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痛そうにお尻をさすりながら、キッチンに行く早紀を見届けてから、どう結論付けようかと克実は優美に向き直った。しかしどう考えても答えはYESの方向に傾きつつあり、唯一気がかりなのは、道徳的観念ぐらいだ。ならば良心の呵責さえ気にしなければ優美と手を組んでもいいということになる。そもそも、明日食べる米代にすら難渋しているのだし、一億どころか百万ですら喉から手が出るほどの大金と言えた。ならば多少良心が痛もうが、背に腹は代えられないだろう。
「いかがでしょうか、克実さん。お返事の方は?」
物腰柔らかな尋ね方だが、言葉の奥底には最終決議を取る厳しさが含まれていた。ここで同意を結んでしまってはもう後戻りはできない上に、失敗すれば懲役は免れない。
「ち、ちょっと待ってくれ。あんたの話がうまい話だってことはもう分かったよ。だけどこういうことは決めるのに勇気があるんだ。もう少しだけ考えさせてくれ」
結婚詐欺師の割りには、克実は弱気なことを言った。それもそのはず、結婚詐欺といっても、たまたま出会った金持ちの女から金品を貢がせる程度のしょぼいものなのである。こんな大規模な犯罪に手を染めたことなどないし、出来れば染まりたくもなかった。気に食わない女共に、ちょっとした制裁を加えるだけでよかったのだ。
「どうぞ熟慮なさってください。私は幾らでも待ちます」
太陽のように屈託のない笑みで、優美は言った。実に端正な佇まいだが、克実にそんなことまで気を回している余裕はない。目線を下げ、腕を組むとゆっくり思案した。克実が悩む時の癖だ。
出来ればこの場から逃げ出せればそれが一番なのだが。
克実は現実逃避を振り払うように、脳内で考えを巡らせた。
さて、どうする? 金額だけ考えれば、確かに蠱惑的さ。それは俺だって認める。しかし俺と優美とは、犯罪の片棒をかつぐ相方でも、信頼できる友人同士でもない。ただの顔見知り程度の関係じゃないか。そんな程度の関わり具合なのに、実刑をうけるリスクを背負ってまで共謀する必要性があるのか? 例え今までのことを盾に優美に脅しつかされても、今ならまだ「知らん振り」で押し通せるんじゃないのか。
でも、どうなんだ? 本当にそれでいいのか? これから先何を始めるにしても、まずは金が不可欠だし、本当にそれがベストだと言い切れるのか? しかしこの女は、自らの親を詐欺にかけようとしているんだぞ。俺たちですらそんなことは考えもしないというのに。実の親すら切れる人間が俺たちを裏切らないと、どうして判断できる?
「一つ、聞きたいことがあるんだが」
優美への問いかけではなく、自身に言い聞かせるように、克実はおもむろに口を開いた。優美はこくりと丁寧に頷く。
よし。克実は心の中で思い切りよくつぶやいた。これで全てが決まる。優美は果たして本当にただの悪女なのか。克実はじっくりと優美の反応を窺うように次の言葉を紡いだ。