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 悶々とする気持ちを抑えながら、克実は優美を室内へと通した。三歩ほど遅れて、早紀がおどおどしながらリビングに入ってくる。不測な事態に、さすがの早紀も緊張しているらしい。

 クッションを用意し、テーブルの前に優美を座らせる。掃除は毎日しているので、髪の毛や食べカスだらけのカーペットではない。普段から清潔にするよう心がけていてよかったと克実は内心胸を撫で下ろした。


「わぁ、綺麗にしてらっしゃるんですね」

 キョロキョロと室内を見渡しながら優美は言った。

 克実は「ふん」と鼻をならす。

「急な来客があってもいいように、掃除はかかさないんだよ」

「どうせあたしぐらいしかこないでありますけど…… 痛!」

 横から口出しする早紀の頭を平手打ちで叩き、「やかましい」と克実は突っ込みを入れた。

「あの、ところで貴女は?」

 優美は怪訝そうな眼で早紀を見てそう尋ねた。

 早紀はビクッと肩をふるわせながら答える。

「あ、は、はい! あたし、原田早紀と言うであります。ボスのかわいい一番弟子であります」

「原田早紀さんですね」

 優美はしとやかに微笑むと早紀の名を反芻した。聞かれたからといって詐欺師が本名を教えるかこの間抜けが。やっぱりこいつはただのアホだと克実は呆れながら思った。

「改めまして。私、森園優美と申します。以後お見知りおきを」

 深々と頭を垂れながら、優美はちらりと克実に視線を向けた。なんだよと言い返そうとしたが、優美の方が先に口を開いた。


「あ、克実さんは大丈夫ですよ。もう本名の方は分かっていますから」

「な、なんだと?」

 いつの間に調べたんだ、と克実は動揺を隠し切れなかった。居住地がバレたのは俺のミスだとしても、この短時間の間に本名まで特定するのは不可能なはずだ。

「何も不安がることはありません。恋のキューピッドさんに少しお力添えを頂いただけですから」

「恋のキューピッドだあ?」

 淡々と話す優美の様子を見て、初めて合点が言った。大田原が優美をそそのかしたのだ。でなければ納得がいかないことが多すぎる。アンチクショウ、今度会ったらタダじゃ済まさねえぞ。


「先ほど喫茶店でお話聞きましたよね。安全性のある手口だと思いますよ。お父様もわが子には弱いですから」

 優美は克実と早紀を見比べながら言う。早紀が口を開こうとするのを、克実が遮りながら反論した。

「安全ったって、完璧なノーリスクじゃないだろ。相手が大物政治家なら、むしろ火中の栗を拾うようなもんじゃないか」

「それだけに、成功した時のメリットも莫大なものがあります。一億ですよ、会社員なんて、どんなに頑張って稼いでも、年収は一千万ほどですから、その十倍ですよ。魅力がありませんか」

「結婚詐欺で一億なんて、大金もいいところでありますよお」

「そう思いますよね、早紀さん?」

 優美は勝者の愉悦の笑みを浮かべながら、早紀にそう答えながら、チラチラと克実に眼をやった。青みがかった、大きな黒目だ。人形のように精巧な美女だが、これで性格さえまともならば。いやいや、と克実は横道に逸れた考えを振り払い、「少し考えさせてくれ」と優美に了承を得ようとした。

「ボス~」


 眼を閉じ、腕を組んで深く考えこもうとすると、所在なさげな早紀が話しかけてくる。克実は片目だけ開け、ぼんやり映る早紀に対し「なんだよ」とだけ短く答えた。

「あたし、難しい話はわからないんで、全部ボスに任せるであります!」

「お前がそれでいいならいいけどな、少しは自分で考えろよ。ここで道を踏み外したらブタ箱行きだぜ」


 克実は嗜めるようにそう言ったが、早紀のようなノータリンに自分の意見を主張されても、ろくなことがない。ならば主導権を委ねてくれた方が、かえって好都合だなと思い直した。


「まあ、なんだ。無理はしなくていいぞ。オレが決めとくから気楽にしとけ」

「なんか適当にあしらわれてる気が――痛い、痛い!」

 テーブルの下で、不要なことを言おうとした早紀の太ももをつねりあげる。早紀は跳ね上がって克実のそばを離れた。

「な、なにするでありますかボス?」


「うるせえ、うるせえ。どうせお前みたいな女はいてもいなくても役に立たないんだから、キッチンに行ってお茶でも入れてこい」

「い、入れてきますけどお。そんな言い方はあんまりでありますよお」

「あの、どうかされたんですか……」

 何事かと訝しげに優美が声をかけた。尋ねるというより、夫の浮気を厳しく詰問する妻のようだ。克実は手のひらをぶらぶらと振って何でもねえよと言った。


「何でもなくないでありますよお。嫁入り前の女の子に何てことするでありますかボス~」

 そんな相手もいないのに、嫁入りもクソもねえだろ、と克実は思ったが、あまりにも大人げなかったので言わなかった。代わりに「いいから」と軽く顎をしゃくって早紀を促した。


「お前がいると気が散る。話し合いは俺が一人で請け負うから任せておけ」

「かっこいいこと言って、いつも失敗ばっかりだもんなあ――痛いっ! マジで痛いでありますっ!」


 克実は早紀のお尻を素早く蹴飛ばした。さっさといけボケナス、と吐き捨てられると、早紀はようやくキッチンへと向かっていった。

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