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「わかりました、では本名はもういいです。それより本題に入ります」
「そうしてくれ、そうしてくれ。そうだよ、耳寄りなうまい話てのはなんだよ? 探偵を雇って俺を嗅ぎまわってまで話したいことってのはなんだよ」
克実は胸中ではドキドキしながら話の矛先を向けるよう誘い込んだ。自分の本名がこの女に知られることだけは絶対に避けたい。仮に警察に出ると訴えられても詐欺の件は知らん振りで誤魔化せるが、こうして喫茶店で話している内容を切り札に言い立てられてはかなわない。おっとりとはしているが、やはりこの女は信用ならないのだから。
「その前に」
優美は克実の言葉を遮るように言った。
「あなたは、婚約をちらつかせて女性から貯金を掠め取る結婚詐欺師さん。それであってますよね?」
「俺は結婚詐欺師さんじゃないですよ、森園優美さん」
それだけは、認めるわけにはいかなかった。多少強引でも、シラを切り通すしかない。
「まあ、ではあの言葉は本当だったということですよね。ですよね。そうです、そうです、それなら話は早いのですが、一般的な結婚祝いの相場はいくらぐらいだと思います?」
「知るか、ていうか結婚しねえっての」
「世間的には一万~二万ぐらいとなっています。それでも、人によっては巨額のお金を頂ける場合もあります」
優美は克実の言葉を打ち消すように、淡々と話を続ける。このアマは何を言い出すつもりだと思いながらも、克実は優美の次の言葉を待つことにした。
「それはそうですよね、結納金という意味を含めると、百万ぐらいが妥当額として、ご家族の方も喜んで寄贈するらしいですから」
「はーん。じゃあどこぞの社長の息子とでも結婚すればいいんじゃねえか?」
半ばふざけて言ったつもりだが、優美は目に見えてわかるほど唇の端を結び怒りの表情を見せた。
「それ、本気で仰ってるんですか? 私にどこの馬の骨ともわからない男の人と結婚しろとでも? 汚らわしい俗悪な男、暴力的で乱暴な男、お金目的の卑俗な男、そんな男たちに引っかかったらどうしたらいいんですか」
「ま、そりゃそうだけどな。でもだからって、本気で俺と結婚したいって言い出すんじゃないだろうな」
コーヒーを口に含みながら軽く言うと、優美は真剣な顔で「はい」と頷く。克実はコーヒーを噴出しそうになり、ごほごほと咳き込んだ。
「お前なあ、いいか。結婚祝いてのは一生に一度の特別な祝いだからこそもらえるものなんだよ。でも祝いほしさに結婚しようってんなら、別に俺じゃなくてもいいじゃねえか」
「いえ、あなたでなくてはいけないのです」
優美はキッパリと否定する。克実はぐっと言葉を詰まらせた。
「あなたと結婚することで、お父様から高額のご祝儀を頂けます。あなたが心配なさっているのは、婿入りしたくはないということですよね? そういうことなら、私の案は打ってつけと言えます」
「そんなことより、会社に戻ってせっせとお勤めしてれば?」
「結婚すれば会社勤めする必要もなくなるんですけどね」
くっくと優美は笑みをうかべる。克実はだんだん嫌な予感がしてきて、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
「金田さん、要はお金目当てで私に近づいたんですよね。百五十万なら、そこそこいい収益と言えますものね。それより、遥かに稼ぐいい方法があります。そうですね、ざっと一億」
優美は滑らかなる流暢な口調で、生々しい話を繰り出す。一体全体、何を目論んでのことなのか、克実としては思いつきもしなかったが、瞬間、わが耳を疑うほどの驚きを味わうこととなった。優美はうっすら笑いながらこう言った。
「もう一度、私を結婚詐欺にかけてください。私のお父様なら、ご祝儀として一億や二億さらっと出してくださいます」