第一奇
私は死んでいる。
本当に本当に迷惑だ。
夏祭り。
私が最も嫌うイベント。
そして目の前の、能面女。
不気味が武器であるこの女は一体どんな顔をしているのだろうか。
神隠しやら呪いやら、気味の悪いこの神社で祭りを開くなんて気の知れた悪行をやってのけるあの男の気概は認めるが、ここまで来ればもう天災並みに危険だ。
私も天才だが、天災ほどではない。
しかし、この神社に時たま現れる曖昧な「何か」は気味が悪すぎる。
手加減というものを知らない。
この女のように、この能面のように妖艶で、狂っている。
何処までも狂い咲き、我々人間を惑わす。
何処かの神話にあるような神々しい話などではない。人間が日ごろ抱えている悩みや憂鬱なんかを体現化したような、そんな曖昧で空虚な感じだ。
一言で片付けてしまうなら、「のろい」。
そんな感じではないかと思う。
思うだけであった実際はそうでないのがこいつらの厄介なところだが、逆にそれがこちらにとっての有利な点になる。
もう完全な「何か」になってしまったら手をつけられないし、寧ろ、私なら気味が悪いから一目散に逃げるだろう。だから曖昧な「何か」であるうちに、何とかしなければいけない。
私が、何とかしなければいけない。
「こんばんは」
私は震えも怖がりもせず、目の前の能面女に向かって話しかける。
勿論返答はなく、死人のような雰囲気を漂わせながら、ゆらゆらと浮遊している能面女は無言で少しずつこちらに近づいてくる。
気味が悪い。
「そんなに可愛い顔しているのに、女である私に突っかかるんだ。あなたはもしかして女好きなのかな。男とかには興味ない? 境内に行けば良い男がたくさんいるけど」
私は冗句ではなくある程度本気で言ってみる。この能面女に目的があるとは思えないし、従来なら人間を少し痛めつけて帰るだけの存在である。それ故に、能面をかぶっているこの女はもしかしたら私よりも男にちょっかいをかけたいのかもしれないし、そうだったら私は何もしなくて良いので、頼むから男好きでいてくれと願っての、ある程度はマジの冗句だった。
でも冗句は冗句だ。
この能面女が、男好きだとは思えなかった。
なぜなら、こいつは私なのだから。