ。んじゃあなんだい? あんた魔物にもそれが通用するってか?」

「いや暗殺者、とは言ってない。そいつはガイラーの言葉だろ」

「一字一句まで聞いちゃいねぇよ。じゃあなんなんだぁお前? 言ってみやがれよ」


 これは痛いところを突いてくる。

 残念ながら、俺はギレントルへの正当な返答は持ち合わせていない。俺はこの世界に存在するどの特殊技能も使えないんだからな。


 この際だ、言っても構わないか。


「俺は魔法が使えない。一部の連中しか使えない魔法ということではなく、基本的な肉体強化すらもな」

「はぁ? んなことがあんのかよ」

「ってお前マジで?」

「……使えない奴だっているだろう、世の中にな」


 ガイラーとギレントルの二人が反応する中、俺は苦い顔で言った。


 俺は未だにそんな奴を見たことはないが、ゼロではないはずだ。

 まさか呼吸をするように誰でも使えるわけじゃなかろう。


「だから正面から正々堂々と戦うのは厳しいってことだよ。魔物はその限りではない」


 頭部を撃ち抜けば、今のところ魔物も死ぬことが分かっている。ならば勝てないこともない。


「んな奴が戦場出てくんじゃねぇよ……でもまあ、ならこうしてやるよ。あたしは一切の強化を使わない、そんならやるってんだな?」

「――ああ、話が早いな」


 ガイラーの説明を待つでもなく、ギレントルは双剣を引き抜く。俺も合わせて剣を鞘から抜き、右手に構えた。


「おおい、ちょっと待てって! レーデよ」

「なんだガイラー」


 お膳立ては要らなくなったはずだが。


「さっきの話が本当なら止めとけ、悪いことは言わねぇからよ。お前剣使えねぇっつってたろうが」

「レイド! てめぇはどっちの側なんだい?」

「いやしかしよぉ」

「しかしじゃねぇ!」


 ギレントルがガイラーに双剣の切っ先を向け、威圧する。たったそれだけでガイラーは黙ってしまう。


「アタシが嫌いなのは生意気なだけの奴だよ。こんだけ条件整えてやってんだ――それでもやれねぇってふざけたこと抜かす奴をテメェは紹介したってのか!? ああ?」

「いや、そういうつもりじゃねぇんだがな……」

「魔法を使わないのであれば、正面でも勝機はある。いいだろう」


 俺は二人の会話を強制的に断った。

 するとギレントルはようやくガイラーから目を離し、鋭い視線を俺に突き刺してくる。


「へぇいいじゃねぇの。その気概が本物かどうかを試すのがアタシだ、テメェが生意気なだけの奴か、それとも本物か――さあ、掛かってきな」


 彼女は一歩下がると赤い双剣を構え、その片方を俺の心臓へ向けてきた。

 ガイラーは仕方なくと言った風に後ろへ下がり、リーゼも「がんばってくださいね!」と暢気なことを言いながら横へはけた。


 あの船長は強化魔法など使わずとも当然強いだろうな。

 それはあの自信満々な口振りから分かっているし、相当な鍛錬を積んでいたのだろう。


 魔法を使わないというならこちらも尚更銃を出すつもりはないので、俺が基本的に頼る武器はこの剣となる。

 ――だが、こちらも伊達に経験を積んできたわけではない。


「行こう」


 俺は一歩目を踏み出し、そのままギレントルの間合いへ侵入した。


「――やるじゃん」


 甲高い音――。

 俺の剣がギレントルの双剣の片方とぶつかり、火花を散らす。


 あまりにも躊躇のない攻撃だったか、ギレントルも驚きを見せた様子だ。

 しかし、それもすぐになくなる。


 容易く打ち返され、ギレントルは逆に俺の懐へ潜り込んできた。両の刃が俺を刺し穿たんと突き進み、間一髪のところで転がって回避する。

 今の俺はコートも着てなければ防具にもならない薄手の衣類だけだ。剣を衣服に巻き込んで止めるようなこともできないため、当たるわけにはいかない。


 手に馴染まぬ剣を構え直し、俺はギレントルから距離を取る。

 剣で彼女に勝つのはまず不可能だろうな。


 俺の手持ちはガイラーから借りた剣。

 使わない銃はさておき、後は……以前から忍ばせている、小型のナイフのみか。


 あまりにも頼りない武装だ。


「他人から借りたもんでよくやるねぇ、あんた」

「剣として使ってはいないからな。その程度だ」

「あぁ? 何言ってんだか意味分かんねぇな」


 やるなら搦手からめての一つは欲しいが、ナイフを使うか……?

 精々が不意打ちか拷問時にしか使わないものだが、致し方ない。

 後は運と俺の経験に任せよう。


「手段だよ。振って斬ることができればいい、それだけだ。逆にこの剣にそれ以上の重きを置いていない」

「はぁ? 意味わかんねぇこと言うな、剣は剣だろうが」


 眉をしかめ、今度はギレントルが体勢を整えた俺に突貫を仕掛けて来る。

 肉体強化がないだけあってリーゼの時のような爆発力はないが、それでも速い。一瞬の間で俺の間合いへと入ってみせ、ギレントルの双剣が左右から俺を強襲した。

 後ろに飛び退いて避けると、ギレントルは更に加速する。


「――魔法がねぇなら弱ぇとでも思ったか!」


 いや、そう見えたのは足運びか。

 見た目に寄らず、繊細な技術も会得している――というより、自然にやっていたらそれが技術の域だったというやつか。


「最初から不利は承知の上だ」


 今のは人間の範疇の動きだった。それなら小細工は通ずる。

 俺は吐き捨て、向かってくるギレントルに対して逆に間合いを詰めた。


「なっ、テメェ!」


 ――密着。

 半ばぶつかる形でギレントルの胴体と触れ、彼女の振ろうとしていた剣は行き場を失って動きが鈍る。

 俺はその隙にギレントルの豪奢なコートを掴み、片足を引っ掛け――そのまま甲板の上に叩き落とした。


 一瞬どうなったのか理解が及ばなかったのだろう。

 困惑気味に俺を見上げるギレントル、その首筋に剣を振り下ろそうと――。


「らぁ!」


 その剣が、剣閃に弾かれた。

 赤い流線――赤刃。体勢を崩して有利を取られ、力も入り辛い位置からそれとは恐れ入る。

 が。


「終わりだ」


 空いていた俺の左手は確かに、ギレントルの首筋に突き付けられていた。

 その手に握られた小さなナイフは、少し引けばギレントルの首を断ち切ることも可能だろう。


「そいつは奇遇だ、テメェも終わりだよ」


 ――だが。


 ギレントルのもう片方の刃が、俺の首筋にも当てられていた。

 一体いつどのタイミングでそこまで動いていたのか、もう片方の赤き刃は俺の首筋に冷たい感触を残して止まっている。


 これが正式な殺し合いだったとしても互いは手を止めていただろうが。

 もし仮に両者が止まらなかった場合、どちらが先に沈むのかは――言うまでもない。


「得物を退かしな。合格だよ」

「ああ」


 俺はナイフをギレントルの首から退ける。倒れていたギレントルも、俺が離れると共にゆっくりと立ち上がった。


「ま、アタシもお前も実力を封印しての戦いだ――引き分けにしといてやるよ」


 コートを手で払いながら言うギレントル。

 俺は苦笑を隠せなかったが、特に返事はしなかった。


 元々勝ち負けの争いではないはずだが……まあ、いいだろう。


「これで俺も乗船できるわけだ」

「――さぁ? レイドに聞きな。アタシは了承したよ」


 そういえば、この洗礼は本来ガイラーとも戦うんだったな。

 最初から船長と戦った時点で、すっかり忘れていたが。


「ガイラー、どうだ?」

「ばっきゃろう、俺がお前ら紹介してんだ。戦う必要ねぇよ」

「そうか。そいつは助かる」


 俺は剣を鞘にしまい、そいつを腰から外す。


 こうして。

 リーゼと俺の乗船は、無事に認められたのだった。








 出航は明朝だ。

 宿にガイラーが迎えに来てくれるため、その点は心配ないそうだ。


 それまでは各々準備しておくということで話は決まり、先に地上へ降りていくガイラーを見送った後、俺とリーゼは荷物を取りに船内へ入ろうと――がしり、と後ろからかなりの握力で肩を掴まれた。

 振り返ると、ギレントルの右腕が俺に伸ばされているのが分かる。


「仕事の話は終わったが、プライベートの話は終わっちゃいねぇぜ?」

「……そうか。リーゼのことか?」


 聞き返してやると、ギレントルはにぃと笑って頷く。


「そ。後はあんたにも聞きたいことあんだけど……さっきレイドに剣返した時、ちらっと見えたんだがすぐに隠したやつあったよな。それがあんたの武器かい? ちょっと見せておくれよ」

「……」


 俺は黙って、右足の方のポケットへと隠していた銃を素直に取り出した。

 先程借りていた剣はガイラーに返した際に一瞬だけ見せてしまったが、目敏く見られていたようだな。ガイラーは気付いていなかったか、さほど気にしていないかで全く聞いてこなかったが……。


 あまり見られていいものではないため普段は隠しているが、相手が相手なだけあってあまり隠してどうなるものでもない。


「そうだ」

「なんだぁ? このちっぽけな武器はよ。こんなんでアタシを殺せるってか」


 渡してやると、ギレントルは興味有りげに銃を弄くり回していく。が、どう扱えばいいのか分からず、頭を捻っている。


「銃口……穴は覗くなよ。それと引き金……いや、いい。あまり触れられても面倒だ、危ないから返してくれ」

「アタシをガキみたいに言うんじゃねぇよ! 大丈夫だって――」


 どうしても専門用語……というか、銃といった存在そのものの知識を知らなければ理解出来ない単語を扱うため、説明ができない。

 そのため銃口を覗こうとした彼女に注意し銃を取り返そうとすると、言い方が勘にでも障ったのか銃を俺から遠ざけてそんなことを言う。


 言った瞬間――ギレントルが偶然手に掛けていたトリガーが引かれ、発砲音が彼女の耳元で鳴り響いた。

 そんな持ち方で放った銃がそのままであるはずがなく、半ば弾けるようにしてギレントルの手から離れ、宙に投げ出される。


 俺はそれを間一髪のところで掴んだが、危うく地面に落とすところだった。


 シングルアクションという性質状安全装置はないのだ。

 いや、あるものにはあるのかもしれないが、少なくとも俺の持つ物にはそんな機能は付いていない。


 ほっと一息吐きながらシリンダーの中身を全て抜き取り、ギレントルの方を見やる。


「言ったろ。危ないとな」


 ギレントルは、間近で暴発したために発砲音の直撃を受けた左耳を押さえて苦い顔をしていた。銃弾も顔のすぐ横を通ったのだ。

 一歩間違えれば不注意で頭蓋を打ち抜いていたかもしれない、危ないところだった。


「あ、ああ……悪ぃ……なんかすまねぇ」

「気にするな。とにかくこいつが俺の武器だ。このトリガーを引くとこの穴から音速で小さな弾が飛び出し、標的に風穴を空ける」


 ざっくりと説明してやり、俺は自ら銃口を覗いて見せる。


「さっき危ないと言ったのは、船長が不注意で目玉を撃ち抜かないか心配してのことだったんだがな」

「あ、ああ……悪かったって」


 その冷や汗を見る限り、流石に今の一撃を受けると無事では済まないと理解したらしいな。

 それならば、これ以上は言うまい。


「こいつを使って普段は戦うからな。止むを得ない事情があれば体術でも剣でも使うが、こいつがあればそんなものは必要ないだろう?」


 説明し、銃を元の位置に戻した。ギレントルは片耳を押さえながら「なるほどねぇ」と呟いている。


 まぁ、何事もなくてよかったよ。うっかり船長に貸した銃の暴発で船長が死んだとしたら、どう足掻いても俺は他の船員やガイラーに命を付け狙われる羽目に陥るからな。俺のせいではないにしても、そんな間抜けな状況は御免だ。


 そろそろ耳鳴りも止んだか、ギレントルは深い溜め息を吐いて耳から手を離した。その銀色の瞳が、俺を見据える。


「なぁさっきの武器、アタシにもっかい触らしてくれないかい?」

「……は? まぁ、いいが」


 念のために弾は抜いてあるからいいとして、この女は先ほど危険に晒されたばかりだろうに。


「ふぅん、なるほどねぇ……?」


 仕方なしにもう一度渡してやると、ギレントルは先ほどより興味を持って銃を観察し始めた。


「さっきの弾ってのを込めると発射されるわけだね」

「ああ……言っておくが、他言無用で頼む。俺がこいつを貸したのは相手が雇い主で、そこそこ話の分かりそうな船長だったからだ」


 義理堅く口は堅そうだったし、あの場で隠しても不審がって間違いなく俺に手を出してきただろうしな。軽口と暴言の両方を吐きながら俺の懐に手を伸ばすギレントルの姿が目を瞑らなくても想像出来る。


「無論、言った場合は……分かるな?」

「はぁん、このアタシに脅しかい? 心配しなくても誰にも話さねぇよ! 安心しな」

「それならいいが」


 満足した様子のギレントルは俺に銃を返し、ふと何かに気付いた様子で「あ」と言った。


「それまだある? アタシに貸してくんね? 量産していいかい?」


 ……は?


「おい人の話聞いてたか」

「アタシら以外にはぜってぇ渡さねぇからよ! 絶対だ!」

「断る」

「頼む! んじゃアタシだけでも、な? こんなすっげぇ代物初めて見たんだよ!」


 ……そこまで食いついてくるか? 暗器と言っただろう。


「いくら雇い主でもその頼みは聞けないな」

「金積んでも無理か?」

「無理だ」


 海賊が銃を扱う……如何にもそれらしいが、そんなものを持たせるわけにはいかない。人に知られるということは、その分対策も立てられやすくなるということだ。

 この世界ではそれが容易にできてしまう。少なくとも信用の置いていないこの船長に、この銃を貸し与えてやるわけにはいかないな。


「おぉい! んだ今の音はよ!」


 発砲音に反応してか、ガイラーが甲板に上がってきた。それに続いて不信がった何人かの船員も甲板に上がってくる。

 ……こんな場面でぶっ放すからだ。


 俺は小声でギレントルへ言う。


「話はここまでだ。こいつは俺だけが所持しているからこその武器だ。こんな物騒なものを世に出回らせる気は毛頭ない。分かってくれ」

「……ちぇ、仕方ねぇなぁ。仕方ねぇよなぁ。わぁったよ」


 地球の技術は他の世界に持ち込んでいいほど気軽な技術ではない。それが例え旧世代の銃だとしても。


 ぶっきらぼうに返事をしたギレントルに睨みを利かせると、俺はガイラーの方へ片手を上げる。


「悪いなガイラー、リーゼの魔法が暴発しただけだ。気にしないでくれ、なんともない」

「はぁ!? あんだって? ……ったく、気を付けてくれよ」

「ああ。それじゃ明日、よろしく頼むよ。俺達は宿に戻っている。リーゼ、行くぞ」

「あれ、でも」

「行くぞ。腹拵えしたいだろ?」

「あ、はい、行きます!」


 大方ギレントルの目的は俺の銃だったんだろう。リーゼに聞きたいことなどオマケ程度だったに過ぎない。


「一旦部屋に戻って荷物を取る」

「置いてかないんですか?」

「俺はお前と違って色々置いてきているんだ。金もな」

「なるほどー……」


 その間も、ギレントルは腕を組みながら俺達の様子をじい、と眺めていた。


 これはやはり無理矢理でも見せない方が良かったかもしれないな……。

 俺は取り返しの付かない失態をしてしまったことに嘆息し、それからギレントルへ手を振るだけの一方的な挨拶をし、船内へと戻っていった。

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