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森園家は、まさに高級住宅と呼ぶに相応しい佇まいだった。蔦の絡まったおよそ七メートルほどの門扉を見てそう思った。白いレンガ造りの壁はとにかく雅やかだが、一般庶民を撥ね付けるような閉鎖感がある。
克実はまるで黒船来航を目撃した町人のように、仰天しながら門がゆっくり閉まるのを見届けていた。これまでの小物くさい詐欺とは違って、今日は多額の金がかかっているのだ。森園壮一朗にそれが通用するのかは怪しかったが、こうなったら自分を信じるしかないと決意を新たにした。
「金井さん。どうぞ」
「は、はい」
優美の丁重な手引きに従って、克実は一歩踏み出した。
「さあさあ、遠慮しないで。入ってくれたまえ」
壮一朗がバンバン!と、相撲取りのように激しく背中を叩く。克実はむせ返りそうになりながらも屋敷の中に入った。
外から見ても豪邸だったが、内装はとても個人邸宅とは思えないほど豪華だった。克実は芝居ではなく感嘆の声を漏らした。
「いやあ、すごいお屋敷ですねえ。ドラマでしかこういうお家は見たことありませんよお」
「ローンで立てた家だよ。維持費だけでも結構大変なんだ」
「ご冗談を。天下の森園壮一朗議員にとっては、大した出費ではないでしょう」
そう言うと壮一朗は、うわっはっはと豪快に声を張り上げて笑った。笑いすぎのあまり、顎が外れやしないかと気を遣ってしまったほどだ。
ヨーロッパ宮殿のような玄関を抜けると、レトロ映画に出てきそうな壮年の女中が迎えてくれた。壮一郎と優美は克実のことを簡潔に紹介した。女中は克実を一瞥すると、頭を下げて「どうぞこちらへ」と歩き出す。広々とした通路を歩く途中、思わず克実は「うおっ!」と声を上げてしまった。曲り角で、おそらく純金であろう馬の銅像が突然目の前に映ったのだ。マフィアじゃあるまいし、金ピカの像が置いてあるなどと思いもよらなかった。案の定、前を歩く壮一朗が振り返って「どうかしたかね?」と聞いてきたので、克実はすかさず余裕のある体を装った。
「いやー、すごい銅像ですねえ。このゴージャスな作り。お屋敷の荘厳な雰囲気とよく似合ってらっしゃいますよー」
「ああ、それな。大枚をはたいて作らせたんだよ。気に入ってくれたかね?」
わっはっはと壮一朗は大口を開けて笑った。趣味がわりいよ、とは思ったものの、脊髄反射で「そうですねえ」と社交辞令が出てしまう。すっかり護摩をすることに慣れている自分に、克実は一瞬悲しくなった。
応接間に通され、尻が埋まりそうなほど弾力のあるソファに腰を下ろすやいなや、壮一朗が高そうなワインを持ってきて、「まずは飲もう」と切り出した。断るのも悪いので注がれたグラスに口をつけると、芳醇な渋みと朧げな甘さが口いっぱいに広がってきた。その辺に売っているワインとは各が違う。値段についてはハッキリしないが、一万や二万ではとても効かないだろう。金持ちとはこういうところで浪費を惜しまないのかと、変に納得してしまった。
「どうだい、味の方は」と壮一郎が尋ねてきた。壮一郎は百六十センチもないような小さい体に丸々とした脂肪をずしっと蓄えているような男で、すっかり寂しくなった頭髪と合わせとにかく見苦しい。議員という外着がなければ、ただの肥えた中年男にしか見えないといった風体だ。そんな様子は間違っても感じさせないように「結構なお味ですね」と克実が返すと、壮一郎は「おおっ」と笑顔を見せた。
「分かってくださいますかな。いやねえ、ここにいる優美は一人娘なんだけど、てんで下戸で困ってるんだよ。女の子はお酒に強い方が絶対モテるよね。一緒に飲んでてこっちまで楽しくなってくるから」
うわはははと壮一郎はこちらに唾を撒き散らしながら笑う。「そうですね」と克実も如才なく返す。よし、いける。これだけしたたかに酔っ払っていれば気が緩んでいる。克実は内心でにやりと笑った。
「ところで、金井さんは何をされているお方なんですか?」
優美が聞いてきた。これも全て打ち合わせ通りだが、克実はさも今気づいたかのように「これは申し送れました」と鞄から名刺を取り出し名乗った。
「改めまして。私は考古学研究家の、金井修史と申します。以後、お見知りおきを」




