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トラベラーズ・レコード  作者: くるい
勇者を売った女
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十話 孤児院の一幕

 ガレアの端。孤児院の前まで着いた俺とリーゼはまず先にフィンを送り届け、少しの時間を空けてから呼び鈴を鳴らした。

 すると、中から燕尾服を着た男が出て来た。礼服は黒く艶やかな髪の毛と相まって綺麗に纏められている。

 整った顔立ちは男のそれだが、細身の身体がどこか女性的に見せていた。


「失礼。少し用事があるんだが、いいかな」


 殴れば一発で沈みそうな体躯ではあるが、こんな場面でそれをしても意味がない。俺は小さく頭を下げてそう言うと、燕尾服の男も同じく頭を下げてきた。

 それは素人目の俺から見ても小綺麗なものだ。これなら普通に考えて怪しまれないであろう。


「何用でしょう。私は孤児院の責任者でアベリンヌ・ローリアと申します、貴方の名をお聞かせ頂いても?」

「俺はレーデと言う者だ。こちらの少女がこの孤児院に入りたいそうでな、連れてきた」

「失礼ですが、貴方は保護者の方ではないのですか?」

「孤児院の規定は確認してきた。俺は知り合いではあるが保護者ではない。この子はリーゼと言って、歳が十二の女の子――」

「ちょっ!?」


 何かに意を唱えようとしたリーゼの口元を右手で塞ぎ、何食わぬ顔で言葉を続ける。


「今日から入れて欲しいそうだが、空きはあるか? 突然のことで申し訳ない」

「……ええ、お部屋はまだまだ空いております故、当日でも宜しいですよ。規定を確認したというのであれば、銀貨をお持ちですよね? 先に支払って頂くことが前提となっております」

「んぐー……っぐ……っ!」

「それならこの子が持っているそうだから、全く心配はない。それでは俺はこれで失礼する。俺の役目はここで終わりだ。後は任せたぞ(丶丶丶丶)リーゼ」


 そう残し、俺は飄々とその場を立ち去った。燕尾服の男が俺に視線を向けなくなるまで遠ざかり、壁に姿が隠れて見えなくなったところで――立ち止まる。


(リーゼ、聞こえてるか)

(聞こえてますけど、ねぇ銀貨なんて持ってませんよ! どうすればいいんですか!?)


 狼狽えるリーゼの姿はこちらでもしっかりと見えている。


(事前に指示出すと拒否反応を示されそうだったからな。お前の年齢は違和感ないように下に盛っておいた)

(私そんなに子供に見えますか!?)

(ああ見える。リーゼ、あのフィンって子供を助けたいなら俺の言う通りにするんだ。何、難しいことは言わない。その男に銀貨をせがまれたら忘れたフリをするだけでいい。追い返されそうになったら、ごねろ)


 俺はそれだけ言ってテレパスを切り、リーゼと燕尾服の男が視界に入ってなおかつ怪しまれない位置まで移動した。

 どうやらその間にやり取りは始まっているらしく、俺から一方的に連絡を絶たれたリーゼは涙目で抗議していた。それに対して若干いらつきを見せ始めた燕尾服の男が対応している。


「お願いします、忘れただけで……必ず払いますから!」

「ですがね、これも私共の規定でして。君一人を贔屓してしまったら他の子達に示しがつかないんですよ。それは君も分かることではないのですか? 忘れたのであれば、後日持ってくればいいでしょう」

「う、うう……そうですけど……でも、よ、夜は怖いので、今日一日だけでも……」

「――そうですか。君、実はお金なんて持っていなかった口だね?」


 俺も本来であればいなくなった頃だし。


 そろそろ化けの皮が剥がれてくる頃、か。

 俺は静かにその時を待ちながらリーゼと男の会話を盗み聞きする。いつでもテレパスは送れるようにしておいた。


 男の表情に変わりはないが、明らかに怒気の籠もった口調でリーゼに畳み掛けていく。


「ここはそんなに甘いところじゃない。金が無ければ絶対に入れないし、金があれば入れる。そういうところだよ。私が温厚な内に大人しく帰ることをお勧めするけど、それでも帰らないかい? それとも帰る場所がないのかい? お嬢さん。先ほどの男の人に愛想を尽かされて、見捨てられたのかな」

「そ、そんなんじゃ……ない、です……よ」


 リーゼが弱々しい声でそう言うと、男は「でもね」と続けた。


「私はこれでも寛大だからね。君が本当に帰る場所がなくて路頭に迷っているのであれば良いところを紹介しよう。ここではないけれど、ね」


 男がぽろっと口にしたそれを聞き。俺はやっと、満足した。

 恐らくリーゼも男が持つ本来の目的(丶丶丶丶丶)に気付いたであろう。本気で不安になって、涙目でごねた十二歳の女の子――の役は実に様になっていた。あの男は脅した後に優しさを振り撒き、完全に自分のペースに持っていったつもりであろうがな。


(さてリーゼ。種明かしの時間だ)

(あ……っレーデさん……)


 テレパスは無事繋がったか。


(その男は銀貨を払えなくなった子供に対し、そうやって別の場所と称して奴隷にして送っているんだよ。無論、フィンの両親はその男の策略に嵌められ姿を消すことになったに違いない。そいつの目的は端から食い頃の子供を高値で売ることだけだ)

(えっ、そうだったんですか? あ、なるほどー……)


 まさか欠片も気付いていなかったのか?

 クッキーの食い過ぎで糖分のことしか頭にないんじゃないのか?

 ……仕方ない。


(だが何故こんな回りくどいことをするのか。この町に来る際、クッキーを食った店で中年の女性が言っていたな。俺達が居たあの町は“治安が悪い”と。確かにその通りだ、あそこまで正々堂々としている治安の悪さだと逆に清々するが……この町ガレアはどうだった?)

(向こうより治安がいい、ですね?)

(違うな。どちらかと言えばこちらの町は陰湿なんだよ。あまり派手にやらかせない理由がガレアにはあるのだろう。別の力関係の縄張り争いでも関係しているんじゃないか? だから派手に動かないだけで、裏で動かない理由もない。因みに、子供の奴隷ってのは大人より遙かに高く売れるからな)


 それが今回の真相である、ということだ。ぶっちゃけてしまえば全て俺の推理が正しいとは言わないし合っているとも思わないが、俺は最初から平和的解決など望んじゃいない。


 ある特定の一人が納得すれば、それでいい。勿論その人物はリーゼである。彼女があの燕尾服の男を悪だと判じ、叩き潰してくれる理由さえ持ってくれるなら何だってよかったんだよ。


(纏めよう。フィンの両親はその男に連れ去られ、残されたフィンはここに来るよう誘導された。フィン自身形だけそれっぽい施設に騙され、奴隷にされようとしていた――後は、分かるな)

(……そう、なんですね。やっと分かりました。最低ですよ、そんなの)

(フィンを助けたくば、この施設を潰すしかない。俺の方にもフィンの両親と同じく刺客が放たれている可能性が高い。だからそっちは頼んだぜ、リーゼちゃん)


 そう軽く言って、テレパスを切った。

 これ以上会話を聞く理由もなくなった俺は、気配を隠しながら遠くへと離れていく。まぁ後は何も言わなくともリーゼがやってくれるだろう。


 さてと。

 懐から銃を取り出し、俺は背後へ視線を移して不敵に笑った。


「悠長にあの黒服の命令待ってたのは褒めてやろう。だが――俺が気付いていないとでも思ったのか」


 俺はこっちの刺客をなんとかしてから、ゆっくりと戻ろうじゃないか。










 俺を取り囲むようにぞろぞろと出てきたのは、三人の男達だ。

 燕尾服の男のように清潔な服装ではないが、この町に合わせて野蛮人然とした格好は捨てているのだろう。

 ガレアの町人と変わらぬ質素な服を着て、それにしては下卑た笑みと凶悪な目つきをその顔に張り付かせている。


 なるほど、町の端っこに孤児院なんかを設置した理由は……獲物をそう簡単に逃がしてしまわぬように、というわけだ。

 裏を返せば自分達にも逃げ場がないということだが、そんなものは端から考えちゃいないんだろうな。


「よく気付いたじゃねえかよ、だがこの人数に」

「お前らに一つ聞きたいことがある」


 俺は銃口をその内の一人に向け下らない文句を言い切らせる前に遮り、平淡な口調で言い放つ。仮にも奇襲を受けたはずの俺があまりにも堂々としていることを不審がり、男達全員が例外なく眉をひそめた。


 それを確認してから、おもむろに銃口を下に向けた。男達が俺の持つ得物の脅威に気付く前に引き金を引く。

 一瞬、破裂音だけが辺りを支配し――鮮血が舞った。


「――な、てめぇ、何しや……いで、いててでえええぇっ!」


 一瞬遅れて右足の痛みを察知した男はそこで初めて太股を撃ち抜かれたことに気付き、激痛を訴えながら地面にぶっ倒れた。


 普通威嚇射撃ってのは当てないもんだがな。

 銃の恐ろしさが分からない奴らにはその身を持って分からせるのが一番だ。


「さて」


 フィンを助けると言った以上、こいつら三人からは情報を吐かせるまで死んで貰うわけにはいかない。ただ痛みでまともな思考ができなくなっても困るので、最低でも一人は無事に残しておかなければな。


「最近この町の住人や子供が原因不明の失踪を遂げているらしいじゃないか……やったのはお前らだろ? 一体どこに連れていこうとしていたんだ? ガレアからほど近い奴隷市場は俺が潰したはずだが」

「貴様――」

「無駄口は許していないな」


 無謀にも突っ込もうとしてきた男の脇腹を撃てば、怒りに我を忘れている男は驚愕の表情で動きを止めた。充血した眼は俺から視線を外し、どくどくと血の流れ出る脇腹を注視する。

 両手で患部を押さえながら、男は苦しそうに呻いて最初の男と同じく地面に崩れ落ちた。


「残ったのはお前だけだな。最後の一人くらいは物分かりがいいことを期待しているが――」

「……わ、分かった、言う! だから、そ、それ、やめてくれ……」

「そうか。じゃあどこに拉致したか言ってみろ」


 声を低くして脅すように吐き、なおも照準は合わせたまま距離を縮めて追い詰めた。

 すると。どっぷりと冷や汗を垂らしながら、得体の知れない武器の恐怖に怯える男はがちがちと唇を震わせつつ、答えた。


「ガレアから少し離れたところ、だよ」

「それじゃ分からんな」

「森があるのは知ってるだろ? あの町の市場が壊滅したってんで、ローリアさんが一時的に市場移すってぇ言い出したんだ……それでその森に新しく市場、造ってんだ」

「拉致をした奴らもそこか?」

「あ、ああそうだ……も、もういいだろ? お前のことは謝るからさ、許してくれ……な?」


 ふむ。

 最初から最後までデタラメだという可能性を除けば、理に適ってはいるな。森であれば、市場建造の際に必要な材料など周りの木が腐るほどある。その木の伐採も含め、全ての作業は奴隷にやらせれば問題ないだろう。


 俺が右に顎を逸らすと、男は苦しむ二人の仲間をいとも簡単に見捨てて逃げていく。


「ああ、解放してやろう。逝け」


 俺はその無様な走り姿に狙いを付け、後頭部を撃ち抜いた。悲鳴もなく即死した男が道の真ん中に倒れるのを最後まで眺めることはせず、残る二人へ視界を切り替える。


「上の命令も守れず、秘密を俺に洩らし、仲間を見捨て尻尾巻いて逃げるような奴をみすみす逃がしておくわけにはいかないよな。そう思うだろう? お前らも」

「……ひぃっ……頼む、俺は命令で仕方なく手伝わされてるだけなんだ! 足がいてぇんだ、もう十分だろ……?」


 最初から生かして返す選択肢などは存在しないのだがな。俺の命を狙った時点で、その命はないと思え。


「お前らに聞きたいことがある。さっき奴が言ってたことは――本当か?」


 それから少しして。

 太陽も落ち夜が支配し始めるガレアの寂れた一角に、無慈悲な銃声が二度、響いた。

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