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トラベラーズ・レコード  作者: くるい
一章 『始まりの世界へと』編 改稿版
1/91

一話 名もなき町、奴隷市場にて

 ――死を追い求めることから、この物語は始まる。


 ――ホラ、誰だって死ぬのは怖いだろう? 自分という存在が消えてなくなり、消滅し、誰からも認識されなくなるのだ。勿論何も見えないし、動かないし、動けないし、そんなことを考えることすら許されない。

 何一つとして手元に残らない。その手すらも消え去り、死は今まで培ってきた自分の全てを簡単に踏み躙って奪い取っていくのだ。

 ――怖い。怖い。怖い。嫌だ。

 だから克服しようとする。重圧に耐えきれずに自ら死を望む。自分が死にたくないから他を殺して死を確かめる。その癖死を悲しむことを知っている。

 昔から人は、そうやって死と隣り合って生きていた。


 ――どうせ遅かれ早かれ、全ては死に絶えると分かっているのに。


 これもそういう物語だ。ただ、それを記すには少し――遅すぎたのかもしれなかった。彼からすれば、もう、全ては遥か遠くに見えてしまっていたのだから。




 ◇




 死とは一体、何であるのだろう。

 心臓が止まれば人は死ぬ。全身を炎に包まれて焼かれれば大抵の生物は死ぬ。そうでなくとも、精神が死ねばその存在は死んでしまったも同然だが。これは何を以て死とするのかという話だ。

 まあ、生命が停止すること自体を死と捉えるのであれば確かにそれは明確な死ではあるのだが、今回の問答ではそういった解を求めないことにする。


 だが死は、知ろうとして体験できるものではない。他人の死を目にすることは可能だが、それでは圧倒的に足りないのだ。

 死んでしまった者にしか本当の死は分からないが、当の死者には死を認識する術はなく――或いは生者が死者を認識できないだけなのかもしれないが――結局のところ、根源的な死は誰にも分からないままだ。

 生きている限りは――しかしながら、死んで分かるかどうかも分からないのに、ましてや死を理解するなど到底不可能であろう。


 だからこの段階で言えることは、死んだ時点でその存在は誰からも自分からも認識できなくなるということだけだった。大切な者、知人の記憶にその人物は残るのかもしれないが、所詮それはその人物の中での記憶だ。今そこにある、あったかもしれない者の存在を正しく知ることは最期まで叶わない。


「わ、悪かった……俺が悪かった……だ、だからよぉ……助けてくれよ……!」


 現在、目の前には一人の成人男性が伏していた。体格はよく百八十ほどの背、動物の皮をなめした衣類を着用し、袖より伸びる肢体からはそれなりに筋肉質であることが窺える。鍛えたと言うよりかは、これは何度も戦闘を重ねる内に鍛え上げられたと言うべきかもしれない。

 そんな人物は血塗れの左腕を前方に差し出し、掠れた声で懇願と命乞いを続けている。

 腹部の出血量を見るに、見逃したところでもう長くはないのだろうが。


 さて、最初に戻ろう。果たして人は死んだ後――どうなるのだろうな。


「そうか、諦めろ」


 その死にかけの額へ突きつける、冷たい鉄の砲身。

 かちゃり、そんな無機質な音を合図に乾いた破裂音が鳴り響く。

 慈悲や情けなどがあろうはずもなく。火薬の臭いが鼻腔を刺激し、次いで鉄と血と脂の臭いがやってくる。

 ――死んだ。あまりにも呆気無く。


 血溜まりの上で、俺はだらりと腕を下へ落とす。眼下に広がる赤い色は次第に足元を濡らしていく。

 気味の悪く、生暖かい感触だ。


 やはり解答などあってないようなもの――死んだ後のことなど、誰に分かろうはずもないのだ。生者が生者である以上、死は隣でいつも突っ立っているだけの不確かな概念に過ぎない。

 ならば死んだ後にどうなるかなど考えるだけ無駄であり、そんなものは死んだ後でいくらでも考えればいい話で。

 結局はこれに終始する。

 人であれば誰もが死という終幕を迎えるまで考え続ける一生の命題――と言ったところで、決して言い過ぎではないだろう問いを。


「俺は、どのように死ぬのか」


 人はそれを探し続けている。

 死ぬために生きるのではなく、何のために生きるのかを。

 そしてどのように死に、何のために死に、どうやって死に意味と彩りを飾り付けるのかを。

 己がその時代と場所へ確かに存在したという証を突き立てるため、人は奔走していて――。

 ――ただまあ、俺の場合は。


「帰って飯にでもするか」


 願わくば安らかに。

 そんなところだろうか。








 この世界に訪れてから、早くも一ヶ月が経過していた。

 とはいえここ(・・)は明確な時間の概念を持っていないようだ。そのため陽が昇って落ちるまででざっくり一日と計算しているので、果たしてそれが正しい意味での一日であるかは定かではないのだが。


「……あの日以降、やたら絡まれるようになったな」


 町外れのボロ小屋の中、俺は木製机の上に戦利品を並べていた。

 血に塗れていた硬貨は水の張った容器に入れて洗い落とし、その他適当に拾い上げてきた物を一つずつ吟味していく。これら全ては俺へと襲い掛かってきた者から奪い取った物であった。


 何が狙いかといえば、俺が持つ金品や衣類であったのだろう――無論、今やそれだけが理由ではないようだが。

 俺の服装は少なくともこの地域では似た物さえ存在しないため、それを理由に狙われることは多いのかもしれない。なるほど合成繊維の衣類などそもそも流通していないからな、狙われても仕方がないというわけだ。

 それにしてもよくもまあ、襲ってくるものだ。俺が最初、町で男の額を銃で撃ち抜いたその日から――全く、指名手配でもされている気分になってくる。


「……使えそうなのは金だけか。まあ、よかろう」


 今ので分かる通り、俺は文字通りにこの世界の住人ではない。その言葉通り、俺は別の世界からこちらへやってきている。陳腐な表現をすれば、異世界からやってきた異世界人というのが妥当なところか。


 その俺がこの世界でまず確かめたかったのは、ここの文明がどこまで進んでいるかということである。

 町から外れた場所にある廃墟――昔は狩りにでも使っていたのだろうか――木造の小さなボロ小屋を仮拠点とし、一ヶ月かけて様々な情報を集めていた。


 それで分かったことは、そもそもが人間の支配下にある土地が圧倒的に少ないことだ。大陸一つの内、人の営みが行えるほど栄えている場所はほとんどないだろう。町から一歩外に出ればそこにはどこまでも続く自然、人里から町と呼べる地域へ辿り付くのには平然と一日を要するほどだ。

 そんなわけで、俺が見つけたのが拠点からほど近い町一つと、小さな集落一つのみ。

 町では大陸図なども売られていなかったため、この場所がどこに位置する町なのかという問題以前に、付近の地理すらもこの足で歩かねば把握できない有様だった。


 次いで拠点付近の町の内情だが、まず暴力団染みた連中が町を支配している。

 文字が存在し、貨幣制度も存在し、品物の売買が行われているようだが――文明のレベル的には発展途上、といったところか。


 それとこの世界には、何やら特殊な技術力が発達しているらしい――魔法、と呼称されるものだったか。


 ともかく俺は一ヶ月をこの町で過ごした。

 町の外に拠点を置いているにせよ、普段の生活の基盤はその町から得て過ごしているからな。


 購入するのは主に食料品や生活道具である。当然、買うには金が必要で……極端な話、その手段の一つが殺しというわけだった。不幸にも俺を狙う輩は後を絶たないため、ああやって逆に巻き上げていたわけなのだが。

 さて。そんなわけで早速、問題が浮上していた。

 お分かりだろう。狙われてしまったとはいえ、そいつを何度も返り討ちにしているのだから。してしまっているのだから。


 相手は誰だか予想するまでもない。この町の権力者――俺が暴力団組織と称したこいつらのどれか、だ。


「そろそろこの生活も潮時、だな」


 整備していた銃を懐へ仕舞い、その他武器になり得そうな物は上着の内側に仕込んでおく。最後に粗方の道具を詰め込んだ荷物を背負うと、俺は小さく溜め息を吐く。

 殺しなんぞやっているからには当然に報復があろうというものだ。それが逆恨みだなんだとしても、返り討ちにする度に仲間が黙っちゃいない。黙っていないのは俺の方も同じなんだが。


 俺は命を狙われていた。俺が持つ金品よりも、俺の命を取ることそれ自体を目的としている連中が潜んでいる――そういうことだった。


 誰か、はまだ特定していない。けれどもあの町のグループのいずれかが俺を狙っているということは、判明している事実としてあったのだ。


 仕方ないだろう。町を歩いていて突然襲われれば反撃する。数人に囲まれればこちらとしても黙っているわけにはいかない。

 だからといって殺して奪い取った事実に情状酌量の余地はないわけだが――事の原因は俺ではなく、最初に俺を襲った奴らにあるはずだ。奪う覚悟があるなら奪われる覚悟も……いや、そんな事を言い出してはキリがないな。

 もう少しだけでも上手く立ち回らなかった俺も悪い。結果として奪ったのは俺なのだから、奪い返そうと考えるのは当然か。やられたままでは示しも付かないだろうし。


 いい加減にそろそろ決着を付けねばな。


「勢力の分布は頭に入れている……後はどう行動に移すか、なんだが」


 この町には大きく分けて三つの勢力が存在している。

 食料品や生活用品など、売買全般に関わる商工会。町全体の土地を管理する組合。奴隷市場を経営する組織。

 この三つが幅を利かせているようだ。他にも小さなグループがあるにはあるが、どちらにせよ上記三つの傘下には所属しているため抜きにする。どれも表向きには名前の通りに活動しているが――その実状は、互いが互いに睨み合っている三竦み。喰い合い、勢力を広げ、権力を勝ち取る為の争いが日夜水面下で行われているような、そういった状況があの町では発生しているそうだ。


 で、そのお陰か俺も表立って攻撃されることはなかった。あまり目立った行動をすれば他の勢力に叩かれるからな。

 そういった意味では町の中はある程度安全なのかもしれない。襲われれば最悪、他管轄のシマへ逃げればその勢力を嫌いそれ以上は追って来ないのだから。


「まぁ、大方アタリは付いているんだが……」


 この世界、最初に俺を狙った勢力が奴隷市場の人間であることは調べが付いている。特定していないだけで予想は付いていた――これから、一度客として足を運んでみるつもりだ。

 あくまでも客であり滅多な真似は行わないが、それは向こうとて同じ。客の居る公の場では動けまい。


 俺はもう一度荷を確認した後、拠点を後にした。







 町の東側。中央の表通りから外れて裏道へ入り、そこを道なりにしばらく進むと奴隷市場の入り口が見えてくる。道はあまり複雑ではなく、一度訪れていれば誰でも入って来られるような場所に位置している。

 無論、そこに一般人に属する者の出入りはないだろうが。


 入り口の扉には二人の男が立っており、俺を見ると大股で一歩踏み出してくる。門番のような者達らしい。


「ここが奴隷市場で合っているか?」


 確認。これはほとんど予定調和な質問だ。


「見ない顔だが、どこからやってきた?」

「俺はどこの者でもない。どこかの噂でこの市場を知ったものでな、今日は個人的な理由で買い物に来ている」

「まぁ、一応確認させて貰うぜ」

「構わない」

「んじゃ失礼。両手を上げてくれ」


 俺は両手を上げて手の平を見せ、自分が無害であることを門番の二人に確認させる。ここで調べる行為の大半の理由、それは俺がどの勢力の人間かという確認である。

 各勢力は紋章を掲げており、普段はその紋章を衣類のどこかに示してあるものだ。商工会であればコインの紋章。組合であれば牙の紋章。そして奴隷市場の組織は竜の紋章。

 この二人も左胸の箇所に竜の紋章が取り付けられていて、人目で組織の人間だと判別が付けられるようになっている。


 この場合、俺が竜の紋章や無印――即ち無所属であれば問題なく通される運びになっている。だがコインや牙の紋章を持っていた場合はそうではない。一度上層部に確認を取り、事前に連絡を取り合っていた場合のみ取引が可能になるわけだ。

 それが三竦みの勢力に引かれた取り決めである。それぞれの勢力に所属している者は迂闊に入り込むことは許されない。とはいえ事前に申請していれば許可は貰えるらしいのだが、こういったやりとりはどのシマでも行われているらしい。

 俺もその光景は何度もこの目で確認しているし、何なら共有街以外では何度も行っていることだ。

 余所者の俺には、ただの住人であると証明するものもないからな。


 ――と、いうわけだ。

 こうやって余計な摩擦が起きないよう極力互いの干渉を制限しているのだとか。《ここでは私は客として来ています、暴れません》という確認をし合っているのだろう。

 確かに全体で管理をしているのなら、余計な真似をしようとは思わんだろう。許可を取って向かう以上、そこで何らかの問題が発生しても権限はその組織側にあるのだ。もっと言えばそこで問題が発生しても、その責任に当人以外が関与しないという意味合いでもある。責任は一人で取れ、というやつか。

 しかしこれはあくまで組織間の話。そうでない確認さえ取れてしまえば、あまり俺には関係がないことだった。


 特に問題もなく通され、奴隷市場の門を通る。

 その先は四角く切り取られた空間で区切られており、受付の男が一人突っ立っていた。両サイドには頑丈な鉄の扉があり、そこを通ることでようやく市場に出られるのだろう。


「いらっしゃい。本日はどのような奴隷をご所望ですかな?」


 男が人当たりの良さそうな笑顔を浮かべ、こちらに声を掛けてくる。

 随分と体格の良い男が受付をやっているみたいだな。荒事にも対応が利くように戦える人物が運営をしているようだ。

 とりあえず、見ていくとしよう。


「ああ、そうだな……いや、今日初めて来たのでな、勝手が分からない。大まかに説明が欲しいのだが」

「なるほど。それですと、どう選んでよいかも分からないでしょう。慣れているのでしたら見て回るだけでも十分ではありましょうが。その前に、お客様は奴隷の相場というものは把握していらっしゃいますかね?」

「金貨……そうだな、およそ十枚から、といったところか?」

「その通りでございます、では案内させて頂きましょう。ウチが取り扱っている奴隷は多岐に渡る種類を揃えておりまして、それを大きく二つの区画で分けているのですが――」


 奴隷は大きく、私用と労働用の二種類に分けられているらしい。

 左の扉から先が私用――言い方を変えれば、性処理用に仕込まれた奴隷を並べている売場で、右側が労働用に鍛えられた奴隷の売場であるそうだ。


「私用ですと、小さな子供から経験豊富な元淫売婦までずらりと取り揃えておりますので、お客様のご要望に合った奴隷を紹介致します。希望があれば――そうですな、男も用意できますが」

 奴隷商は柔い笑顔で述べる。

「俺が同姓愛者にでも見えるか?」

「いえ、そういった希望も可能だというだけの話です。スタンダードですとやはり年頃の女子がよろしいでしょう、調教済みで技術力の高いモノから初物のモノまで取り揃えておりますよ」


 俺は途中で奴隷商の説明を切るように手を前へ出す。

 求めているのはそちらではない。


「説明して貰ってなんだが、俺は労働力が欲しい」


 奴隷商は薄く笑む。


「なるほど、そちらの方でしたか。すると――力仕事? 畑仕事に使われるのですかな? それとも事務仕事などの頭脳労働ですかな?」

「そうだな。色々希望もあるが、まずは地理や情勢に詳しい奴がいい」

「ほう。と言いますと?」

「旅に連れていく際、役に立てるなら何でもいいのだが――」

「ふぅむ、中々難しい相談をされますなぁ。もう少し絞ってもよろしいでしょうか?」

「なら、魔物(・・)と戦えるのがいい。別々に用意できるのであれば、それでも構わないぞ」

「なるほど。ふむ」


 こんな世界だ。

 色々場所を見て回るにせよ、俺一人では時間が掛かり過ぎる。何より、あまり外を出歩くのは危険でもあった。

 それは先ほど奴隷商との会話で出た通り、人を喰い殺す魔物(・・)といった存在が自然界に生息しているからだ。人があまり繁栄していないのには魔物の跋扈という理由があり、俺が一ヶ月もこの近辺から動けていないのも魔物が原因の一つであったりする。

 戦力が欲しいというのは、素直に思っていたところだった。


 奴隷商は首を傾げて思案すると、ふと思いついた顔で手を叩く。


「一点、ご注文に添えそうなモノをご紹介出来ますが、如何なされますかな」

「どんな奴だ」


 俺が尋ねると、彼は「そうですな」と言って頷き、眉を寄せる。

 説明するための言葉をどうにか探していたのだろう。何度か人差し指で額を小突いた後、俺に目線を合わせてこう答えたのだった。


「――勇者。そう呼ばれているモノになります」

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