十一話 手掛かり
「それじゃあ、照合の時間だ」
先ほど俺を襲ってきた奴らから吐かせられるだけ情報を吐かせ、俺はリーゼと合流していた。当然のようにリーゼ側の方は終わっており、ボロボロになった燕尾服の男が倒れている。その他にも四名の男達が倒れていたが、援軍だったのだろう。その全てを俺の方に寄越せばどうにかなっていたのかもしれないが、相手が悪かったな。
「ローリアって名乗ってたわけだから、お前だな」
腫れ上がった眼を見開き、燕尾服の――アベリンヌ・ローリアは俺を睨み付ける。これじゃ綺麗に整えた顔が台無しだな。
俺は懐からナイフを取り出して、その刃をちらつかせる。こいつであれば、拳銃とは違い見ただけで危険が分かるであろう。
先ほどの男達から集めた情報が正しかったかどうかは分からないからな。あの場にいなかったこいつにも吐いて貰い、確かめるのは必要だ。
「……やはり、そうか。誰かに連れられて訪れる者など。まして金さえ用意してないとは不審極まれり……お前が奴隷市場を解体させたのだな」
「勘がいいな。では俺の質問に答えてみろ、答えなければ……分かるな」
抜き身のナイフを右手で持ち、ローリアの左手に指を添える。答えなければ切り落とすという意思表示を理解したか、俺を睨み付けた後に力ない声でこう言った。
「殺せばいいだろう。私はいくら脅されようとも喋らない、無駄だ」
「そうか」
ナイフに力を入れて僅かに引くと、ローリアの人差し指の肉が斬り裂かれた。つう、と流れる血液がナイフを伝い、燕尾服を血に染める。
(リーゼ、建物の中に入ってフィンの安全を確認してきてくれ。何か危険があれば、対処を頼む。こっちはフィンの家族の居る場所を吐かせるため、少し惨いことになる)
(その人、どうなるんですか)
(こいつ次第だよ。だが殺しやしない)
(……分かりました)
テレパスを切ると、リーゼは俺に背を向けて建物の中へと入っていった。
俺は人差し指の半ばまで切り裂いてからそこで刃を止める。苦痛に歯を食いしばって耐えるローリアに対し、俺は無表情のまま血塗れの人差し指を掴んだ。
まだこいつには死んで貰うわけにはいかない。あの市場の奴隷商と関係があり、命令できる立場の人間だ。下っ端とは違い残しておけば有益になる可能性もある。そうならないと分かったら殺せばいい。
まぁ逃がした奴隷商も含め、あまりに不穏な動きをされても困るんでな。まず拉致した人間のこと吐かせ、その後にゆっくり話して貰えばいい。
「お前なら分かりそうだな。フィンの両親はどこにやった?」
「……殺せと言っている」
「そうか」
骨まで見える人差し指を、ばきりと折った。苦鳴を漏らすローリアはしかし、それでも口を固く閉じている。
「もう一度聞く。フィンの両親は?」
「……」
まあいい。その意地が崩れ落ちるまで、何度でも苦痛を与えてやるさ。
次は右耳の裏にナイフを置き、左手で耳の端を摘んだ。
「言わないか?」
俺のことを睨み付けたままのローリアは、微動だにもしなければ声も上げない。これ以上喋ることをしないつもりか。
そのままゆっくりと耳を削いでいくが、ローリアはくぐもった声を上げるばかりで喋ろうともしない。
完全に削ぎ落としても黙っているのを見て、俺は深く溜め息を吐いた。
「次は右目をくり貫く。目玉がなくなってからじゃ、遅いぞ」
ナイフをローリアの右目に突き刺す手前で止め、最後の忠告をする。しかしそれでも彼は俺を睨めつけたまま無言を貫いた。
銃で撃ち抜かれた奴らとはメンタルが大違い、か。
「ふん、まあいいだろう」
俺は静かにナイフを降ろし、血振りをして鞄から取り出した布で拭いて懐にしまう。俺が忌々しげに立ち上がるのを見てか、ローリアは薄く笑みを引いた。
「どうした。諦めてしまうのか? 右目を潰せば私が吐くかもしれないぞ」
「照合ができなかったところで致命的にはなり得ないからな。お前はひとまず町長辺りにでも引き渡す、自由はないと思え」
一応、三人から同じ情報は得ているのだ。ここで長時間尋問を続けているよりも、さっさと行動に移さねば孤児院の異変に気付かれて逃げられる可能性がある。
俺は血に塗れた布をそのまま使ってローリアの両腕を後ろ手に固定し、無理矢理立ち上がらせて髪の毛をひっ掴む。
町がある以上、それを纏める人物はどこかに住んでいるはずだ。奴隷市場の連中が相当に嫌われていることから、事情を話せば前回の町のような対処が下されるであろう。
「ったく、面倒くせぇ」
ローリアを引きずって行きながら、俺は今後の予定を組み立てていた。
その数時間後のことだ。
ローリアを無事町長と呼ぶべき人物に事情と共に差し出し、孤児院に戻ってきた俺は数人の子供達と戯れているリーゼに声を掛けた。その中にはフィンもいるため、無事を確認するまでもない。
「リーゼ、この孤児院に保管されている金品を全てかき集めて子供達に均等になるよう配分しておけ」
「え、え……? レーデさん、どうしたんですか?」
既に夜中とも言える時間帯になってしまったが、行動するなら今であろう。
俺は呆けた様子のリーゼの額に手刀を叩き込み、何かを言われる前に伝えた。
「その金を俺が回収した場合、そこにいる子供達はどうなる。そんなことまで考えない俺じゃない」
「そ、そんなことまで考えていてくれたんですね。少し驚きました」
それでは子供達を助けたのではなく、十日間は身の安全を確保してくれるローリアを捕まえて孤児院を崩壊させたただの悪者になっちまうからな。
事実としてローリア側が悪事を働いていたとしても、子供達から見る憎悪の対象は間違いなく俺だ。それはあまり喜ばしいことではない。
だから、ちゃんと後始末は付けてやる。全員とは言わないが、奴隷にされて働かされているであろう両親もできる限りは返してやる。
もしも既に買い手が見つかったりなんなりで駄目だった場合は――残念だが、俺はそれ以上のことはしてやれないがな。
「こいつらの両親が捕まっている場所を見つけたから、俺はこれからそこに向かって皆を救出してくる。リーゼ、お前は孤児院に残って子供達を見守ってやれ」
「ですけど、レーデさんの実力は知ってますけど、一人で大丈夫なんですか?」
「ただの残党狩りだ。すぐ終わるから気にするな」
それに今回の場合、リーゼはいない方が楽だからな。それらしい仕事を与えて放置しておくのがいい。
ただの残党を生かしておく理由もなし、さっさと潰してこの件は終わりだ。
「早朝には帰ってくる。一応ないとは思うが、ちゃんと子供達を守っておけよ」
「はい、任せてください!」
元気そうに返事をするリーゼに背を向け、俺は町長から借りていた地図を開いて森の位置を確認する。
「……リーゼ。お前、俺が帰ってきたらちゃんと働いて貰うからな……」
暢気に子供と戯れているリーゼへ聞こえないよう静かに呟き、孤児院を出たのだった。
「助けて下さり、本当にありがとうざいます」
早朝、孤児院前にて。
救出した人達は次々にお礼を言うなどして、長らく別れていたであろう自らの子供の方へ向かっていく。
「……何人か欠けちゃいるが、一応は成功か」
昨夜の奴隷商絡みの事件は、孤児院の壊滅と奴隷達の救出という形で終了した。全員を助けられたというわけでもなく、ある子供の親が帰ってこなかったり、逆に子供の方が帰ってこなかったりはしていたが、誰も俺に文句を言う者はいなかった。
まぁフィンの両親は無事に見つかり今は再会を喜びあっているので、本来の目的は達成されたか。
あの男達の言葉通り、地図に書かれてある森の内部に奴隷市場を造ろうとしていた奴らがいたため全滅させてきた。構成員も十数人程度しかいなかったので、やはり残党狩りの域から出ないものだった。
動かしている奴隷の数も対した数じゃなかったからだろう。
一応、森と言うのだから魔物が発生する可能性にも少々の危惧を覚えたが、だとしたらそんな場所に市場を造ろうとは思うまい。
造りかけの市場については完全に放置だが、その内誰かが活用することだろう。
「それで、リーゼ」
「はい? なんでしょうか」
俺はリーゼの頭にポン、と右手を置き鷲掴みにした。強くは掴んでいないために痛みはなくとも、何事かと俺を向いてきたリーゼにこう伝える。
「これで事件は終了だ。フィンの一家を助け、おまけに事件に関わっていた被害者も大体助けたな?」
「は、はい! まさかレーデさんが人助けを率先して行ってくれるとは思ってなかったので……その、びっくりしましたけど、すごかったです」
全部お前の意志で、俺は人助けをするつもりなどなかったんだがな。それが結果的に奴隷商を駆逐できるきっかけとなったのだから、結果オーライであると言えるが。
「それで、ちゃんと金は配分したか?」
「はい、ちゃんと渡しました」
「俺達の分け前はあるか?」
「えっ……いや、その……」
「ないな? そうか分かった」
どの道そうなることは知っていたからこそ、リーゼには何も伝えなかったのだからな。慈善事業にもほどがあるが、まあいい。それならそれで、自分と俺の生活費くらいは稼いで貰おうじゃないか。
無論俺は十分に働いた。後はリーゼ、お前の番だ。
「では当初と同じく金がないことは分かるな。おまけにフィンにくれてやった銀貨が殆ど俺の全財産だったから、収支はマイナス。分かるな?」
「お金がない、てことですよね?」
「そんな分かり切ったことは聞いていない。リーゼ、俺はしばらく町で調べることがある。その間、どこの店でもいいから働ける場所を探して金を稼いでこい」
そう言って、ようやく頭の上から手を退けたのだった。
それから数日の時が経った。孤児院が跡地となったのをいいことに俺とリーゼはしばらくそこを拠点とし、寝食を共にしている。
リーゼはあれから俺に言われるがまま必死に仕事先を探したようで、現在は酒場の受付をやっているそうだ。酒場で働いている勇者など聞いたこともないが、きっとうまくやっているのであろう。
ああ見えて不器用ではないらしいからな。
俺はと言えば、町長と話をしたり引き続きローリアへ尋問を行ったりしていた。やはり彼は喋らず無言のままだったためそろそろ殺してしまってもいいような気さえしていたが、後は町長に任せればいい。
奴隷商はまだ何か裏で色々やっていそうだが、俺に手を出してこない限りは基本目を瞑っておいてやることにする。
他にも尋問に足を運ぶついでに町長からこの世界に関する様々な資料を見せて貰い、片っ端から読むなどの情報収集を行ったり、雑貨店などで半日品物を物色していたこともあった。
俺はまだこの世界を全然理解してはいないからな。
百聞は一見にしかずというのは事実ではあるが、資料や本などで得た知識も大切だ。それにどのような店があり何が売っているのかというのも調べて損になることはない。
普通なら知る必要のないことでも、そんな些細な情報や知識も俺には必要だったのだ。
そんなある日、孤児院跡に来客があった。
フィンとその両親だ。
「何だ。忙しくはないが、用がないなら帰った方がいいぞ」
「いえ、実は改めてお礼が言いたくて」
母親の方が俺に頭を下げると、横の父親も深々と一礼をする。
「お陰で生活も安定してきています。このご時世ですから、助けて下さった上に元手となるお金も渡して貰うなど感謝のしようがありません」
「あ、ありがと……な」
父親が次にそう言い、フィンもぶっきらぼうにそう言ってくる。
お前らが感謝すべきは俺ではなくリーゼの方なんだが、結果的には俺が動いたからな。そうなるのは当たり前か。
「それで、こちらを是非受け取って欲しいのです。ほんの僅かなものですが……」
差し出してきたのは金貨袋だった。中身は確かに少なかったが銀貨が数枚以上は入っているのだけざっと確認し、俺は本当にいいのかと尋ねる。確かに金、金品など生活の元手を渡しはしたが、たった数日でこれは辛いのではないかと。
しかし大丈夫だと父親は言い、更に明日この町を出発して村に帰ることを伝えてきたのだ。そのための準備は終えたから、余った分はくれるのだとか。
そこで、俺は少し疑問に思ったことを質問することにした。
「そういや、三人は数ヶ月前にこの町に越してきたんだってな。わざわざ元の村に帰るなら、どうしてこっちに来たんだ?」
町が危険だからなどと言うのであれば、もう安心だと言っておくつもりだったのだが。
俺の質問にこう返して来た父親の言葉は、引っ掛かりのあるものだった。
「村が病気で蔓延しておりまして、それで村の一部の人達は避難していたのですよ。ですが先日手紙が届いてることに気付き、村の病気が治ったとの報せが入っていたもので」
――村。病気。
このキーワードを聞いて、何も考えない俺ではなかった。かつてリーゼと話していた会話が頭に蘇り、俺はまさかと眉をひそめる。
「その村、名は何だ?」
「ダライト村と言いますが」
ダライト村……ふむ。
先日眺めていた地図の中に、そんな名前の村があったはずだ。ここからはそれなりに離れていたが、歩いていけない距離ではない。
俺は一通り考えた後、もう一つ質問を放った。
「――サーリャという魔法使いを、知っているか?」




