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「はっきり言うよ、森園優美さん。俺たちだって金はほしい。だが、実の親を誑かして祝儀をせしめようっていうのは、人として一番やっちゃいけないことだと思う。あんたはどうなんだ? 親に対して心苦しく思う気持ちが少しでもあるのか?」

 克実は断然と優美の眼を見つめながら言った。そういう克実自身が結婚詐欺師なのだが、それでも子を思う親の気持ちを悪用するなど言語道断と言明させるほど、優美の事案は常軌を逸していたのだった。この返答次第では交渉不成立もやむなしと考えていたが、数秒の沈黙の後、優美はおもむろに口を開いた。


「……お父様は、とある政治団体から支援という名目で賄賂を頂いています。賄賂は言うまでもなく国民の血税です。私自身、自分のやろうとしていることがどれほど愚劣かは分かっているつもりです。ですが、ならお父様のしていることは公明正大と言えるのでしょうか?」


 優美は半泣きのような顔で、克実を見ながら言った。熱のこもった真っ直ぐな視線だ。とてもこちらを欺こうとしているようには見えない。克実は思い巡らせた。正しいか正しくないかで言ったら、まあ正しくはないわな。心の中で自答をする。ついでに、そんな野郎なら一億や二億せしめても問題はないかな、と思いだした。

「賄賂ねえ。月並みな台詞だが黙ってられないな。それなら一億ぐらい巻き上げられたって文句は言えないかもしれんな」

 克実は腕を組んでうんうんと唸った。

「そうですよね」と優美は喜びの声を上げる。

「分かってくださると思っていました。さすが私の旦那様です」

「それは褒めてるのかけなしてるのか。あと、俺はあんたの旦那じゃねえっての」

「もちろん賛美していますし、克実さんは未来の伴侶で間違いありません」

 克実がどう言い回そうと、優美は主張を変える気はなさそうだった。克実は優美の言明を無視して結論に向かった。


「まあオレは、金なんてどうでもいいんだけどな。不当を働く政治家に、オレたち三人で国民の怒りってものを教えてやるわけだ。つまり、そういうことだよな?」

「まさにそのとおりです。と、いうことは同盟結成ですよね。私、一心一意詐欺師として頑張りますから!」

「しーっ。だから、オレ達は詐欺なんて低劣な行為はしないんだよ。誰が聞き耳立ててるか分からない世の中なんだから、発言には充分気を使え」

「あ、す、すみません」

 克実が人差し指を口元に置いて注意を促すと、優美は慌てて口をつぐんだ。すると、ようやくお茶を煎れ終えたらしく、早紀がお盆にティーカップを乗せ運んできた。克実は優美との話し合いの結果を手短かに伝えると、早紀は眼をパチクリさせて驚嘆の表情を見せた。


「――どういう風の吹き回しでありますか、ボス? さっきまであんなに森園優美と手を組むのを嫌がってたでありますのに。いつの間にそんなに親しくなったでありますか?」

 そう尋ねられた克実だったが、特に優美と親密になったとは思ってなかった。しかし優美に視線を向けると、思わずうっとりするほど美麗に笑みを浮かべながら克実を熟視していた。克実はそうは思っていなくとも、優美だけが一方通行で思いを寄せているのが現状だった。


「ああ、まあ、最初はオレもそう思ってたよ。だけどな、こいつの親父の卑賤なやり方を聞いてるうちに、ムラムラと正義感が沸き起こってきてな」

「? なんでありますか? それ」

 克実は、優美の父親が献金で懐を肥やしていることを説明した。すると早紀は、ぷんぷんと憤慨の面付きを見せた。

「あたし達の税金で楽してお金儲けだなんて、許せないであります!」

「そうだろ。献金の元手は国民の徴税だから、オレ達にだってもらう権利はあるわけだ」

「まったくであります」


 早紀は首をぶんぶんと縦に振り頷くが、政治家の不正が許せないというより、「楽してお金儲け」という箇所に対して怒りを感じているようだ。しかし、国に収めるはずの国税で何億もの賄賂を個人的に受け取るとは、克実にとっても容認しがたいのは事実であった。もっとも、そんなに金が余ってるなら、オレにも少し分けてくれよというのが本音ではあったが。

 

「何はともあれ、これで私たち三人でチーム結成ですよね。よろしくお願いします。早紀さん、克実さん!」

 優美は自らの親を詐欺にかけようとは到底思えないほど明朗な声色で言った。克実はその様子に苦笑しながらも「そうだな」と答えた。

「そういうことになるかもな。どっちみち一人では実現不可能なわけだし」

「ああ、やっぱり克実さんは私が敬慕しただけありますね。世に生きる有象無象の男の人とはレベルが違います」

 レベルが違うなどとは明らかにオーバーだが。克実のことを超越的存在として傾倒しているようだ。克実は一瞬嫌な予感が走ったが、しかしもう受け入れてしまったのだから今更見放すこともできない。早紀の方にチラリと眼を向けると、何も考えていないような喜色満面を浮かべていた。克実はため息をつきたいのを懸命にこらえながら言った。


「よし、オレ達はもう一蓮托生だ。といっても金をぶんどるんじゃなくて、悪漢に正義の鉄槌をくわえてやるんだ。いいか?」

「はい!」

 ぴょんと小さく跳ね上がって、優美は朗らかに同意した。さらに、何がそんなに楽しいのか、鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌な顔でこんなことを言い出した。

「それでは、協定を結ぶ際に、いくつか約束事を決めておきましょうか。互いに仲間割れを防ぐためでもありますし。入り口の段階からルールを定めておいた方がいいかと思います」


 ほう、珍しくまともなことを言うじゃないか。克実は心の中で優美の提案を評価した。

 何を言い出すか期待しながら待っていると、早紀が間髪入れずに問いを入れた。

「約束事ってなんでありますか? あたし、難しいルールは苦手だから、簡単なのでお願いするでありますよお」

 食い下がらんばかりにそう泣き付くと、優美はにっこり微笑んで、克実に視線を向けた。


「そうですね。まずは克実さんに対して条件が三つほどあります。よろしいでしょうか、克実進太郎さん?」

 

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