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「ほう。結婚詐欺師」

 壮一郎は克実の言葉を反復した。

「金井君。つまり君は、優美を誑かすために近づいたと。それとも、優美も共犯なのかな?」

 壮一郎は眉一つ動かさずにそう尋ねた。克実は静かに答える。

「オレの本当の名前は克実進太郎。今回の件はオレの単独犯です。優美は何も知らない。アンタの資産が目的で、政治家の娘である優美を狙ったんだ」


「詐欺行為は犯罪だよ。分かっているのかな」

 壮一郎は冷淡に言った。眼の奥をキラリと光らせながら。

「さっき聞いた件だが、詐欺師だから優美と付き合えないということでいいのかな? 優美のことは諦めるのか?」


 克実は潜考した。ここまで来たら誤魔化すことは得策ではない。

 いい加減に答えることなど許されないのだ。

 優美との付き合いは一年前まで遡る。最初は騙すためだけに近づいた。それが要因となって、優美は克実に好意を抱くきっかけになったのかもしれない。克実からしてみれば、優美を恋愛対象として見てはいなかった。それでも、優美は執拗に克実を追い掛け回し、遂には自宅までつきとめてきた。当初はそんな優美に対して、反感しか持ち得なかった。少なくとも好感までは抱いていないつもりだった。


 しかし、少しずつ優美のことを意識するようになってきた。

 もう優美の気持ちを放っておくことは出来ないくらいに。

 だからこそ、ここで終わりにするべきだ、と克実は思った。


「オレは、最悪な男です」

 克実は数秒沈黙した後、口を開いた。

「オレが今までやってきたことは、許されることじゃないんだ。今まで多くの女性を欺いてきたから。でも、優美にだけは、もうこんな真似はできない」

 優美にだけは。

 自分で口にしてから、克実は疑問に思った。

 どうして、優美だけは別なんだ?


「ならば、君は初犯というわけでもなく、今まで数多くの結婚詐欺を働き、生計を立ててきたと。そういうことか?」

 克実が口を開こうとしたのを、壮一郎は制止した。

「答えなくていい。そんなことよりも俺が聞きたいのは、逮捕されるリスクを背負って、どうして俺に白状したのか、ということだ」


 それは克実にも分からなかった。良心の呵責? いいや、そんなことのためじゃない。オレは……、オレは……。

「自分でしていることの卑怯さは、オレ自身が一番よく知っています。優美とは到底釣り合わないことも」

 克実は言葉を一つ一つ手繰り寄せるように答えた。罪を軽くしようというのではない。優美が共犯だとは気づかれないためだった。実際には、優美が引き金となって始まった詐欺事件だったが、罪を被るのは自分一人でいい。


 そうだ、元々オレは人でなしの悪党なんだから。今更悪行が一つ増えた所で、大した違いはなかった。

「なるほどな。つまり罪悪感から、優美とは別れたいというんだな」

 壮一郎は淡々と言った。

「それならば、話は早い。優美のことを思っているのならば、身を引きたまえ。さっきも言ったが、幸せに出来る人物にしか、娘は任せられないんだ」

「オレも、今の優美に自分は相応しくないと思います」

「正直に話してくれた礼だ。このことは警察には通報しない。だからと言って勘違いをするな。君を許したわけじゃない。速やかに我々の前から消えてくれ」


 壮一郎の口調は、穏やかでありながらも、克実の心に深く突き刺さった。すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたかった。克実は震える動悸を懸命に抑えながら言った。

「自首します」

 自分でも、どうしてそんな言葉が出てくるのか分からなかった。ただ、衝動的に出た言葉だった。

「刑務所に入って、犯した罪を償ってきます」

 克実は続けた。


「このことは、優美にも告げてきます。もしそれで、優美がオレのことなんて見限って、他の男とくっつくて言うんなら、それでもいい。元々、オレは最低のクズヤローだから。でも、もしオレのことをまだ好きだというなら……」

「好きだというなら……?」

「……優美を、オレに下さい」

 克実は、きつく唇をかみ締めながら、深く頭を下げながら言った。

「遅すぎたけど、気づいた。オレは優美のことが、好きなんだ」

「それは、君の心からの言葉ということでいいんだな?」

 克実は頭を上げ、真っ直ぐに壮一郎の眼を見ながら頷いた。

 すると、壮一郎は深く息を吸い込み、ガバッと跳ね起きながら言った。





「よし、やろう!」

「……は?」

 少しの沈黙の後、思わず聞き返してしまった。

 よく意味がわからない。いったい誰に何をやろうというのか。

「どうしたのかね? 君が優美を嫁にくれというから、やろうというのだが」

「いやいやいや。ちょ、ちょ、ちょ」

 克実は言葉を詰まらせた。事態がまるで飲み込めない。

 いくつか疑問に思うことはあったが、まず一番尋ねたいことを口にした。

「ちょっと待ってくれ。アンタ、重病人のはずじゃなかったのか?」

「重病? 誰がいつそんなことを言ったのかね。風邪をこじらせただけで、大したことはないと言ったはずだが」

 克実の応対に、不服だと言わんばかりに、壮一郎は口を窄めた。

「君はさっき、『優美をオレに下さい』と言ったね。それはつまり、娘と結婚したいということだね?」

「い、いやあ」

 壮一郎が何を言っているのか、サッパリ分からなかった。

 しかし、ハメられているということは間違いない。

「そんなことは言ってない。第一、ここにはオレとアンタしかいない。証人なんて誰もいないだろうが」


「ああ、そういうことか。おい、入って来い!」

 壮一郎が声をかけると同時に、後ろのドアが開いた。

 克実は嫌な予感をひしひしと感じながらも、その人物を見据えて言った。

「優美……」

「進太郎さ~~ん!」

 室内に入ってきた優美に、克実は唐突に抱きつかれ押し倒された。そのことにも驚嘆したが、それよりもまず、ロビーで待っているはずの優美が、どうして壮一郎の病室の前にいるのか、という疑問が頭に浮かんだ。


「お前、一体どうして」

「私がどうしてここにいるのか、ですか、最もの質問ですね。種明かしをしますけど、私とお父様は最初から進太郎さんを試すつもりで、一芝居打ったのですよ」

「オレを騙していたってことか?」

 克実は壮一郎と優美を交互に見比べながら言った。どちらも真面目な面持ちだ。どうやら悪ふざけではなく、本気で克実を罠にかけようとしたらしい。

「でも、何たってそんな回りくどいことをしたんだよ。わざわざ面倒くさいことをしなくたって……」

「進太郎さんがお金なんかじゃなく、真摯に私を愛して下さる方だと、お父様にご理解頂きたかったからです。そのためには、進太郎さんには絶対に気づかれないようにする必要がありましたので、あえて大病を患っているような芝居をしました」

「な、な、な」

「進太郎さん、『オレは優美のことが、好きなんだ』と言っていましたよね? 私も進太郎さんのことが大好きです。すぐにでも挙式を挙げましょう」

「い、いや。オレはそんなこと、言ってない」

「ダメです! この両耳でしかと聞きましたから、訂正はいっっさい認めません!!」


 克実が反論しようとした時だった。優美は克実の口を塞ぐように、すっと唇を重ねてきた。克実は眼をパチクリしながら壮一郎に眼を向けたが、壮一郎はこの光景を微笑みながら見守っているだけだった。

 もう、好きにしてくれ。

 抵抗する気も失せ、克実は優美にされるがままでいた。

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