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「考古学研究家? それはつまり、どんなお仕事なのですかな?」
壮一郎は名刺と克実の顔を交互に見比べながら言った。対する克実は、落ち着き払って言葉を返した。
「主に水に沈んでいる遺跡・遺物を扱っています。でも最近は、トレジャーハンターも掛け持ちしていましてね」
そう言うと壮一郎は、分厚い指に似合わない細やかな手つきで、グラスを弄ぶとワインを一口含んだ。舌の上でじっくり味わうように咀嚼すると、克実に眼を向けて言った。
「トレジャーハンターというと、お宝を探したりする、あの?」
先ほどまでのおどけた話し方ではなかった。それこそ壮一郎が食いついてきてる証拠だと、克実は佇まいを直して頷いた。
「はい。現に今、金銀財宝発見に対し、慎重に捜索を進めています」
「そ、それは、一体どんな」
壮一郎の問いかけに向けて、克実は必要以上に勿体つけた口調で答えた。
「信用出来る情報筋から、とある島の奥深くに黄金を積んだ沈没船が眠っているという噂を聞きました。日本が戦争に負けそうな状況を知った当時の海軍の幹部たちが、帝国海軍が再び復活する為の軍資金を隠す為だったと言われています」
「軍資金、か」
宝探しという有り触れた話題だけに、壮一郎は思惑通りがっついてきた。
やはり事前に、壮一郎の人となりを優美から聞き出しただけのことはある。
「そ、それで、その金塊はいくらぐらいするのかね」
壮一郎は不正を働く悪代官よろしく、眼をぎらつかせて聞いてきた。克実は閉口したまま黙って指を二本立てた。
「に、二億か……?」と聞いてくる壮一郎に対し、「財宝の内容は東南アジア等から略奪した物で、金塊や銀塊、プラチナ、ダイアモンド、世界各国の金貨や銀貨等があります。なので、少なく見積もっても、ざっと二兆」
「に、に、二兆! ごほっごほっ! げほごほ!」
壮一郎は驚きのあまり、咳を漏らしてしまった。おいおいオーバーリアクションだな、と思っていたが、予想以上に苦しそうにしているので、優美に眼を向けるが、優美はそれより早く壮一郎の背中をさすっていた。
「お父様、大丈夫ですか? 自室でお休みになられたほうが……」
「い、いや。いい。それで、その財宝を君はどうしようと言うんだね? 最後まで聞かせてくれ。気になってしょうがない」
いまだ苦そうに、優美を制しながら壮一郎が問いかけてきた。おいおい、大丈夫なのかと、克実はふと気になって尋ねてみた。
「そ、そりゃ構いませんがね。大丈夫ですか? お体の具合でも悪いのですか?」
「いや、心配するには及ばんよ。単なる風邪だ。わしはこう見えても、昔から体だけは丈夫でな」
こう見えてもも何も、アンタ病弱には見えないよと思ったが、壮一郎からすれば自分はひ弱そうに見えると勘違いしているらしい。しかし、どちらにせよ催促してくれるのは好都合だ。してやったり、と克実は続きを話した。
「まず、海底に沈んだ財宝はどういう扱いを受けるのか、というとですね。日本の法律では海難救護法が適応され、所有者がいた場合は財宝の三分の一を発見者に支払うことになっています。しかし正規の所有者がわかれば、五~二十%の謝礼を払わなければならないのです。調べた結果、財宝の所有者の子孫は生きています。所有権を有する側からしたら、当然イチャモンをつけてきますよね。それを知って我々は、どうにか財宝を全て自分達の物に出来ないかと考えたわけです」
「ああ、そうだな。そりゃ、そうした方がいいよ」
壮一郎は過敏に反応した。逆に克実は沈着冷静に返事をする。こういう落ち着き具合が、人を信じこませる発端材料となるのだ。
「お分かり頂けますか。苦労して引き上げた財宝を、市町村や所有者にそのまま明け渡すのには抵抗があったわけです。なので、何とかして公的な支援に頼らず秘密裏に、沈没船を引き上げられないかと思いまして。是非森園さんのお力添えを頂けないかと」
「ああ、なるほどね。そうかそうか。それで、幾らぐらい必要なの?」
「七万トンといわれている沈没船の引き上げは、我々だけでは叶いません。水中の深さを測量しなければなりませんし、人件費も考慮に入れなければなりません。おそらく、一億は必要でしょうね」
普通ならば一億と聞けば、目玉が飛び出るほどの値段である。しかし壮一郎も、その程度の金のやり取りには慣れているらしく、見苦しくパニックに陥ることはなかった。
「なるほど。黄金の眠る沈没船の引き上げねえ。ロマンを感じるじゃないか! しかも上手くいけば二兆だしなあ」
壮一郎は貫禄を出そうとしているのか、威厳を持って言ったが、金の話に飛びついている時点で、威厳もへったくれもなかった。しかし克実は、そんな事をおくびにも出さずに言った。
「まあ、すぐにとは申しません。一億というのは大金ですし。ただ、どうにかご検討いただければと思った次第です」
「夢のあるいいお話だと思いますわ。宝探しなんて、お話の世界みたい! お父様、今回のお礼もありますし、是非お考え下さいな」
ね、とにこやかに優美は壮一郎に笑いかけた。こんな如何わしい話のどこに夢があるんだよと克実は内心で突っ込んだが、壮一郎は暗に反して陽気に声を上げた。
「まあ、そうだな。二兆円はともかく、学術的価値は大いにありそうじゃないか。うわっはっは。ささ、今日は飲もう。そうだ、良ければでなんだが、この優美とも仲良くして下さらんか。二十四にもなるんだが、てんで相手が決まらずに困っておったのだ」
壮一郎は頬を上気させながら、興奮気味にそう言った。もうこうなればこっちのもんだ。克実は確かな手ごたえを感じていた。
結局その日は朝まで飲み明かすこととなった。酒に弱い克実は酒豪の壮一郎に無理やりつき合わされ、解放されたのは翌日の午後になってのことだった。




