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まさか、結婚詐欺師である自分が逆に騙されているとは思いもしなかった。優美は本当に共同謀議を企んでいたと、克実は信じ込んでいた。というよりも、捕まるリスクを負ってまで、わざわざ一計を案じていたなんて、想定のしようがないはずだ。しかし、そんなおかしな考え方をする人物が存在した。要するにオレは完敗したのだ。優美の執着心には全く頭が下がる。ということで、克実は優美の婚約を受け入れることにした。
罪の意識から、なんて言う気は更々なかった。しかし、結婚するからには綺麗な身でしたかったし、犯罪者の身分で女性と結ばれるというのは、やはり抵抗があった。克実は今まで結婚詐欺にかけてきた女性に連絡を取り、借金を返済した。無論、森園家の力を借りてのことだ。裁判ざたも覚悟していたが、予想外にも皆快く克実のことを許してくれた。これも、優美が色々と手を回してくれたおかげかもしれない。
克実は壮一郎と関わりのある企業に、つてを頼りに就職につくことになった。やはり四年半のブランクは相当効いており、多忙な毎日に振り回されていた。当分は森園家の借り金を返すために、日々を費やすことになるだろう。そんな中で何かと理由をつけては押しかけてくる優美は、婚姻が決まってからは、益々独占欲が強くなった気がする。
その日、克実は優美から一通のメールを受け取った。いつもは電話か直接会いにくることが多いので、メールでの伝達は中々珍しい。文面は素朴ではあるが几帳面で、会って頂きたい方がいる、エンジェルさんの喫茶店で待ち合わせをさせているから来て欲しいと書いてあった。
「会わせたい人でありますか? 誰ですかねえ。もしかして、政治関係者とかじゃないでありますか?」
送られてきたメールを見せると、早紀は興味津々といった様子で聞いてきた。もしそうなら、と克実は眉を潜めた。
「もしそうだとしたら、気遣いとかで神経をすり減らすから嫌だなあ。まあ優美のことだから、変な奴と引き合わせたりはしないだろうけどな。あいつ、オレのことを溺愛してやがるからな」
ぶつぶつぼやきながらも、これから行くとメールを返した。するとすぐに返信がきて、その迅速さに「はやっ」と思わず突っ込みをいれてしまった。見ると、話題の人物はもう喫茶店についていて、克実のことを待っているとのことだった。
そのことを伝えると、もしかしてと早紀は喜び飛び跳ねた。
「やっぱり、お金持ちの政治家とかなんじゃないでありますか? だとしたら嬉しいなあ。ねね、もしそうならあたしにも紹介してもらえるよう、優美さんに頼んでくださいよ」
「はあ? 何でオレの客人をお前に紹介しなくちゃいけないんだよ。ていうか、自分の相手ぐらい自分で探せ。お前も元詐欺師だろうが」
そういって嗜めておくが、自分もそうだったと克実は内省した。しかし優美のおかげで、自分は結婚詐欺師から足を洗うことが出来たのだ。優美がそうしてほしいというお願いは、出来るだけ聞いてやるつもりだった。
それから少しして、身だしなみを整えると、大田原の経営する喫茶店へと出向いた。結婚詐欺を辞めてからは、あまり姿を見せることもなくなった店だ。
「おう、大田原。久しぶりだな。待ち合わせしてるんだけど、客きてる?」
「……あたしのことは、エンジェルって呼ぶ約束よ」
大田原は睨みを利かせながらそう言った。まるで極道映画に出てくるヤクザのようないかつい顔だった。克実はしまったと一瞬息を飲みながら、「悪かったよ」と詫びを入れた。
「今度バーに連れてってくたら許したげる。もちろん、しんちゃんの驕りよ」
「わーったわーった。ゲイバーだろうがオカマバーだろうがどこでも連れてくから、とりあえず機嫌なおせ」
「んもう。わかってないわね。あたしはニューハーフ。おかまは『男らしくない男』って意味よ。ま、いいわ。そんなこと。飲みに連れてってくれるなら」
「分かってるよ。それで? 優美が言ってた、オレの待ち合わせ相手って?」
「窓際の一番奥よ」
大田原の機嫌を取り戻した所で、克実は大田原に言われた席へと向かった。
その人物を眼にした瞬間、克実は自分の体が強張っていくのを感じた。克実のよく見知った人だった。いや、この五年間忘れることの出来なかった相手だ。その人物は克実を見ると、僅かに笑った。
「お久しぶりね、克実君」
「相川、祥子さん……」
その人物は、かつて克実を結婚詐欺に陥れた張本人だった。




