9話
あたし自身、そろそろ伯爵のやつに願いを言おうと思っていたからそれよりも早く、こういった形になって正直びっくりしてるわけだが。
「皆の者よく聞いて欲しい。私ベンツ・メルセルクは、この者を側室として迎え入れることにした」
まぁというわけで随分と堂々とご紹介を受けたわけだねこれが。
ちなみにこいつの名前がベンツだってのは今始めて知ったわ。
散々腰振っといてなんだけど、まぁほんとそういうとこに興味が無かったからね。
「ほ、本気ですか? 旦那様」
メイド達もやたらがやがやしてる中、メイド長が目を丸くさせて聞いてきた。
なんかもう信じられないって感じだな。
ちなみに近くには犬もいる。今ワン! て吠えさせたら面白そうだが、まぁやめておこう。
「勿論本気だ! メイド長!」
妙に熱い口調で応え高らかに笑う。ちなみに正妻のアリス・メルセルクも近くにいるが何も言わない。正妻としての余裕だろうか。この辺は流石とも……。
「あぁ奥様! しっかり! しっかりして下さい!」
違った。笑顔を貼り付けたまま気絶してただけだった。あぁ傾倒しちゃって。どうやらよっぽどショックだったらしい。
「さぁマリヤ。改めて挨拶を」
えぇ~。別に知った顔出し今更挨拶ってもなぁ。めんどいなぁ。でもしゃぁないかぁ。
「只今ご紹介に頂けたように、私マリヤは――」
とそこまで言ったとこで、マリヤ、と伯爵に呼ばれ。
「今日から君もメルセルクを名乗るといい。そう! マリヤ・メルセルクと!」
うっざ。なんか誇らしげに言ってるけど、あたしからしたら面倒なだけなんだよね。マリヤだったら三文字で楽だったってのに。
あぁ、なんか顔中キラキラさせてるよ。こいつこんなにウザイ奴だったかな? まぁあたしに入れ込み初めてからこんな感じになってきた気もするから、あたしのせいともいえんでもないけどね。
まぁいいや。とりあえず名前を改めて自己紹介を終え、あたしは新しく与えられた部屋へと戻った。
新しい部屋は広い。メイドの部屋も別に生活するのに不便は無かったが改めてこういう部屋にくると待遇の違いを感じるな。
まぁよくわからないのはテーブルの上にフルーツ盛りが乗ってるとこだな。何だこれ? キャバクラかよ。いやこの場合ホストかよ! てとこか。
ちなみにこの世界のフルーツはそんなに美味くない。メロンとかもあるんだが甘味が全体的に足りないんだ。まぁ品種改良とかそういった技術は無いだろうからしかたないか。
いやぁでも特に驚いたのは浴槽があることだな。この世界はトイレも意外と私のいた世界と変わらない。流石に水洗とまではいかないが腰掛けて用を足すタイプだ。
まぁトイレは汲み取りみたいなものだと考えれば理解ができるが浴槽にはびっくりした。
ちなみに宿舎にも共同ではあるがそういったのが用意されていた。また浴槽もあったが大浴場って感じだったからてっきり誰かが水を汲んで入れてると思ってたんだけどね。
個別にあるこれを見て驚いたのは、横にバルブが付いていてそれを捻ると水が出ることだな。これはあたしに付いたメイドがやってみせてくれた。
ただ仕組みを効くとそんな驚くようなことでもなかった。天井部分で水が溜まっていてそれを自然流下させてるってだけだ。
で、そうなると組み上げはどうしてんの? て話だがそれは近くに設置された井戸から魔術で上げてるらしい。
この屋敷にはこういった組み上げ専門の魔術師が一人雇われている。魔術師というのはかなり腕が立つものは教会に属するのが普通だが、多少使える程度だとこういった貴族に仕えたりして生計を立ててる者もいるようだ。
まぁお湯にするのは炊く必要があるようだがこれは仕方ないだろう。
というわけで、あたしは酸っぱい葡萄を摘んで、クィーンサイズなベッドに横になった。
中々ふわふわで寝心地が良い。いい香りもする。香水でもかけてるんだろうか?
さてっと、これからどうするかな? と思いつつ睡魔が訪れる。そういえば結構ヤりまくったからな。疲れがちょっと出てるんだろうか。
どうせまた夜になったら求められることだろうし、ちょっとは寝ておくかな。ある程度まで採取できるようになったら全く餌を上げないなんて事をする奴もあたしは知ってるが、自分ではそれはしない。釣った魚に餌を上げないって事だろうが、それは余計なトラブルを呼びやすいしな。
寧ろ身体で済むなら安いもんだ。どんなにキモい奴でもそれだけは自分の中で守り続けていたんだあたしは。
と、やべぇ、本気で落ちそうだ。よし、このまま――
「マリヤさん。ちょっといいかしら」
扉の方から声が聞こえた。そういえば鍵は掛けてなかったな。まぁ盗られるようなものはないから気にしてなかったんだが(盗られるような重要なものはアソコに納めてるし)
まぁそんなわけで訪れてた眠気を振り切り、あたしはベッドの上に腰を下ろす形で、声の主と対面した。
相手はなんとなく声質で察したがアリス・メルセルク……とメイド長が隣についている。
さっきは一旦気絶して部屋に運ばれていたが、どうやら意識を取り戻したようだ。今までみてきた顔と違って笑みは全くない。怖いぐらいだ。正妻の意地って奴か。一言いってやらないと気がすまないって雰囲気もある。
「マリヤ。奥方様は貴方にお話があるそうです」
て、おい。
「あの。私一応いまは貴方を仕う身なのですが」
一応笑顔を作りつつ、メイド長に刺をさしてやった。瞬時顔が変わる。慌てるというよりは不快という文字を眉で描いたってとこだ。
「構いませんよメイド長。私はこの者を認めてませんから」
うわぁ~、もう敵意丸出しだよ。遠慮がないな。普段優しそうなやつほど怒ると怖いってか? それにしてもメイド長って名前ないのかな? あたしもなんとなくメイド長としか呼んでないし。
「マリヤ。話というのは他でもありません。私まどろっこしいのは嫌いなの。だからはっきり言うわね。今すぐこの屋敷を出て、メルセルク家の領内にも二度と近づかないで頂戴」
本当にド直球だな。高めも低めもねぇど真ん中ストレートだ。
「それはメルセルクのご指示なのでしょうか?」
あたしがそう問うと、顔を真赤にさせてツカツカと早足で向かってきた。おぉ、まじ修羅場って感じだ。
「貴方にあの人の事を呼び捨てにされる覚えはありません!」
て、おわ! あぶね! いきなり手が飛んできたよ。
「な! 避けるんじゃないわよ! この泥棒猫!」
うわぁ~泥棒猫ってまたベタな……てか避けるだろうそりゃ。結構女のビンタって痛いんだぜ?
「おっしゃられてる意味がわかりません。私には殴られる覚えがないですから」
「いけしゃあしゃあとまぁ……」
いやぁびっくりしたわ。何がって、いけしゃあしゃあ、て言葉使うやつがマジでいた事に。
「奥様。お気持ちは判りますが暴力を振るったところで解決するものではございません。ここは落ち着いて……」
メイド長が宥めると、ヒステリックな奥さんは胸を押さえ、判ってます、と息を整えた。
てかこいつも二つ中々いいもの持ってるんだよな。
「マリヤ。貴方の狙いは判ってます。どうせ財産なのでしょう。でもね所詮側室程度じゃ貰えるのは高がしれてるわよ。だから私が貴方の希望するだけ払ってあげるわ。本当はそこまですることもないのだけどこれは特別よ」
なんだかなぁ。そりゃお金も欲しくないっていえば嘘になるけど、そもそもこの世界の貨幣の価値もいまいち不明だしなぁ。それにそんなんでいいならハナから財宝だけ売れる伝を探して立ち去るっての。
「申し訳ありませんが、お金ですむ問題じゃないのです。私の望むものはもっと他にあります」
さてっと。このままこの奥さんと啀み合ってても昼ドラみたいで面白いけど、実際はめんどいだけだしな。やっぱ何とかすっか。
「望み? 一体何が望みだというのですか!」
全く元は結構な美人なのに、怒りで皺もよって目も尖ってあられもないな。
まぁいっか。折角こう聞いてくれてるんだ。
「判りました」
言って瞼を閉じ少し間を置く。そしてベッドから立ち上がり彼女の目をじっと見た。
「な、何よ」
「いえ、ただ私、ここでよりも宜しければ貴方のお部屋でお話したいのですが。できれば誰にも邪魔をされずにふたりっきりで」
「……そう。いい度胸しているわね。判ったわ。どうぞいらっしゃい。紅茶の一つぐらい出して差し上げますわ。そしてじっくりと話を聞かせてもらうわよ」
恐らくは腸が煮え渡る思いなんだろうな。なんとかギリギリ爆発しないよう堪えてる感じだ。
まぁ何はともあれ、あたしはこの正妻の部屋に移動する事となったわけで――