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肩を並べながら雑踏を歩く、克実と早紀。夏の熱気はだらだら歩き続けたいとはお世辞にも思わせなかった。そんな喧騒渦巻く都会を、克実と早紀は次のターゲットを探し回っていた。平日でまだ人は少ないが、それでも都市部の中心街だ。思いの他群集の群れで賑わっていた。克美達はその人の群れを観測しながらゆっくりと歩を進める。結婚詐欺師として日銭を稼ぐためには、まず狙いやすい獲物を探すことから始めるのだ。
ぶらぶら街を散策しながら、克実たちは大通り沿いの公園に立ち寄った。やはり、子連れの父母などはいなかった。克実は入念に周囲を見回すとベンチに腰掛けた。ギラギラと太陽光が照りつけ、眩しさに一瞬眼を細める。早紀は自販機からひんやりと冷えた缶コーヒーを二つ購入して克実の横に座った。克実は「お疲れ」とだけ言って小銭を渡す。
「あはは。ボス、今のであたしの財布の中すっからかんでありますよ」
「そんなネガティブなことを言ってる暇があったら、次の標的を探すことだな」
実は自分も金欠気味な克実はむっつりと答えながら、「で、どうだ?」と早紀に問いかけた。隣に座った早紀きょとんとした顔で「え、何がでありますか?」と答える。克実は早紀の頭を強めにはたいた。
「次のターゲットだよ、ター・ゲッ・ト! まさかとは思うが、何も考えないでぼけーっと歩いてたんじゃないだろうな?」
「そんなわけないでありますよ。あたし歩いてる間に色々考えたであります!」
早紀はムキになって主張した。その言いように克実も一瞬慌てる。
「お、おお。なんだ、何かあるなら言ってみろ」
「ボスがお金持ってそうな女の子を強姦すればいいでありますよ。『周りにバラされたくなければ金を出せ』って脅せばいいであります」
「ご、ごごごご強姦!? そ、そそそんなことできるかよ! というか、虫も殺せなさそうな顔してよくそんな身の毛のよだつことを言えるよな!」
「あたし小学生の頃、ダンゴ虫を竹串に刺して先生に怒られたことがあるでありますよ」
あくまでも平然と言い放つ早紀。克実はぎょっと眼を開いて早紀を見た。
「別にお前のガキの頃の話なんて関心もないが、そんな凶悪なことしてたのか。だがな、相手は虫じゃなく女性だぞ? 力で劣る相手を痛めつけて、更に写真に撮って脅喝するってなどういうことだ。流石の俺でも尊厳てものがある。金が欲しいからってそんな人でなしな行為なんて出来るか。わかったか、このアンポンタン」
「え~、あたしはボスが考えがあるなら話せって言うから~」
早紀は心外とばかりに反発した。克実は呆れたように眼を細める。
「手口が嫌らしいんだよ、手口が。女の子には優しくしなさいって親から教わらなかったのか。幾らとんまでとんちんかんなお前でも、やっていいことの区別はつくだろうよ」
「なら、ボスは何かいい考えがあるでありますか?」
早紀は尚も食い下がり、克実に問いかけた。
克実は億劫そうに口を開いた。
「まあ無難に、高級住宅街に住んでる金持ちの女を狙うかだな。独り身で気風もよければ言うことがない」
「独り身で金持ちで気風がいい女なんてそうそういるわけないでありますよ。あの森園優美以来、失敗続きじゃないでありますか」
「失敗とは何だ失敗とは! たまたま思うように事が運ばなかっただけだろ」
「あたしに言わせれば失敗続きもいいところでありますよ。違うと言うなら、どうしてあたし達はこんなひもじい生活を送っているでありますか」
「うるせえな。失敗してる自覚があるんだったら、ちゃんといいアイディアを出せよ」
「そんな、あたしにばっかり言われても」
早紀は涙目になりながら答えた。克実としても、森園優美以来大きな成果を上げられていないことはれっきとした事実なので、非難される責任が早紀にだけあるわけではない。それは理解していることなので、克実は若干口調を和らげながら会話を続けた。
「まあ、いい。次上手くやればいいんだ。そのうち濡れ手に粟な、誰もが妬むゴージャスな生活を送れるようになるさ。ははっはは」
自信たっぷりに話す克実だが、笑い声は枯れていた。ふとその時克実の目の前に黒い影が差し込み、日差しを遮るように一人の人物が前に立った。顔を上げると克実は、眼が飛び出るほどの驚愕を味わった。
「『金田』さん! やっと見つけました!」
「げ……」
克美は、心中でクソッタレと呟いた。
忘れもしない、克美の結婚詐欺にかかった森園優美だ。
優美は九ヶ月前に会った時より更に美しく見えた。夏の陽光を背後に、まるで絵画のような憫然たる輝きを放っている。眼の前に立たれた時、優美の背に神々しい後光が差した気がしたほどだ。
その優美が嬉しそうに克美の顔を覗き込んでいるではないか。
「あわわ。ボス、やばいであります、危機でありますよ。ここは三十六計逃げるに如かずでありますよ」
早紀は眼を白黒させながら克美にすがる。
「そ、それもそうだな」
と、克美はベンチから腰を浮かせようとするが、
「待ってください。金田さんですよね? お忘れですか? 私、森園優美です。以前お付き合いをさせていただいてました」
と優美の呼び止めに、覚えてるに決まってるだろ、と内心吐き捨てながらも、克美は動きを止めた。しばらくしてから優美へとゆっくり顔を向けながら「いいえ」と首を振った。
「どなたかとお間違えじゃないんですか? 僕はあなたのことなんて知りませんけど」
「いいえ、私が金田さんを見間違えるはずがありません。それに、私のこと見て驚嘆なさってたじゃないですか。この場合、顔見知りでなかった場合は困惑するのが通常です。あ、ご安心ください。別にあなたを見つけてどうこうしようってお話をしにきたんじゃないんです」
何とか立ち去ろうとする克美に、優美は微笑を称えながら告げた。生来の人の良さなのか、内心で一物企んでいるのか、判断しかねるが。克美の心境を知ってか知らずか、優美はにこやかに話を進めた。
「今日は金田さんに個人的な用があってきたんです。この間私のことを騙したことは気に留めないでください。百万円や二百万円なんて、私にとってはあんまり値打ちのないものですから。それより、私金田さんに随分いいお話を持ってきたんです。ここではなんですから、どこか近くの喫茶店でお茶でも飲みに行きませんか?」